表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第二章 魔王軍
PR
28/85

第九話 鏡の迷宮(3)


「……ヒロシ様」


 葛藤するヒロシに、ふいに目の前のメリアが背を向けたまま話しかけてきた。その声色も口調も、ヒロシがよく知っているメリアそのものである。


「私を追いかけて、ここまで来てくれたのですね。嬉しいです」


 そう言ってゆっくりと振り返る彼女の顔は、やはりヒロシがよく知るメリアそのものだ。言葉遣いや言葉の発音、小さな所作の癖に至るまで、どこにも違和感は感じられない。


「メリア、この部屋は? どうして俺をここへ連れてきたんだ?」


 メリアは微笑みを浮かべたまま、ヒロシをじっと見つめている。目の前の彼女が本物かどうか、この部屋へ辿り着くまでの行動を思えば不自然さがあるが、目の前のメリアは気味が悪いくらいに本人そのままなのである。


「さあ、ヒロシ様……こっちへ来てください」


 そう言ってメリアは手招きするが、ヒロシはその場から動かない。


「君は……本物のメリアか? すまないが、今の俺には君が本物かどうか自信が持てないんだ」


 ヒロシの問いにも表情を動かすことなく、正面に立つメリアは微笑みを崩さない。


「そうですよね。不安になる気持ち、分かります。でもヒロシ様……この前、私のスカートの中を覗きましたよね? すごく恥ずかしかったんですから……」

「ぶほうっ!?」


 思いもよらない返事にヒロシは仰け反りそうになるが、同時に頭が混乱しそうだった。


(こ、この話は本人たちしか知らないはずだ……やっぱり本物なのか……?)


 見えるものが、その声が、記憶が、その全てが彼女であると示している。それでもヒロシは目の前のメリアが本物であると確信することが出来ないでいた。


「どうして来てくれないのですか?」

「分からないんだ……俺は君を疑いたくない、でも……」

「分かりました。じゃあ私からそっちに行きますね」


 メリアはそう言うと、ゆっくりとした歩みでヒロシに近付く。そしてヒロシの目の前までやってくると、やはりヒロシがよく知る笑顔を見せた。


「ほら……大丈夫ですから」


 そう言ってメリアはヒロシの頬に手を当ててくる。その手は温かく、柔らかい。彼女の指がゆっくりとヒロシの頬をなぞり、顎の先まで滑ったその瞬間――


「うっ……!?」


 ヒロシの腹に鋭い痛みが走る。視線を落とすと、メリアの手に握られたナイフの刃が、ヒロシの腹部に突き立てられていた。


「ぐっ……ううっ……!」


 メリアは笑顔を崩さぬままナイフから手を離し、じっとヒロシを見ている。ヒロシは数歩後ずさり、腹に刺さったナイフを引き抜いて投げ捨てた。傷口からは血が滲み、服の布地がじわじわと赤く染まっていく。


「性悪女のイレーナを追い返したというから、どんなすごい奴かと思っていたのに。まるで普通の人間じゃないか」


 相変わらず声はメリアそのものだが、すでに向こうが隠す気を無くしたのか、彼女から感じるのは完全に別人の気配である。


「ちょっと期待外れだな……ま、俺の変身は完璧だから仕方がないか」


 平然とそう言い放つメリアの姿をした誰かを、ヒロシはぐっと睨み付ける。


「お、おい……あんたが誰だか知らないが、その姿でこれ以上喋るなよ……」

「へえ、思ったより元気じゃないか。でも、結構痛そうだぜソレ」

「うぐっ……はあっ、はあっ……」


 傷口を押さえるヒロシの手は、出血で真っ赤に染まっている。顔も痛みで苦悶の表情を浮かべ、呼吸も荒い。


「み、みんなはどこだ……無事なんだろうな……うっ……」

「さあね。知ってても教えると思うのか?」

「……」

「あーあ、こんなことなら手の込んだ芝居を打つ必要もなかったな。あの姫様もピーピーうるさいし、連れてくるんじゃなかった」

「リ、リィナ姫は無事か、よかった……」

「俺は他の連中と違って、無意味な殺しだのは趣味じゃないんだよ。それよりもっと面白いものがあるからな」


 そう言ったメリアの姿をした何者かは、苦痛に歪むヒロシの顔を眺めながら目を細める。


「騙され、裏切られて破滅していく人間の顔といったら……こんなに笑えるものはないよなあ?」


 表情は微笑んだまま変わらないのに、その瞳から感じる悪辣さは、思わず傷の痛みを忘れてしまいそうな程にぞっとするものだった。


「や、やっぱりお前は、四魔将の一人なんだな……!」

「そうさ。俺は四魔将の一人、(あざむき)の魔将ルーク。今日はちょっとした見物のつもりだったんだけど、もう終わっちまいそうだな」

「ううっ……!」

「でもさ、せっかく色々と用意しておいたんだ。最後まで楽しんでいってくれよ」


 メリアの姿をした魔将ルークが部屋の中心にある柱に向かって手をかざすと、柱の光がにわかに強くなり、部屋全体が小刻みに揺れ始める。すると壁沿いにある楕円形の部分が開き、中から見覚えのある黒い塊が数匹ほど這い出してきた。


「この遺跡はこいつら……シェイプシフターを使った人間の複製工場なのさ。兵隊をコピーし、それで軍勢を作って戦わせる。昔の人間もなかなかエグいこと考えるよなあ」


 シェイプシフターとは、様々な姿に変身する能力を持つ魔物の事である。そしてこの遺跡はシェイプシフターの性質を利用し、人間のコピーを量産するための工場だったというのだ。そうであれば、人の姿が映り込むような迷宮の壁なども、それを意識したものだったと想像が付く。


「で、それをこうすると……」


 魔将ルークがもう一度手をかざすと、柱の表面にどこか別の画像が浮かび上がる。そこにはどこかの部屋に閉じ込められたヒナタやツキヨ、ヤクモ、ゴーレム、そしてメリアの姿も映っている。それらの画面が光を発した瞬間、周囲を取り囲む無数の蠢く黒い塊――シェイプシフターは縦長に伸び、ヒナタやツキヨ、ヤクモ、そしてゴーレムといった仲間たちの姿へと変身してしまった。


「どうだい、面白い趣向だろ? お前はこれから大事な仲間に切り刻まれて、哀れな最期を迎えるんだ」


 ルークの言葉と共に、仲間の姿をしたシェイプシフターはにじり寄ってくる。ただでさえ実力の差は歴然なのに、数の上でも完全に不利な状況であり、ヒロシは腹部を刺されて満足に逃げることも出来ない。


(も、もうダメだ……こんなのどうやっても助かるはずが……!)


 もはや立ち向かう気力もなく、ヒロシはただ後ずさり、部屋の壁の方向へと逃げるしかなかった。だが、すぐ壁際に追い込まれてしまい、ヒロシを囲むように偽物たちはゆっくり近付いてくる。ヒロシは壁を背にへたり込むが、その時頭上に赤いランプが光っているのに気が付いた。


(これは……こんな場所にも?)


 ふと天井を見上げると、通路でも見た銀色のコインのようなものが等間隔で埋め込まれている。ヒロシはその配置を見て、あることを思い出した。


(ま、まさかこれは……いや、でも想像が当たっていたら)


 自分の予想が正しければ可能性はあるかもしれない。だがその選択には大きな危険と、それを受け入れる覚悟が必要であった。


(余計に苦しい思いをするだけかもしれないんだぞ。それでも……やれるのか、俺に……? いや、どうせこのままでも……!)


 緊迫した状況は悩む猶予さえ与えてはくれない。ヒロシは徐々に強まる痛みと、ぼんやりしていく意識を必死に耐えて押し留めると、服のボタンに指をかけて外していく。そして上着の前面がはだけると、そう見えないように手で掴み止めたまま言った。


「た、頼む助けてくれ……こんな所で死ぬなんて嫌だぁ」


 ヒロシの情けない声を聞いて感情が刺激されたのか、メリアの姿のまま魔将ルークは満足げに笑い出す。


「そう、それだ! いいぞ、もっと命乞いとかしてみろよ! 場合によっちゃ、望む死に方をさせてやってもいい」


 ニヤ付いた笑みを浮かべるルークと、無表情のまま迫る仲間の偽物たち。ヒロシは脂汗を浮かべ、震える声で言った。


「た、頼む、せめて楽に死なせてくれよぉ……苦しんで死ぬのは嫌だ……火で焼かれるとか、それだけは勘弁してくれえ」


 それを聞いたルークは口の端を持ち上げ、心折れた様子のヒロシを楽しげに眺めて言った。


「たった今、始末の方法が決まったぜ。せっかくだ、俺が直々にトドメを刺してやるよ」


 魔将ルークは偽物たちの間を割って前に出ると、ヒロシに向かって杖を構えて呪文を唱える。


「ふふふ、せいぜい面白い声で鳴いてくれよなあ。それじゃあ、燃えちまいな!」


 杖の先から帯状の炎が放たれ、ヒロシは炎に包まれる。瞬時にして身を焼く高熱に、ヒロシは絶叫した。


「ぐわああああああっ! うわあああああっ!」


 地面を転がりのたうち回るその様をルークは愉悦の表情で眺め、愉快そうに笑い声を上げた。


「ははは、いいぞいいぞ! もっとその声を聞かせてくれよ! さあさあ、もっと苦しそうにさ!」


 だが、いつの間にかヒロシの腕に炎が塊になっている事に気付き、ルークの笑い声は止まる。ヒロシは身体が燃えた直後、急いで上着を脱いで丸めていたのである。そして炎の塊となったそれを、天井にある銀のコインのようなものに向けて投げつけた。そしてこれは全くの偶然だったが、燃えた上着は天井と銀色のコインのようなものの間にあるわずかな隙間に引っかかってぶら下がり、燃え盛る炎はじりじりと周囲を炙って加熱していく。


 ――ジリリリリリリリリ!


 直後、けたたましいベルの音が迷宮全体に鳴り響いた。同時に、銀のコインが弾け飛び、そこから大量の水が広がって雨のように降り注いだ。水を浴びたことでヒロシの火は消し止められ、焦熱の苦痛を和らげていく。


「ぐうっ……」


 だが、全身に火傷を負ったヒロシはもう身動きが取れなかった。その場にうずくまったままのヒロシに、ずぶ濡れになったルークが忌々しげに口を開いた。


「おいおい……なにしてくれちゃってんだよお前さあ。色々と台無しじゃんよ。こんな非常ベルだかなんだか鳴らしたところで助かると思ってたのか? てか、なんでこんなもんがあるんだよ」


 とても不機嫌な様子でルークは吐き捨てるが、ヒロシが出来るのはここまでだった。火傷の痛みと水の冷たさで意識が朦朧としながら、ヒロシの視線は目の前の相手ではなく、部屋の中央の柱に向けられていた。


(みんな……どうか……無事で……)


 ルークは気付いていなかったが、柱に映った映像には変化があった。それぞれ部屋に閉じ込められていた仲間たちの姿が、画面から消えていたのだ。ヒロシが上着の炎で起動したのはこの遺跡の警報装置であり、通常の警報装置であればスプリンクラーの放水と非常ベルの起動、そして扉の自動ロック装置が解除され、全ての扉が解放されるという仕組みが連動している。この仕組みがヒロシの予想通りに動くかは賭けだったが、ヒロシは辛くもその賭けに勝った。おかげで部屋に閉じ込められていた仲間たちは外へと脱出していたのだ。


「しょうがねえなぁ、せめて指でも切り落として……ん?」


 その時、部屋の外から振動が起こった。次の瞬間、壁の一部が爆発したように砕け、その向こう側からゴーレムの巨体と、メリア、ヒナタ、ツキヨ、そしてヤクモが部屋に飛び込んできた。


「ヒロシ様!」


 そう叫んだのはメリアだった。彼女は慌てた様子で部屋を見回し、そして自分そっくりの姿をした魔将ルークと、その向こうで黒焦げになってうずくまるヒロシの姿を見つけて戦慄した。


「私の偽物……!? ヒロシ様から離れなさい!」


 メリアは間髪入れずに魔法の杖をかざし、一瞬で魔将ルークの両腕を凍り付かせてしまう。降り注ぐ水を浴びて両腕の氷はみるみる大きくなり、魔将ルークはその重みで腕をだらりと下げてしまう。


「なんか知らんけど、いきなり変な部屋に閉じ込められて、今度は急に部屋のドアが開いたから出て来てみたら……とっとと散れニャおめーら!」

「ヒナタ、押し通るぞ!」


 ヒナタとツキヨは息の合ったタイミングで飛び出すと、稲妻のような素早さで自分たちの偽物に斬りかかった。シェイプシフターたちは水を浴びたせいか、身体の表面がドロドロに溶け出しており、動きが鈍った所に直撃を受けて倒れ消滅していく。続けてヒナタがヤクモの偽物を切り裂いて倒すと、ゴーレムが魔将ルークめがけて大きな拳を振り下ろす。


「うおっ、危ないなあ」


 サッと飛び退いてゴーレムのパンチを避けたルークは、ヒロシを守るようにして立つ一行を眺めてうんざりした表情を浮かべる。


「あーあ、やだやだ。どうしてこうなるかねぇ……悪いけど、俺ぁ正面切ってやり合うのは嫌いなんだよ。人数も不利になっちゃったし、今日はもう帰るかな」


 平然と言い放つルークに、ヒナタは日頃見せない激しい怒りの表情を露わにしていた。


「ナメたこと抜かしてんじゃねーのニャ。よくもヒロシをこんな目に遭わせたニャてめー。覚悟は出来てんだろうニャ!」


 言うや否や、ヒナタはルークめがけて飛び掛かり、かぎ爪の一撃を見舞う。だが、それを両手を固めている氷で受け止めて氷を破壊すると、ルークはふわりと後方に飛び退く。


「ひゅー、おっかねえ。まあいいや、今日はこの辺にしといてやる。じゃあなお前ら、また会ったら遊んでやるぜ」


 そう言い残すと、魔将ルークはかき消すようにして居なくなってしまった。間一髪で危機を脱したヒロシたちだったが、その代償は軽くは無かった。


「ヒロシ様、しっかりしてください! お願い間に合って……!」


 メリアは頭からずぶ濡れになりながらも、必死に治癒魔法をヒロシにかけ続ける。だが黒焦げになったヒロシはもう返事をせず、彼女の頬には流れ落ちる水の筋が幾重にも走り、その瞳は悲痛な色に塗り潰されていた。


「もう、なんなのよ一体! 急に部屋が開いたと思ったら水がいっぱい降ってくるし! わけの分からない場所に連れてこられて本当にサイテーよ!」


 そう言いながら部屋に入ってきたのはリィナ姫だった。彼女は見覚えのあるパーティの姿を見て喜んだが、床に横たわるヒロシの惨状を見て言葉を失っていた。そして出来る限りの応急処置を施したヒロシを連れ、パーティは鏡の迷宮を脱出するのだった。

 

 


 第九話 鏡の迷宮  おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ