第十四話 力の魔将(2)
ヒナタは大きな瞳をギラつかせ、低い姿勢から一気にギリュウへと肉薄する。ギリュウもハンマーを頭上に振り上げ迎え撃とうとするが、ヒナタは直前で急制動し、横っ飛びでいきなり進行方向を変えた。ハンマーはそのまま振り下ろされ床を抉るが、それを乗り越え踏み台にしながら、ツキヨが高く跳躍しギリュウの頭上を取った。ツキヨは空中で剣を真下に向け、両手で柄を握って全体重を乗せながら落下する。
「覚悟!」
「へっ、こんなモンで隙を突いたつもりかよ!」
ギリュウは不敵な笑みを浮かべると、叩き付けたばかりのハンマーを強引に腕力だけで引き上げ、振り降ろしと逆の軌道で叩き付けようとした。だがツキヨはその動きを見越していたとばかりに剣を引き、両膝を抱えるようにして身体を縮めながら身体をひねり、皮一枚の所で直撃を避けた。
「なんだと!?」
武器を振り上げてがら空きになったギリュウの懐には、いつの間にかヒナタが滑り込むように入り込み、間髪入れずかぎ爪を横なぎに降り抜いた。
「ぐっ……!?」
ギリュウは咄嗟に空いていた左腕で防御の動作を取り、その腕には三本並んだ切り傷が走り、血を流し始めていた。
「ツキヨ、やっぱり予想通りニャ!」
ヒナタは素早くギリュウの間合いから飛び退き、先に着地していたツキヨの隣に並ぶ。
「ああ、やはりさっきのように攻撃を弾くには、動きを止めていなくてはダメらしいな。動いている最中の死角や意識外からの攻撃なら勝機はある!」
「攻略法が分かったらこっちのもんだニャ。おめー、さっき一滴でも血を流したらアタシらの勝ちとか言ってたよニャ!」
ツキヨとヒナタが次の攻撃の機会を伺いながら言うと、ギリュウはわなわなと肩を震わせ、血が滴る左腕を強く握り締める。すると腕の筋肉がグッと盛り上がり、三本並んだ切り傷がぴたりと閉じてしまう。
」
「調子に乗ってんじゃねえぞテメェら! その手が通じるかどうか、もう一度試してみろやオラァ!」
ギリュウは目を血走らせ、興奮した様子で鼻息荒く近付いて来る。その姿には絶対の自信があり、彼の身体にみなぎる必殺の気配に肌が焼けるような錯覚すら覚えるほどだった。
「いけない二人とも! 今の目的はこの場を脱出することです! 奴とまともに向き合っては――!」
嫌な予感を感じて叫ぶヤクモだったが、時すでに遅し。ギリュウは腕を振って足元に散らばる床の破片をかき集めると、それを力任せに投げつけてきた。瓦礫をただ投擲するという原始的な攻撃だが、そこに魔将の圧倒的な腕力が加わった時、それは恐ろしい殺傷力を秘めた散弾へと変貌し、ヒナタとツキヨを襲う。
「うわ……ッ!?」
「ぐっ……!?」
かろうじて頭部や顔面への直撃は避けたものの、ヒナタとツキヨの手足や身体には無数の破片が直撃し食い込んだ。二人はその場から弾き飛ばされ、地面に倒れ込んで起き上がれなくなってしまった。
「あう……油断したニャ……」
「は、破片を投げただけでこの威力とは……ううっ……」
二人の様子からして、内臓や骨にもダメージを負っている可能性が高い。そしてこうしている間にも、自爆へのカウントダウンは刻一刻と迫っている。
「チッ、手こずらせやがって。やっぱりケモノ女なんざ生意気でロクなことがねーな。潰れて死ね!」
ギリュウは巨石のハンマーを担ぎ、二人めがけてそれを振り下ろそうと頭上に振り上げた。
「やめろ! ゴーレム、二人を助けてくれ! 新しい武器とかあるんだろ!?」
ヒロシがゴーレムに向かって叫ぶと、ゴーレムは「むっ」と返事をして両目を光らせると、数歩前に出て両腕を交差するポーズを取った。するとゴーレムの全身に青白い光の線が走り、肩や腕、脇腹や両足の部分が開くと、ずらりと並んだ小型のトゲのようなものがせり出し、百かそれ以上はありそうなそれらが一斉に発射された。小型の飛翔体はギリュウめがけて飛来し、着弾と同時に小規模な爆発を次々に引き起こした。
「うわっ!? こ、小型ミサイル!?」
爆炎に包まれるギリュウと殺到する小型ミサイルに驚きつつも、ヒロシは倒れているヒナタとツキヨの元へ駆け寄る。いそいでヒナタに肩を貸して立たせると、隣で同じようにヤクモがツキヨを立たせて背負い、すぐにその場から離れ脱出用のポータルが開いている方向へ走る。
「クソどもがぁ……こんなコケおどしが俺に効くかよ!」
ギリュウは降り注ぐ小型ミサイルの雨を全身で受け止めた後、床を蹴って猛然と突撃してきた。そのままゴーレムに体当たりして吹き飛ばすと、すぐにヒロシたちの方に視線を定める。
「そのカスどもを抱えて俺から逃げられると思ってんのか? 言っただろうが、全員この場で潰し殺すってよ」
確かにギリュウの言う通りであった。負傷した彼女たちを背負ったまま、この場を無事に逃げおおせるのは不可能に近い。どうあれ目の前の魔将ギリュウは、自分たちを生かして返す気はないのである。
(こうなったらもう……腹をくくるしかないのか……!)
ヒロシは心の中で決心すると、近くにいたメリアにヒナタを預け、両足の震えを懸命にこらえながらギリュウの方へ一歩進む。
「あ? なんのつもりだ金魚のフン野郎」
「……す」
「なんだって? 聞こえねえぞオイ」
ヒロシはぶるぶると身体を震わせた直後、勢いよく両膝を揃えてその場に座り、両手と頭を深く床に付けて叫んだ。
「お願いします、見逃してくださいッ!」
それは見事なまでの土下座であった。ギリュウはおろか、他の仲間もなにが起きたのか理解が出来ず、ただ唖然とするばかりである。
「なんだそりゃ? テメェふざけてんのか、あ?」
「いいえ、大真面目ですよ。だからこうして頼んでるんじゃないですか」
ヒロシは床に頭を擦り付けたまま、震える声でそう答える。ギリュウはしばらくポカンとしていたが、ヒロシのその姿を見てゲラゲラと大声で笑い始めた。
「くくっ、がはははは! こんな状況で土下座する奴なんて初めて見たぜ! お前よお、恥とかプライドってもんがねーのか?」
「こ、こっちも必死なもんで……恥だのなんだの言ってられないんですよ」
「さっぱり理解できねえぜ。もしかしてお前、必死にアピールすれば自分だけ見逃してもらえるとか思ってんじゃないだろうな」
「そこをなんとか……勘弁してくださいよ」
ヒロシは顔を上げず、土下座したままじっとしていたが、ギリュウはそんなヒロシを侮蔑の色を滲ませた眼で見下ろすと、彼の頭に唾を吐き捨てた。
「あーあー、そういや思い出したわ。こっちに来る前の話だけどよぉ、テメーみたいな役立たずのみっともねえ奴が部下にいたんだよ。人並み程度に働くしか能が無くて、いつも他人の顔色伺って、コメツキムシみてーにペコペコしててな。歳は違うがテメーにそっくりだったぜ。人間、腐ってもあんな風にゃあなりたくねえと思ってたもんだ」
(……!)
その時、床に頭を擦り付けたままのヒロシの目が揺らいだことにギリュウは気付いていない。
「テメーもどうせ、みじめでろくでもない人生送ってきたんだろ。これ以上生きてても無駄だからよ、俺がサクッと終わらせてやるわ」
ギリュウが呆れ顔でハンマーを持つ手に力を込めた瞬間、ヒロシは土下座のままで言った。
「……そりゃあ楽な人生だっただろうさ。面倒な仕事は部下に押し付けて、仕事中にパチンコ行くわ居酒屋で酒を飲むわ……それで手柄は全部自分のモノ、失敗は部下のせい。反抗的な相手は弱みを握ったり暴力で脅す……いつもそうだったでしょう、アンタは」
「あ? なに言ってんだテメー。なんでそんなの知って……いや、ちょっと待て。誰だテメェは!」
ヒロシはゆっくりと顔を上げ、ギリュウの顔を睨み上げる。その眼を見たギリュウは初めて驚きの表情を浮かべた。
「お、お前……ヒロシ!? いや、お前は歩道橋から落ちてくたばったはずだぞ!」
「それから色々ありましてね……おかげさまでまだ生き延びてるんですよ」
「この野郎……よくもノコノコと俺の前に顔を出しやがったな。テメーが勝手にくたばったせいで、俺がどんな目に遭ったか分かってんのか!」
「そりゃそうでしょう。あんたが勝手に引き受けてきた仕事や間違ったデータの整理、会議の資料作りから各方面への連絡と調整、備品の棚卸に工事の見積もり、その他にも色々と全部俺がおっ被せられてたんだから。おおかた俺が消えた尻拭いが間に合わなくて、あちこちからつつかれてたんじゃないですか?」
「その通りだよ馬鹿野郎! 社長には死ぬほど詰められて仕事までクビになって、おまけに警察が逮捕状持って俺んとこへ来やがった! それでワケも分からず車で逃げ出して……気付いたらこの変な世界にいたんだよ!」
ギリュウはかつてのヒロシの上司だった男である。本当の名前は伊藤義龍といい、高校、大学とラグビーで鍛えた体格と腕力にものをいわせ、押しの強さだけで強引に世間を渡ってきた男である。彼はヒロシの死によって長年にわたる自分の不正とパワハラが明るみになった後、職を失ったうえに警察に逮捕される直前に車で逃走を図った。その後、腹を空かせてコンビニで酒と食糧を買い込んで食べていたが、飲み過ぎによって気を失うように座席で寝てしまい、その間に吐いたゲロが気管に詰まって命を落としたのである。
「どうやらお互い、ロクな死に方じゃなかったみたいで安心しましたよ。まさかこっちの世界で再会するとは思わなかったけど」
「うるせえ! だがな、案外悪いもんじゃねえんだよこの世界は。なにしろ転生者ってヤツは、タダで反則みたいな能力をもらえるんだからな。おかげで今の俺は、元の世界よりずっとゴキゲンに暮らしてんだぜ」
「……魔王にへつらって、尻尾を振りながらだろ?」
「なんだと。もう一度言ってみろやテメェ」
「自分より上の相手にはゴマを擦って、弱い相手は踏みつける。なにも変わってないな、アンタは」
「それがどうした! あっちでもこっちでも関係ねえ、世の中は強ぇ奴が正義なんだよ!」
「つまりアンタは一生、魔王の手下として他人に使われながら生きて行くんだな。ずいぶん夢のある話じゃないか」
「おいコラ、テメェはいつからそんな偉そうな口を叩ける身分になったんだ能無し野郎。もう一度言ってみろオラァ!」
ギリュウはハンマーを振り上げてヒロシに叩き付けようとしたが、ヒロシはその行動を予測していたとばかりに前方へ転がり、隠し持っていた小袋をギリュウの顔面に投げ付けた。
「ぐわっ、なんだこりゃ!? 目が痛てぇ、ぐおおおおおっ!?」
それはかつて、ゴブリン退治の時に使ったトウガラシの粉が入った小袋だった。例の一件以来、ヒロシはお守り代わりに小袋をこっそりと持ち歩いていたが、それが思わぬ形で役に立ったのだ。
「こっちだって言いたいことは山ほどありますがね、それどころじゃないんだ。今回は俺たちの勝ちですよ」
「クソッタレがああああああああああ!!」
ギリュウは目を押さえたまま暴れ回るが、さすがに目が見えていなくてはハンマーの攻撃も空を切るばかりである。ヒロシは少しばかり走って距離を取ってから、わざと聞こえるように両手を叩く。
「どこ狙ってる! 俺はこっちだぞ、ちゃんと狙ってみろ! 能無し相手に指一本触れられないのかよ!」
ヒロシは大声でギリュウを挑発し、怒りが頂点に達していたギリュウは怒りに任せ、声のする方にハンマーを投げつけた。だが、それは素早く身を屈めたヒロシの上を通り過ぎ、背後にそびえ立つポータル発生装置に直撃する。
(やっぱりな……あんたはそうすると思ったよ。おかげで装置を確実に破壊できた)
轟音と共に巨石の三分の一ほどが砕け散り、表面に走る無数の青い線や文字がデタラメに光っては消えていく。この瞬間、ポータル発生装置は再起不能のダメージを負ってしまったのである。
「みんな、今のうちに逃げるぞ! 急がないと間に合わなくなる!」
ヒロシの言葉に頷き、怪我をしたヒナタとツキヨ、彼女たちを背負うメリアとヤクモが避難用ポータルへと飛び込んでいく。
「ゴーレムも急げ! あとは放っておいても大丈夫だ!」
ゴーレムもヒロシの言葉に従い、急いでポータルの向こうへと飛び込んで消えていく。
「よし、俺も脱出しなきゃ――」
ヒロシも仲間に続いてその場を後にしようとしたその瞬間、猛烈な勢いで突っ込んできたギリュウがヒロシの首を片手で掴み持ち上げていた。
「ぐはっ……!?」
「に、逃がすかコラァ……テメェだけはこの場で握り潰す!」
目潰しはまだ効いているはずだというのに、ギリュウは執念のみでヒロシの居場所を突き止め迫ってきた。ヒロシはギリュウの執念深さを見誤っていたことに後悔したが、力の差は歴然であり、もはや成す術がない状況であった。
「ヒロシよぉ……まさかこっちの世界で再会するとは思わなかったが、やっぱり目障りだぜテメェは。くたばりやがれ!」
ギリュウがヒロシの喉を掴む腕に力を込めようとした刹那、突然その腕に飛びつく影があった。それは今までどこに隠れていたのか、ずっと気配すら殺していたガンバの姿だった。
「ガ、ガンバ……!」
「なあヒロシ、お前なかなかの役者っぷりだったぜ。魔王軍の大物相手に面白いもん見せてもらったからよ、今回は特別サービスだ!」
そう言うとガンバはギリュウの手めがけて、鋭い前歯で思いっきり噛みついた。ギリュウは気を取られていたこともあって身体の高質化が間に合わず、ガンバの前歯は手の甲を貫いて反対側まで飛び出るほどだった。
「ぐわっ!? こ、このドブネズミがあっ!」
鋭い痛みにギリュウはヒロシの喉から手を離し、ヒロシは首の骨を折られそうな直前で自由となる。
「ほれ、さっさと行け! こいつは俺が抑えとく!」
「抑えとくって、無茶だガンバ! お前も一緒に……!」
「言ってる場合かバカヤロウ! 滅多にねえタダ働きを無駄にするんじゃねー!」
「し、しかし……!」
「いいから行けってんだ! 俺のことなんざ放っておけばいいんだよ!」
ガンバはギリュウの手にぶら下がりながら、ヒロシの背中を思いっきり蹴り飛ばす。ヒロシはそのままつんのめるようにして、避難用ポータルの光の中へと転がるようにして消えていく。
「ぐっ……あと少しの所で邪魔しやがって、このクソネズミ! 死ねっ!」
ギリュウの左手が迫るその瞬間、ガンバの口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
第十四話 力の魔将 おわり




