第二十一話 飛翔する影
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
採掘場での戦闘でパーツを回収しパワーアップした
ダン:辺境の村で暮らしていたリーダー格の男
念願の王都へ到着してからはヒロシらと別行動を取る
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
「よう、お前らも来てたのか。だがここは俺たちに任せてもらおうか!」
ダンは二脚ロボットの上で腕を組み、自信たっぷりな表情を浮かべている。彼に続いてぞろぞろと姿を見せた古代兵器たちは十体ほどもあり、それらはダンが乗る二脚タイプの他に、ゴーレムに似た人型のロボットも半分ほど含まれていた。とはいえ同じなのは二足歩行の人型という点だけで、全体的に角張っていて腕が太く長く、一見すると作業用の重機に近い見た目をしている。彼らは横一列に並んで展開すると、腕や本体に装着されている機銃の銃口を空に向けた。
「行くぜ野郎ども! ここは奴らの縄張りじゃあねえってことを思い知らせてやれ!」
ダンの合図とともに、ロボットの機銃が次々に火を吹いた。一斉に発射された銃弾は弾幕となり、空を埋め尽くすほどに密集していた鳥の魔物たちへ襲いかかる。鳥の魔物たちは数の多さが仇となり、避ける間もなく弾丸に貫かれて地面へ落下していく。槍や弓ではひどく苦戦していたのが噓のように、魔物たちは次々に撃ち落とされ、面白いように屍が積み重なっていく。やがて仲間を大量に失ったことで恐れをなしたのか、鳥の魔物たちは雲散霧消の字の如く、四方へ散って町の上空から逃げ出し始めていた。
「がははは! やっぱり大したもんだぜ、古代の機械ってヤツはよ!」
ロボットの上で高笑いをしながら、ダンは上空への射撃を停止してヒロシたちのいる町の方へと近付いていく。
「な、なんだあれは……!?」
一足先に鉱山の町を防衛していた王都の兵士たちは、見慣れない動く鉄の塊に唖然とするばかりである。ダンはその中の隊長らしき人物の元へ近付くと、ロボットから飛び降りて歩み寄った。
「お初にお目にかかります隊長どの。俺はダレル王に古代兵器の発掘を任されているダンと申します。魔物の襲撃と聞いて、取るものも取り敢えず駆け付けたってワケでさぁ」
年季の入った顔つきの隊長らしき人物は、目を見開いたままロボットを見上げている。
「話には聞いていたが、これが古代の機械とやらか……どうやって動いているのか分からんが、とにかく助かった、礼を言う」
「へへ、お仲間の危機とあらば助け合うのが当然。王様への報告もよろしく頼みましたよ、隊長どの」
「う、うむ」
ちゃっかりと自分を売り込んでくる抜け目のなさに生返事をしつつも、隊長の男はすぐに気を取り直し部下に命令を出す。
「手が空いている者は負傷した住人と兵士の治療に当たれ。逃げ遅れている連中がまだ何人かいるはずだ」
彼の指示を受け、兵士たちは取り乱すこともなく指示に従い、道路に倒れている住人や仲間の様子を確認し始める。
(なるほど、王都の兵隊を名乗るだけあって、どいつも肝が据わってるな。俺たちみたいな寄せ集めとはワケが違うぜ)
などとダンが感心していると、町の方から彼にとって見覚えのある連中が近付いて来た。
「ダン、久しぶりじゃないか。さっきの見てたけど凄かったよ」
そう言って近づいて来たのはヒロシだった。ダンは二ッと笑みを浮かべると、ヒロシの方へ歩み寄って右手を差し出す。ヒロシがそれを握り返すと、ダンは豪快に笑いながらヒロシの肩を左手で叩いた。
「鉱山が襲撃を受けたって話を聞いてよ、お前ん家に顔を出したらもう出かけたって聞いてな。それで慌てて後を追っかけて来たんだよ。だが、なんとか間に合って良かったぜ」
「ああ、おかげで助かったよ。いくらなんでもあの数は手に負えなくてさ」
「へっ、古代のキカイ様様ってやつよ。これまで訓練やら動作テストはしてたんだけどよ、実戦で使うのは初めてだったからな。だが、こいつは想像以上だ」
「ま、まあロボットが凄いのは良く知ってるけど、あんまり無茶はしないでくれよ?」
「へっ、無茶ってなんだ? 例えば――」
ダンが不敵に笑みを浮かべたその時、巨大な影が羽音を立てながら頭上を通過した。その場の誰もが空を見上げると、上空には羽毛のない翼を広げて滑空する怪物が、猛スピードで飛行していた。それは一瞬で遠ざかったかと思うと素早く旋回し、再びダンやヒロシたちを威嚇するように低空をかすめて通り過ぎていく。
「な、なんだありゃ、新手か!?」
身構えながら叫ぶダンの横で、兵士の誰かが目を見開いて叫んだ。
「ワ、ワイバーンだ!」
ワイバーンは飛竜の一種で、ドラゴンと呼ばれる種族の中では低級に位置すると言われているが、翼開長は鳥の魔物と比較して倍以上の十メートル近くもあり、体格も一回り以上大きく、尻尾を除いた体長だけでも四メートル近くはある。それが一匹でもかなりの威圧感だというのに、上空にはさらに二匹が弧を描きながら旋回していた。身体に羽毛などは無く、赤っぽい体色で後ろ足に巨大なかぎ爪を備え、長い尻尾の先端にも左右へ飛び出した棘が並んで生えている。ワイバーンは牙の生えた口に息絶えた鳥の魔物を咥えていたが、それを投げ捨てると地上めがけて頭から突っ込んできた。
「うおおっ!?」
ワイバーンは二脚のロボットの間を通り抜けて再び舞い上がったが、その風圧でロボットは倒され、操縦していたダンの仲間たちも投げ出されてしまう。
「おちょくってやがるのか……!? 撃て! 奴を地上に近付かせるな!」
ダンの指令により、残りのロボットたちが上空のワイバーンに向けて機銃を発射するが、ワイバーンの動きは素早く弾丸はかすりもしない。ワイバーンは翼を広げたまま旋回し、今度は鋭い後ろ足のかぎ爪を向けて急降下してきた。回避が間に合わなかった人型のロボットはそのまま押し倒され、ワイバーンはすかさず棘の付いた尻尾を振り回して周囲を薙ぎ払う。近くにいた数人の男たちが鎧の上から棘の一撃を受けて弾き飛ばされたが、彼らは悲鳴を上げながら地面でのたうち回った後、顔が腐ったような紫色になって息絶えてしまった。
「毒だ……こいつ尻尾に猛毒を持ってやがる! うかつに近付くなッ!」
すぐに異変に気付いたダンは部下を下がらせるが、ワイバーンはそんな人間を尻目に、毒で仕留めた人間の鎧を口先で器用に剥ぎ取り、死体を頭から丸呑みにしてしまった。おぞましい光景にダンの仲間たちからも悲鳴が上がるが、ダンは忌々しげに舌打ちしながら腰の剣を抜いた。
「クソッタレが! 調子に乗るんじゃねえ!」
ダンが剣を振りかざして突っ込んだが、ワイバーンは一足先に翼を広げ、両足で地面を蹴りながら空中へ飛び上がった。その羽ばたきの風圧でダンは押し戻され、踏ん張っている隙を狙ってワイバーンが突進してきた。
「ぐっ……!?」
間一髪で横っ飛びをして身を躱したものの、顔を上げた時にはすでに空高くへ舞い上がっているワイバーンには、まさに手も足も出ない状態であった。だが、これまでの流れを見ていたヒロシたち一行がダンの前に出ると、ワイバーンのいる空を見上げて立ち並んでいた。
「アイツらの相手はオメーたちには荷が重いみたいだニャ。ここは怪獣退治の専門家なアタシに任せるニャ」
腕組みをして得意気にそう言うヒナタの横で、じっとワイバーンを見上げているツキヨが呟く。
「そんな呼び名は初耳だぞ」
「まーまー、細かいことは気にしない。んじゃ、みんな手筈通りに頼んだニャ!」
ヒナタは素早い身のこなしで近くの家の屋根に飛び降り、低く身構えて頭上を警戒する。ツキヨとメリア、そしてウィルはゴーレムの傍らに立って武器を手に身構え、ヒロシとヤクモは少し離れた場所で数本のロケット花火を地面に突き刺し、導火線に火種で火を点けた。点火したロケット花火が上空に飛び上がり炸裂すると、派手な音と光が空中に広がる。鳥の魔物であれば、これで視覚と聴覚を一時的に麻痺させられるほどの効果があるが、ワイバーンは低級とはいえ竜の一族であるからか、多少怯んで動きを止めた程度である。だがヒナタにとってはそれで充分であった。
「もらったニャ!」
ヒナタは左腕の手甲を素早く構え、ワイヤー付きの杭を発射した。杭が発射される仕組みは開発者のギリウス曰く『金属と磁力の性質を手甲に仕込んだ魔法石の補助を加えて増幅、勢いよく弾き出している』という話だったが、ともかく一直線に飛ぶ杭はワイバーンの脚の付け根にうまく突き刺さった。
「ギエーーッ!?」
突然の痛みに悲鳴を上げるワイバーンだが、さすがに致命傷とはならず激しく暴れ始めた。ヒナタは両足を踏ん張ってワイヤーを引っ張り、暴風に吹かれた凧のように暴れ回るワイバーンを力ずくで抑え込もうとする。しかし体格も体重もヒナタを上回るワイバーンを長く抑えていられるわけもなく、翼を羽ばたかせて上空へ逃れようとするワイバーンに、ヒナタはワイヤーごと身体を引っ張られた。
「今がチャンス! うりゃーーーっ!!」
ヒナタは身体が引っ張られるその瞬間を待っていた。身体が持ち上げられる勢いと同時に両足で屋根を全力で蹴り、さらにワイヤーを巻き取らせて、一気にワイバーンの元へ肉薄したのである。この勢いが無ければ跳躍してもワイバーンには届かず、ワイヤーをただ巻き取るだけでは身体が振り回されて無防備な姿を晒すことになる。この一瞬、全てのタイミングが噛み合った瞬間こそヒナタの狙いだったのである。一瞬にしてワイバーンの身体に取り付いたヒナタは巨大な翼の付け根にかぎ爪を突き刺して翼の動きを封じると、刺した部分を支点に背中側によじ登り、ワイバーンの首根っこの上に立つ。ワイバーンは苦し紛れに毒の棘が付いた尻尾を彼女に叩き付けようとしたが、その動きを読んでいたヒナタは、かぎ爪の一閃で尻尾の先端を横薙ぎに切り落としてしまう。
「ばっちいモン近付けんじゃねーのニャ。これでトドメ!」
ヒナタはかぎ爪でワイバーンの喉元を切り裂き、墜落していくその背中を蹴って宙を舞うと、近くの屋根の上に着地する。ワイバーンは町はずれの地面へ頭から激突し、そのままめり込んで動かなくなった。
「ふぃー、こっちは一丁上がりだニャ! そっちも気を付けろニャ!」
仲間をやられ、その血の臭いに興奮したのか、上空を旋回していたワイバーン二体が高度を下げて接近してきた。その瞬間、巻いたロープを肩に掛けたツキヨは一人駆け出し、ワイバーンの注意を引くために叫ぶ。
「こっちだ、追って来い!」
狙い通りに一匹のワイバーンがツキヨの後を追い、恐るべき飛行速度で背後に迫る。ツキヨは全力で走りながら、自分の背筋に走る本能的な悪寒を感じていた。それはウサギが猛禽に狙われるのと同様、獲物が捕食者に襲われる時の本能的な恐怖であったろうか。だがツキヨは鉄の如き精神力でその感覚を抑え込み、素早く身を翻しワイバーンを睨み付けた。ワイバーンが両足の爪を突き出しながら突進してきたその時、紙一重のところで身を躱したツキヨは、先端が輪になったロープをワイバーンの脚に引っ掛けることに成功していた。勢い良く引き伸ばされていくロープを見ながら、ツキヨは叫ぶ。
「今だウィル!」
ツキヨの合図とともに、猛然とその場へ駆け寄ってきたのは半人半馬の姿へと変身したウィルであった。ウィルは駆け抜けながら槍の石突きを使って器用にロープを拾い上げると、それを握り締めて走り出した。ロープはほどなくして伸び切り、空を飛ぶワイバーンの力に何度かウィルの身体が浮きそうになる。それでもロープを握る手は決して離さず走り続けた先に、一本の木がそびえ立っていた。ウィルは自分とワイバーンのちょうど中間あたりにその木が来るように位置を調整し、ロープが木に引っかかった所で急停止し、全力でその場に踏ん張って身体を固定した。
「ふんぎぎぎぎっ!!」
ロープは木を支点に伸び切り、脚にロープが掛かったままのワイバーンは自由を失い、コンパスのように弧を描いて回転しながら地上へ落下してきた。地面を滑り、近くの建物をなぎ倒しながらもワイバーンは平気な様子で立ち上がろうとしたが、その大きな隙をツキヨが見逃すわけがなかった。
「狩られるのはお前だ、くらえッ!!」
両足で地面を蹴り高く跳躍したツキヨは、ワイバーンの頭上から槍を真下に向けて落下していく。ふと視界よぎる影にワイバーンが気付いた時には、彼女の槍がワイバーンの背中から心臓の位置を深く貫いていた。ワイバーンは絞り出すような声を上げたのち、糸が切れたように絶命した。その頃、最後の一匹となったワイバーンはゴーレムとその隣にいるメリアの頭上を飛び回っていた。ヒロシはワイバーンを彼女に近付けまいとボウガンの矢を何度か放つが、あれだけ大きな的であっても、動き回る相手にはかすりもしなかった。ならばとロケット花火でけん制しようと試みるも、すでにそれを学習したワイバーンは尻尾でロケット花火を叩き落してしまい、逆に地上で破裂する花火に翻弄されてしまう有様だった。メリアの魔法は威力こそ高いが、発動までにわずかながら時間が必要で、ワイバーンほどの大物を仕留めるとなると、さらに魔力を練り上げる時間が必要となる。その間の守りを固めるためにゴーレムを傍に置いているのだが、ゴーレムは鳥の魔物の大群にエネルギーを使ってしまったおかげで、しばらくは素手で対抗するしかない様子だった。
「――雷よ!」
メリアの杖から放たれる電撃が空中を走るが、素早く飛び回るワイバーンには当たらない。このワイバーンは相手に狙いを定めさせない動きを心得ているのか、常にせわしなく飛び回っては、頭上から両脚のかぎ爪や毒の尻尾を叩き付けようとしてくる。それが何度か続いた後、ワイバーンはメリアを守るゴーレムに足の爪で襲いかかるが、ゴーレムがワイバーンの爪を腕で受け止めた直後、その場で激しく翼を羽ばたかせ突風を巻き起こす。強い風圧を受けたメリアは立っていられず、後方に吹き飛ばされてしまう。
「あうっ……!」
メリアの悲鳴を聞いた瞬間、ヒロシは夢中で飛び出した。腰の剣を抜いてワイバーンに飛び掛かったが、それを素早く察知したワイバーンは近寄るヒロシを蹴り払い、その場から飛び去ろうと羽ばたく。だが運の悪いことにヒロシのベルトがワイバーンの爪に引っかかっており、そのまま上空へと舞い上がってしまった。
「うわーっ!?」
ヒロシは慌ててベルトから爪を外そうとしたが、すでに落下したら無事では済まない高さまで来ている。ワイバーンは違和感を感じ、ヒロシを振り落とそうと足をバタつかせた。
「わわわっ、待った待った!! 今それやるの無し!! お願い落とさないでッ!!」
ヒロシは逆にワイバーンの脚にしがみつく格好となってしまい、そのままどんどん上空へと連れて行かれてしまう。幸いにも飛行中はバランスを取るために尻尾を伸ばす必要があるらしく、毒の棘に襲われることはなかったが、空いた片方の足で何度も引っ掻かれそうになり、ヒロシはとにかく必死にしがみ付きながら爪を避けていた。
「ヒロシ様!? ど、どうしよう……全然魔法が当たる気がしないし、当ててもあんな高さから落っこちたら……」
メリアは自分のせいでこんな状況になってしまったと血の気が引く思いだったが、遠くの高い場所から声が聞こえてふと我に返る。
「メリア聞こえてんのニャ! ヒロシはアタシがなんとかするから、魔法を当てることだけ集中するニャ!」
遥か高い建物の屋根の上で、ヒナタが叫んでいた。彼女の言う通り、今はワイバーンを倒すことが先決である。だが高速で飛び回る相手に魔法を当てるというのは、戦っている最中に針の穴に糸を通すような、並外れた繊細さと集中力を要求される芸当であった。
(でも、やらなきゃヒロシ様が死んじゃう……!)
メリアは深呼吸し、両目を閉じて精神統一しながら師匠であるタバサの言葉を思い出す。
「――魔法ってのは想像力の世界だよ。出来ると思えばなんだって出来るし、出来ないと思えば一生かかっても出来やしない。もちろん魔力の基礎鍛錬とか準備は色々あるけど、魔法を成功させる一番のコツは『出来て当然』って信じ込むこと。そうすればどんな無茶だってひっくり返る……それが魔法の世界ってもんさ。この言葉、よーく覚えておくんだよ」
酒臭い息を吐きながらそう教えてくれたタバサの言葉が、頭の中で繰り返される。雑念や不安を振り払い、ただ一心に思い描いたそれを信じ形にする。メリアは静かに魔力を高め、ゆっくりと瞳を開きワイバーンの姿を視界に捉える。
「……火の球よ、追え――!」
杖の先から放たれた火球の魔法は、普段の三倍ほどもある巨大な塊となり、一直線に空へ向けて放たれた。だが強い魔力と熱を帯びた火球を感じ取ったワイバーンは急旋回し、火球を難なく避けてみせる――そのはずだった。ところが火球は空中で鋭く軌道を変え、『そんなものが当たるものか』と高をくくっていたワイバーンの頭部に直撃したのである。着弾と当時に空気を揺るがすほどの爆発が起こり、ワイバーンの頭部を含めた上半身が跡形もなく消し飛んでしまった。残った胴体とそこに引っ掛かったままのヒロシは重力に逆らえず、急速に地面へ向けて落下していく。そこへ一筋の何かが走ったと思った瞬間、ワイヤーを伸ばし急接近してきたヒナタが、すれ違いざまにワイバーンの脚を切り裂き、ヒロシの身体を掴んで離脱していた。
「ふう、間一髪だったニャ! って、およっ――!?」
ヒナタは高くそびえる煙突にワイヤーの杭を打ち込んでいたが、その杭が刺さった部分は脆く、あっさりと崩れ落ちてしまったのである。支えを失ったヒナタとヒロシは、その勢いのまま地面に向かって落下し始めた。
「……なあ、これも予定のうちなんだよな?」
「フギャーッ!? 想定外ニャ! 超マズイのニャー!!」
「ぎゃーーーーっ!?」
涙目になって叫ぶヒナタとヒロシはそのまま町の中へ落下、あわれ硬い地面に叩き付けられ――と思われたその時、地上には大きな布を広げて待ち構える数人の兵士と、そこに混じるヤクモの姿があった。ヒナタとヒロシは間一髪で地面への激突を免れたが、勢い余ってすっぽりと布に包まれ、そのまま少し地面を転がってようやく止まった。
「ふう、どうやら間に合ったようですね。皆さんもご協力感謝します」
ヤクモは珍しく額に汗をかき、呼吸を乱して兵士に礼を述べていた。彼はヒナタがやろうとしていることを察した瞬間、万が一にと落下地点を予想し、近くにいた数人の兵士に声をかけて受け止める準備をしていたのだった。そうして二人を無事に受け止められたのは、まさにギリギリのタイミングであった。ほどなくしてメリアとゴーレムがその場に駆けつけ、落下した二人が無事かどうか布をめくってみた。
「ぶはっ! や、やっと出れた……! 動けなくて息が詰まるかと……!」
ガバッと顔を上げて大きく息を吸うヒロシだったが、その姿を見たメリアは引きつった表情で固まってしまった。
「あれ、どうしたんだメリア、そんな顔して……って、げえーっ!?」
ヒロシは両手を付いて顔を上げていたのだが、その指先はヒナタの豊満な胸にがっつりめり込んでいたのだった。
「なぁヒロシ、いつまで人の胸揉んでんのニャ……」
さすがに恥ずかしそうな顔をするヒナタと、ショックで凍り付いているメリア。まさに前門の虎、後門の狼といった状況にヒロシは一気に血の気が引いて両手をバッと頭上に上げる。
「いや違う、これは誤解だッ! 落っこちた勢いで揉みくちゃになって、ワケがわからないうちに――!」
「やっぱりそうだったのニャ、ヒロシはドサクサに紛れてアタシの身体を狙ってたのニャ。このケダモノー!」
ヒナタは演技がかった口調で言いながら胸を隠す仕草をし、それを見ていた兵士たちの刺すような視線がヒロシに集中する。
「ギャーッ!? 許してくださいこれ以上は死んじゃうッ!! 社会的に死んじゃうーッ!!」
それからツキヨとウィルが合流するまでの間、ヒロシはひたすらメリアとヒナタに向かいマシンガン土下座で謝り続けていたのだった。しばらく経ち、王都の兵士たちは町に散らばる魔物の死体を片付けるなどの作業に追われていたが、その光景を見ていたウィルが言った。
「あのー、ちょっと疑問なんですけど、この大量の魔物はどうしてここに集まって来たんでしょうか」
それはごく自然に口から出た言葉ではあっただろうが、あらためて考えてみると大きな疑問であった。特に理由もなく魔物が大挙して押し寄せるというのは考えにくく、やはり相応の原因がどこかにあると考える方が自然である。だが初めて訪れる町の事情など詳しく分かるはずもなく、ヒロシたちは首を傾げるしかなかった。。
「あの……今まで慌ただしくて言い出せなかったんですけど、この町に来てから感じるんです。なにか強い魔力の波動を……」
そう言って皆の注目を集めたのはメリアだった。魔法やそれに関する気配には人一倍敏感な彼女がそう言う以上、なんらかの原因がこの町に潜んでいるのは間違いなさそうである。メリアは感覚を開き、その奇妙で強い力の気配がする方へと歩き出した。しばらく町の中を進んで辿り着いたのは、鉱山から掘り出された鉄鉱石やクズ石が積み上げられた広場であった。そこにはまだ片付けられていない工夫たちの死体も転がっており、ヒロシは心の中で手を合わせながらメリアの後に続いて奥へと向かって行った。メリアが足を止めたのは高く石が積み上げられた一角で、そこを指して彼女は言う。
「ここです。この中から強い魔力を感じます」
ヒロシはゴーレムに命じて石の山を掘り返させる。するとゴーレムは崩した石山の中から、深い青紫の光を湛える拳大の宝石らしきものを取り出した。半分ほど普通の石と混じり合ったその石には、メリアが思わず立ち眩みを起こしそうな濃度の高い魔力が秘められていた。
「この石、もしかして……」
コーレムの手の上で輝くその石を見て呟くメリアに続き、ヤクモが口を開いた。
「これは魔光石ですね。私が以前見たものは、小指の爪よりも小さな粒でしたが……魔光石は多量の魔力を貯える性質があり、魔法に関する優秀な触媒となるそうです。ただし希少な鉱石のため、滅多に見つかることは無いと聞いています。これほどの大きさとなれば、屋敷の一軒や二軒を建てても釣りが出るくらいの価値となるでしょうね」
メリアの感覚とヤクモの解説を照らし合わせて考えれば、この大きな魔光石はかなり強い魔力を秘めていることになる。
「ということは、えーと……魔物たちはこの石の魔力に惹かれて集まってきたってことですか?」
ヒロシが尋ねると、ヤクモとメリアは同時に頷く。しかしヤクモの表情はどこか浮かない様子である。
「思わぬ拾い物ではありますが、少々困りましたね。これが存在する以上、また同じように魔物が群れを成して集まってくる危険性があります。しかも下手に魔光石を傷付けると、内に秘められた魔力が一瞬のうちに解き放たれてしまい……早い話が大爆発を起こすのです」
「だ、大爆発?」
「ええ。さっき話した小指の爪より小さな物でさえ、ひとたび爆発すれば建物を丸ごと消し飛ばすほどだと聞きます。これほどの大きさだと、町ひとつが消える規模になるかもしれません」
「げっ……とんでもない危険物じゃないか」
「かといって放置するわけにもいきませんし、どうしたものか……」
放置するのも持ち運ぶのも、あまりに危険なこの魔光石の扱いに関しては、正直手詰まりであった。なにか良いアイデアは無いかと頭をひねりながら辺りを見ていた時、ゴーレムの眼がしきりに点滅していることにヒロシは気が付いた。
「どうしたんだ、なにか言いたいことがありそうな感じだけど」
ヒロシがゴーレムに話しかけると、ゴーレムは目を光らせて「むっ」と返事をした。
「もしかして、この石が欲しいのかい?」
「むっ」
ゴーレムは頷くように目を光らせ、じっとヒロシの顔を見つめる。
「分かったよ、俺たちじゃその石はどうしようもなさそうだし、なにかいい方法を知ってるなら任せるよ」
ヒロシの許可を得たゴーレムは「むっ」と返事をすると、手の平に乗せていた魔光石を顔の前まで持って行く。するとゴーレムの両目から細い光線が発せられ、魔光石の周囲を器用にカットして形を整えていく。ただの石の部分は綺麗に削ぎ落とし、最終的には雫のような形の美しい宝石となった。ゴーレムは顔の前から手を下ろし、両目を点滅させる。するとゴーレムの胸元の装甲が開き、その内側には複雑な機械の回路と、それに繋がる雫型の宝石が露わになった。
「これは……今作った宝石と同じものじゃないか。もしかしてこの魔光石がゴーレムの動力なのか?」
ゴーレムは開いた左手で胸部の回路に嵌っていた宝石を取り外すと、削り出したばかりの新しい魔光石を取り付けた。するとゴーレムの回路に青白い光が走り、力強く輝き始める。ゴーレムは胸の装甲を閉じ、古い宝石をヒロシの目の前に差し出したが、ヒロシがそれに触れようとした刹那、宝石は音もなく崩れ去ってしまった。
「ま、まさか……お前、今までエネルギー切れギリギリの状態でずっと動いてたのか?」
「むっ」
「そうか、だからいつも戦いの時以外はじっと充電ばかりしてたんだな……気付いてやれなくてごめんよ」
「むっ」
ヒロシが申し訳なさそうにゴーレムの胴体に触れると、ゴーレムは心なしか嬉しそうに両目を光らせていた。
「でもゴーレムの動力になるのはいいけど、石が無くなったわけじゃないし、魔物が集まってきたらマズいよなあ」
ヒロシがふと思いついて首を傾げるが、メリアがヒロシの隣にやってきてゴーレムの身体にそっと手を触れる。
「……それなんですけど、大丈夫みたいです」
「えっ?」
「身体の中に石を組み込んだせいなのか、今まで周囲に漏れていた魔力が綺麗に消えてるんです。これならよほど密着しない限り、誰も気付かないと思います」
「ほ、本当かい!? ゴーレムの装甲の内側ならどこよりも安全だし、これで一件落着じゃないか」
「はい、むーちゃんもきっと喜んでますよ」
「ん? むーちゃん?」
聞き慣れない名前にヒロシが変な顔をすると、メリアはふふっと笑顔を見せて言った。
「私、この子に名前を付けてあげたいって前から思ってたんです。ゴーレムっていうのは名前じゃないみたいですし」
「ああ、そういえばそうだったなあ。それでむーちゃんか……」
「いつも『むっ』って返事してくれるのが可愛くて。ヒロシ様もそう思いますよね?」
「ん? あ、ああ、確かに可愛い……かな?」
「だからこの子はむーちゃんって呼ぶことに決めたんです。あの、これって変でしょうか……?」
「いや、名前を付けてもらってきっと喜んでるよ、こいつ……じゃなかった、むーちゃんも」
楽しそうに笑うメリアに余計な水を差すこともないと、ヒロシは彼女の好きなように呼ばせることにした。魔物の群れを撃退し、魔物が集まって来た原因を取り除いたことで鉱山の町は平穏を取り戻し、すぐに普段の営みを取り戻せるはずである。大きな事件が片付いてホッと胸を撫で下ろすヒロシの元に、ダンが笑いながら近付いて来た。
「よう、こんな場所にいたのかお前ら。ワイバーン三匹を簡単に片付けちまうとは、さすが俺が見込んだだけのことはあるぜ」
「ダンの応援が無ければ俺たちも危なかったし、お互い様だよ」
「へっ、それもそうか。だがまあ、この町は王都の生命線のひとつでもあるからな。それを無事に守り切ったんだ、王様からの覚えもめでたいってもんだぜ」
「はは、そうだといいんだけど」
「……相変わらず欲の見えねえ奴だな、お前はよ。だがまあ、今日のことはお互いの手柄ってことで話はしといてやるよ」
「あ、ああ」
「んじゃ、俺も手下どもの面倒を見てやらなきゃならねーし、この辺で引き上げるとするぜ。じゃあなお前ら、あばよ」
ダンはヒロシと肩を組んで脇腹を軽く小突く真似をすると、機嫌良さそうに手を振って立ち去っていく。だが、発掘した古代兵器の一団を従えるダンの後姿を見つめていると、ヒロシは言いようのない胸騒ぎを感じずにはいられなかった。戦いの事後処理を王都の兵士たちに任せ、ヒロシたちも自宅へ戻ることにした。新しい武器の使い勝手やゴーレムのエネルギー確保など、彼らにとっても色々と収穫のある戦いであったが、この日の出来事が後に始まる騒動へと繋がっていくことになるのだった。
第21話 おわり
次の更新は金曜19時予定です




