第二十話 暗雲
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法使いタバサの元で修行し中級魔法を習得した魔法使い
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
採掘場での戦闘でパーツを回収しパワーアップした
ダン:辺境の村で暮らしていたリーダー格の男
外界に憧れがありヒロシたちに同行することになった
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
タバサ:自称、大魔法使いの女魔法使い。
メリアに魔法を教えているが、普段は酒場で飲んだくれている
大列車に乗車して旅をすること二週間。魔王勢力下の南端、大陸を南北に分かつ山脈のふもとまで辿り着いたヒロシたちは、世話になったカーラたちに別れを告げ国境の砦を目指した。狭い渓谷の道を馬車で日が暮れるまで進むと、見覚えのある砦へ辿り着いたヒロシたちは声を上げて喜んだ。砦を警備する兵士たちも北から近付く馬車に最初は警戒していたものの、乗っているのがかつての戦いで活躍した面子だと分かると、驚きと喜びをもって迎え入れてくれた。砦を預かるケイン将軍にも迎えられ、その晩を砦で明かした後、ヒロシたちは帰路を急いだ。そしてさらに一晩の野宿を経て、とうとう彼らは王都へと戻って来たのだった。女神の島へ託宣を受けに出発して以来、実に一ヶ月以上ぶりとなる帰還だった。王都を囲む外壁はあちこちが損傷しており、オークの軍勢と戦った様子がまだハッキリと残っていた。だが、それ以外に目立った被害なども見られず、門をくぐった城壁内の街の様子は全く変わっていなかった。オークの軍勢との戦いについて門の番兵に話を聞いたところ、急に増援が途絶えたオークの軍勢は孤立し、その状況に気付いた港町リンドの代表トリスタンが兵を動かして背後を急襲、挟み撃ちを受ける形となったオークの軍勢は跡形も無く壊滅したのだという。
(よかった、俺たちのやったことは無駄じゃなかったんだな)
転送装置の破壊によって王都が危機を脱したことに安堵しつつ、ヒロシたちは自宅へと急いだ。一か月ぶり以上の自宅は記憶の中と変わらず、窓を割られたり泥棒に入られたような形跡もない。やっとの思いで玄関の扉に手を伸ばすと、なぜか鍵が掛かっておらずそのまま開いてしまう。奇妙に思いながら家に入りリビングを覗き込むと、テーブルの椅子に腰掛けて優雅に紅茶を飲むネズミ人がいた。
「ガ、ガンバ!?」
「よう、遅いお帰りだな」
ガンバは紅茶の入ったカップを掲げ不敵に笑って見せる。彼の右目は黒い眼帯で隠され、大きな右耳も一部がちぎれて無くなってしまっている。
「お、お前、生き……生きてたのか……!」
ヒロシは思わずガンバの近くへ駆け寄り、じっとその姿を見る。多少様子が変わっているが、ヒロシの良く知るガンバに間違いなかった。
「俺もどうやら悪運てのが強かったらしくてなぁ。この通り、右の眼と耳をやられちまったが、なんとか五体満足で逃げおおせたのさ。四魔将の一人が相手だ、このくらいで済むなら安いもんだろ」
「あの時、急に格好つけるから……本当に心配したんだぞ」
泣きそうなのをこらえて変な顔になるヒロシを見て、ガンバはカカカと前歯を見せて笑う。
「お前らも元気そうでよかったじゃねえか。一足先に街へ戻ってみたはいいが、お前らが帰ってなかったんでな。その間、この家はしっかり留守番しといてやったぜ。感謝しろよな」
ガンバの言う通り、テーブルやキッチンなどあちこちの掃除は行き届いており、ヒロシたちが家を出た時とほぼ変わらない様子である。絶体絶命の危機を救われ、家の面倒まで見てもらったガンバに何から話そうかと言葉を詰まらせていると、ガンバは紅茶を飲み干して立ち上がり、ヒロシの手をパンと弾いてリビングから出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待てよガンバ、どこへ行くんだ?」
「俺ぁ自分のねぐらへ帰らせてもらうぜ。お前らの無事も確かめられたし、もうここに残る用事はねえよ」
「そんな、せめて食事くらいは……」
「前に言っただろ? 俺は馴れ合いとか集団行動が苦手なんだ。また用があれば顔も出すさ。じゃ、あばよ」
ガンバはそう言って立ち去ろうとしたが、その肩を掴んで引き留めたのはヒナタだった。
「おっと、俺にまだ用でも?」
ヒナタはガンバの眼帯を指で持ち上げ、その下にある傷痕を見てすぐに元に戻す。
「……ヒロシが危ないトコを助けてくれたことは感謝しとくニャ。おめーがひとまず無事だったのも良かったニャ」
「へへっ、そりゃどうも」
「でも、アタシらの近くであんまりわざとらしい行動はしない方が身のためニャ」
「おお怖い怖い。よーく肝に銘じておきますぜ姐さん」
そう言ってガンバはヒナタの手からするりと抜け出し、そのまま家を出てどこかへ行ってしまった。
「ヒナタ、あのラット人がそんなに気になるのか? 確かにあの状況から生き延びたのは奇跡的だが」
そう言ったのは隣でヒナタの行動を見ていたツキヨだった。
「うまく説明できニャいけど、アイツなーんか引っかかるニャ。喉に刺さった魚の小骨みたいな感じで」
「不自然な点が無いとは言わないが、彼がこれまでヒロシどのや我々を何度も手助けしてきたのは事実だぞ」
「だから余計に引っ掛かってんのニャ。まあいいや、この話はヤメヤメ! アタシは腹へったニャ!」
難しいことを考えるのが苦手なヒナタは考えるのをやめ、いつものように定位置のソファに身を投げ出して横になる。それぞれが荷物や装備を下ろして椅子に腰掛ける中、ダンは家の構造や床などを興味深そうに眺めていた。
「こいつは驚いたな……ヒロシお前、ずいぶんと立派な家に住んでるじゃねえか。王都の民家ってのは、全部こうなのか?」
「いや、この家は知り合いに協力してもらって、ボロ屋だったのを立て直したんだよ。基礎とか隙間の処理、あとは家具のレイアウトなんかも俺がお願いして、その通りにやってもらったんだ。こっちの世界に来る前は、建物関係の仕事をしてたから」
「なるほど……こんな建築の発想は他じゃ見たことがねえ。大したもんだぜ」
感心した様子であちこち眺めた後、ダンも空いた席に座りテーブルを囲む。
「で、この後はどうするつもりなんだ?」
ダンの質問に、用意した紅茶に口を付けてからヒロシは答える。
「とりあえず王様に顔を見せに行くよ。孤島へ託宣を受けに行くって出て行ったきりだし、その辺も含めて色々と報告しないと」
「だったら俺も一緒に行かせてもらうぜ。王様の顔ってヤツも拝んでおきたいしな」
「王様の前で変なこと言い出したりしないでくれよ?」
「わかってるって。人間てのは第一印象が肝心だからな」
ガハハと笑うダンに少し不安を感じつつ、ヒロシはもう一度紅茶を口に運ぶ。久しぶりの
「とりあえず一休みしたら、みんなで顔を出しに行こう」
それからしばらく自宅で休憩した後、ヒロシたちは王宮へと足を運んだ。謁見の間では一ヶ月以上も行方知れずとなっていたヒロシたちの帰還に驚きや喜びなど様々な声が上がっていたが、ダレル王は相変わらずの真顔でヒロシの報告に耳を傾けていた。
「――うむ。長旅と数々の働き、ご苦労であったな。転送装置とやらの破壊が無ければ、王都も甚大な被害を被っていた。民に代わって感謝するぞヒロシよ」
「いえ、そんな……でも役に立ってよかった」
「魔王については依然として分からぬことばかりだが、油断はできまい。我らもさらに守りを固めねばならんが……して、始めて見る顔がいるようだが」
ダレル王はヒロシの後ろに控えているウィルとダンに目をやり尋ねる。
「彼らは北の地で俺たちに協力してくれた仲間です。特にこのダンは北の土地のことに詳しくて腕も立つので、ずいぶん助けてもらいました」
ヒロシの言葉を聞いてダレル王はダンに視線を移し、じっと眺める。
「確かにその男、頼りがいのありそうな身体つきであるな。厳しい土地で暮らした賜物といったところか。ヒロシを無事に送り届けてくれたこと、わしからも礼を言おう」
決まり文句のような言葉でも感謝されて気をよくしたのか、ダンは顔を上げて口を開く。
「北の辺境より参りました、ダンと申します。以後お見知りおきを」
「うむ。ダンとやら、北の地の情勢については不明な点が多くてな。その方が知る北の情報を教えてもらえると助かる。無論、それなりの礼はしよう」
「はっ、もったいないお言葉。魔王軍に一矢報いる為なら、協力は惜しまぬつもりです」
普段のくだけた態度と違い、ダンの受け答えは礼儀正しくそつがない。ヒロシはその役者ぶりに感心しつつ、ダンが語る北の地の様子などを黙って聞いていた。
「――北は荒れた厳しい土地が多いですが、だからこそ連中が目を付けた物がある。それが古代の機械ってヤツです」
「キカイ……確かヒロシが古戦場跡の遺跡で見つけたと聞いたが、それと同じような物か?」
「ええ、その通りです。複雑な仕掛けで動く古代の機械が、地面の下にいくつも埋まってるようでしてね。魔王軍はそれを掘り起こし、武器として利用しているんですよ。まともに動きさえずれば、機械ひとつで兵隊の十人や二十人分の働きはするでしょう」
「うむ……魔王軍がそれらを手駒に加えているとなれば危険だな。次にキカイの軍勢を送り込まれては、今度は耐えきれぬかもしれん」
ダレル王の表情に懸念の色が浮かぶと同時に、謁見の間にもどよめきが起こる。だがダンは口元に笑みを浮かべ、じっとダレル王を見て言った。
「ならばその件について、俺に任せて頂けますか。俺は機械の実物を見たことがあるし乗ったこともある。四、五十人ほどの人手を貸してもらえれば、埋まってる機械を掘り出して見せますよ」
ダレル王はしばらく黙ってダンを見ていたが、しばらくして近くの使用人に合図をする。使用人はずしりと重い貨幣が入った革袋をダンに手渡すと、静かに王の傍へと戻っていく。
「キカイについて詳しい者がおらぬ以上、そなたに一任するよりあるまい。その金は依頼料と必要経費である。無駄遣いせぬように」
「これだけ頂ければ十分でございます。では、俺は人手の準備が付き次第、仕事に入らせてもらいましょう」
その後、ヒロシも転送装置破壊の報酬を受け取り、ダレル王との謁見は終了となった。その帰り道、重い革袋を持って上機嫌なダンに、ヒロシは少し呆れた顔で言った。
「しかしまあ、よく舌が回るなあダンは。あんな約束して本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だってヘーキヘーキ。さすがに出来もしねえことを約束なんかしねえよ」
「でも、古代のロボットがどこに埋まってるのか知らないだろ」
「アテならあるさ。ヒロシがゴーレムを見つけたっていう遺跡だ。俺の勘だと、まだ他にも機械が埋まってると見たね」
「そんないい加減な……もし見つからなかったらどうするんだ」
不安げなヒロシにダンは顔を向け、その背中を力強くバシッと叩く。
「いでっ!?」
「あのなあ、やる前からそんなんじゃあ見つかるもんも見つからねえよ。実はな、俺たちが戦ったあの採掘場は遠い昔に戦場だったって村の年寄りが言っててな。で、お前らがゴーレムを見つけたっていうのも古い戦場跡だ。てことは、そこら辺の土をほじくり返すよりずっと機械が出てくるアテはあるだろうがよ」
「いやまあ、そうかもしれないけど……」
「まあいい、こいつは俺が個人的に受けた仕事だ。お前らに手伝ってくれとは言わねえ。そういうわけで、俺はここから別行動だ」
「えっ、おい、ダン!?」
「お前らとの旅は楽しかったぜ。仕事が終わったら、また酒でも飲みに行こうや。じゃあな、兄弟」
ダンはそう言って大金の入った皮袋を掲げたまま、向きを変えて街の繁華街の方へ一人で行ってしまった。何度か呼び止めようとしたが、ダンは手を振るばかりで足を止めることはなかった。
「たく、仕方がないな……」
ため息をつくヒロシの横で、メリアも心配そうにダンの後ろ姿を見つめている。
「ダン様、一人で大丈夫なんでしょうか」
「俺と違ってたくましいから、ヘンなのに絡まれても平気だと思うけど」
「いえ、そういうことではなくて……」
メリアの脳裏には、大列車の中でカーラと交わした言葉が浮かび上がっていた。嫌な胸騒ぎを覚えながら、メリアもただ彼を見送るしかなかった。
「んで、コイツはどうすんのニャ?」
ヒナタの言葉で全員の視線が集まった先には、今までちょっと影の薄かったウィルの姿があった。普段は人間と同じ姿を取っていることもあり、大人しくしていると目立たない。実際に変身した姿を見なければ、彼が半人半馬のケンタウロス族とは誰も気が付かないだろう。
「どうする、とは?」
ヒロシが聞き返すと、ヒナタは呆れたように彼をジトっと睨む。
「だから、ヒロシん家で寝泊まりさせるのかって聞いてんのニャ」
「確か部屋もまだ余ってるし、俺は別に構わないけど。皆はどうかな」
メリアやツキヨ、ヤクモの顔を順番に見ても、拒絶を示すような顔をする仲間は見当たらない。
「特に反対も無さそうだし、一緒に暮らすってことでいいんじゃないか?」
ヒロシがそう言うと、それまで不安そうだったウィルの顔色が一気に明るくなる。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 実は知らない土地で宿とかどうしようと思っていたので……」
「ふっふっふ、アタシに感謝するニャよ」
肘でツンツンとつついて笑うヒナタに、ウィルは少し興奮した様子で頷く。
「もちろんです! このご恩は必ずお返ししますので!」
鼻息荒くそう宣言するウィルの陰で、ヒナタは一瞬だけ悪い顔をする。それを見逃さなかったツキヨは「またか」という顔をしていた。
「なーウィル、これから同じ屋根の下で暮らすワケだけどー、ちゃーんと節度は守るんニャよ」
「は、はい?」
「ヒロシなんてこんな顔でスケベだからニャー。着替えを覗かれたり、寝込みの無防備なアタシを襲ったりで……くすん」
「ええーっ!?」
ヒナタのわざとらしい泣き真似を微塵も疑わず、ウィルは信じられないといった顔でヒロシを見る。
「なに言い出したのこの人!?」
突然の流れ弾に当たったヒロシは慌てて弁解しようとするが、隣でメリアが青い顔をしたままじっと見つめてきていた。
「寝込みを襲った……?」
「してないしてないッ! こらっヒナタ、デタラメを吹聴するんじゃあないッ!」
ヒロシはヒナタの口を塞いでやろうと掴みかかるが、彼女はひらりと身をかわして逃げていく。
「へっへーん、ヒロシがスケベなのは本当なのニャ。なーツキヨ」
急に話を振られ、表情を変えずに騒ぎを見ていたツキヨはため息をつく。
「ヒロシどのが女性の胸を好んでいるのは知っているが、そういう言い方は良くないぞ。健康な男子なら異性に興味があるのは当然だろう」
「ごっふうっ!?」
予想外の援護射撃に仰け反りながらも、ヒロシはヒナタを捕まえようとして低レベルな鬼ごっこが始まる。その光景を見て最初は目を丸くしていたウィルも、最後には噴き出して笑ってしまうのだった。
「あはははっ! 待ってくださいよ二人とも、そんなに走り回ると危ないですよ!」
ウィルが口元に両手を添えて大きな声を出すと、ヒナタは逃げ回りながらウィルの方を見て二ッと笑った。
「そうだウィル、今度アタシが街を案内してやるニャ! ありがたく思うニャ!」
「はいっ、よろしくお願いしまーす!」
そんな仲間の様子を微笑んで見守るヤクモの隣に近付き、ツキヨが言った。
「ところでヤクモどのは、女性の好みだとかそういう話を聞きませんね。隠しているのですか?」
「いえ、別に隠しているわけではありませんよ」
「しかし異性に対する特別な反応というものを見たことが無いのですが」
「私とて美しい女性など見れば、美貌に感心したりはします。しかし、それと心惹かれるというのは別の話ですから」
やはり当たり障りのない回答でのらりくらりと逃げていくヤクモを、ツキヨは目に少し力を入れて見つめる。
「……そういえば以前の露天風呂の時も、ヤクモどのは女湯の方に顔を向けてもいませんでしたね。もしや女に興味が無いと? そっち側の趣味だったのですか?」
グイッと迫ってくるツキヨに少し苦笑しつつ、ヤクモは答える。
「いえいえまさか。私は折檻されたくなかっただけです。それともツキヨどのは見て欲しかったのでしょうか?」
思わぬカウンターパンチにツキヨは勢いを削がれてしまうが、なおも食い下がっていく。
「そ、そんな趣味はありません。しかし、まるで気にされていないというのも、それはそれで腹が立ちます」
「ツキヨどのは十分魅力的だと思いますよ。そのような心配をする必要が無いと思うくらいには」
しれっとヤクモの口から出る言葉に、ツキヨは少し顔を赤くする。
「くっ、またそうやって人を煙に巻こうと……」
「ふふ、この難問の答えは次の機会ということで、どうかご容赦を」
結局ヤクモから納得の返事は得られないままであったが、ツキヨもこれ以上の追及はしなかった。そんな風に賑やかな帰り道であったが、これから待ち受ける運命を予感できた者はいなかった。
ヒロシたちが王都へ帰還してから三ヶ月が過ぎた。その間に大きな出来事は無く、破損した王都の城壁も修復が進み、魔王軍の襲撃など噓だったかのように平穏な日々が続いていた。王様から貰った報酬はまだ残っていて生活に困ることは無かったが、いざという時に備えて少しでも貯えを増やしておこうと、ヒロシは行政区の食堂内にある窓口で事務の仕事を再開したりしていた。収入のことはもちろんだが、ここで再び働き始めたのは、自称大魔法使いタバサの元で修行をするメリアの様子を確認しやすいという理由もあった。魔法の修行は常に行われている訳でもなく、タバサの家で魔法書の読み込みや魔力の鍛錬をするのは週に二、三日程度であり、それ以外は授業料代わりにタバサの酒代を賄うという名目で、メリアも食堂で働くことになったからだ。ヒロシもだが、すでに多くの手柄を上げて名が知れてしまったこともあり、メリアは性格や容姿の良さも手伝って、食堂ではすっかり人気の看板娘になっていた。
(ここは俺がしっかりと見張って、メリアを守ってあげないとな!)
などとヒロシは意気込んではいたが、すでに魔法使いとして経験を積んだ彼女にちょっかいを出せる人間などそうはおらず、たまに酔っぱらいが絡もうとしても魔法で眠らされるなどで、心配していたような出来事は特に起きなかった。そんなある日の昼前、入口の扉を開けて中に入ってきた人物に、食堂内がにわかにどよめいた。よれた三角帽に着崩して胸元が露出気味となったローブを身に纏い、そしてなにより酒の臭いをプンプンさせた美女――メリアの師匠にして、自称大魔法使いのタバサが姿を現わしたのである。彼女はフラフラと歩いて近くのテーブル客に何事かを尋ね、それから空いたテーブルに腰掛けてメリアを呼ぶ。それから何事かを話した後、メリアはヒロシのいる窓口へとやって来た。
「ヒロシ様、少しお時間よろしいですか?」
「ん、どうしたんだ?」
「はい、お師匠様がヒロシ様を呼んでいまして」
「分かった、すぐ行くよ」
ヒロシは席を外し、タバサの待つテーブルへと向かった。ヒロシが椅子に座ると続いてメリアも隣の椅子に座り、三人でテーブルを囲む形となった。
「しばらくぶりだねえヒロシ。前に会った時より、少しはマシな顔になったじゃないか。多少は修羅場を踏んできたようだね」
「そ、それはどうも。ところで、俺になにか用事でも?」
「あー、うん。その話なんだけどさー」
タバサは気怠そうな姿勢のまま視線だけを動かし、周囲の様子に目を光らせてから喋り始める。
「あんた、ダンって男を知ってるわよね。北の地から一緒に王都へ戻ってきたんだから当然だけど」
「ええ、もちろん。ダンがどうかしたんですか?」
「あの男が最近なにをしてるか聞いたことは?」
「いや……遺跡で古代の機械を発掘してるとしか。何体かはすでに見つけたとか聞いたけど、それ以外は特に」
その言葉を耳にした途端、タバサの目つきがにわかに鋭くなる。
「そのダンがさ、時々冒険者ギルドの酒場に顔を出すようになってね。それで店に集まる荒くれに、手当たり次第に声をかけてんの。当然、私の所にも来たけどね」
「それでダンはなんて?」
「俺の仲間にならないか、デカい仕事をやってみる気はないかって誘われたわよ。断ったけどね」
「は、はあ」
話の本筋が見えないヒロシは、つい間抜けな相槌を打つ。しかしタバサは表情を緩めることなく続けた。
「変だと思わない? 王様から人手を預かって地面を掘り返してる男が『デカい仕事がある』なんて。荒くれに声をかけてるのも気になるし、こっそり様子を探ってみたのよ。そしたら……」
「そしたら……?」
「掘り出した機械をすぐに王都には送らず、荒くれを乗せて動かしてたのよ。それも遊んでるわけじゃない。あれこれと指示を出して、乗り方をイチから教え込んでる感じだったわね」
「……ええと、それのどこに問題が? 機械だけ掘り出しても、操作方法を知らなきゃ意味がないわけだし」
「もう、バカねあんたは。そんなのは機械を引き渡した後に、兵隊に教えれば済むじゃない。なのに黙って自分の集めた連中に操縦の仕方を教えてるなんて、どう考えても怪しいでしょーが」
「あっ……!?」
「仕事にあぶれた冒険者崩れのチンピラなんて、かき集めれば結構な人数になるわ。発掘作業で集められた作業員も、結局は日銭のために雇われた連中に過ぎない。それがダンの下で百人近くも集まってる……正直、危険な兆候だと私は見てるんだけど」
「まさか、ダンが悪さをしでかすって言うんですか?」
「そうとしか考えられない証拠が、すでに積み上がってんの。それに魔法使いとして言わせてもらうと、あのダンって男は良くないわね。反骨の相がモロに出てる」
「反骨って、裏切るってことですか?」
「そう。反骨の相を持つ者は主に従わず、己の野心のために動く。大人しく他人の下に付いたりはしないはずよ。あの男が騒ぎを起こす前に、あんたたちには話をしとこうと思ってね。だからわざわざ来てやったんじゃないの」
「ダンが……そんな……」
「私としては酒場が巻き込まれて酒が飲めなくなったり、メリアが危ない目に遭わないか心配でね。あんたたちは同じ釜の飯を食った仲だし、なおさら騙される危険があるでしょ」
タバサの言うことはいちいち図星であり、ヒロシは言葉が出ずに押し黙ってしまった。
「とにかく忠告はしたからね。私の可愛い弟子にもしもの事が起こらないよう、十分気を付けなさいよ」
タバサからの忠告を受けた後は三人で一緒に昼食を取り、豪快に飲み食いをした後にタバサは帰って行った。ヒロシは彼女の話を胸にしまっておくわけにもいかないと思い、その日の仕事を終えてメリアと共に帰宅すると、夕食時に同居する仲間たちに事情を話した。
「――なるほど。タバサという方の推察は、おおよそ当たっていると見ていいでしょう」
最初にそう言ったのはヤクモだった。仲間内で一番知恵の回る彼がそういうからには、間違いはないのだろう。そう思うとヒロシはますます気が重くなった。
「私もダンについてはそれとなく情報を仕入れてはいましたが、やはりガラの良くない連中と一緒にいるのを目撃されています。発掘作業のために集められた人員と、ダンが声をかけて回った冒険者崩れの荒くれたち。彼らをまとめれば、それなりの戦力として計算できます。そこへ発掘した機械が加われば、騒ぎを起こすには十分。ですが――」
ヤクモは一区切り置いて、次の言葉を待つ仲間たちの顔をそれぞれ見てから続けた。
「百人程度を集めた所で、王都の兵とは数の上で大きな差があります。古代の機械を利用したとしても、いずれ制圧されるのは目に見えている。ダンもそれは分かっているでしょうし、今は迂闊に動くことは無いはずです。手勢を増やしているのは、次の段階へ進む下準備とも考えられます。ダンが事を起こす……その確たる証拠が無い状況では、我々は彼の行動を注視し、巻き込まれないようにするしかありませんね」
疑わしいとは思いつつも、今は様子を見るしかない。そんな魚の小骨が喉に刺さったような気持ちを抱きながら、さらに時間は過ぎて行った。そしてある日、ヒロシの家に冒険者ギルドからの手紙が届いた。手紙には王都から西の森を越えた先にある鉱山の町が大規模な魔物の群れの襲撃を受けた為、急ぎ腕に覚えのある冒険者に討伐依頼を回しているという内容が書かれていた。この鉱山は王都の製鉄に欠かせない鉄鉱石の重要な産地であり、すでに兵士で編成された討伐部隊も向かっているという。手紙を読み終えた後、ある事が心に引っ掛かったヒロシは王都の鍛冶工房へと向かった。ヒロシが工房の扉を開けて中に足を踏み入れると、工房で働くドワーフたちの間には暗く重い空気が漂っており、意気消沈した様子で座り込んでいた。
「あのー、こんにちは。ヒロシですが、ギリウスに会いに来ました」
その声が工房に響くと、奥の方からバタバタと走る音が聞こえ、真っ白な髭が特徴的なドワーフのギリウスがヒロシの元へ駆け寄って来た。
「ヒロシ、来てくれたのか! ううっ……!」
「どうしたんです、そんなに慌てて」
「これが慌てずにいられるか! 鉱山が魔物に襲われたって話、おめえも聞いてるだろ!?」
「さっき冒険者ギルドから手紙が届いたんだ。それで気になってギリウスに会いに来たんだよ」
「だったら話は早えぇ! あの鉱山はな、俺たちドワーフの故郷みてえなモンなんだ。あそこにゃ俺の実家もあるし、ここで働いてる連中の女房子供だって大勢いるんだ。俺だって今すぐ駆け付けてえ所だが、ここを離れるわけにゃいかねえんだ。頼む、魔物退治に手を貸してくれ!」
「もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうだったんだな。それじゃ俺もこの依頼を受けることにするよ。友達の家族が困ってるなら、放っておけないよな」
「うう、すまねえ……代わりにウチに置いてる武器なら好きなのを持って行ってくれ」
ヒロシは一度自宅へ戻り、事情を説明した仲間を連れて工房へ戻って来た。そこで各々が装備を新調することになり、ヒナタは鋼鉄製の新しいかぎ爪と、ワイヤーが飛び出す機構付きの手甲を左手に装着してもらい、その感触を確かめている。ツキヨとウィルはそれぞれ剣や槍、弓、そして金属の鎧などを新しい物に替え、鉄の鏃が付いた矢をたっぷりと用意してもらった。メリアは魔法銀の装飾が施された杖を、ヤクモは分割、接続が可能な金属棒を武器として受け取り、最後にヒロシは小型のボウガンと、専用の矢となるボルトをギリウスから受け取った。
「こいつは新発明の小型軽量ボウガンってヤツだ。従来のはデカくて重くて扱いづれえの三拍子だったが、こいつは戦いに不慣れな人間でもすぐに使えるよう設計したんだ。射程は普通の弓よりは落ちるが、十分使い物になるはずだぜ」
試しにヒロシがボウガンに矢をセットして構え、藁で作った的を撃ってみると、矢はいとも簡単に命中した。
「す、すごい! 俺には願ってもない武器だよ、ありがとうギリウス」
「礼なら後でたっぷり聞いてやるよ。だから俺たちの故郷を頼んだぜ……!」
ギリウスたちの切実な願いを受け、準備を済ませたヒロシたちは鉱山の町へと向かうのだった。そして馬車を走らせ西の森を抜けた先で見たのは、暗雲のような黒い影が、町を覆い尽くしている光景だった。
「な、なんだアレ!?」
近付くほどにはっきりと見終えて来た暗雲の正体は、空を覆い尽くさんばかりの大量の鳥の魔物たちであった。魔物たちは町の上空を飛び回り、時々地上へ降りては飛び立つという行動を繰り返しており、やがて魔物は一人の男をくちばしに咥えて舞い上がり、はるか上空でくちばしを開く。男はそのまま落下して無残にも地面に叩き付けられ、そこに無数の魔物たちが群がって食い荒らし始めるという、悪夢のような光景が飛び込んできた。
「ひ、ひどい……」
メリアは思わず目を背け、絞り出すような声を漏らした。全員が同じ気持ちであったが、あまりの数の多さに感傷に浸る時間すら無かった。馬車を安全な場所へ避難させると、ヒロシたちは鉱山の町へと突っ込んでいく。町の中ではすでに到着していた兵士たちが展開して戦っていたが、弓の数が十分でないうえ頭上を支配する魔物たちには劣勢であった。
「敵の数が多すぎる! とにかく数を減らさないと始まらないぞ!」
ヒロシの言葉を合図に、仲間たちも戦闘態勢に入った。ヒロシは目の前に降りて来た鳥の魔物にボウガンを撃ち込むと、矢は胸元を貫き、一撃で絶命させた。
「すごいぞ、これなら俺も役に立てるかも……うわっと!?」
上空から襲いかかる鳥の魔物を地に伏せて間一髪かわすと、ヒロシは四つん這いのまま走って建物の陰に隠れる。メリアは開けた場所で杖を両手で垂直に構え、呪文を唱えていた。
「雷よ、悪しき者を貫け!」
杖の先端から強烈な電撃が生じ、稲妻が拡散して上空に広がっていく。枝分かれした無数の電撃に貫かれ、一度に十匹以上の魔物たちがボトボトと空から落ちて来た。
「へへっ、やっぱりこいつらには魔法のが相性いいニャ。だったらアタシはメリアを守っといてやるかニャ!」
ヒナタは目を見張るような瞬発力で一瞬にして建物の屋根へ飛び乗り、近付いて来た鳥の魔物をかぎ爪で次々に切り裂いていく。その光景に恐れをなした個体が翼を翻して逃げようとしたが、ヒナタは口元に笑みを浮かべて左腕を前方に突き出した。
「せっかくだし新兵器の試し撃ちしてやるニャ!」
右手で手甲を擦るようにしてトリガーを引いた瞬間、手甲に装着されたワイヤーが勢いよく発射された。ワイヤーの先端には返しの付いた金属製の杭が付いており、それが魔物の背中に刺さると同時に、ヒナタはもう一度手甲のトリガーに触れる。するとワイヤーは勢いよく巻き取る動作を始め、魔物より軽いヒナタの身体が引き寄せられていく。ヒナタはその勢いに逆らわず、屋根を蹴って宙に飛び、ワイヤーを伝うようにして鳥の魔物の背中に飛び乗った。
「これで終わりッ!」
首の付け根をかぎ爪で突き刺してトドメを刺すと、ヒナタは突き刺さった杭からワイヤーを外し、落下する魔物の身体を両足で蹴りながら近くの屋根へ着地する。ワイヤーの先に新しい杭を装着してセットし直すと、ヒナタは目を丸くしてフンスと鼻息を吐く。
「コレ使えるニャ! こんなおもしれー武器があるなんて、世の中まだまだ広いニャ」
ヒナタはメリアに近付く魔物を警戒し、素早く屋根から屋根へ飛び回っていた。一方、ウィルは半人半馬の姿に変身し、地面を駆けながら弓をつがえ、次々に矢を放っていた。矢はほとんどが命中していたが、敵の数が多すぎてだんだんと手が回らなくなり始めていた。
「あわわわ、これじゃすぐに矢が無くなっちゃうぞ、どうしたら……!」
前方の魔物に矢を命中させて呟くウィルだったが、その一瞬の隙を狙って背後から鳥の魔物の鋭いかぎ爪が襲いかかった。
「しまっ……!?」
槍に持ち替える暇もなく切り裂かれそうになった瞬間、鳥の魔物の両足は胴体から離れ、力なく落下していく。ふと気づけば、彼の背中に剣を抜いたツキヨが乗っていた。
「油断するにはまだ早い。気を抜いたらやられるぞ」
「は、はいっ! すみません助かりましたツキヨさん!」
「攻撃と同時に敵の攻撃に備えろ。戦いの鉄則だ」
「はいっ!」
ウィルは頭を振って気合いを入れ直し、武器を槍に持ち替えて街の中を駆け続ける。
「動き続けていれば、そう簡単にやられないはずだ……!」
途中でツキヨはウィルの背中から高く跳躍し、上昇中に剣で一匹、落下しながら弓で二匹を射落とすという神業のような攻撃をやってのけた。それを見て奮起したウィルも一気に跳躍し、正面に迫った鳥の魔物を矛先で刺し貫く。
「まだまだ! 俺はもっと強くなるんだ!」
気合い一閃、ウィルは槍を振り回して魔物の群れに向かっていく。その頃、ヤクモは連結した棒を両手で構え、近付く魔物を無駄のない動作で叩き落していく。重量はさほどでもないが、正しい動作の乗ったその一撃の威力は十分で、鳥の魔物の骨を砕くには十分であった。
「ふむ、これは便利だ。軽さと丈夫さ、しなやかさも申し分ない。私も多少は戦力として働けるか……」
とはいえ、戦いが専門でないヤクモが戦い続けるのは無理がある。彼の近くではゴーレムが壁になるように立ち、上空を見上げて両目を光らせていた。
「むっ」
ほどなくして敵の位置を把握したゴーレムは両腕を交差するポーズを取る。すると全身の装甲が開き、内側から出現した無数の小型ミサイルが上空めがけて一斉に発射された。小型ミサイルは密集していた鳥の魔物たちに次々と命中して爆発し、バラバラに飛び散った黒い羽根と肉片が雨のように降り注ぐ。それでもなお、数と勢いが減らない鳥の魔物たちを見上げるゴーレムだが、そのセンサーに反応する信号を感じ、ゴーレムはその方向に顔を向けた。ゴーレムの光る両目には、町の入り口、森の方面から次々に姿を現す古代の兵器たちと、それに乗って腕組みをするダンの姿が映っていた。
第二十話 おわり
次の投稿は一週お休みします
次回の投稿は4月10日金曜19時予定です




