第十二話 女神の島(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
今は機能の大半を喪失している。ヒロシを主として登録した
クラーケン:恐るべき海の魔物のはずだが、なぜかギャル口調
呪いの錨を刺されて操られていたが、ヒロシに救われ加勢した
その島は背の高い木々の森で覆われており。島の中央に向かって参道らしき道が伸びているのと、海岸に小さな桟橋があるくらいで他に人工物らしいものは見当たらず、まさに無人島と呼ぶにふさわしい場所だった。船乗りたちを船に残し、ヒロシたちが船を降りると、破損した船をこの島まで引っ張ってくれたクラーケンが沖から顔を出して触手を振っていた。
「んじゃ、あたしはここまでだねー。パパとママが心配してるだろうし、一度ウチに帰らないと。この船は家来に港まで送るよう頼んどくから、安心していーよ。ほんと、助けてくれてありがとね! また困ったことがあったら手伝うから、いつでも呼んでよね!」
見た目は途方もなく巨大な白いイカだが、実に気さくな性格である。島まで船を引っ張っている間もよく喋り、鼻歌を唄っていたりと元来おおらかで明るい性格のようである。
「あ、そうそう。あたしの名前はエリザベスっていうの。でも友達からはエリーって呼ばれてるから、みんなもそう呼んでいーよ。んで、あたしを助けてくれたおにーさんの名前は?」
そういえば名前も名乗っていなかったことに気付き、ヒロシはクラーケンことエリーに向かって手を振りながら言う。
「俺はヒロシだ! 島まで送ってくれて助かったよ!」
「りょ、ヒロシだね! 今日はバタバタしちゃってゴメンだけど、またゆっくりお礼させてよ。それじゃみんな、まったねー!」
エリーはそう言うと巨体を海中に沈め、元気よく去っていった。彼女の姿を見送った後、ヒロシたちは参道の奥にあるであろう託宣の神殿へと足を向けた。森の中を十分ほど歩くと、ふいに森が開けた場所に出た。そこはかつて人が作った形跡があり、地面には石材が敷き詰められ、いつの時代の物か分からない石柱が何本も並んでいる。いずれも表面に緑の苔が生え、長い間手入れがされていない様子であった。奥へ進むと雨水の貯まった小さな池があり、その中央には大きな自然石の台座が敷かれ、その上に高さ三メートルほどの楕円形をした、大きな石碑らしきものが立っていた。
「ここが託宣の神殿? 思ってたより小さいなぁ」
ヒロシが周囲を眺めて言うと、同じく周囲の様子を確かめていたヤクモが口を開く。
「託宣の歴史は古く、この神殿も建てられた当時のままの形を残している。と、王様より頂いた資料には書いてありましたね」
「なるほど。そう頻繁に人が来る事もないだろうし、これで十分ってことかな」
などと納得していると、メリアが石碑の前に歩み寄り、苔むした表面にそっと手で触れる。彼女はじっとそうしていたが、やがて眼を閉じて黙り込んでしまう。
「……」
ヒロシはしばらく様子を見ていたが、メリアがなかなか目を開かないので、そっと肩を叩いて声をかけた。
「メリア、どうしたんだ? この石碑になにか感じたのか?」
メリアはゆっくりと目を開き、ヒロシの方へ顔を向ける。
「はい、確かに感じました。この場所へ来るのも、この石碑を見たのも初めてなのに……私、これを知っている気がするんです」
「王様が言ってたっけ。託宣の巫女を務める木精は『女神の娘ら』と呼ばれているって。これがそういう事なのか」
「詳しくは私にも分かりませんけど……でも、上手くできると思います」
「うん、それじゃ頼んだよ。女神様の言葉をを俺たちに聞かせてくれないか」
「はい、やってみます……!」
メリアは石碑の前に跪き、両手を胸の前で組んで祈り始めた。ヒロシたちの目にはずっと祈り続けるメリアの姿しか目に映らなかったが、しばらくするとメリアは無言のまま立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。彼女の見た目に変化は無く、いつも通りかと思ったが、どこか目つきが違って見える。そんな風に思っていると、メリアから口を開いた。
「あら、ずいぶんと久しぶりですね。人間たちが私の声を欲するのは、何年ぶりだったかしら」
姿はメリアそのものだが、彼女の口から出る言葉や声は明らかに別人のそれである。
「しばらくの間、託宣の巫女が途絶えてしまっていたようですね。もう人間は私のことなど忘れてしまったのかと思いました」
その声は優しげでありながら、どこか底知れない畏怖を感じさせる。不穏な気配は感じないが、急変したメリアの様子も含め、ヒロシたちの間に緊張が走る。
「ええと、あなたは女神様ですか? メリアではなく?」
ヒロシが恐る恐る尋ねると、メリアはにっこりと微笑む。
「はい、その通りですよ。私はこの世界を見守る者。人間が女神と呼ぶ存在です。今はこの娘……巫女の身体を借りてあなたたちと言葉を交わしています」
「や、やっぱりそうなのか。それじゃさっそくだけど、俺たちは魔王について知りたくてここまで来ました。魔王が何者で、どうして転生者を部下に従えてるのか、他にも魔王について知ってることがあれば、全部教えてください」
ヒロシの質問に、メリアの姿をした女神はじっと押し黙っていた。しばしの沈黙の後、再び彼女は口を開く。
「そうですか。あなたたちはいくつもの困難を乗り越え、魔王の正体に迫ろうと考えるに至ったのですね。それはとても素晴らしい事です。えらいえらい」
女神は子供をあやすように言い、両手をぱちぱちと叩いて微笑んでいる。そんな態度に少し面喰いつつも、ヒロシは次の言葉を待つ。
「すでに聞いているとは思いますが、魔王はこの世界の脅威であり、この世に生きる全ての生命の敵です。そして異世界より召喚された転生者は、天より与えられた『能力』を用いて魔王へ立ち向かう。それがこの世界の理なのです」
それは王様から聞いた話と、なんら変わらない。ダレル王が語った言葉は、確かに女神の言葉をそのまま受け取ったもので間違いはないだろう。だが、それを聞くためにわざわざ孤島まで足を運んだわけではない。
「それは王様から聞きました。けど、俺たちが知りたいのはもっと具体的な……魔王の正体がなんなのか、どうして転生者が魔王と戦うことを運命付けられているのか、どうして魔王はその転生者を配下に加えているのか、分からないことだらけなんですよ。これで魔王と戦えと言われても、納得するには無理があると思いませんか?」
ヒロシの矢継ぎ早な問いかけにも動じることなく、メリアの姿をした女神はじっと微笑んだままである。感情に揺らぎが無く、常に微笑んでいるというのは少し気味が悪くもある。
「……」
緊張感の漂う沈黙の後、女神は少し小首を傾げて言う。
「ええと、なんの話でしたっけ?」
間の抜けた返事に、ヒロシたちはガクッと力が抜けてしまう。
「だから、魔王の事ですよま・お・う! 魔王が世界を侵略する目的とか、どんな相手なのか全然分からないんですよ。それと転生者についても、なぜこの世界に呼ばれて、特別な『能力』を与えられて魔王と戦うのか。それにこの世界そのものだって、俺から見たら色々と違和感がてんこ盛りなんですよ。そのくらい、女神様なら知ってるはずでしょう?」
ヒロシは改めて疑問を並べて女神に問いかけたが、やはり彼女はその微笑を崩すこともなく、じっとヒロシを見つめている。
「あなた……ヒロシと言いましたね」
「は、はい」
「余計なことに気を回すと、長生きできませんよ」
平然とした口調で言い放たれたその言葉に、ヒロシは心臓をぎゅっと握られたような気分になった。
「……女神様が人間の俺を脅すんですか?」
「まあ、人聞きの悪い。これは忠告です。この世には、まだ知るべきでない事があるのです。下手に知識を得てしまうと、それが足枷となり、自らを窮地に追い込むこともあると覚えておきなさい」
「……」
「私は勇敢な人間がむやみに命を散らすことを望んではいません。ですが、この世界の歴史については伝えておきましょう」
女神はそう言うと、静かに語り始めた。
「まず最初に……魔王という言葉は本来、特定の存在を指す言葉ではありません。この世界では時代によりその都度、魔王と呼ばれる魔物が出現しています。もちろん、いずれも強い力を持ち、人間にとっての脅威という点は共通していますが。そしてその度に勇気ある者たち、あるいは転生者が魔王を打ち倒し平和を勝ち取る……そうした営みを繰り返しているのがこの世界です。ですが、これから私が語る『魔王』だけは、それらと一線を画す別物と認識しておいてください」
魔王が複数存在し、時代ごとに出現する。それだけで眩暈がしてくるが、これから女神が語るのは、その中でも特別な存在の話であるという。
「時を遡ること千年の昔……世界は強大な力を持つ魔王によって蹂躙され、滅びの危機に瀕していました。私は人間たちを率いて、魔王の軍勢と激しく戦いました。そこで大きな働きをしたのが転生者です。彼らに与えられた『能力』、その力は魔王にさえ届き得るものでした。当時、魔王は己の力に絶対の自信を持ち、そして転生者の『能力』を侮り、完全に油断していました。その油断を突き、私と人間の軍勢は、ついに魔王を討ち取ることに成功しました。その戦いの中で私自身も力の大半を使い果たし、今はこうして世界を見守る事しか出来ません。ですが人間たちは時が経てば、遠い戦いの記憶を忘れてしまう。だから託宣として、私は魔王の脅威を人間たちに伝え続けて来たのです」
女神の語る壮大な歴史に言葉もないヒロシだったが、女神はさらに驚くべき事実を語った。
「ですが……今になって予期せぬ出来事が起こりました。私たちがかつて倒したはずの魔王が、どういうわけか戻ってきてしまったのです」
女神の口調は重く、深刻な雰囲気を醸し出している。だがヒロシにはまだ、その意味がピンと来ていない。
「倒したはずの魔王が蘇っちゃったんですか。どうしてそんな……いやまあ、確かに魔王とか復活しがちだけど」
ヒロシがそう呟いた途端、初めて女神の纏う雰囲気が目に見えて険しくなる。その無言の圧力に気圧されるヒロシに、メリアに宿る女神は変わらぬ口調で続ける。
「魔王はその強大な力と肉体を失い、二度と蘇ることはないはずでした。しかし魔王は戻ってきた……これは私にとっても大きな誤算でした。蘇った魔王を打ち倒すべく、これまでに幾人もの勇敢なる者たちや転生者が魔王に挑みましたが……誰一人として戻った者はいませんでした。そして魔王に挑んだ転生者のうち、魔王に唆されて人間の側を裏切った四人が、魔王配下の四魔将を名乗っているのです」
「やっぱり先生の言ってた通り……四魔将は転生者だったんだな……!」
「魔王はかつての強大な力を失っている、それは確かです。もし本来の力を取り戻しているのなら、この私を放っておくはずがありませんから。ですが転生者を退け、配下にも従えている事実は重く見るべきでしょう。くれぐれも魔王を甘く見ないことです。その力も、恐ろしさも」
女神の言葉に場の空気はしんと静まりかえっていた。ヒロシはごくりと唾を呑み、それから首をひねって考え込む。
「ええと、ちょっと待ってくださいよ。これまでの話を簡単に整理すると……魔王の目的は女神様に復讐するってことですか?」
「もちろんそれもあります。魔王は私を特に強く憎んでいるはずですから。ですが、それ以前に魔王はこの世界に生きる全ての敵。魔王の存在を許すという事は、世界の破滅を意味する。このことだけは、どうか忘れないでください」
魔王という存在に対する女神の評価は、絶対的な脅威として揺るがないものである。失った力を取り戻し、その原因である女神への復讐が魔王の行動目的だとすれば、王都や人間社会への侵略が第一の目的ではなく、四魔将の行動が嚙み合っていない事にも一応の説明は付く。
「私が魔王について語れるのはここまでです。他に聞きたいことがあれば、遠慮なくどうぞ」
語り終えた女神の口調はどこか事務的にも感じられるが、ヒロシは気を取り直して質問する。
「じゃ、じゃあ次は転生者について教えてください。なぜ別世界の人間が特別な『能力』を与えられ、この世界に生まれ変わるのか? 誰がどうやって、なんのために転生者を選んでいるのか、その理由が知りたいんです」
ヒロシの問いかけに女神は黙って耳を傾けていたが、その後もじっと微笑んだままで返事が無い。
「あの、俺の話聞いてました?」
心配になってヒロシがもう一度尋ねると、メリアに宿る女神は口元に手を当てて笑う。
「うふふ……」
「いやうふふじゃなくて、転生者について教えてくださいよ」
「なぜこの世界に転生者が現れるのか、という問いについてですが……そういうものだと思ってください」
「えっ?」
「あえて理由を挙げるとするなら、この世界が『そう出来ている』としか答えられません。別世界の人間が特別な『能力』を与えられ生まれ変わる……ここはそういう場所なのです」
「あの、全然答えになってない気がするんですが……」
「鳥が空を飛ぶ。魚が水の中を泳ぐ。雨が降り、川となって流れ、やがて海となる。転生者も同じ『そういうもの』です」
「えーと……つまり女神様も、よく分かってないってことでいいですか?」
突然嚙み合わなくなった話にヒロシが呆れながら言うと、女神は小首を傾げるような仕草をして微笑む。
「それはヒミツです」




