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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第三章 北の辺境
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第十六話 案内人(2)


「――う、うーん……」


 しばらくして目を覚ますと、ぼんやりした視界にメリアの顔が見える。直前までの記憶を思い出せず、身体は地面に横たわっている。とりあえず立ち上がろうと身体を起こした瞬間、頭の内側から重く響くような痛みが広がり、ヒロシは顔を歪める。


「うわっ、痛ててて……頭がガンガンする……それになんか気分も……うっぷ」


 青ざめた顔で呟いていると、メリアが木製のカップに入った水と粉薬の包みを渡してくれた。


「大丈夫ですか? 強いお酒を一気に飲んだから、身体がびっくりして気絶しちゃったってヤクモ様が言ってました」

「ああ、そうだったっけ……えと、この薬は?」

「二日酔いによく効くお薬だそうです。飲んでおくと楽になりますよ」


 ヒロシは言われた通りに包みを開く。粉薬は鮮やかな黄色の粉末で、現実世界でも見たことのある胃腸薬などによく似ていた。


(なるほど、こりゃ効きそうだ。食べ物とか薬とかは、やっぱり異世界でもあんまり変わらないんだな)


 そんなことを思いつつ粉薬を口の中に入れ、水で喉の奥へと流し込む。ふう、とため息をついて周囲を見ると、宴の賑わいも落ち着き、片付けをしている村人の姿が多く見られた。別の方向へ顔を向けてみると、無数の空になったジョッキに囲まれたヒナタとダンが、二人ともだらしなく地面に寝転んでいた。


「ふへへ……こ、この勝負はアタシの勝ちだニャ……オエップ」

「こ、こんな底なしの()()()()がいやがるとは……ぬかったぜ……グエップ」


 踏まれたカエルのような声を発する二人だったが、しばらくすると突然ビクンと身体を震わせて立ち上がり、二人同時に慌てて近くの植え込みまで走っていくと、そこで盛大にリバースした。


「「ゲロロロロロ!!」」


 調子に乗って酒を飲みすぎた者の末路であった。しばらくすると片付けの手伝いを終えたツキヨがヒナタの元へ近付き、植え込みに頭から突っ伏している彼女の首根っこを掴むと、ズルズルと地面を引きずりながら連れていってしまった。


「……俺たちもそろそろ戻ろうか」

「はい。ちゃんと立てそうですか?」


 まだ頭がグラグラするが、いつまでも地面に座っていられないとヒロシは立ち上がる。身体は動くがフワフワとした感覚に包まれ、顔は熱っぽく頭痛も地味に続いている。それでも寝泊りしている小屋へ向けて進もうと足を踏み出すと、すぐに足がもつれて転びそうになってしまう。


「あっ……!?」


 ヒロシの身体がバランスを崩す前に、メリアがヒロシの手首を掴んで事なきを得る。


「おっとと、助かったよメリア。昔から酒は弱くてね……飲み会になるとすぐに潰れるから、会社の連中にはつまんねーヤツだとか言われてたっけ。はぁ、やっぱり今回もダメだったか」


 ヒロシがそうため息をついた後も、メリアはヒロシの手首を握ったまま離さないでいた。


「お酒を飲むと乱暴になる人も多いですから、そういうのよりずっと良いと思います」

「そっか、メリアも下働きとか接客の仕事で苦労してたんだもんな。そう言ってくれると気が楽になるよ、ありがとう」


 気恥ずかしそうに言うヒロシをじっと見て、メリアはヒロシの手首から手を離し、そっと彼の手を握る形に変える。


「また転びそうになってもいけませんし、このままで帰りませんか?」

「えっ、ああ、うん。よ、よろしく……」


 思いもよらない状況に少し言葉を詰まらせながら、ヒロシはメリアと手を繋いだまま歩き出した。慣れない雰囲気に視線が落ち着かないヒロシだったが、ふとメリアの方を見た時、彼女の顔が少しだけ赤くなっているように見えた。だが、それは宴で振舞われた酒のせいだったのか、そうでなかったのか、ヒロシには分からなかった。


 翌日、ヒロシたちは寝泊まりしている小屋の扉を叩く音で目を覚ました。まだボンヤリする頭でヒロシが扉を開けると、そこには筋肉質の大男が立っていた。鎧などは身に付けておらず、普段着であろう布の服を着た姿であるが、まぎれもなくダンその人である。


「よう、昨夜はよく眠れたか? 俺も久々に飲み過ぎちまったぜ、がはは!」

「うわっ、声でっか……いやあ、結構きつい酒を飲んだせいでまだ少し残ってるような……」

「立って喋れてるなら大丈夫だろ。それより大事な話があるんだが、入ってもいいか?」

「ああ、ちょっと待った。みんなにダンが来たって伝えてくるよ。それに着替えないと」


 部屋着のままだったヒロシは小屋の中へ引っ込み、仲間にもダンが来たことを伝えた。元から早起きなメリアとヤクモはすでに着替えを済ませていたが、ヒロシとツキヨは部屋着のままで、ヒナタに至ってはまだベッドでいびきをかいていた。全員に声をかけてから着替えを済ませると、ヒロシはダンを小屋の中へ招き入れた。テーブルに並んで全員が向き合う形で椅子に座ると、ダンは一枚の大きな紙をテーブルの上に広げた。無数のシワが入ってあちこち痛んでいる紙には、手書きの陸地や海、山などが描かれている。


「これは……古びてるけど地図みたいだな」

「おう、結構いい値段したんだぜ。こんな僻地じゃあ、地図のひとつでも貴重品だからな。ま、それはともかくとしてだ……こっちが北、ど真ん中で左右に伸びてるのが大陸の南北を分かつ山脈だ。ここまではいいな?」


 ダンが地図を指して全員の顔を見回すと、さらに話を続ける。


「山脈の南側にあるデケえ城、これがお前らが居た王都だ。反対に山脈の北、真ん中より東寄りにあるこの街が、魔王軍の拠点になってる場所だ。お前らが乗り込んだ魔王軍の本拠地ってのは、たぶんここだろうな」


 地図の点を指して説明するダンの言葉に耳を傾けながら、ヒロシは尋ねた。


「それで、この村は地図だとどこら辺にあるんだ?」

「ん、うちの村はココだな」


 ダンがトントンと指で叩いて示したのは、地図の北西の端ギリギリといった場所であった。詳しい地形は分からないまでも、大陸の中央からはかなり離れた場所のようである。


「こ、こんなに遠くまで飛ばされてたのか。こりゃあ王都に帰るまでどれだけ時間がかかるやら……」

「運が良かったと思いな。中央から遠く離れてたからこそ、お前らは魔王軍の追跡に遭わずに済んだんだからな」

「ま、まあ、それはそうだけど」

「ここからが本題だが、お前らが王都に戻るには荒野と山地を抜けて、中央の街道まで出る必要がある。だが見ての通り、そこに出るまではかなりの距離があるし、険しい土地をいくつも通り抜けなきゃならねえ。そこんところ、ちゃんと覚悟しとくんだな」


 ダンの言葉にヒロシたち全員に緊張が走るが、じっと地図に目を落としていたツキヨが言った。


「今の話だと中央の街道を目指すという事だが、そこは魔王軍の監視も厳しいはず。それについてダンはどう考えているんだ?」


 ツキヨの問いはもっともであったが、ダンは口の端を持ち上げて笑う。


「もちろん織り込み済みだぜ。街道に出られりゃ、俺の知り合いと合流できる。そこでちょっと手を貸してもらえば、魔王軍の目を誤魔化して王都まで戻るのはそう苦労しねえはずだ」

「その話、信じて良いのですね?」

「おう、こっちだって命がかかってるからな。適当なホラ話を提案したりしねえさ」


 どうやらダンには無事に王都へ行くための当てがあるらしく、今はヒロシたちもその話に乗るしか方法は無さそうである。


「……分かったよ、俺たちも他に当てはないんだし、王都に戻るまでの道のりはダンに任せるよ」

「へへっ、そう来なくちゃな。俺としても王都には足を運びたいと常々思ってたトコなんだ。みんなよろしく頼むぜ」


 今後の計画が決まり、ヒロシたちはいよいよ辺境の村から王都を目指して旅立つことになるのだった。その日は旅の支度に費やし、必要な食料や道具などを買い揃えると、翌日に村の入口に用意された馬車に乗って、辺境の村を後にした。それから丸二日ほど進んだ所で、馬車はその歩みを止めた。御者をしていたダンは馬車から降り、進行方向の先をじっと見たまま立っている。不思議に思ったヒロシたちが荷車から降りてみると、ダンの眺める方角に小高い丘があり、その頂上付近に小規模な集落のようなものが見える。だがその周囲は無数の尖った杭で囲まれ、物々しい雰囲気である。


「ダン、あれは……?」


 ヒロシが尋ねると、ダンは腕組みをして集落らしき場所を見つめたまま答えた。


「古い砦の跡だ。長い間使われてなかったんだが、しばらく前から三十人くらいの盗賊どもが住み着きやがった。大した連中じゃないが、一般人にとっちゃ厄介な連中に変わりはねえ。村を出てくついでに、心配事は片付けておきたいと思ってな」

「まさか、あいつらと戦うつもりなのか?」

「俺一人じゃ厳しいが、魔王軍の本拠地に乗り込んで生き延びたお前らがいれば話は別だ。その実力とやらも見ておきたい所だしな。この程度の連中も倒せないようじゃ、魔王軍を相手にするなんざ夢のまた夢だろ?」


 盗賊団に戦いを挑むと聞いてヒロシは尻込みしたが、他の仲間たちはそうでもないといった様子で、特に驚いた様子は見られなかった。


「世話になった恩もあるし、村のためにひと仕事するくらいアタシは構わんニャ。身体も少し鈍ってるから、いい運動ニャ」


 ヒナタがそう言うと、ツキヨも隣で頷く。


「私も同意見です。連中を放置していれば、いつ村が襲撃されるか分からない。後顧(こうこ)の憂いを断つに越したことはないでしょう」


 その言葉を聞いていたヤクモもまた、盗賊団の砦を眺めつつ言った。


「私もダンや皆と同じ意見です。彼らとの戦いを避けようにも、あの砦を迂回するとなれば余計な回り道になりますし、無事に通してくれるとも限りません。ならば先手を打って仕掛けた方が得策かと」


 最後にヒロシはメリアに顔を向けてみるが、彼女も杖を握り締め、じっと砦の方を見つめている。


「メリアは大丈夫かい? 盗賊と戦うっていうのは……」

「……大丈夫です。あの人たちが村を脅かすなら、見過ごすわけには行きませんから」


 どうやら全員の意見は一致しており、腰が引けているのはヒロシだけのようである。さすがに自分一人だけ嫌がっても仕方が無いと思い、ヒロシは少し躊躇いつつも覚悟を決めた。


「みんな盗賊退治に異論は無いみたいだ」

「よし。それじゃどうやって攻めるか作戦会議だ」


 ダンは仲間の方へ振り返り、盗賊団の討伐作戦について自分の計画を語り始めるのだった。



第十六話 案内人  おわり

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