第十五話 辺境の村(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
女神の手によりいくらかの機能を回復。ヒロシを主として登録している
ガンバ:ラットリング(ネズミ人)の男
時々現れてはヒロシの手助けをしてくれるネズミ男
ガンバに蹴り飛ばされ、転がるようにポータルからヒロシが飛び出してきた直後、ポータルの向こう側から派手な爆音が響き、それと同時にポータルはかき消すように消滅してしまった。
「ガンバ! おいっ、冗談だろ!?」
身を起こしたヒロシはポータルのあった場所へ手を伸ばすが、指先は虚空を掻くばかりであった。
「なんだよカッコつけて……お前、そんなんじゃなかっただろバカ野郎!」
力の魔将ギリュウの隙を突き、身を挺して自分を救ってくれたガンバの姿はもう見えない。また大きな借りを作ってしまった自分の不甲斐なさにうなだれるヒロシだったが、ふと周囲の様子に目をやって思わず呟いた。
「ど、どこなんだここは……」
そこは荒涼とした灰色の大地だった。今まで自分たちが居た工場らしき場所ではないが、ヒロシたちがやって来た王都東の草原ともまるで違う。空は重苦しい雲に覆われて薄暗く、周囲の地面はゴツゴツした岩肌が剥き出しになっていて植物がほとんど生えていない。しかも冷たい風が常に吹き続けていて、容赦なく体温を奪っていく。
「そうだ、みんなは無事なのか!?」
脳裏によぎった嫌な考えを振り払うように振り向くと、硬い地面の上に横たわるヒナタとツキヨ、そして彼女たちの手当てをするメリアとヤクモ、そして皆を心配しているかのようにじっと見つめているゴーレムの姿があった。
「よかった、みんな揃ってた……ヒナタとツキヨの具合は?」
ヒロシが仲間の元へ駆け寄ると、メリアはヒナタの、ヤクモはツキヨの手足などに食い込んだ破片を取り除いている所だった。ヤクモは手を止めて顔を上げ、ヒロシの方を見上げて言う。
「命に別状はありません。ただし今は立って歩くのも厳しいでしょう。応急措置が済んだらどこかで休ませないと」
ヤクモは再び横たわるツキヨに顔を向け、彼女の足に刺さった鋭い破片に手を伸ばす。
「……痛みますが耐えてください。少しの辛抱です」
ツキヨは半分だけ開いた目でヤクモの顔を見ながら、小さく頷く。ヤクモはが破片を掴んで素早く引き抜くと、ツキヨはわずかに歯を食いしばるような表情を浮かべたが、苦痛の声を発することはなかった。ヤクモは傷口を瓶に入った清潔な水で洗い、消毒作用のある薬を塗ったガーゼを傷口に当てると、慣れた手つきで包帯を巻いていく。同じように数ヶ所の破片を取り除いてツキヨの手当てを済ませると、まだ手当の終わっていないヒナタの処置を引き受け、メリアは手当ての済んだツキヨに回復魔法を施し始めた。
「……」
ツキヨは相変わらず声を出さなかったが、魔法のおかげで痛みが和らいだのか、呼吸も落ち着いてきた。その後すぐに手当てが終わったヒナタは、メリアの回復魔法を受けながらヒロシの方へ顔を向けて口を開く。
「いてて、ちょっとドジったニャ……なあヒロシ、あのネズミ男はどうなったニャ?」
「ガンバは……こっちに来れなかった。あいつ、俺を助けようとして……」
「そっか……疑って悪いコトしたニャ」
そう呟くと、ヒナタは静かに目を伏せる。態度や言葉には出さないが、まだ傷が堪えるのだろう。ヒロシもこれ以上の会話を続けることはせず、必死に手当てを続けてくれたメリアとヤクモを見る。
「二人ともありがとう。俺が怪我した時もそうだったけど、メリアとヤクモ先生がいてくれて本当に良かったよ」
「はい、あとはちゃんと休める場所があればいいんですけど、ここって……どこなんでしょうか」
メリアは心配そうに周囲を見渡すが、それはヒロシもヤクモもまったく同じ気持ちであった。
「どう見ても王都東の草原じゃないよな。俺たちがこっちに来る直前、ポータル発生装置が故障して変な場所に飛ばされたってことかな」
ヒロシが考えていると、ヤクモも周囲の風景を注意深く見つめながら言った。
「この景色を見るのは初めてですが、話に聞いたことのある地域と特徴が一致しています。大陸の南北を分かつ山脈、その北側に広がる魔王の勢力下は、荒れた岩肌の土地が多く寒冷な気候であると」
「いっ!? じゃあ俺たちは、まだ敵地にいるってことですか!?」
「おそらくは。ただし、この地方の住人全てが魔王軍に忠実というわけでもありません。基本的には魔王軍に侵略され、仕方なく従っている人々が大半と聞きます。人の少ない辺境ともなれば、魔王軍の影響も小さいはずです」
「そ、そうか……なら、少しは安心かな。とにかく人里を探さないと、俺たちも凍えて死にそうだ」
ヒロシは吹き続ける冷たい風に身震いし、辺りを見渡す。周囲はどこも岩が転がる荒地ばかりだったが、傍らで地面に横たわっていたツキヨが耳と鼻をピクピクと動かした後、うっすらと目を開いて風上の方角を指した。
「この方角から……かすかに人の気配と匂いを感じます……軍隊のそれではない……」
それだけ言うと、ツキヨは力なく手を下ろして再び黙り込んでしまう。その様子から見ても、本当は呼吸をするだけでも身体が痛むのを無理して喋ってくれたのはすぐに理解できた。
「他に当てもないし、今は彼女の言う通りにしてみよう。とにかく人のいる所へ行かなきゃ」
ヒロシはゴーレムに命じてヒナタとツキヨの二人を抱え、両腕の上でそれぞれ座るような姿勢にして持ち上げる。楽な姿勢とは言えないかもしれないが、今はこれが二人を運ぶ一番の方法であった。ヒロシたちは荷物をまとめ、ツキヨが指した風上の方角へと歩き出した。およそ三十分ほど歩いた所で、ツキヨの言う通りに人が住んでいるであろう集落に辿り着いた。そこは質素な村で、木材と石で出来た家が立ち並んでおり、住人もこれといった武装はしておらず、部外者であるヒロシたちをジロジロと眺めはするものの、敵対的な行動をする者はいなかった。
「すみません、怪我人がいるんです。どこか休める場所を教えて欲しいんですが」
ヒロシが近くにいた村人に声をかけて事情を説明すると、しばらく待つように言われた。ほどなくして村の奥から村長であるという老人が現れ、来客用の空き家を貸してもらえことになった。
「滅多に客など来ない辺鄙な村でしてな、ろくに宿などありませんのじゃ。この小屋でよければお使いなされ。とても良い宿とは言えんが、暖房とベッドはありますのでな」
「いえ、急な頼み事なのに良くしてもらって本当に助かります。これは宿代ということで」
ヒロシはお金の入った袋を取り出し、数枚の貨幣を村長に手渡す。王都で同じ人数が数日は宿泊できる程度の金額であったが、村長はそれを見て目を丸くしていた。
「お前さん、こんなにもらっていいのかね? こりゃあ大金じゃないか」
「僕らが暮らしてる所での相場ですから。それに落ち着いて仲間の治療もしたいですし」
「そうか……わしらの村も貧しいのでな、金はありがたく受け取らせてもらおう。薬や食料、薪が足りなくなったらワシが用意させよう。ゆっくりお仲間の傷を癒すといい」
「親切にありがとうございます」
ヒロシは礼を言い、急いでヒナタとツキヨをベッドへ寝かせると、暖房に火を入れて冷えた身体を温めた。それから三日後、治療の甲斐もあって負傷した二人は無事に回復し、特にヒナタの方は治りが早く、普通に歩き回れるまでになっていた。
「んー、だいぶイイ感じになってきたニャ。寝るのは好きだけど、動けないのは全然楽しくないニャ」
暖炉の前に立って伸びをするヒナタに、シチューの入った鍋を持ってきたヒロシが声をかける。
「ヒナタはもう大丈夫そうかな。食事持って来たけど食べるか?」
「食べる―! ちょうど腹減ってたニャ!」
ヒナタはテーブルに座ると、上機嫌にニコニコしながらシチューの皿を待つ。
「それにしても驚いたなぁ。魔法や薬のおかげもあるだろうけど、俺の時よりずっと治りが早いんじゃないか?」
「アタシらみたいないわゆる亜人は、ケガの治りが人間より早いんニャ。だからまー、大体が戦士とかに向いてたりするんだけどニャ」
「へえ、そうだったのか。身体能力も高いし、亜人って凄いんだな」
「そうだろそうだろー。もっとアタシを褒めろー、ニャハハ」
そう話しているうちに、シチューを入れた皿がヒナタの前に置かれる。彼女は湯気の立つ皿に目を落としてから、ヒロシにスプーンを握った手を差し出した。
「アタシぃ、猫舌だから熱いのは苦手ニャ。だからフーフーしてて、ついでに食べさせて欲しいニャ」
いつもの悪い癖が始まってしまったとヒロシは思ったが、下手に断って機嫌を損ねるのも良くない。どうしようかと思っていると、静かに表れたメリアがヒナタの隣の椅子に座り、ヒナタの手からスプーンを取って言う。
「まだ病み上がりですし、無理はいけませんよね。だから私が食べさせてあげます」
「あっ、メリアいつの間に……? いや、これはちょっとしたユーモアだニャ」
「私がフーフーしますから、口を開けてください」
メリアは特に表情を変えるでもなく微笑んでいるが、対するヒナタはすっかり目が泳いでしまっている。メリアは熱いシチューをスプーンでゆっくりと掬い、何度か息を吹きかけて冷まし、ヒナタの口元へ持っていく。
「あの、メリア? アタシ本当に熱いのダメで、火傷しちゃうから許して欲しいニャ」
「別に私は怒ったりしてませんよ? さあ、じっとしててください」
「うう~っ!」
ヒナタは目を見開いたまま口を開け、シチューの入ったスプーンを受け入れる。それが舌先に触れた瞬間、思わず目を閉じてしまったが、シチューはちょうどいい温度で、舌が熱いと感じる事もなかった。
「ん……熱くない。てか、普通にうまいニャ」
「そんな意地悪したりしませんから。それと、ヒロシ様をからかうのも程々にしてあげてくださいね」
「はーい、反省しますのニャ」
ヒナタは安心したように肩の力を抜き、メリアから少し覚ましたシチューを食べさせてもらっている。色々と紙一重だった気がしなくもないが、メリアも段々とヒナタの扱いが慣れてきた様子であった。
「代わってもらって助かったよ。メリアの分のシチューも作ってあるから、後で一緒に食べよう」
「はい、ぜひご一緒させてください。私の代わりに料理をしてもらって、こちらこそお礼を言わなきゃいけないのに」
「なに言ってるんだ、メリアはずっと回復魔法を使ってくれてたのに、これ以上無理はさせられないだろ。このくらいは手が空いてる俺がやらないと、それこそ存在意義ってもんが……」
つい苦笑してしまうヒロシだったが、仲間のために自分でもやれることがあるのは単純に嬉しい事だった。
「んじゃ、がんばったヒロシにもご褒美あげるニャ。ほれ、あーん」
ヒナタはいままで口に付けていたスプーンで皿のシチューを掬い、ヒロシの方にぐいっと差し出す。その表情は懲りた様子のない、いつも通りの悪戯を仕掛ける時の笑みである。だが、その行動を先読みしていたのか、メリアはヒナタの手首を握って自分の方へ引き寄せると、スプーンを口の中に入れてしまった。
「あっ、なにすんのニャ!」
空になったスプーンを口元から離し、メリアは笑顔を崩さずに言う。
「次はフーフーしない方がいいですか?」
「あっ冗談だニャ、やだなーもー! ていうかメリアがだんだんツキヨに似てきた気がするニャ!」
その一言で自分たちと出会うまでのツキヨの気苦労も分かる気がしてきたが、深刻になり過ぎないヒナタの明るさに救われているのも事実であった。三人がそんな風に喋っている一方、ツキヨはまだベッドの上で大人しくしており、傍らに座るヤクモの診察を受けていた。ヤクモは新しい包帯を巻き終えると、見慣れた微笑みを浮かべて言った。
「経過は順調です。明日にはツキヨどのも普通に歩けるようになるでしょう。ヒナタどのよりは少々遅れはしますが、お二人の回復力は大したものです」
ツキヨは自分の手に視線を落として握ったり開いたりを繰り返していたが、しばらくしてヤクモの顔を見た。
「色々と手間をかけさせてしまいました。感謝しますヤクモどの」
「礼には及びません。怪我人の治療は当然のこと、それが行動を共にする仲間であれば尚更のことです」
「……」
ツキヨはしばらく黙っていたが、静かに目を伏せてから頭を下げてお辞儀をした。
「どうされました、ツキヨどの?」
「……すまなかったヤクモどの。本当のことを言うと、私は今まであなたの事を信じ切れずにいた。酔狂な目的で行動を共にしてはいるが、本当は別の狙いがあるのではと。だから日頃から、あなたの行動は秘かに監視していたのだ……どうか許して欲しい」
頭を下げたまま詫びるツキヨに、ヤクモは彼女の手を取って言う。
「許すもなにも、ツキヨどのは間違っていませんよ。あなたの行動と判断は正しい。ですから顔を上げてください」
意外な発言にツキヨが顔を上げると、ヤクモはいつも通りの笑顔のままで続けた。
「私には皆のような切実な理由はなく、言うなれば己の欲で行動している身。そのような人間を簡単に信頼してはならないのは、ごく当然のことでしょう。ヒロシどのを含め、他の皆さんは人を疑う事には向いていないようですから、ツキヨどののように慎重な判断をするのも大事なことです」
ヤクモは冷静に自分の立ち位置を語り、それはツキヨが内心思い続けていた考えとまったく一致するものだった。だからこそ、ツキヨにはどうしても不満に思えてならないことがあるのだった。
「……やっぱり気に入りませんね、あなたは」




