第十五話 辺境の村(2)
「おや、なにか気に障ることでも言ってしまいましたか」
「ヤクモどのはいつでも冷静で、その言葉や判断はいつも正しい。けれど人間はもっと感情に動かされたり、時には間違いをするものです。なのに、あなたは本当の顔を常に正しい理屈と笑顔で隠しているように見える。それが気に入らないと言っているのです」
じっと鋭い目つきで自分を見るツキヨに、ヤクモは普段の貼り付けたような笑顔ではなく、本心から笑ってしまったような表情を浮かべた。
「はは、どうやらツキヨどのには隠し事は出来ないようですね」
「ヤクモどのが悪人でない事は私にも分かります。現にこうして私の治療も手厚くしてくれていますし、あなたの知恵や戦略の才能は疑いようもない。だから……もう少し私たちのことも信用して欲しい」
じっと見据えてくるツキヨの視線から目を逸らさず、ヤクモは言った。
「もちろん、私は皆を信じていますとも。ただこのような性分ゆえ、よく言われるのですよ。お前の喋りは商売人より詐欺師のそれに聞こえると」
珍しく困ったような顔をするヤクモを見た途端、ツキヨは思わず吹き出して笑ってしまう。
「ぷっ……ヤクモどのでも、そんな顔をすることがあるのですね。しかし詐欺師とは言い得て妙というか……ふふっ」
「おかげで商売を始めたばかりの頃は、薬を買ってもらうのに苦労しました。ただ効能を説明するだけでは、なかなか客の心を動かすことが出来なかった。だから同業者に商売のコツを尋ねたりしながら、色々試したわけです」
「もしや、普段から笑顔でいることが多いのもそのせいで?」
「ええ、この笑顔と少々大げさな宣伝のおかげで薬は売れるようになりましたが、今度は表情がなかなか元に戻らなくなりまして」
日頃の貼り付けたような笑顔にそんな理由があったのかと、ツキヨは納得すると同時に再びつい笑ってしまっていた。
「ふふ……いや、失礼。ですが少し安心しました。ヤクモどのも色々苦労されたようで」
「もう少し愛想よく生まれ付いていればと、何度も思ったものです。しかし、つまらない話をお聞かせしてしまいました」
ヤクモの話を聞いているうちに、少々張りつめていたツキヨの表情もいつしか柔らかいものへ変化していた。
「いえ、いい話が聞けました。またそのうち、色々と聞かせてくださいヤクモどの。背中を預ける仲間の事は、もっと知っておきたいので」
「このような話でよければ、いくらでも」
打ち解けた雰囲気で言葉を交わす二人の様子を目ざとく見ていたのは、テーブルでシチューを食べさせてもらっていたヒナタだった。ヒナタは敏感にそれを感じ取って目を光らせると、席を立ってツキヨのベッドに近付いた。
「おんやぁ? なーんか二人してイイ感じに喋ってなかったかニャ? なーんかあやしーニャー」
ニヤニヤと笑うヒナタの頬をギュッとつねり、ツキヨは呆れ顔で言う。
「手当てをしてもらった礼を伝えていただけだ。それに言葉を交わせば理解が深まることもあるだろう」
「ギニャー!? 痛い痛い、ツキヨやめるニャ!」
ツキヨがパッと指を離すと、ヒナタは頬をさすって涙目になりながらヤクモを見る。
「うぇーんヤクモー、ツキヨがいじめるー。なんかお薬出してニャー」
「ふむ……肌の腫れにはこの軟膏が良いでしょう」
ヤクモが薬箱から出した軟膏を頬に塗ってもらうと、ヒナタはむすっとした顔でツキヨに目を向けた。
「まったく、冗談なんだからもうちょい手加減するニャ。跡が残ったらツキヨにキズモノにされたって言いふらすからニャ!」
「……それだけ喋れるなら、本当に傷はもう大丈夫そうだな。だが、せめて今日は静かにしていてくれ」
「わーかってるニャ、怪我人の隣で騒いだりしねーニャ。あ、そうそうヤクモ、ひとつ聞きたいコトがあったのニャ」
ふと思い出したように尋ねるヒナタに、ヤクモは顔を向ける。
「はい、どのような質問でしょう?」
「あのさー、例の転送装置とかいうの? ぶっ壊す時に、ヤクモはあのゲスいカチカチ野郎をブン投げたニャ。あれどうやってんのニャ? ヤクモの腕力じゃ、あんなデカブツ投げ飛ばせないはずニャ」
「ああ、そのことですか。あれは私の故郷に伝わる武術のひとつです。互いの重心を見極め、力ではなく技で相手を倒す。そういう戦いの技術が、私の生まれた東方には古くから伝わっているのです」
「へー、なんか面白いニャ。それってアタシにも使えんのニャ?」
「その気があるのなら、お伝えするのは構いませんよ。ただしこの技術はあくまで対人間用のもの。魔物には通じないこともあるのは覚えておいてください」
「オッケー、わかったニャ! んじゃ、後で技の稽古を付けてくれニャ。あの時みたいに武器が通じない奴が出てきたら、別の手が使えるようにしときたいのニャ」
元気よく手を挙げて返事をするヒナタに、ヤクモは頷いて薬箱を片付け始める。そして彼が椅子から立とうとしたところで、ツキヨが呼び止めた。
「あの、ヤクモどの。ケガが癒えたら私にもその技を教えて欲しいのですが」
ヤクモはいつものように口元に笑みを浮かべ、こくりと頷く。
「もちろんです。お二人は腕利きの戦士ですから、そう苦労せずに技のコツを得られるはず。ツキヨどのはもう少しだけ休んでいてください」
ヤクモは立ち上がり、ヒナタと一緒に小屋の外へ足を向ける。何をするのか気になったヒロシととメリアも、ツキヨの分の食事を用意してから外へ出た。小屋の外ではヒナタとヤクモが三メートルほどの距離を取って向かい合っており、互いに武器は持たず素手である。
「あれこれと理屈を説明するよりは、まず実際に体験する方が早いでしょう。ヒナタどの、どこからでも打ち込んでみてください」
「ヤクモ、そんなコト言っていいニャ? ケガしても知らんニャよ?」
「素手同士ならば問題ありません。遠慮せずにどうぞ」
「んじゃ行くニャよ!」
ヒナタはぐっと身を屈めてから、全身のバネを使って飛び掛かるように踏み込みながらヤクモに右手を振り下ろす。武器のかぎ爪こそ付いていないが、普段の攻撃方法と変わらない動きである。ヒナタの爪がヤクモの顔面に届こうかというその瞬間、ヤクモは左手をヒナタの右手首に、右手を肘の内側に添えると同時に、右足を軸にして身体を後方に半回転させるような動きをした。それら全ての動作はほぼ同時かつ一瞬であり、ヒナタの身体は突進した勢いのままふわりと宙に浮き、空中に投げ出されていた。
「うにゃっ!?」
宙を舞うヒナタは素早く身を屈め、両膝を抱えるようにして自ら回転を加えると、空中で体勢を立て直し着地する。
「ふー、ちょっと驚いたニャ。技の仕掛けは見えてたのに、全然踏ん張れなかったニャ」
ヒナタが驚きの声を上げると、ヤクモはニコニコしながら両手を叩いている。
「さすがはヒナタどの、素晴らしい反射神経と身体能力です。互いの重心と力の流れを読むことによって相手を倒す、というのがこの技の重要な部分ですが、多少は理解できましたか?」
それは様子を見守っていたヒロシやメリアにとっては、あまりにも一瞬すぎて何が起きたのかさっぱり分からなかったが、技を仕掛けられたヒナタは少し難しい表情をしている。
「うん、だいぶ珍しい戦法だニャ。アタシが見てきた限りだと、こんな技を使ってる連中なんて見たことないニャ」
「ええ、これは私の故郷、はるか東国に伝わる古い武術のひとつです。この技は力をほとんど必要としない代わりに、見えない重心や力の流れといったものを感じる感覚、そして正しい動きが必要となりますので、習得が少々難しくこの地方では広まっていませんね」
「うん、そんな感じがするニャ。でも使える手は増やしておきたいし、あのゲス野郎をぶっ飛ばすためにも覚えとくニャ」
納得したヒナタは早速、技の仕掛けをヤクモから聞いて頷いている。その様子を並んで見ていたヒロシとメリアの方へ顔を向け、ヒナタが声を上げた。
「おーい、せっかくだし二人も技を体験しとくニャ。この技、どっちかっていうとおめーら向きだニャ」
そういってヒナタがこいこいと手招きをするので、ヒロシとメリアが近付くとヒナタはにんまりと笑う。
「おっし、そんじゃいっちょ試してみるニャ。ヒロシ、ちょっとアタシを殴るフリしてみ? あ、フリだけでいいニャ、ほんとに殴ったらしばらくクチきいてやんねーからニャ」
「そ、そんなことしないって。えーと、こんな感じでいいのか?」
ヒロシはヒナタと向き合い、スローな動きでパンチを繰り出す。その一瞬でヒナタは滑るように間合いへ踏み込み、ついさっきヤクモが自分にしてみせたのと同じように両手を身体を動かす。するとヒロシの身体はくるりと回転しながら宙を舞い、背中から地面に叩き付けられた。
「ぐほっ!?」
予期せぬ衝撃に地面でヒロシは悶絶し、その様子を見てヒナタは大いに喜んでいた。
「おっしゃ、一発で成功したニャ! さすがアタシ!」
「これは素晴らしい。日頃から戦いに身を置いているおかげで、必要な動きや感覚はすでに身に付いていたようですね。普通は技の仕掛けを成功させるのに、何年もかかったりするものです」
「へへん、そーだろそーだろー。アタシは天才だからニャ。みんなもっとアタシを崇め奉って、貢いでくれていいニャよ?」
ふふん、と鼻を鳴らすヒナタを見上げ、ヒロシは何度か咳込みながら身体をを起こす。
「いててて……結構ガツンと来たぞ今の……ごほっごほっ!」
「ヒロシ様、大丈夫ですか?」
メリアは心配そうにヒロシの顔を覗き込み、手を差し伸べてヒロシが立ち上がるのを手伝う。ヒナタは起き上がったヒロシとメリアの手をそれぞれ掴み、ヒロシがメリアの右手首を掴む格好にさせる。
「せっかくだし、次はメリアもやってみるニャ。エロ親父とか変態が寄ってきた時にコレ使えると便利ニャよ」
「えっ? あ、はいっ」
「こんな感じで酔っぱらいがメリアに迫って来たとして……あ、ヒロシはメリアの手を引っ張り続けとくニャよ。さて、今は魔法をぶっ放せないメリアはどうするニャ!」
なぜかクイズのようになって戸惑うメリアだったが、試しに引かれている腕を振り解こうとしてみると、彼女の腕力ではヒロシの手から逃れるのは難しそうであった。メリアは一度落ち着いて、ヤクモがしていた動作を思い浮かべてみる。すると不思議なことに、自分の腕やヒロシの身体に、ボンヤリとした薄い光のようなものが見え始めた。それは腕を掴まれている部分では強く光り、決まった方向に光が流れているように見えた。
(なんだろう、この光……?)
メリアは不思議に思いつつ、もう一度掴まれた手を振り解こうと動かす。すると自分の身体の光とヒロシの身体の光がぶつかり、その状態ではビクともしないのだが、ある方向に自分の腕を動かそうとした時だけ、光のぶつかり合いが消える瞬間があり、スッと互いの力が抜けた状態になるのをメリアは敏感に感じ取った。
(これって……)
その角度を慎重に確かめつつ、さっき見たヤクモの動きを真似てメリアは身体を動かしてみた。
「えいっ」
すると力ずくでは動かせなかったヒロシの身体から抵抗が消え去り、あっと思った瞬間にはヒロシの身体がくるりと宙を舞っていた。
「ごっふ!?」
さっきと同じように背中から地面に落ちたヒロシは、背中を仰け反らせながらその場で悶絶していた。
「おっ、おおおおっ……!」
「ご、ごめんなさいヒロシ様!」
メリアは慌てて地面に倒れるヒロシに駆け寄るが、その光景を見ていたヒナタとヤクモは驚きの表情を浮かべていた。
「へえ、メリアなかなかやるニャー。実はけっこうデキるオンナだニャ」
「ええ、これは驚きました。彼女まで一度で技のコツを掴んでしまうとは……」
ヤクモは悶えているヒロシの上体を起こし、背中に掌を叩くようにし当てると、ヒロシは再び咳き込みながらぜえぜえと呼吸を再開する。
「ごほっ、はあっ、はあっ……! 衝撃が芯に、芯に来る……ッ!」
「こういう時は受け身を取らないと危険ですよ。もしやヒロシどの、受け身も未経験ですか?」
「受け身なんて、高校の体育でやった柔道の時くらいで……ええと、つまり未経験ですハイ」
「そうでしたか、ふむ」
ヤクモはしばらく考え込んでいたが、今度はメリアの方に視線を移して言う。
「それにしてもメリアどの、よく技のコツが掴めましたね。実に無駄のない、綺麗な動きでした。とても初めてとは思えません」
ヤクモの問いに、メリアは自分が見た身体の不思議な光について説明すると、ヤクモはしきりに感心していた。
「なるほど。メリアどのは魔法が使えますから、魔力と同じように人の身体にある力の流れ……オーラのようなものを見ることが出来るのでしょう。これは素晴らしい才能ですよ」
「いえ、そんな……でも、上手に出来て良かったです」
「せっかくですし、皆でいざという時のために技の動きを練習しておきましょう。さあ、次はヒロシどのの番です」
ヨロヨロと立ち上がったヒロシは、ヤクモに向けて同じように技を仕掛けてみるのだが、何度やっても上手く行かず、彼の姿勢を崩すことも出来なかった。
「ぜえ、ぜえ……俺だけ……俺だけなんの成果も得られませんでしたッ!」
「そう気を落とさずに。普通はこのように失敗を繰り返しながら覚えていくのものですよ。女性のお二人には、技を成功させるのに必要な基礎がすでにあった。それだけのことです。ついでにヒロシどのは、受け身の訓練も並行してやっておきましょうか。倒れた時に打ち所が悪いと、それだけで命取りになりますからね」
「うう……頑張ります」
しょんぼりと肩を落としながら、ヒロシは力なく頷くしかなかった。それから全員で動きの確認などをしつつ、ヒロシは受け身の練習として地面をゴロゴロ転がり、たまに気分が悪くなってオエッとなったりしていた。翌日には動けるようになったツキヨも合流し、ちょっとしたリハビリも兼ねて全員で技の練習をし、ヒロシは相変わらず投げられたり地面を転がったり、回りすぎてオエッとなったりしながら数日を過ごすのだった。
第十五話 辺境の村 おわり




