第三十四話 荒野の決戦(4) 大巨人
「オーーーーーーッ!!」
数の上ではいまだに魔王軍が勝っているが、戦いの流れは完全に連合軍側にあった。指揮官を失ったことで魔王軍は混乱を極め、魔物の集団であった部隊などは我先にと逃げ出す始末であり、完全に敗走状態に陥っていた。
連合軍が戦場である荒野の中央を通過し前進した頃、それは突如として姿を見せた。荒野の空中に、眼鏡をかけた瘦身の男と幼い少女が浮かんでいた。
「あーあ、アイツも結局クチだけだったかぁ。
もうちょっと粘ってくれると思ったのに、アテが外れたな」
高い場所から戦場を見渡し、そう呟くのは四魔将の一人ルークである。
自軍の不利な状況を目の当たりにしながらも、彼には焦ったり動揺する様子は微塵も見られない。
隣にいる少女はアンジェラであり、彼女もただ無言を貫いている。その姿を見た数人の兵士たちが二人に矢を射かけるが、ルークとアンジェラは見えないシールドのようなものに守られ、矢が届くことは無かった。
「しかしまあ、見事にやられてやんの。逆にどうやったらここまで死体を増やせるんだかレクチャーして欲しいね。だがまあ……こっちにとっちゃ好都合だかな」
ルークが呟いているうちに、兵士たちを割って駆け出して来る者の姿があった。
「アンジェラ!」
そう叫ぶハヤトを先頭に、ヒロシとメリア、ヒナタとツキヨ、ヤクモとゴーレムも前線に出て来ていた。
「ようお前ら。つくづく俺たちは縁があるみたいだな。
ま、それも今日でお終いだろうけど」
相変わらず軽い口調で語るルークを睨み上げ、ハヤトが叫ぶ。
「アンジェラを返せ! 今日こそ絶対に取り返すからな!」
「おいおい、いつからこいつがお前のモノになったんだよ。
言っただろ、こいつは四魔将の一人、再誕の魔将アンジェラだってな」
「うるさい! お前が無理やりいうコト聞かせてるだけだろ!」
「あーあ、やだやだ。思い込みの激しいヤツは人の話を聞かないから嫌いだぜ。
コイツを取り返したいってんなら、やってみるがいいさ。出来ればだけどな」
そう言いながら、ルークはまたもアンジェラを蹴り飛ばし、眼下の戦場へと落下させる。死体の上に落ちたアンジェラは負傷などしていない様子だが、それを見たハヤトとメリアは蒼白となっていた。
「どうしたんだメリア、顔が真っ青だぞ!」
メリアの様子がおかしいことに気付いたヒロシだが、その返事を待つこともなく異変を察知して顔を強張らせた。
「これは……まさか!?」
積み重なる死体の隙間から、黒い炎が染み渡り広がっていく。
それはオークのせい塑像工場での戦いで見たそれと同じであり、アンジェラの『能力』は死体を繋ぎ組み替えて新たな怪物を作り出すというものである。
それを思い出した瞬間、ヒロシの本能が全力で危機を告げていた。
「みんな下がるんだ!! 大変なことになるぞ!!」
ヒロシの悪寒は最悪の形で的中してしまう事になる。
アンジェラの身体から染み出す黒い炎は、おびただしい死体を次々に取り込み膨れ上がっていく。数百、数千の死体を呑み込みながら成長していくそれは、絶望的なほどの大巨人となって形を形成していった。
大巨人の身体は上半身しか無かったが、それでも頭頂部までの高さは五十メートル近くもあり、悪夢が形を成したとしか思えないような光景だった。
「うわああああっ!?」
「な、なんだあれは!?」
連合軍兵士の間でも動揺と悲鳴が起こり、進軍がそこでぴたりと止まってしまった。死体が寄り集まった恐るべき大巨人は、腕を振り上げ目の前をなぎ払う。
たったそれだけで、逃げ遅れた百人以上の兵士たちを、砂粒のように弾き飛ばしてしまった。それだけでも絶望的な光景ではあったが、大巨人が両手を地面について頭を前に突き出す姿勢を取ったその時、ヒロシの背中に言いようのない強烈な悪寒が走り抜ける。
(う、噓だろ……これって、まさか……!?)
大巨人は顔を正面に向け、口を大きく開く。
暗い洞窟のような喉の奥が不気味に光を放った直後、そこから強烈な光線が走り空を切り裂く。
光線はヒロシや兵士たちの頭上を通り越してしまったが、はるか後方に着弾した瞬間、凄まじい轟音と共に大気を震わせる灼熱と大爆発を生じ、天に立ち昇るキノコ雲を発生させる程だった。
あまりの出来事に、戦場は敵も味方もなく、時が止まったように静まり返ってしまう。理解と想像を超えたその出来事に、誰もが呆然と立ち尽くすしかなかったのだ。
(間違いない、これは……!)
ただ一人、ヒロシだけはこの光景を知っていた。
もちろん転生する前にこんな体験をしたわけではないが、それでも彼は知っていた。
(一体どうなってるんだ。こんな偶然があり得るのか……?
いや、偶然じゃなかったとしたら……!)
全身から嫌な汗を噴き出しながらそう考えているヒロシの頭上で、その光景を眺めていたルークは上機嫌で手を叩いている。
「ははは、こりゃすげえ。材料がたっぷりあったとはいえ、ここまでの『再現度』とはなぁ。こいつは面白いものが見れそうだ」
おそらくは何気なく発したであろうルークのその言葉を、ヒロシは聞き逃さなかった。
「ルーク、これはどういうことなんだ!
今、確かに再現度って言ったな……お前、この世界の何を知ってる!」
そう叫ぶヒロシに、ルークは眼鏡の奥から冷ややかな視線を向けながら笑う。
「さあね。仮に知ってたとして、それを教えて俺になんの得があるんだ?」
「くっ……」
「せっかくの特等席なんだ。存分に楽しんでいけよ。
必死こいてコイツを止めるのが、お前らの役割なんだからな、ははは!」
ルークは笑いながら上空へ飛び上がり、ダークキャッスルの方角へ飛び去ってしまう。それと入れ替わるようにしてヒロシの元へ駆け寄ってきたのはヤクモだった。
「どうしたのですかヒロシどの。ルークと何を喋っていたのです?」
「……」
返事に窮し黙り込むヒロシから、ヤクモは眼前の恐るべき大巨人を見上げる。
「死体を操るアンジェラの出現は予想していましたが、よもやこれほどの怪物を作り出すとは……」
さすがのヤクモも、これほど途方もない巨体の怪物を前にして、そう簡単に名案は浮かんでこない様子だった。
「しかしヒロシどの、先ほどこの大巨人が出現する直前に言いましたね。
大変なことになるぞ、と」
「……」
「もしや、この大巨人についてなにかご存じなのですか?」
ヒロシは少し目を泳がせつつも、こくりと頷く。
「……見たことがあるんですよ。俺は……この怪物を知ってる」
その返事にヤクモは目を見開きつつも、すぐに落ち着いた様子で尋ねる。
「ヒロシどのが元いた世界には、こんな恐ろしい怪物が存在したのですか?」
「いや、そうじゃないんです。こんなものが本当に居たわけじゃない。
でも、俺は知ってるんですよ」
言葉の意味を掴みあぐね、ヤクモは少し首を傾げつつもさらに問う。
「話がよく見えませんね。存在はしなかったが知っている……
例えばそれは、伝説などで語られていた怪物ということでしょうか」
ヤクモの言葉にヒロシもようやく思考の整理が追い付いてきたようで、少し深呼吸をして頷く。
「はい。伝説というか、作り話というか……元の世界にいた時は、たくさんの娯楽があって。その中には絵を動かして、空想の世界の物語を見せる物があったんですけど……その有名な作品に出てきた巨人にそっくりなんですよ。さっき口から吐いた光線も、まったく同じで」
その話を聞き、ヤクモは難しい顔で考え込む。
「ヒロシどのの世界での空想の産物が、この世界でそっくりそのまま出現した……
この大巨人は偶然似たのではなく、その姿形や能力を、別世界の想像の世界から持ってきたのではないか……そう考えているわけですね」
はっきりと告げられたことで、いよいよヒロシの内にくすぶり続けてきた疑問が首をもたげはじめてきた。
「この世界に来てからずっと違和感があった。異世界だという割に、いろんなものが元の世界と似ていたり同じだったり、妙に都合のいい物や見覚えのある物があったりして、まるで……」
「つまりヒロシどのから見て、この世界は元の世界との繋がりが不自然に多い……
ということでしょうか」
ヤクモの簡潔な答えに、ヒロシも苦い顔をして頷くしかなかった。
「それにどんな意味があるのか分からないけど、なんというか……すごく嫌な感じがするんですよ。作為的で、全部仕組まれているような」
「この恐るべき怪物もそうした仕込みなのだとしたら……底知れない話です」
「と、とにかくこの大巨人をなんとかしないと。世界が火の海になっちゃうぞ」
「参考までにお聞きしますが、その空想のお話に出てきた大巨人はどうなったのです?」
「ええと……世界の危機みたいな状況になった時に出てきたんだけど、目覚めるのが早すぎて身体が腐ってて……凄い威力の光線を吐いたけど、結局すぐに崩れて死んじゃいました」
「……なるほど。であれば、目の前の大巨人も身体を維持することに無理があるのかもしれません。現に大巨人は上半身しか無く、自由には動けていない。付け入る隙があるとすればそこでしょう」
「でもこれは……あまりにも巨大すぎて、なにをどうすればいいのやら」
二人揃って絶望的な大きさの大巨人を見上げるしかなかったのだが、そんな大人の心配を他所に、一人突っ込んでいく小さな影があった。
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