第十二話 女神の島(2)
あまりにもふんわりした回答にヒロシはズッコケそうになるが、これ以上同じ質問をしても無駄そうであると思い、続く疑問をぶつけてみることにした。
「それじゃ次は、どうして俺は転生者なのに、特別な『能力』が無いんですか? おかげでずいぶんとひどい目に遭いましたよ」
ヒロシの言葉に女神は怪訝な表情をし、ヒロシをジロジロと眺めた。
「あら……よく見ればあなた、転生者なのに『能力』がありませんね。身体も頭脳も並、容姿も普通でこれといった取り柄もない……無能の人、といった所でしょうか」
「ぐぎぎっ……女神様まで無能呼ばわりするんかいっ! てか容姿は関係ないでしょうが容姿はっ!」
「珍しいことではありますが、『能力』を持たない転生者は他に例が無かったわけではありませんよ」
「えっ、本当ですか!? でも王様は前代未聞だって言ってましたけど……」
「それはそうでしょう。なぜなら、『能力』を持たない転生者は決まって早死にしてしまうのですから」
しれっと返される女神の言葉に、ヒロシは血の気が引く思いだった。
「名を上げる前に命を落としてしまえば、それは居ないのと同じこと。だから世間的には『無能』の転生者など存在しないのです」
転生者に『能力』が無いと分かった時にどんな扱いを受けるか、ヒロシはそれをよく知っている。そうでなくとも魔物がはびこるこの世界で、異世界の人間が生き延びるのは、それだけ難しいという事なのであろう。
「あの、そもそも『能力』ってなんなんですか。どうして転生者だけ、あんなルール無用みたいな強力な力が与えられるんです?」
ヒロシの問いかけに、女神はまたも沈黙し、小首を傾げて微笑む。
「それもヒミツです」
「またかいな!? ていうか秘密多くないですか女神様!?」
「全ての真実を知ることが最善とは限りません。今はまだ、知らない方が良いのです」
肝心な部分を誤魔化す女神の態度に胸がつかえるような気分だったが、そんな心情を見透かしてか女神は続ける。
「ただ、転生者に与えられる『能力』には一定の法則があります。『能力』とは無作為に与えられるものではなく、本人の資質によって決まります。人間としての強い個性、執着、渇望。そうした適性によって、転生者に与えられる『能力』は選ばれているのです。人品骨柄などではなく、純粋なる資質……それが転生者であるとも言えますね」
なかなか理解の追い付かない話ではあるが、魔王に寝返った四人の転生者が実在することを考えると、人格が転生の条件に含まれていないのは事実のようである。
「だとしたら……どうして俺はこの世界に呼ばれたんだ。取り柄もない、自分一人じゃなにもできない俺なんかが、この世界に転生したことになんの意味があったんだ! 嫌がらせにしては手が込みすぎだろう!」
資質によって転生者が選ばれるのだとすれば、『能力』を持たない自分の存在は大きな矛盾である。訳も分からず放り出され、過酷な状況に置かれ続けた怒りが、今になって沸々と湧き上がってきた。
「……」
その瞬間、ふとメリアの表情が悲しげに曇る。それがメリア本人のものか、彼女に宿る女神のものかは見分けが付かなかったが。
「私は女神と名乗ってはいますが、全てを見通せる訳ではありません。先ほども語った通り、力の大半もすでに失っています。ですから『能力』を持たないあなたが転生者として現れた理由は、正直に言って私にも分かりません。ですが……」
メリアに宿る女神は怒りを滲ませるヒロシの手を取り、優しげな口調で言った。
「あなたがこの世界へ来たこと。苦難を乗り越え、頼れる仲間を得て共に私の元へ辿り着いたこと。それらにはきっと、大きな意味があるのだと私は信じています」
不思議と、胸の奥に湧き上がる怒りが静まっていく気分だった。もちろん引っ掛かる部分は多いが、自分の存在に意味があるのなら。そう思えば振り上げた拳を下ろしてもいいと、ヒロシはそんな気分になるのだった。
「……分かってくれたのですね。ありがとうヒロシ」
「まだ納得はしてませんけどね。でも、ここで八つ当たりするのも違うだろうし。その代わり、次はヒミツにしてる話とか色々教えてくださいよ! そういうのなんか、すっごくムズムズするんで!」
「ええ。あなたたちが困難を乗り越え、魔王と対する時が来たなら……微力ながら、私も手を貸しましょう。そしてその時、私の知る全てをお伝えします」
女神はヒロシの手を握り締めた後、そっと手を離す。
「ヒロシ、私からひとつお願いがあります。この子を……メリアを大事にしてあげてください」
「ど、どうしたんですか急に。そりゃまあ、大事にはしてるつもりですけど……」
「木精は力を失った私に代わり、人々を導くために生まれた一族です。この子たちは私の力を受け継いでいて魔力の感受性が高く、精神や思考、感覚に対する攻撃には高い耐性を持っています。一緒に連れていれば、そうした術を破る助けになるでしょう」
「メリアにはもう何度も助けられてますよ。って、待てよ……? もしかして俺がイレーナの『魅了』から抜け出せたのって、メリアがいてくれたから?」
「ええ、その通りです。この子が近くにいたからこそ、『魅了』の魔力を弱め、支配から抜け出すことが出来たのです。私とメリアのお手柄ですから、うんと褒めなきゃダメですよ?」
女神はふんすと胸を張り、得意げな顔をしながらヒロシを期待の眼差しで見ている。
「え、えーと……えらいっ! メリアはえらいっ! あと女神様もえらい!」
とりあえずで雑な褒め方になってしまったが、それでも女神は嬉しそうに笑っていた。
「ふふ、褒められるというのはなかなか気分が良いものですね」
「なんというか、思ってたより俗っぽい感じですね女神様って」
「ギャップ萌え、と言うんでしたっけ。こういうのも悪くはないでしょう?」
「なんでそんな言葉知ってるんだ……」
「まあまあ、細かいことは気にしないでください。それよりヒロシ、あなたが連れているのはゴーレムですね。外観の程度は良好ですが、故障によって機能の大半が失われています。せっかくなのでここで少しパワーアップしちゃいましょう。ゴーレムよ、こちらへ」
女神が招くと、ゴーレムはいつものように「むっ」と返事をして石碑の前までやってくる。そしてゴーレムが石碑に手を触れると、石碑の表面に緑色に光る線と、奇妙な文字が浮かんでは消えていく。しばらくするとゴーレムは石碑から離れ、両目を光らせて「むっ」と声を発した。
「アップデートファイルの送信完了です。これで動力のエネルギー効率が上がり、半分程度まで出力が可能です。ついでに戦闘データも送っておきましたから、一部の武装も解禁されますよ。やはり火力は正義ですから」
得意げにペラペラと喋る女神に、ヒロシはつい呆気に取られていたが、気を取り直して問いかける。
「というか、女神様はこのロボットについてずいぶん詳しいみたいですけど、これって……」
「ええ、かつて魔王軍と戦う際に、私が用意した兵器のひとつです。いわゆる汎用人型決戦――」
「ああ! わかりましたロボット兵器ですね強そうだなあ!」
言い終わる前にヒロシに言葉を被せられ、女神は少し不満そうな顔をするが、すぐに元の得意げな表情に戻る。
「ただし、これ以上の修理と強化は専用の設備が必要ですね。音声ユニットも交換が必要ですし、どこかで古代の遺跡を見つけたら部品を探すと良いでしょう。ゴーレムには古代装置へのアクセス権を持たせておきますから、それまでは現状で我慢してください」
「今までもゴーレムには十分助けられてきたのに、それがもっと強くなるんならいう事なしですよ。ありがとうございます」
「むふふ、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてもいいんですのよ?」
(俗っぽいというより、結構オタク気質なのかもしれないなこの人)
そんなことを考えていると、女神はヒロシの方へ近づき、じっと見つめてきた。
「さて……そろそろ時間のようですね。魔王軍との戦いは厳しいものとなるでしょうが、くじけてはなりません。皆の力を合わせれば、どんな困難も乗り越えらえるはずです」
「はは、俺なんかがどこまでやれるか分かりませんけど……前向きに善処します」
「再びヒロシと言葉を交わせる日を楽しみにしていますよ。それではごきげんよう」
そう言い残すと同時に、メリアの身体からふっと独特の気配が消えた。メリアは緑の瞳でじっとヒロシを見つめていたが、無言のまま顔をヒロシの胸に押し付けるようにして抱き付いてきた。
「わっ、急にどうしたんだ? どこか具合でも……?」
ヒロシが照れ隠しに視線を泳がせていると、胸に顔を押し付けたままメリアは言った。
「話は全部聞こえていました。ヒロシ様……」
「う、うん?」
「ヒロシ様と出会えなければ、私はここに立ってはいられませんでした。だから意味はありました。あったんです……私にとっては……」
怒りに任せて口から出た言葉が、メリアを傷付けてしまったかもしれない。そう気づいたヒロシはハッとして、バツが悪そうにメリアの背中をポンポンと叩く。
「ごめん、つい頭に来て余計なことを言っちゃったな。でも、そう言ってもらえると俺も救われた気になるよ」
しばらく静かな雰囲気であったが、両手を頭の後ろで組んだヒナタが呆れ顔で言った。
「ところでオメーら、イチャつくんなら帰ってからにした方がいいニャよ」
その言葉を聞いた途端、メリアは耳まで真っ赤になってぴょんと飛び退いて身体を離す。ヒロシも宙を泳ぐ両手をわたわたと動かし、誤魔化し笑いを浮かべていた。その後ろでずっとノートに文字を書き込んでいたヤクモは、ノートを閉じて言った。
「さて、私も話を聞かせてもらいましたが……正直なところ、確信に迫るような情報は得られませんでしたね。収穫といえばメリアどのの存在が転生者との戦いに重要であることと、ゴーレムの強化。そして過去に一度倒されてから蘇った魔王を、女神がとても危険視しているという事でしょうか」
相変わらず要点をまとめて分かりやすく説明してくれるヤクモの発言に全員が頷き、ヒナタが続けて言った。
「てか、さっきのアレ本当に女神だったのニャ? 大事なコトはぐらかすし、なんか神様って感じじゃなかったニャ」
その言葉も、全員が薄々感じていた違和感を的確に言い表している。
「た、確かに思ってたのと違うというか……でもゴーレムのパワーアップもしてくれたし、嘘は言ってないと思うけど、うーん」
腕を組んで考え込むヒロシだが、女神との会話の中で特に一貫していたのは魔王についての警鐘である。魔王がどのような存在であるのかは相変わらず不明だが、女神は魔王の存在を強く危惧している様子である。
「ま、アタシは魔王をぶっ倒して村の仇を取れたらどっちでもいいニャ。ツキヨもそこは一緒だよニャ?」
ヒナタの考え方はシンプルだが、それゆえにブレや迷いが無い。目的を同じにするツキヨもまた、コクリと頷く。
「ああ、同感だ。魔王に近付いていけば、その謎もおのずと明らかになるはず。詳しい分析はヤクモどのにお任せします」
意見の一致を確認した二人は、頭脳労働担当であるヤクモに目を向ける。
「ええ、その件についてはお任せを。それともうひとつ、転生者が資質ゆえに選ばれ現れるのだとしたら、四魔将に続く裏切り者が現れないとも限りません。今後も転生者には十分注意しておいた方がいいでしょう」
その言葉を聞いて、ツキヨが懸念の色を浮かべた瞳を彼に向けた。
「新たな転生者が敵に回ることがあったとしたら……確かにぞっとしませんね。彼らの『能力』は、正面から相手をするには分が悪すぎる」
「なるべく他の転生者とは協力関係を築きたいところですが、状況次第ですね。ともあれここでの用事は済みました。一度帰還して、今後の方針をまとめることにしましょう」
ヤクモの提案に異を唱える者はおらず、ヒロシたちは神殿を後にし、来た道を引き返すのだった。海岸に停泊している船まで戻ると、船乗りたちが忙しく破損した部分の修理を行っている。一番大きなマストは折れてしまったが、船に積んであった予備の材料でどうにか修復を行い、一応の修理が終わる頃には翌朝になっていた。そろそろ出航しようという時間になり、ヒロシたちは船の甲板に立っていたが、そこでクラーケンのエリーが言っていた言葉を思い出す。
「そういえば帰りは家来が運んでくれるとか言ってたっけ。おーい、そろそろ帰りたいんだけど、誰かいるのかーい!」
ヒロシが海に向かって叫ぶと、沖の方から大きな影が近付いて来た。それは船の近くまでやってくると、水しぶきを上げながら姿を現わした。それは全身が暗い緑色のウロコで覆われ、その表面から無数の海藻を生やした巨人であった。巨人の顔に至るまで皮膚は緑色で、顔つきは人間よりも魚に近い。いわゆる半魚人という姿だが、海面から見えている上半身だけでも三十メートル近くはあろうかという巨大さであった。船乗りたちは驚きで腰を抜かす者もいたが、巨大な半魚人は大人しく、船に危害を加える様子は無かった。
「う……姫様の、いいつけ。おれ、お前たちの船、はこぶ」
巨大半魚人はたどたどしい言葉を口にしながら、手に持っていた極太のロープを船に括り付けると、それを引いて海の中を歩くように進み始めた。動きはゆっくりに見えるのだが、その一歩が長大なこともあり、船は風を受けるよりもずっと早く進んでいく。こうしてヒロシたちは港町リンドを目指し、帰路に就くのであった。
第十二話 女神の島 おわり




