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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第三章 北の辺境
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第十七話 盗賊団の砦(2)


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」


 メリアを助けるためだったとはいえ、自分の手で人を殺してしまった。


 ヒロシはその事実に激しく動揺し、口の中はカラカラに乾き、全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出し、心臓は狂ったように鳴り響いてうるさいほどだった。


 剣を握る両手の指は硬直し、手足は痙攣したようにガタガタと震えて止まらない。目を見開いたまま息を荒げるヒロシに、メリアは何度も呼びかけ続けていた。


「ヒロシ様、大丈夫ですか! ヒロシ様!」

「ううっ……はあっ、はあっ……!」


 ヒロシは彼女の呼びかけにも返事が出来ずにいたが、その様子に気付いたダンが近付いて来ると、ヒロシの胸ぐらを掴んで頬を平手で殴った。

 派手な音と痛みでヒロシはふと我に返るが、ダンの張り手は強烈で視界がチカチカしていた。


「痛ててっ……ダン……?」

「おい、敵地のど真ん中でボケっと立ち止まる奴があるか。死にたいのか?」

「い、いや……」

「だったらシャンとしな。その様子だと人を斬るのは初めてらしいが、今はそんなもん気にしてる場合じゃねえんだ」

「あ、ああ、わかってるよ。わかってる……」


 真っ青な顔をしつつも、ヒロシは襟首を掴むダンの手に自分の手を添え、ゆっくりと外して立ち上がる。目の前で倒れた盗賊の死体が視界に入るとすぐに気分が悪くなったが、それを必死に飲み込んでなんとか耐えた。


「よし。俺たちの分と合わせて、盗賊団の半分はもう始末出来てるはずだ。このまま仲間と合流して一気に畳みかけちまおう」


 そう言って先へ進むダンに続き、ヒロシとメリア、ゴーレムも歩き出す。

 ヒロシは今にも逆流しそうな吐き気に耐えながら、なんとか足を動かし続けていた。


 一方、ヒナタとツキヨは砦の両翼――つまり左右の位置から馬除けの杭と塀を乗り越えて砦に侵入し、門の方で起きた騒ぎに気を取られた盗賊たちの脇腹を突く形で急襲していた。


 物陰に潜んで静かに倒す方が安全かつ確実だが、今回の目的は砦に混乱を引き起こすことにある。だから彼女たちはあえて姿を晒し、派手な物音を立てながら盗賊たちを倒していった。


 ヒナタは建物の陰から蔭へ、屋根から屋根へ縦横に飛び回り、攪乱しながら六人を始末し、ツキヨは弓矢を使い遠距離から正確に盗賊たちを射抜いていき、五人をあっという間に倒していた。


 この時点で盗賊団の数は見立ての三分の一ほどまで減った計算となり、もはや大勢は決したと言って良い状況だった。目につく相手が居なくなり、ヒナタとツキヨが砦の中央部に顔を出すと、ちょうど入口の門から前進してきたヒロシやダンたちと合流した。


「よっ、あんたらも無事だったか。おかげで盗賊団の連中はほぼ壊滅状態だ。後は親玉と生き残りの手下どもを見つけるだけだな」


 ダンが言うと、ヒナタは両手を組んで軽く伸びをしてから口を開く。


「やっぱりこいつら、寄せ集めのゴロツキだったニャ。弱っちくて準備運動にもならんかったニャ」


 魔物の群れを相手に出来る彼女の言葉は、一般人のヒロシには想像が難しい。

 だが彼女がどれだけの場数を踏んで来たのか、鍛えてきた強さが自分と比べてどれほど遠くにいるのか、ヒロシはようやく実感を持って感じることが出来たのだった。


「ところで、ヤクモどのの方はどうなっている?」


 ツキヨは長い耳を立てて周囲を見回していたが、砦の奥にある大きな建物の方から一筋の煙が立ち上るのを見つけた。狼煙を見上げる彼女の隣にヒナタがひょいと顔を出し、狼煙が上がった場所の方へ大きな瞳と耳を向けていた。


「あれは……ヤクモどのの狼煙か。残りの連中はあの場所にいるようだな」

「とっとと片付けて先を急ぐニャ。この砦、小汚くて臭いし気に入らんニャ」


 いつもと変わらぬ調子で先へ進む二人の背中を見て、ダンは感心した様子である。


「なるほどな、女だてらに大したもんだぜあの二人は。腕も立つし度胸も据わってやがる。あんたらが魔王軍の基地に突っ込むなんて無茶を選んだのも、少しは理解できる気がしてきたぜ」


 そう言いながら歩き出すダンに続き、ヒロシたちも大きな建物の方へ向かった。

 切り出した石材を積み上げて作られた堅牢な建物ではあるが、周囲の傷み具合は激しく、所々補修してある木材すらも一部が腐って崩れ落ちていたりという有様である。 


 出入口の扉は粗末な木製で、建物の中で人が動いているような気配はない。

 様子を伺っていると、建物の裏手から盗賊の格好をした男がひょいと顔を出す。

 ダンは咄嗟に剣の切っ先をその方向に向けるが、それは盗賊の格好に扮していたヤクモだった。


「おっと、私です皆さん。騒ぎが起きてすぐ、この建物に駆け込んでいく連中の姿を見かけました。大きさからしても、ここが盗賊の首領の隠れ家でしょうか」


 ダンが剣を下げると、ヤクモは建物の陰から身体を出して合流する。

 騒ぎのおかげで彼を気にする者は居なかったようで、ヤクモも無傷であった。


「あれから表に出てこない所を見ると、盗賊たちが待ち伏せしている可能性が高いですね」

「ふん、見え透いた手だぜ。だが中の様子が分からない以上、ただ突っ込むのも上策とは言えねえな。さて、どうしたもんか」


 いくら実力差があるとはいえ、狭い屋内ではどんな罠が潜んでいるか分からない。

 ダンとヤクモがどう攻めるべきか考えていると、メリアが前に出て建物の壁に手を触れて言う。


「中にいる人の数と位置なら『索敵の魔法』で分かるかもしれません」

「ほう、そんな便利な魔法があるのか?」

「あまり広い範囲は分かりませんけど、この建物くらいならなんとか……」

「そりゃ願ってもねえ、さっそくやってくれ」

「は、はいっ」


 ダンに頼まれたメリアは壁に手を当てたまま目を閉じ、静かに呪文を唱え始める。


 しばらくすると彼女の脳裏に建物の輪郭が浮かび、その中に無数の緑色に光るものが点々と配置されているのが見えてきた。それは生命エネルギーの輝きであり、その場所に何者かが居るということを示していた。


「……見えてきました。建物の中に八人くらい隠れています。それから……地面より低い場所にも誰かが居るみたいです。でも、これは……」


 そこでメリアは言葉を濁し、自分の脳裏に見えるビジョンに意識を集中する。

 地下らしき場所に大きな光がひとつ見えるのだが、その周囲にも三つほど小さな光が見えるのである。メリアはそこで目を開き、


「地面の下……たぶん地下だと思いますけど、そこに一人と、他に小さなものが三つくらい見えます。でも、これがなんなのか私には分からなくて……」


 メリアの言葉を聞き、ダンはすぐに納得がいったように厳しい顔つきになる。


「いや、そこまで分かるなら十分だ。地下のことは大体見当がつく。続きは隠れてる奴らを片付けてからだ。俺たちが先行するから嬢ちゃん、敵が隠れてる場所を教えてくれ」


 メリアは杖で地面に建物の簡単な図を描き、敵が隠れているであろう位置を大まかに記して見せた。


 それはあくまで大雑把なものに過ぎないが、戦い慣れた連中には敵の大体の位置が分かれば、あとは隠れ場所や待ち伏せのポイントは容易に想像できるとのことだった。


「よし、俺たち三人が先行するから、お前らは地下の入口を探しておいてくれ。行くぞ!」


 ダンとヒナタ、そしてツキヨの三人は武器を手に建物の中へと飛び込んでいく。

 ほどなくして建物の中から激しい物音と盗賊たちの悲鳴が聞こえていたが、やがて静かになった。


 ヒロシとメリア、ヤクモはそっと建物の中に足を踏み入れ、身体が大きくて中に入れないゴーレムは入口で周囲を見張ることになった。建物の中は静まり返っており、奥の方を見ると通路に倒れている盗賊の姿も見える。


 それらをなるべく視界に入れないようにしつつ、ヒロシは床を注意深く調べ始めた。すると部屋の隅の一部だけ汚れが不自然に消えている部分があり、その壁沿いには大きな棚が置かれていた。


「露骨に怪しい……棚を動かしてみよう」


 ヒロシが力いっぱい棚を横に引っ張ってみると、ズルズルと動いた棚の後ろには隠された小部屋があり、地下へ通じる階段があった。

 恐る恐る階段を下りてみると、思ったより広い空間があり、その奥でこちらに背を向け、壁に向かってガリガリと棒らしきものを突き立てている男がいた。


「そ、そこでなにしてるんだ!」

 

 ヒロシが言うと男は手にしていた棒を落とし、ゆっくりと振り向いた。


 白髪交じりの頭髪とヒゲを伸び放題にした、五十代半ばくらいといった風貌の男である。汚れているが他の盗賊とは違うコートを身に纏い、両手の指にはやたらと大きくて目立つ指輪をたくさん嵌めている。


 顔は痩せていて眼窩は窪み、その奥に光る目玉は薄暗い地下でも白目がギラギラと目立っている。この男が盗賊団の頭領だろうということは一目瞭然であり、その男はヒロシが構える剣を見ると、ゆっくり両手を上げ引きつった笑みを浮かべた。


「へへへ、見つかっちまったかぁ。手下もみーんなやられちまったみたいだし……降参、降参だ」


 盗賊の頭領はいかにも悪党といった風貌に反し、素直に敗北を認め降伏の意を示した。無用な戦いが起こらなかった事に安堵したヒロシは、あらためて部屋の中を見渡してみる。


 地下室は殺風景で家具や置物などもなく、頭領の背後にある崩れた壁と、ヒロシから見て右手側の壁沿いに汚れた布が何かに被さっているだけだった。


 だが、その布の膨らみに妙な違和感を感じたヒロシは頭領に剣を向けたままゆっくりと移動し、その布をめくってみた。


「……!?」


 そこには縄で縛られ、声を出せないように猿ぐつわを嚙まされた三人の子供たちだった。大きな怪我こそしていない様子だが身なりは汚れ、ひどく震えて怯えている。


 驚いたヒロシは子供たちの縄を解いてやろうと思い、盗賊の頭領から完全に視線を外してしまっていた。その瞬間、党則の頭領は素早く右手の親指で人差し指に嵌めた指輪を撫でるようにすると、指輪の一部がずれて鋭い刃物が飛び出した。


 刃物の先端には腐ったような色の液体が塗られており、頭領は隙を突いてそれをヒロシに突き立てようとした。


「バカ野郎!! そいつから目を離すなッ!!」


 その瞬間、部屋に響く声と共に地下室へ駆け込んできたダンは剣の先端を向けて投げつけていた。剣はまさに襲いかかろうとしていた頭領の左胸に突き刺さり、切っ先が背中まで貫通するほどだった。


「が……ッ……!」


 盗賊の頭領は腕を振り上げたまま喉から不快な音を吐き出し、そのまま倒れ込んで動かなくなった。ダンは盗賊の頭領に近付いて突き刺さった剣を引き抜くと、驚いて目を丸くしたままのヒロシを睨みつけた。


「おいヒロシ、さすがに今のは呆れたぜ。こいつの指をよく見てみな」


 ダンに言われヒロシが息絶えた頭領の手を見ると、刃の飛び出た指輪が目に止まる。


「そいつはただの刃物じゃねえ。たっぷり毒を塗った暗器ってヤツだ。いくら相手が丸腰に見えても、息の根を止めるまで命の獲り合いは続いてるんだよ。俺が来るのが遅れてたら、一緒にいた嬢ちゃんや薬屋の先生だってやられてたかもしれないんだぞ。お前やっぱり、危機感が足りねえんじゃねえか?」

「ううっ……」


 返す言葉もないヒロシだったが、ダンはそれ以上は言わず、ため息をついてから剣を鞘に納めた。


「まあいい、こんな場所で話すコトじゃねえな。とりあえずこのちびっ子どもを連れて表へ出ようぜ」


 ヒロシたちは子供の縄を解いてやり、急いで砦を離れ馬車の元へと戻って来た。

 泣きじゃくる子供たちをメリアやヒナタがあやしている間に、ヒロシはダンに尋ねた。


「ダン、あの子供たちは?」

「俺の村じゃ見ない顔だし、おおかた近くの村から誘拐されてきたんだろう。ガキってのは、商品としてそれなりのカネにはなるからな。これだから盗賊だのは気に入らねえんだよ」

「ひどいことを……ともかく、あの子たちを家に帰してあげなきゃ」

「……ま、お前ならそう言うだろうと思ったぜ、大将」


 ダンはヒロシの肩をポンと叩いて笑みを浮かべる。


 二人も子供たちの元へ近付いて汚れた身体や顔を拭いてやると、どこから連れて来られたのかを尋ねた。子供たちが口にしたのは、砦から見て目的の街道の方角にある、険しい山地に位置する村の名前だった。


 余計な回り道をせずに済んだことに安堵しつつ、次の目的地が決まった。



第十七話 盗賊団の砦  おわり

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