第十八話 採掘場での戦い(5)
「お父さん!」
「アンナ! ジル! おお、無事で良かった……!」
男たちの戻って来た村は歓喜の声に包まれていた。
至る所で喜び合う人々の姿があり、ヒロシたちの目の前でも、解放されたアンナの父、そして祖父が家族との再会に涙を流していた。
特にメリアはその様子を見て年度も目元をぬぐっていたが、彼女の気持ちについて大勢の前で尋ねるのは控えておこうと思い、今はなにも言わなかった。
やがて落ち着いたアンナとその家族は、ヒロシたちの方に揃って向き直し近付いてきた。
「あなた方は村の恩人だ。魔王軍を追い払ったあの戦いぶり、実に見事でした」
一歩前に出てそう言ったのは、アンナの父親であるジョージその人である。
厳しい作業のせいで身なりは汚れているが、採掘場で生計を立てているだけあってか、たくましい体格に無精ひげを生やしており、まさに現場の男といった人物である。
「聞けば盗賊団を退治し、誘拐された子供たちも無事に連れ戻して頂いたとか……なんとお礼をすればいいのか。ともかく、本当にありがとうございました。ぜひとも村でゆっくりと休んでいってください」
ジョージの提案に甘えたいのはやまやまだが、ヒロシたちもここでのんびり過ごすわけにもいかない。結局、次の旅の準備に翌日まで滞在し、三日目の朝には鉱山の村を出発するということで仲間たちの意見も一致した。
話が一旦まとまった所で、ヒナタが手を上げ、隣に立つ金髪の若い男――ウィルの肩をバシバシ叩いて言った。
「なーみんな、コイツが話があるって言うから聞いてやって欲しいのニャ」
雑な彼女の紹介の後、ウィルは緊張した様子で挨拶をする。
「あ、あの、初めまして。俺、ウィルといいます。皆さんが魔王軍と戦う姿を見て、感動したんです。だから、その……俺も仲間に入れてください!」
緊張してはいるが、その目は真剣そのものである。
意外な申し出に驚きながらも、ヒロシは言った。
「確か君は、身体が馬になってヒナタやツキヨを乗せてくれてた人だっけ。味方が増えるのは嬉しいけど、本当に大丈夫かい? 魔王軍は手強いし、無事に戻って来れる保証もないんだ」
「覚悟は出来てます。俺はケンタウロス族の出身で、この村の人間じゃないんです。俺の故郷も魔王軍に侵略されて、同族の仲間が大勢連れて行かれました。採掘場にいた兵士たちも、俺と同郷の連中でした」
ウィルも魔王軍によって故郷を追われ、苦境に陥った一人であったという。
彼の境遇を察すると同時に、ヒロシはひとつ気になった事を尋ねた。
「ええと、どうしてウィルは魔王軍の兵士ではなく、採掘場で働かされていたんだ?」
その質問を聞いた途端、ウィルの表情に暗い影が落ち、彼は唇を噛んでうつむく。
「故郷が魔王軍に襲われたあの日、俺は用事があって町を離れてたから助かったんです。でも、連れて行かれる仲間を遠くから見てたのに、俺は……怖くてなにも出来なかった。
ただ隠れて震えてるしか出来なくて……それからあちこち放浪して、少し前にこの村に辿り着いて世話になってたんです。けれど魔王軍の兵士が村に来た時も、やっぱり俺は戦えなくて……それで採掘作業をさせられてたんです」
「そうだったのか。君も苦労したんだな」
「でも! 少ない人数でも、魔王軍を恐れず立ち向かっていく皆さんを見て思ったんです。俺も皆さんみたいに勇気を持ちたい、戦えるようになりたいって。
だからお願いします、俺も仲間にしてください。雑用でもなんでもやります!」
魔王軍と戦うには、戦力は一人でも多い方がいい。
そしてウィルには十分な理由もある。真剣に懇願するウィルの申し出を断る理由は無かった。
「雑用なんてとんでもない。頼りになる仲間が増えて嬉しいよ。これからもよろしく、ウィル」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
「でもひとつ気になるんだけど、魔王軍の兵士がウィルと同郷だったんなら、見逃してもらえたりしなかったのかい?」
「それは……詳しくは分かりませんけど、魔王軍に連れて行かれた連中は恐ろしい術で心を壊されて、ただ命令に従うだけの怪物みたいになってしまうんです。俺も何度か呼びかけたけど、あいつらは俺のことを覚えていませんでした……」
ただ土地を侵略するだけでなく、連れ去った人々を洗脳して手駒に変えているとすれば、魔王軍の脅威は想像よりずっと深刻で危険である。ウィルから告げられた事実に不安を感じつつも、まずは味方が増えたことを歓迎しようとヒロシは思った。
「ところで俺からもひとつ聞きたいことがあるんですけど、ヒロシさんたちはどうして魔王軍と戦っているんですか?」
ごく当然な質問にサクッと答えたのは、横で話を聞いていたヒナタだった。
「ん、そりゃーヒロシが転生者だからだニャ」
転生者と聞いてウィルは目を丸くして驚いていたが、それよりも顔色が変わったのはダンの方だった。それまでは普通に話を聞いていたのが、急に険しい表情となってヒロシを見ていた。
「おいちょっと待ってくれ。今なんて言った? ヒロシが転生者だと?」
「だからそー言ってるニャ。おっさん耳が遠くなったんか?」
ヒナタの言葉も意に介さず、ダンはヒロシの前に歩み寄ると険しい顔つきのままで言った。
「なあヒロシ、本当か? お前が転生者だってのは」
「えっ、あ、ああ。本当だよ。あれ、言ってなかったっけ?」
ダンはそのまま無言でヒロシを見る、というより睨みつけていたが、しばらくして深呼吸をすると、まだ複雑そうな感情を残した顔で尋ねた。
「……初耳だぜ。だがそれよりも、転生者には特別な『能力』ってヤツがあるんだろ? 俺にもそいつを見せてくれよ」
ダンも転生者についてはおおよそ知っていそうだが、その言葉に今度はヒロシの表情が引きつる。
「あーっと……実はその……俺、ないんだ。その『能力』が」
非常に気まずそうに喋るヒロシの言葉に、しばらくの沈黙を挟んでからダンは間抜けな声を出した。
「……は?」
「だから無いんだよ『能力』が。俺もカッコイイ技とか魔法みたいなのが使えたら良かったんだけどさ。王都の鑑定士とかいろんな人にも『能力』が無いって言われて、実際その通りだったし」
「いやいやいや、そんなコトがあるのか!? 転生者ってのは必ず『能力』を与えられて現れるはずだろう?」
「その例外が俺なワケでして……本当に無いんだ、特別なチカラとかそういうの」
ダンは唖然として口をあんぐりと開けたままヒロシを見ていたが、やがて顔を押さえて笑い出した。
「くっくっく……だーっはっはっは! すまん、まさか初めてお目にかかる転生者が『能力』なしとは驚いちまってよ。気を悪くしないでくれ」
「もう慣れてるし平気だよ。でも、どうしてダンは転生者と聞いて怖い顔をしてたんだ?」
「あー、そりゃ簡単な話さ。俺はな、転生者ってヤツがどうにも嫌いでね」
それを隠す様子も無く、ダンは自分の感情をストレートに答える。
「転生者ってのは別世界からこっちへ呼ばれた人間で、その時に天から特別な『能力』を与えられる。
その能力はどれも強力で、俺みたいなこっちの人間が一生かかっても身に付けられないような力ばかりだ。それをなんの苦労も無く手に入れて、周りからおだてられていい気になってやがる。
それが気に入らねえんだ俺は。大いに気に入らないね」
ダンの言うことはもっともであり、転生者とこちらの住人とでは不公平に感じるのも無理はない。実際、逆の立場なら自分もそう思うだろうとヒロシは考えていた。
「俺たちは生まれた時から脇役で、転生者様の脇に引っ込んでろって言われてる気がしてな……理不尽だと思うだろ?」
「そ、そりゃまあ……」
「だが安心したぜ、ヒロシも俺たちの側の人間だってのが分かってよ。しかしそうなると不思議ではあるな」
ダンはその場にいる仲間たちに目をやり、最後にまたヒロシを見る。
「特別な能力のないお前さんに、これだけの仲間がよく集まったもんだ。俺の知る限りだが、大金を積んでも簡単に揃えられるような戦力じゃねえぞ」
「そ、そうなのか? まあ運がよかったと言うか、ははは」
つい乾いた笑いが出てしまうヒロシだったが、ダンは普段通りの表情に戻りヒロシの肩に手を置く。
「悪かったなヒロシ。転生者と聞いてつい身構えちまったが、これからも上手くやって行こうぜ」
「あ、ああ。よろしく頼むよ」
ダンの疑念が解れて一安心のヒロシだが、その会話を聞いていたウィルは驚きと感動に満ちた瞳でヒロシを見つめていた。
「あの! ヒロシさんは特別な『能力』も無しに、今まであんな戦いを続けてきたんですか!? 尊敬っす!」
「いや、それは引くに引けない状況とか色々あって……でも確かに、思い返せばよく生きてるなコレ……」
「俺もこれからヒロシさんの勇気や度胸を学ばせてもらいます! やるぞー!」
両腕に力こぶを作り、ウィルは鼻息荒く宣言するのだった。
第十八話 採掘場の戦い おわり




