第三十四話 荒野の決戦(5) 突入
「アンジェラーーーーーーッ!!」
周囲が止めるのも聞かず、ハヤトは大巨人めがけて走っていた。
大巨人の身体には彼女の能力がもたらす黒い炎が燻ぶっており、それは触れただけで生命を奪い取る危険なものである。その様子を後ろで見ていた女魔法使い――自称大魔法使いのタバサは、つば広の三角帽を持ち上げてその後ろ姿を見ながら、溜め息をつく。
「若いってのは眩しくていいけどさ、後先考えずに突っ込むのは感心しないねぇ」
タバサは手にした杖を垂直にし、カツンと地面に当てる。すると地面に黄金の魔法陣が出現し、それは瞬く間に広がって連合軍全体を囲むほどの大きさにまでなった。
「全員よくお聞き。この結界の中にいれば、あの黒い炎の影響を弱められるわ。ただしこの広さだと弱めるのが精いっぱいだから無理すんじゃないわよ」
タバサのその声は空気を伝わるのではなく、その場にいる全員の頭の中に直接響くものだった。特大の防御結界を展開しつつ、タバサはさらに左手をかざして呪文を唱える。するとヒロシやヤクモ、大巨人に突っ込むハヤトたちの身体に透明な光の防壁が現れた。
「これで多少の無茶は出来るけど、こっちも手が離せないから身を守れるのは一度限りだと思いな」
それは心強い言葉ではあったが、ハヤトはお構いなしに大巨人の右手に辿り着くと、その上に飛び乗って腕の上を全力疾走し始めた。
「ふんぬぬぬぬっ!!」
ハヤトは脇目も振らずに大巨人の右腕を駆け登るが、それに気付いた大巨人が左手を振り上げ、その小さな異物を払い落とそうとする。
「う、うわっ!?」
その圧倒的な大きさの前では、ハヤトに逃げ場はない。
このまま払い落とされるだけかと思われたその時、誰かがハヤトの身体を捕らえてそのまま飛び上がった。大巨人の左手はそのまま通り過ぎ、空中に飛び上がったハヤトは自分を抱える人物に明るい顔をしていた。
「ネコのねーちゃん!」
「ったく、ウチの男どもは世話が焼けるニャ。
ヒロシ! どこ目指せばいいか教えるニャ!」
滞空したまま顔を向け、ハヤトを脇に抱えたヒナタはそう叫ぶ。
「ど、どこって、ええと……!」
急に言われて大巨人を凝視したヒロシは、人間でいう鎖骨の付け根あたりに不気味な黒い気配が渦巻いているのを見つけた。
「喉の下の方! 鎖骨の近くに嫌な気配がある!」
ヒロシが叫び返すと、ヒナタは落下しながら親指を立てて前を向き、再び右腕に着地する。
「アタシが連れてってやるニャ。あとはオメーが自分でなんとかするニャよ!」
「うん! ありがとう!」
ハヤトを抱えたままヒナタは大巨人の右腕を走るが、そこで異変が起こった。
腕で払い落とす代わりなのか、その体表から次々に硬質の四角い棒のようなものが飛び出し、その棒が強い光を放つと同時に、青白い光線がヒナタめがけて発射された。
「うわっちち!? 危ねーニャ!」
ヒョイッっとジャンプして光線を避けたヒナタだが、それが命中した体表は黒く焼け焦げ煙が立ち昇っている。
「さすがに手が塞がってるとマズいニャ! ハヤト、アタシの背中に捕まれニャ!」
ハヤトは言われた通りにヒナタの背中にしがみつき、首と胴に手足を回してがっちりとくっつく。両手が自由になったヒナタは四つん這いになり、獣のような姿勢で一気に走り出した。
「ウニャーッ!!」
次々に飛び出す硬質の棒と光線を避けて二人は大巨人の首元へ肉薄するが、そこへ再び圧倒的質量の左手が迫ってくる。
今度は払い落とすのではなく、人間が蚊を潰すのと同じように、頭上から覆い被さってきた。そのままでは逃げ場のないヒナタだったが、彼女は二ッと笑みを浮かべ、左腕のワイヤー発射装置を突き出しながら跳躍、足場のない空中へ飛び出した。
「ギリギリ射程距離! うりゃっ!」
ヒナタの左腕から発射されたワイヤー付きの杭は大巨人の胸元に突き刺さり、ヒナタとハヤトは振り子のように弧を描く軌道で空中を進み、左肩付近へと着地する。この位置なら大巨人の左手は届かず、潰される心配はない。
背中からハヤトを下ろして一安心かと思ったその時、更なる異変が二人を襲った。
足元の肉体がボコボコと盛り上がって変形を始め、大巨人の身体から数十匹もの大きな魔物が生まれてきた。それらはヒナタとやハトの姿を見るや、牙を剥き襲いかかってきた。
「コイツらはアタシが引き受ける! ハヤトは行くニャ!」
「で、でもこの数じゃ!」
「いいから行けッ!!」
ハヤトの背中を強引に蹴り飛ばすと、ヒナタは群れを成して襲いかかる魔物の群れに挑みかかった。二匹、三匹とかぎ爪で斬り倒すが、四方を囲まれた状態では、その全てを回避するなど不可能だった。
――ガッ!!
背中を丸太のような怪物の太い腕で殴りつけられ、一気に意識が揺らぐ。
すかさず飛んできた追撃の爪をなんとか躱すも、体勢が崩れた所へ別の魔物が吐き出した巨大な火球が直撃、ヒナタは吹き飛ばされ大巨人の身体の上から落下していく。身体の感覚を失いながら、真っ逆さまになったヒナタは自嘲気味な笑みを浮かべていた。
(あーあ、アタシとしたことがつまんねー最後になっちまったニャ……)
それ以上を考えるヒマもなく地面が目前に迫ったその時、彼女の身体を横から抱き止め、空を疾駆る者がいた。
「ヒナタさん、大丈夫ですか!?」
ヒナタが目を開けると、そこはウィルの両腕の中だった。ヒナタはふっと笑みを浮かべた後、大きなため息をついてぐったりと力が抜けてしまう。
「……ウィル、美味しいトコ持ってくの上手くなったニャ」
「なに言ってるんですか。ヒナタさんが落っこちるのを見た時は本当にヒヤヒヤしましたよ」
「……うん。来てくれてありがとニャ」
「こんなことで終わらせたりしませんよ。俺もヒナタさんも、まだやることが残ってるんだ」
ヒナタはそれ以上言葉を口にせず、ただ身を任せていた。
ウィルは彼女を抱きかかえたまま地上へ降り立ち、ヒロシたちが居る本陣へと後退する。ヒナタの身体にはダメージがあったが、タバサの防御魔法のおかげで致命傷は避けられ、回復を待てばすぐに動けるだろうとのことだった。
「――アンジェラーーーーッ!!」
一方、ハヤトは背中の剣を抜き、次々に生える魔物を斬り倒しながら大巨人の首元へ迫っていた。ちょうど首と胴体が繋がる部分には強固な装甲版のようなものがあり、よく見れば閉鎖された出入口のようにも見える。
ハヤトは装甲版に何度か剣を叩き付けるが、それだけではびくともしない。
「こんなもの……邪魔すんなああぁぁぁーーーーーっ!!」
ハヤトが叫ぶと全身に猛烈な力が満ち、上段に構えた剣を気合と共に振り下ろす。
――ギンッ!!
硬質な音と共に装甲版に縦一線の筋が走り、次の瞬間には真っ二つに割れ、その向こう側に暗黒の空洞への入り口が広がっていた。
「よーし、今行くからな!!」
ハヤトは剣を握り締めたまま、迷わず漆黒の穴へと飛び込んでいった。
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