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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第三章 北の辺境
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第十六話 案内人(1)

登場人物


ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性

    特別な能力がなにも無い『無能』の人


メリア:木精(ドリアード)の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明

    魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い


ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士

    かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある


ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士

    剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格


ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ

    非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる


ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット

     女神の手により失った機能をいくらか回復した


 ヒロシたちが辺境の村に滞在して一週間が過ぎた。ヒナタとツキヨの怪我も完全に回復し、すぐにでも自宅のある王都へ戻りたい所だったが、そう簡単には動けない事情があった。正確な現在地が分からない現状では、王都への帰還ルートを決めることも出来ない。見知らぬ土地でやみくもに出発し、道に迷ったり魔王軍に発見されれば一巻の終わりである。ヒロシたちが無事に王都へ戻るためには、土地に詳しい案内人が不可欠だ。だが場合によっては魔王軍と事を構えるかもしれない危険な道のりに付き合ってくれる案内人など、そう都合よく見つかるものでもない。ただ村長によると、今は狩りに出ている男が案内人を引き受けてくれるかもしれないというので、ヒロシたちはその人物が戻るのを待つしかなかった。


 それから数日後の朝、村の入り口に数台の馬車がやってきた。毛皮や肉、その他にも多くの食料や雑貨などの積み荷を満載した馬車の周りには、多くの村人が集まり、賑やかな声を聞いたヒロシたちも馬車の近くでその光景を眺めていた。村人たちは手分けをして積み荷を運び出していたが、その中に一人だけ場違いな風体の男がおり、積み荷の運び先などについてテキパキと指示を出していた。年齢は三十から四十代くらい、身長は百九十センチほどもあり、太い骨格を鍛えられた筋肉で覆ったたくましい体格の持ち主である。短く刈られた頭髪と幅の広い顎の顔には、厳しい環境を生き抜いてきた証拠たる頬の傷が残り、その瞳は獲物を狙う猛禽のような鋭さを秘めていた。彼は小さなウロコ状の板を並べた鎧と毛皮のマントを身に付け、背中には人間の背丈ほどもある大剣を、腰には短めの剣をそれぞれ差しており、見るからに手練れの戦士という風貌であった。男は見慣れない来訪者であるヒロシたちの姿を見つけると、つかつかと彼らの元へ歩み寄って来ると、腕を組みながら言った。


「よう、見ない顔だなお前さんら。村の連中が気にしてねえってことは、悪いヤツらじゃ無さそうだが」


 いきなり値踏みをするようにジロジロと眺めてくる男だったが、横から村長が現れるとヒロシたちから一歩引いて距離を取る。


「今回も成果は上々だったようじゃな、ダンよ。この人らは客人として村に留まっておる。無礼をするでないぞ」


 その大男の名はダンと言うらしく、組んでいた腕を解いてヒロシの方へ差し出す。


「じっちゃんが言うんなら間違いねえみたいだな。俺の名はダン、よろしくな兄ちゃん」

「あ、どうもヒロシです。訳あって村にお邪魔してまして、村長さんにもお世話になってます」


 かつての仕事で幾度となく繰り返したような挨拶をしながら、ヒロシはダンの手を握り返す。その手の皮は分厚くゴツゴツとしており、同じ男でもヒロシのそれとは大違いである。それだけでもダンが多くの場数を踏んで来たであろうことは容易に想像がつく。


「だかお前さんら、なんだってこんな田舎までやってきた? 間違っても観光で来るような場所じゃねえぞ」

「ああ、ええと……それは少し複雑な事情がありまして」

「事情? なんだ言ってみろよ」

「その前にひとつだけ……魔王軍のことは知ってますよね?」


 その言葉を口にした途端、ダンの表情がにわかに険しくなる。


「この辺で魔王軍を知らない奴はいねえよ。奴らは城や街を次々に襲っては、捕らえた人間を奴隷としてコキ使ってやがる。反抗するヤツは皆殺しにしてな。俺の親類や仲間も大勢やられたよ、クソったれが」


 なにかを思い出したのか忌々しげに語るダンは、魔王軍に対する強い敵対心を隠そうともしていない。


「この村に魔王軍は来なかったんですか?」

「見りゃあ分かんだろ。ここは魔王の城からは遠く離れすぎてるし、資源も無けりゃあ人間の数もたかが知れてる。つまり軍隊を動かしてまで侵略するような()()()がねえってことだ」

「な、なるほど」


 貧しい辺境だったことが幸いしてか、この村に魔王軍の影響は届いていないようで、ヒロシは内心胸を撫で下ろす。これなら自分たちの素性を明かしても問題ないだろうと、ヒロシは仲間たちの顔をちらりと見てからダンに言った。


「実は俺たち、魔王軍の機械を壊すために基地へ乗り込んだんです。けど、そこで四魔将の一人に出くわしてしまって……なんとか機械は破壊できたけど、その影響でこの村の近くまで飛ばされてしまったんですよ」


 ヒロシの説明を聞いた途端、ダンは目を見開いて詰め寄り、ヒロシの両肩を強い力で掴む。


「なんだと!? お前ら魔王軍の基地に攻め込んだのか!?」


 ダンはヒロシの他にも、見慣れない仲間たちを次々に目をやりながらわなわなと震える。


「信じられん……こんな女子供の寄せ集めみたいな連中が、四魔将を相手にしながら生き延びただと……!」


 傍目からすれば誰でも似たような感想が出るだろうなと思いつつ、ヒロシは苦笑する。ダンの発言を聞き逃さなかったヒナタとツキヨは一歩前に出て、じっとダンを見つめながら言った。


「まあアタシらは天才だからニャ。今の言葉、今回だけは聞かなかったことにしといてやるニャ」

「手合わせが希望とあらば、いつでも受けて立つ。言葉を交わすよりその方が手っ取り早いだろう」


 達人は向かい合うだけで互いの力量を推し量れると漫画で読んだことがあるヒロシだったが、彼女たちとダンの間に流れる空気がまさにそれなのだろうと思った。


「いや……急な話で驚いちまったもんでな。気を悪くしたなら謝るぜ、すまん」


 以外にもすんなりと非を認めたダンの態度に、ヒナタもツキヨも口の端を小さく持ち上げ、それ以上の衝突は起こらなかった。


「――というわけで、俺たちは王都へ戻りたいんだけど、どこをどう進めばいいのかさっぱり分からなくて」

「そういうことかい……なるほどな」


 事情を聞いたダンは少しうつむいて考え込んでいたが、やがて顔を上げて言った。


「よし、それなら案内役は任せてくれ。俺がお前たちを王都まで送り届けてやる。この辺の土地は俺の庭みたいなもんだからよ、最短ルートで帰れるはずだ」

「本当ですか、やった!」

「ただし、俺の頼みも聞いてもらおうか」


 喜んでいるヒロシに釘を刺すように、ダンは少し強めの口調で言う。


「俺もあんたらの仲間に入れてくれ。それが道案内の条件だ」


 急な提案に面食らったヒロシは、ちょっと待ってくれと言いながら仲間たちの方に向いてコソコソと喋り始める。自分一人の独断では決めかねる話だったが、今は彼に案内を頼むより他にないという結論となり、ヒロシはダンに向き直す。


「な、仲間にするのは大丈夫みたいです。ダン……さん」

「わはは、さんは付けなくていいぜヒロシ。俺はかしこまった言葉遣いとか苦手でよ、普通に話しかけてくれりゃいい」

「わ、分かった。それじゃ道案内よろしく頼むよダン。あ、でも大丈夫かな」

「あん?」

「ダンがこの村からいなくなったら、村の人が困るんじゃないか?」

「ああ、それなら気にすんなよ。俺一人が居ないくらいで、どうにかなるほど村の連中はヤワじゃねえさ」

「そっか、それならいいんだけど」

「へへ、そうと決まれば今日は宴でも開くとするか! お互いのためにパーッと景気づけと行こうぜ!」


 ダンは上機嫌に笑い、仲間のいる馬車の方へと戻っていく。その後ろ姿を見つめながら、横で話を聞いていた村長が口を開いた。


「ダンは今は亡きわしの弟の孫でしてな。昔から村を出て世界を見たい、腕試しをしたいと言っておりましたのじゃ。今こうして客人がたと出会ったのも、巡り合わせというものでしょうな。ただ、あやつは腕っぷしも強く度胸もあるのじゃが、少々調子に乗りやすい部分がありましてのう。いつかご迷惑をかけるやもしれませんが、どうかよろしく頼みましたぞ」


 穏やかな口調でそう語る村長も、賑わう馬車の方へ足を向けて去っていく。この時の言葉の意味が分かるのは、ずっと後になってからのことだった。その日はダンの宣言通り村の広場で宴が開かれ、普段の質素な暮らしぶりの鬱憤を晴らすように、豪華な料理と酒が振舞われた。特にヒナタは大喜びで塊の肉を平らげ、村の男たちと飲み比べをしては次々に返り討ちにしてしまい、彼女の周りは村人たちが集まり、すっかり盛り上がっていた。


「ニャーッはっはっは、おめーらだらしねーのニャ! 次の挑戦者はどいつだニャ!」


 ジョッキを掲げてケラケラ笑うヒナタの正面に、たっぷり酒の注がれたジョッキを持った大男が歩み寄る。


「大したもんだなあ姉ちゃん。いっちょ俺の相手もしてもらおうか」


 ダンはニヤリと笑いながらその場に腰を下ろし、ヒナタと向かい合う。


「ふーん。おっさん、なかなか強そうだニャ。アタシにどこまで付いてこられるかニャ?」

「おいこら誰がおっさんだ。俺はこう見えてもまだ二十代だぞ。ギリギリな」

「そんなん大して変わんねーニャ。オメーのカンゾーがどこまで耐えられるか、アタシが試してやるニャ!」

「おうっ、望むところだッ!」


 そう言って二人は同時に、ジョッキに注がれた酒を口に付けゴクゴクと飲み干していく。拍手喝采で賑やかな光景を少し離れた場所で眺めつつ、ヒロシとメリア、ヤクモとツキヨは落ち着いた様子で丸太の椅子に腰掛け、食事と酒を口に運んでいた。


「ふう……この肉料理、味付けはシンプルなのに美味しいなぁ。色々とバタバタしてたから、久しぶりにしっかり食べた気がするよ」


 ヒロシは空になった食器を置き、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟く。その様子を見ていたメリアは、少し不思議そうな顔をしていた。


「ヒロシ様、それはお祈りかなにかでしょうか? 食事の前にもよくそうしてましたよね」

「ん? ああ、これは元の世界での習慣で……食事の時には命を頂きます、ご馳走様でしたって言うように教えられるんだ。この料理の肉も、最近までは生きてた命だったわけで……だからありがたく食べて、命に感謝する気持ちを忘れないように、ってね」


 メリアがじっと黙ってヒロシの顔を見つめてくるので、ヒロシは妙な事を口走ってしまったのかと少し焦る。


「ああ、ごめん。変な話しちゃったかな」

「いえ……そういう考え方は、とても素敵だと思います。私もこれからやってみようと思います」


 メリアも空になった食器に向かい、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。それを横で見ていたヤクモとツキヨも、同じように両手を合わせ「ごちそうさまでした」と呟いた。


「命を感謝して頂く……良い心がけです。与えられることを当然と思うようになれば、心は荒む一方ですから。常に感謝の気持ちは忘れずにいたいものですね」


 ヤクモが微笑みながらそう言う隣で、ツキヨも小さく頷いている。何気ない習慣であったが、仲間たちには好意的に受け止めてもらえたようでヒロシは少し安心していた。


「ああ、そういえばツキヨ、ちょっと気になってたんだけどいいかな」

「はい、なんでしょう」


 ヒロシはツキヨの食事が乗っていた皿に目をやってから、彼女に尋ねた。


「ツキヨって果物とか野菜しか食べないけど、肉は食べなくても平気なのかい?」

「それなら心配には及びません。私の一族は果物と野菜だけで十分栄養が取れる身体をしていますので。肉は食べられなくはないですが、得意ではありませんね。ヒナタは私と真逆ですが」

「へえ、そうだったのか。肉を食べなくてもこれだけ育つとか、モデルさんが羨ましがりそうだな……うーむ」


 ツキヨの見事な胸元を眺めつつヒロシが呟いていると、ツキヨはいつもと変わらない口調で言った。


「ヒロシどの。女性の胸に興味があるのは健康な証拠だと思いますが、もう少し目立たないようにした方がよろしいかと」

「はうあっ!? いっ、いいいいや、ぜ、全然そんなことはないよたぶん!」


 丸太の椅子から転げ落ちそうになりながら言い訳をするヒロシだったが、背後から感じる気配に身震いすると、錆び付いた扉のようにぎこちない動きで振り返る。そこには普段と変わらぬメリアの顔があった。


「はっ……!?」


 それを見た瞬間、ヒロシは悟る。メリアの表情に不自然な所はない。だが、今の会話は彼女にも聞こえていたはずである。そこから感じる雰囲気にヒロシは汗が止まらなかった。


「どうしたんですヒロシ様、喉が渇きましたか?」


 そう言って彼女が差し出したジョッキには、果実酒がなみなみと注がれている。アルコールに弱く悪酔いしがちなヒロシは、軽く口を付ける程度しか飲んでこなかったが、その無言の圧力に耐えられなくなったヒロシはジョッキを受け取り、それを一気に喉へ流し込んだ。勢いに任せてどうにかジョッキ一杯分を飲み干したものの、この地方の酒はアルコールの度数が高く、ヒロシにとっては強烈な刺激を伴うものだった。


「うぐっ……!?」


 喉が焼けるような刺激の中、ヒロシは仰向けに倒れて目を回し、そのまま気を失ってしまった。


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