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転生しても無能でした  作者: 抹茶ice
第二章 魔王軍
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第九話 鏡の迷宮(2)


 ヒロシたちは自宅に戻り、顔を突き合わせてテーブルを囲んでいた。しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはヒロシだった。


「ヤクモ先生凄いですね。名探偵かなにかですか?」


 緊張感に欠ける発言ではあったが、言わんとしていることはその場の全員に伝わってはいるようである。


「ふふ、そんなに難しい事ではありませんよ。情報を整理して不可能なことを排除していくと、やがて真実へ辿り着くものです。それがどんなに奇妙であっても」

「な、なるほど……でもヤクモ先生の頭の回転の速さは真似できそうもないや」

「そうでもありませんよ。この程度の思考なら、ヒロシどのにも十分に出来るはずです」

「いやいやそんな……」

「大事なのは知恵を磨くことです。似た言葉に知識がありますが、知識とは情報の蓄積であり、知恵とは物事を筋道立てて考えていく能力のことです。情報の蓄積が少なくとも、物事を順序立てて考えられる能力があれば、後から必要な情報を補うだけで答えへ辿り着けます。日頃から物事の表面だけでなく、出来事の始まりと終わり、その結果によって誰が得をし、誰が損をするのか。そういった事を意識すると良いでしょう」

「な、なるほど……」

「戦う力が弱くとも、知恵が窮地を脱する助けとなる事は少なくありません。目が覚めている間はいつでも思考のトレーニングはできますから、お勧めですよ」

「肝に銘じておきます先生」


 ヒロシがキリっと返事をすると、ヤクモは穏やかな笑みを浮かべる。その会話を見ていたヒナタが、椅子の背もたれをギシギシ揺らしながら言った。


「これが麗しい師弟愛ってヤツかニャ? オメーらアツアツなのニャ?」

「いやどうだろう……ていうかアツアツってなんだ」


 ヒロシが呆れていると、ヒナタはケラケラと笑ってからヤクモを見る。


「ところでヤクモ、さっき王様と話してて言いかけたことがあったニャ。なにを言おうとしてたんニャ?」

「そうですね、私の考えを皆には伝えておいた方がいいでしょう」


 その場の視線がヤクモに集中すると、彼は真剣な顔つきで言った。


「四魔将とはすなわち転生者である、ということです」


 その言葉に、凍り付いたように誰もが言葉を失っていた。


「そ、それって本当なんですか?」


 ヒロシの問いかけに、ヤクモはこくりと頷く。


「四魔将イレーナとの戦いで、彼女は気になる発言を残していました。それが私の魅了の『能力』だ、と。間違いありませんね、メリアどの」


 話を振られて少し慌てながらも、メリアはこくりと頷く。


「はい、確かにそう聞きました。どんな男でも、何人でも虜にして意のままに操れると……実際、その通りだったと思います」


 メリアの言葉に、今度はヤクモがゆっくりと頷く。


「魅了の魔法自体は、それを扱う魔物や魔法使いも存在します。ですが普通は向かい合った個人が対象で、効果範囲もそれほど広くはない。しかしイレーナの術はそうした制約を遥かに超えた異能の力です。これは魔法というより、転生者の持つ『能力』であると考えた方が自然でしょう。ならばイレーナが言った『能力』という言葉は、そのままの意味だったと捉えられます」


 しばしの沈黙の後、今度はツキヨが口を開いた。


「ということは、ヤクモどのはリィナ姫を誘拐したのも転生者……おそらくは四魔将の一人だと?」

「ええ、私はその可能性が高いと見ています。理由や手段は不明ですが、魔王は転生者を味方に取り込む事に成功したようですね」

「ならば四魔将の一人が、わざわざ手の込んだ誘拐までして私たちを迷宮へ呼んだのは、確実に始末するためですね。ヤクモどのには勝算はあるのですか」


 ツキヨの質問にしばし沈黙した後、ヤクモは穏やかな笑顔で答えた。


「いえ、全然」


 しれっと彼の口から出た言葉に、長い沈黙が横たわる。


「……えっ?」


 ようやく絞り出したヒロシの声は上擦っていた。


「敵の正体の目星は付きましたが、対策まではさすがに思いつきませんね。まして鏡の迷宮にはどんな罠が仕掛けられているか、その全てを把握するのは無理があります」

「いや無責任なコト言ってんじゃねーのニャ。ノコノコ出向いて全滅しましたじゃシャレにならんのニャ。どーすんだオメー」


 ヒナタはぎろりと両目を光らせ、指の爪を尖らせてヤクモを睨み付ける。だが一方のヤクモはと言えば、まるで意に介した様子も見せずに微笑んだままである。


「私は少しばかり観察と考えることが好きなだけで、未来が読めるわけでもなければ、全ての出来事を思い通りにできるわけでもありません。それが私という人間の限界でもあります。ならばどうするか……ヒロシ殿はすでにご存じのはず」


 突然話を振られ、ヒロシは思わず変な声を出してしまう。


「うぇっ!? お、俺?」


 仲間の視線を一身に浴びてしまい、ヒロシはつい緊張してしまう。


「い、いや急にそんなこと言われてもな……俺は一人じゃなにも出来ないし、みんなを信じるしか……」


 その答えを聞くと、ヤクモは手を叩き嬉しそうな顔をする。


「さすがヒロシ殿。良い答えです」


 ヘラヘラと笑う男二人に、ヒナタは両目と尻尾を吊り上げて叫ぶ。


「フシャーッ! ダメだニャうちの男ども! 完全にアタシらアテにしてるだけニャ! 腹立つー!」


 両手の爪で引っ掻こうとするヒナタの襟首を捕まえ、ツキヨも呆れた顔で続く。


「お二人の信頼を得ていることは嬉しく思いますが、皆の命がかかっている以上、楽観的にはいられません。それとも前衛の我々の命など、取るに足らないとお考えなのですか?」


 じっとこちらを見つめるツキヨとヒナタに、ヒロシは思わずぎょっとする。隣に座っているメリアも、ただじっとヒロシを見つめたまま次の言葉を待っていた。


「そ、そんなわけないだろ。俺はみんなに死んでほしくないと思ってるし、みんなが強いのも知ってる。ヒナタもツキヨも、そう簡単にやられるつもりなんてないはずだし、メリアの魔法もうんと上達してる。それにヤクモ先生の知恵とゴーレムもある。だから、なんていうかその……これまでもピンチは切り抜けてこれたんだし、今度の相手が手強いヤツだったとしても、きっと上手く行くさ」


 最後は少し恥ずかしそうに言うヒロシの言葉に、女性たちは仕方ないといった顔で微笑む。


「ヒロシー、おめー実は結構なタラシだニャ? しょーがないから今回はこの辺で許しといてやるニャよ」

「ふっ……私たちは最善を尽くすのみ、か。分かりやすくていい」


 機嫌を直して笑みを浮かべるヒナタとツキヨと共に、メリアも嬉しそうな表情を浮かべている。


「私も同じ気持ちです。みんなで力を合わせれば、四魔将が相手でも負けないって信じていますから」


 女性たちの笑顔に、ヒロシはずいぶんと救われた気分だった。どんな罠が待ち構えていようと、仲間と協力すれば跳ね返せるはず。そう信じて鏡の迷宮に挑むのみと、決意を新たにするのだった。




「な、仲間とはぐれた……おーいみんな、どこへ行ったんだぁ!」


 鏡の迷宮で一人、ヒロシは叫んでいた。王都の北東に位置する鏡の迷宮は、地下に広がる広大な迷路である。迷宮の中は鏡のように磨かれたつるつるの素材で出来ており、上下左右に人の姿を映すことからそう名付けられたという。敵のどんな仕掛けがあるか分からず、皆で用心しながら慎重に進もうと言い合ったものの、前へ進むたびに一人、また一人と仲間の姿が音もなく消えていき、気付けばヒロシは孤立してしまっていた。否応なく巨体が目立つゴーレムでさえ、音も立てずに消えたのは異常というより他にないことだった。ヒロシが仲間を呼ぶ声は空しく反響し、やがて静寂に飲み込まれて消えていく。言いようのない不安に焦りを感じながらも、ヒロシは落ち着けと自分に言い聞かせる。


(こ、こういう時こそ冷静に、周囲の状況を確かめないと)


 何度か深呼吸をしてから、ヒロシは周囲を見渡す。今のところモンスターなどには遭遇せず、それらが歩き回っている気配もない。迷宮の壁は薄緑色の大理石に似た質感で、表面は顔が映り込むくらいに磨かれ輝いている。天井には照明用の光る石が埋め込まれて迷宮の中を静かに照らしており、自分以外に動くものがあるとすれば、この壁に映り込む自分の姿くらいだ。


(鏡の迷宮か……)


 単純だが納得できる理由ではある。常に自分の姿が映り込んでいるというのは、ずっと見張られているようであまり気分の良いものでもない。ひとまずじっと立っていても仕方が無いと思い、ヒロシは慎重に迷宮の中を歩き出した。時折、壁に照明とは別の赤く光るランプのようなものがあり、おおよそ等間隔で目にすることが出来る。それがなにを意味するかは分からなかったが、同じように等間隔で天井にも壁とは違う素材で出来た、コインほどの小さな円形のものが埋め込まれているのが見える。こちらは鈍い銀色で、色合いからして金属のようである。ヒロシは足を止め、それをじっと見上げて考え込む。


(うーん、壁の赤いランプといい、見覚えがある気がするんだよな)


 気になったものの、それらが仲間を見つける手掛かりになるとも思えずヒロシは先に進む。硬い床を踏みしめる音だけが響く中を歩いていくと、長い直線の道に辿り着く。そこをしばらく進むと先の方に曲がり角が見えたが、そこに誰かが立っている。それはこちらに背を向けたメリアであった。彼女はその姿勢のままじっと動かず、振り返る様子が無い。


「メリア! よかった無事だったんだな」


 ヒロシが名を呼んで駆け寄ろうとすると、メリアはヒロシを一瞥することもなく走り出し、曲がり角の向こうへ去っていく。ヒロシが急いで追いかけると、メリアは先の角を曲がってまた姿が見えなくなってしまう。


「おーい、待ってくれ! 俺だよメリア、聞こえないのか!?」


 なぜか遠ざかっていくメリアを追い、ヒロシも走り出した。しかしどれだけ走ってもなぜか距離は縮まらず、メリアはどんどん迷宮の奥へ奥へと進んでいく。


「はぁ、はぁ、どうなってるんだ……? どうも様子がおかしいし、色々と変だ。これが迷宮の罠ってやつなのか?」


 違和感を感じて足を止め、ヒロシは改めて周囲を見る。いつの間にかそこは開けた空間となっており、今までの通路よりずいぶん広々とした印象を受ける場所である。ただし広いだけで特別な物があるわけではなく、相変わらずの無機質な印象は変わらない。ヒロシは慎重に前へ進んでいくが、急に粘っこい水音のようなものが聞こえて足を止めた。


「な、なんだ……?」


 前方にはなにも無い。左右の壁も特に変わらず、足元も磨かれた床に映り込んだ自分の顔が見えるだけである。だが、自分の顔の横でなにかが蠢くのを見て、ヒロシはすぐさま天井を見上げた。するとそこには、黒くて形の定まらない、例えるなら巨大な餅のようなものが貼り付いていた。その表面はじゅるじゅると音を立てながらうねり、なんらかの生命活動を行っているように見える。


「うわっ、なんだこりゃ! ス、スライムってやつなのか?」


 スライムはゲームやファンタジーの世界では定番といえるモンスターだが、実際に存在したとすればかなり危険であるという話はヒロシも聞いたことがあった。これがいきなり頭の上に降ってこなくて良かったと思いつつ、ヒロシは後ろに下がって距離を取る。天井に張り付く黒い物体はじゅるりと音を立て、水滴のように床へと落ちてきた。その動きは緩慢で、近付かなければ簡単に逃げられそうである。


「今はこんなのに構ってる場合じゃないし、メリアを――」


 そう言いかけた時、黒い塊はズブズブと奇妙な音と共に縦長に伸びると、姿形が人間のそれへと変わっていく。そして見覚えのある体格になったかと思うと身体の表面が色付き、ヒロシとそっくりな姿へと変身してしまった。


「こいつ、俺そっくりに……!?」


 黒い塊が変身したヒロシ――偽ヒロシは生気のない目をしており、無言のまま近付いてくる。そして間合いに入った途端、腰に下げた剣を抜いて斬りかかってきた。


「うわっ!?」


 なんとか一撃を避けたものの、偽ヒロシは再びゆらりと顔を向け、ヒロシの方へと向かってくる。偽ヒロシは無言のまま、二度、三度と剣を振り下ろしてくる。さすがにヒロシも抵抗しなければまずいと、腰の剣を抜いて身構える。


(素振りならずっとやってたけど、いきなり実戦なんて……やれるのか、俺っ!)


 ヒロシは祈るような気持ちで剣の柄を両手で握り締め、剣を振りかざして反撃を試みる。偽ヒロシは片手で剣をかざして防御を行い、辺りには硬質な金属音が何度も響き渡る。やがて片手では限界があったのか、ヒロシが渾身の力を込めた上段からの斬りを繰り出し、偽ヒロシがそれを剣で受けた瞬間、偽ヒロシの体勢が大きく崩れた。


「今だッ!!」


 ヒロシはすかさずもう一撃、袈裟斬りを繰り出すと偽ヒロシはそれを避けられず、肩口から胸にかけてざっくりと切り裂かれた。その手応えは奇妙なもので、粘土を斬ったような重たい感触だった。深手を受けた偽ヒロシはその場に膝を付き、そのまま前のめりになって倒れ込む。そして人の姿から元の黒い塊のような姿に戻ると、シューシューと音を立てて消滅していった。


「や、やった……やっつけだぞ! やった!」


 額に汗を浮かべつつも、ヒロシは喜ぶ。ヤクモに教えられた特訓の成果は確かにあり、初めて自分だけで魔物を退治した達成感は格別なものがあった。しかし余韻に浸る間もなく、ヒロシは偽物がいた場所に目をやったまま呟く。


「それにしても、気持ち悪いくらいにそっくりだったな。強さも似てたのは助かったけど……そうか、だから鏡の迷宮……!」


 自分と鏡写しの魔物が現れる。それが名の由来であるとしたら、恐ろしいことになるのではとヒロシはすぐに思った。バラバラになった仲間たちも自分と同じように偽物に襲われているのではないか、と。もしこの偽物が強さまで同じようにコピーしていたとしたら、それだけでも厳しい戦いとなるのは簡単に想像できる。かつてこの迷宮で全滅したという三十人の小隊も、見分けがつかないこの魔物にやられたのだとヒロシは理解した。


「まずいぞ、早くみんなを見つけないと……! メリア……!」


 ヒロシは剣を鞘に納め、再び迷宮の奥へと走り出す。さっきまで見ていたメリアが偽物だったとしたら、本物の彼女の身になにかが起きたかもしれない。他の仲間の安否も含め、ヒロシは一刻も早く仲間と合流したかった。長い通路の先にあった扉らしき場所をくぐると、ヒロシは今までより更に開けた円形の部屋に出た。部屋の中心には大きな円柱の柱があり、内側から不思議な青い光を放っている。一方の部屋の外周には、通路とは違う縦長の楕円形をした出っ張りが等間隔で並び、部屋を一周するように配置されている。


「ここは……今までと様子が違うし、なんの部屋だ?」


 ヒロシは思いっきり腰が引けつつも、恐る恐る部屋の中を見て回る。


「出るなよ、なにも出るなよ……」


 そう呟きつつ部屋の中心にある柱の反対側へ回ると、こちらに背を向けて立つメリアの姿を見つけた。やはり彼女はじっと立ったまま動かず、振り返る素振りもない。ヒロシは彼女に駆け寄ろうかと思ったが、ふと思い止まる。


(もしも……目の前のメリアが偽物だったらどうする? どうやって見分ければいいんだ……?)


 ヒロシには何ひとつ確証が無かった。さっきと同じように魔物が本物そっくりに化けていたら、見た目ではどうやっても判別が付かない。残る可能性は話し方や声といった部分だが、仮にそれで偽物だと判断できたとしても大きな問題がある。


(もし偽物だとしても、俺はメリアの姿をした相手をやれるのか……)


 さっきの魔物は姿が自分自身であったからこそ、躊躇せず攻撃することが出来た。だが万一偽物と断じた者が、ただ操られている本人だったとしたら。もし自分の手で仲間の命を奪うことになったとしたら。そう思うとヒロシは嫌な汗を滲ませたまま、そこから一歩も動けなくなってしまっていた。


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