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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第二章 魔王軍
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第十話 託宣の巫女(2)

 一週間ほど過ぎた頃には、ヒロシは問題なく歩き回れるくらいに回復していた。薬と治癒魔法のおかげで火傷と腹の刺し傷もほぼ癒え、火傷の痕もほとんど目立たなくなっていた。


「いやー、それにしてもこんなに早く治るなんてビックリだなあ」


 リビングの椅子に腰掛けながら自分の腕を眺め、ヒロシはすっかり感心している。所々火傷の痕が残って肌の色が違う部分があったりするが、皮膚はすっかり回復して痛みは全く残っていない。テーブルの上に菓子と紅茶を持ってきたメリアはティーカップに紅茶を注いでヒロシの前に置くと、隣の椅子に座ってヒロシの方を見る。


「私、まだ初歩の治癒魔法しか使えませんけど、魔法が使えて本当に良かったです」

「うん、おかげで命拾いしたよ。治りかけが死ぬほどかゆいのだけが難点だったけど……」


 回復中の痒さを思い出し、ヒロシは思わず身体のあちこちを掻く仕草をしてしまう。テーブルを挟んで座るのはヤクモとツキヨで、ヒナタはソファに身を投げ出して寝息を立てている。


「経過は順調といった所ですね。この分なら、もう傷が開くことも無いでしょう」


 ヤクモに言われてヒロシは腹をさするが、傷はすっかり塞がっており痛みもない。魔法の凄さとありがたみを実感していると、向かい側にいるツキヨが口を開く。


「では、そろそろ落ち着いて話をしてもいい頃ですね。鏡の迷宮で起きた出来事は、皆で共有しておく必要があると思います」


 彼女の言葉に、その場の全員がコクリと頷く。ヒロシは迷宮の中で仲間とはぐれた後、自分の身に起きた出来事について詳しく話した。


「――では、我々も見たメリアどのの偽物は、四魔将の一人ルークが変身した姿だったわけですね。姿形ばかりでなく、声色や仕草、そのうえ最近の記憶まで正確に模倣していたとなれば、変身術としては破格の力と言えます。やはり四魔将は転生者であると考えていいでしょう」


 落ち着いて情報を整理するヤクモの言葉に、あらためて全員がぞっとした表情を浮かべる。不安漂う空気の中、ツキヨが真剣な表情で言った。


「記憶すらも本人そのものに変身する……確かに転生者の『能力』でなければ説明できない事です。しかし、そうだとするとかなりまずい気が。我々の情報は、すでに魔王軍に知れ渡ってしまっているのでは」


 記憶までコピーされたとなれば、ツキヨの言う通りである可能性が高い。気まずい空気が流れる中、再びヤクモが言う。


「それについては、おそらく心配は無いかと。いくら転生者の『能力』とはいえ、変身の度に別人の人格や記憶を際限なく取り込み続けていては、本人の精神も破綻してしまうはずです。推測ではありますが、変身における記憶や人格の複製は、一時的なものであると私は思っています。仮にそれが可能だとしたら、わざわざ回りくどい方法で我々を迷宮に呼ぶ必要もなかった。いえ、そもそもの話になりますが――」


 ヤクモは一呼吸おいて、深刻な顔つきでゆっくりと言葉を口にする。


「魔将イレーナの『能力』といい、彼らがその気になれば王都を陥落させることも可能だったはず。だが魔王軍は連携を欠くうえ、王都へ直接侵攻してこないなど行動には疑問が多い。となるとやはり、気になるのは彼らを従え、指令を下している魔王の存在です」


 彼の言葉に異を唱える者はおらず、ヒロシがそれに続く。


「確かに……魔王がどんなヤツで、転生者をどうやって味方に引き入れたのか、なにが目的なのか全然分からないもんなあ」

「その通り。我々は戦う相手の事をもっと知る必要があります」


 二人が頷いた後、じっと話を聞いていたメリアがそっと手を挙げる。


「でも、魔王についてどうやって調べればいいんでしょう?」

「うーん、図書館で調べれば分かるような話でもないだろうし、やっぱり王様に聞くのが早いかな。転生者は魔王を倒すのが使命だとか言ってたし」


 魔王についてはその言葉を口にした王様に話を聞くのが道理であろうと、全員が納得する。


「では王に会いに行きましょう。姫様への挨拶もありますし、丁度良い機会です」


 ツキヨがそう言うと各々が身支度を済ませ、城へ面会の連絡を送った。しばらくして免顔の許可が下り、ヒロシたちは城へと足を運んだ。城の中を案内され謁見の間へと向かう途中、ヒロシは呼び止められて足を止める。声のした方を見ると見覚えのある赤毛の侍女と、赤いドレス姿のリィナ姫が立っていた。


「おや、どうしたんですか姫様。こんな所で」


 リィナ姫はヒロシへ近付くと、まじまじと身体の様子を見つめる。そしてヒロシの首筋に皮膚の色が変わった場所を見つけると、途端に申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「えっと……怪我はもう平気なの? なにか不便があれば遠慮なく言いなさいよ」

「おかげさまですっかり元気になりましたよ。みんなも居てくれるから困ってることもないですし」

「そ、そう……良かったわね。それで……あなたたちはいつも、あんな事をしているわけ?」

「あんな事とは?」

「だから、いつもあんな怪我を負うような戦いをしてるのかってことよ」

「はあ、大体あんな感じかと」


 言葉の意図が分からず生返事をするヒロシに、リィナ姫は少し青ざめた顔をする。


「あまり無茶はしないでよね。他の連中はともかく、ヒロシはただの人間なんだから。助けてもらった手前、あなたにもしもの事があると、私も寝ざめが悪いのよ」


 落ち着きなく視線を動かしつつも、リィナ姫はヒロシを気遣う様子を見せた。ヒロシはリィナ姫の様子をじっと眺め、顎に人差し指と親指を当てて言った。


「姫様大丈夫ですか? なにか変な物でも食べたのでは……」


 その途端、リィナ姫は一瞬にして顔を真っ赤にし、わなわなと震えながら叫ぶ。


「だーかーらー! この私が心配してあげているのになんなのよその態度は!? 一度くらい素直に感謝するとかできないわけ!?」

「まあまあ落ち着いて。あまり興奮すると健康に悪いですよ」

「誰のせいだと思ってるのよ! あーもー本当にあなたは! ムキーッ!」


 例によってリィナ姫は侍女に脇を抱えられて廊下を引きずられて行き、次第に姿は見えなくなってしまった。ヒロシたちは気を取り直し、謁見の間へと向かう。今回はヒロシたちからの要望で話し合いの場を設けた事もあり、呼び出しを受けた時に比べると家臣たちの数も半数ほどで、謁見の間はやや広く感じられる。玉座にはいつも通りにダレル王が腰掛け、ヒロシたちを待っていた。


「来たかヒロシよ。怪我も無事に癒えたようだな」

「はい、おかげさまで」

「して、わしに聞きたい話があるという事だが」

「はい。魔王について色々と知りたいことがありまして」


 やはり魔王という言葉は敏感な話題らしく、にわかに家臣たちがざわめき出すが、ダレル王はすぐに手を挙げて静かにさせる。


「うむ……魔王のなにを知りたいのだ?」

「鏡の迷宮にリィナ姫を連れ去った犯人は、四魔将の一人ルークと名乗っていました」

「なにっ!? 四魔将の一人がまた現れたのか!?」

「これで王国内に姿を現わした四魔将は二人目です。でもよくよく考えたら、俺たちは四魔将と、連中を率いる魔王について全然知らないなと思いまして。今後のためにも、特に魔王について知っておく必要があると思うんですよ」

「ぬう……」

「そういうわけでして、魔王について分かっていることを教えて頂けませんか」


 ダレル王は驚きの表情をぐっと落ち着け、呼吸を整えてからヒロシを見た。


「以前にも話したであろう。魔王とは強力な魔物の軍勢を従えた、我ら人間にとって倒さねばならん脅威であると。古くからそう言い伝えられておるのだ」

「ですから、それ以外のもっと具体的な、魔王についての情報とか……」

「わしは知らん」

「……は?」

「魔王とはそういうものだと伝え聞いておるだけで、その正体は誰も知らぬ。その時代によって様々な魔王が出現するが、やはり転生者によって討伐される。世界はそういう歴史を繰り返しておるのだ」

「じゃあ、その伝え聞いたというのは誰が言ってたんです?」

「それは女神の託宣による言葉だ。古来、この世界は全ての理を司る女神によって守られてきた。我らは託宣によって女神の言葉を授かり、それに従ってきたのだ。これはどの国であろうと変わらぬ、不変の掟である」

「じゃあその女神なら、魔王の正体も知っているんですね?」

「おそらくはな。だが、女神はもう我ら人間の前に姿を現わすことは無い。託宣によって、その言葉を聞けるのみだ」

「では、その託宣をやってもらいたいんですが」


 ヒロシが言うと、ダレル王は少し黙り込んでゆっくりと首を振る。


「残念だが、今は無理だ。託宣を行う巫女がおらぬ」

「えっ?」

「託宣の巫女は特別な一族の女が務めておったのだが、先代の巫女は何年も前に死んでしまってな。彼女には後継者がおらず、その一族すら他に見つかっておらん。以来、託宣の巫女は絶えたままなのだ」

「そんな……」


 手詰まりとなってしまい黙り込むヒロシだったが、ふいにメリアが口を開いた。


「あの……特別な巫女の一族というのは、どんな人たちだったのでしょうか」


 ダレル王はメリアに目をやり、しばし沈黙してから答えた。


木精(ドリアード)だ。木精は『女神の娘ら』と呼ばれ、女神に通じる力を備え、その声を聞くことが出来たという」

「……でしたら、その託宣は私が出来ると思います」


 じっとダレル王を見つめるメリアの姿を見て、彼もようやく思い至る。


「む……もしや、そなたは木精(ドリアード)の血縁の者か。よく見ればその髪と瞳の色、見覚えがある」

「先代の巫女というのは、きっと私の母です。詳しくは分かりませんけど、幼い頃に女神さまの声を聞く仕事のことを聞いた覚えがあります」

「なんと、そうであったか。そなたの両親のことは残念であったが……所在が掴めずにいた頃はどうしていたのだ」

「私は両親を亡くしてから森を彷徨い、保護された後はこの城で下女として働いていました。それからヒロシ様に引き取ってもらって、後はご存じの通りです」

「うむ、確かそうであったな。巫女の娘と知っていれば、相応の待遇で預かっていたものを。わしは危うくそなたを犠牲にしてしまうところであった」

「……もう過ぎたことですから。お心遣い感謝いたします」

「詫びといってはなんだが、今後も不足があれば遠慮なく申すがよい。出来る限りの支援は約束しよう」


 メリアは王に向かって深くお辞儀をし、半歩下がって顔を下げる。


「巫女が見つかったなら、託宣の儀式を行うことも出来よう。これで準備は整ったことになるなヒロシよ。女神の託宣を賜れば、魔王に関する答えも得られるはずだ」

「ありがとうございます王様。それで託宣の儀式というのは、どこですればいいんですか?」

「女神の託宣は大陸の東、海上にある孤島の神殿で行うのが習わしでな。神殿で巫女が祈りを捧げ、女神の声を聞くという手順であった。神殿がある孤島へは港街リンドより船で三日ほどの距離だ。船の手配はこちらでしておこう」

「ありがとうございました王様。では我々は準備を整え、孤島の神殿へ向かう事にします」

「うむ、気を付けて行くがよい」


 ダレル王より許可をもらい、ヒロシたちは託宣の神殿があるという女神の島を目指すことになった。



第十話 託宣の巫女  おわり

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