第三十四話 荒野の決戦(3) ブラッドの最期
「どうしてそんなことを……!」
「ずっと飽き飽きしてたんだよ。あんなクソみてぇな田舎で毎日毎日訓練だのしてる暮らしも、迷信じみた世迷言を繰り返すばかりで、俺の実力を認めねえ年寄りどもにもな!」
「それで……そんなことのためにお前は……!」
「へっ、おかげで俺は自由の身になれたんだ。あちこち流れた後、俺はフォルスの騎兵隊にも入った! 何千の兵団も任された! ずっとコソコソ逃げ回ってたテメェとは違うんだよ!」
気迫と共に槍を跳ね上げたブラッドは、その隙を逃さず鋭い突きを放った。
ウィルの左胸に槍の穂先が突き刺さるが、それは先端で止まり致命傷には至らなかった。だが、それでも身を貫かれる痛みにウィルの表情が歪む。
「うぐっ……!」
「ははは、ザマぁねえな。このまま槍を押し込んで楽にしてやるよ!」
ブラッドは腕に力を込めるが、ウィルも槍の柄を左手で握り耐える格好となる。
「ブラッド……お前は何も感じなかったのか……ピピンも、マークも、ロッテも、
ミリーも……みんな、みんな死んだんだぞ……!」
うつむいたまま、絞り出すように出たウィルの言葉に、ブラッドの表情が一瞬わずかに動く。
「……あいつらは運が無かったんだよ。この世は強えぇヤツが生き残り、弱い奴は食われて死んでいく。そういうもんだろ」
「俺は……忘れられなかった。みんなの悲鳴が、焼かれる村の姿がずっと心に焼き付いて今も消えない……俺はずっと自分を許せなかった。なのにお前は……!」
「うるせえ! ごちゃごちゃ喋る前によお、俺が憎いなら首を取ってみやがれ!
ガキどもの仇を取る覚悟も無いからテメェは弱虫なんだよ!」
そう叫んだ直後、槍越しに伝わる力の質が変わったことにブラッドは目を剥く。
ウィルの身体から立ち昇る不思議な力が、胸に突き刺さる槍を押し返してゆく。
「こ、この力は……!?」
ウィルの身体に、ぼんやりと輝く黄金のオーラが立ち上る。
左手一本で胸に刺さる槍を押し返しながら、ウィルは一歩、二歩と前に踏み込んでいく。すると不思議な事に、ウィルの蹄は泥に沈まず、普通の地面と変わらぬようにその上に立っていたのだ。
「仇は取るさ……今日、ここで!」
ウィルは握っていた槍を払いのけ、槍を素早く横薙ぎに振り抜いた。ブラッドは咄嗟に自分の槍で防御の体勢を取ったが間に合わず、両腕と胸元を鎧ごと切り裂かれ、血を噴き出していた。
「ぐああああっ!」
ウィルは槍を構え直し、穂先をビタっとブラッドに向ける。
「どうしたんだ。弱虫にやられて悔しくないのか」
「この……雑魚が図に乗ってんじゃねえ!」
ブラッドが叫ぶと傷口の血がぴたりと止まり、ブラッドは足を止めたまま暴風のような勢いで槍の連撃を繰り出した。
ウィルも引かずにそれを受け、槍と槍がぶつかり合う度に激しく火花が散る。そうしているうちに、徐々にブラッドの皮膚の色が赤黒く変色し始め、その顔や姿が怪物じみたものへと変貌していく。
馬であったはずの下半身も硬質な皮膚を持つ別の生き物に変貌し、足の蹄も四本指のものへと変わり、指と指の間にある膜によって泥濘に沈まないようになっていた。
「女神の加護だかなんだか知らねえが、そんな古臭いものに頼らなくても力は手に入るんだよ! お前をブチ殺したら、その血肉も俺の養分にしてやる!」
もはや魔物としか呼べないような姿になったブラッドは、ウィルを腕力だけで強引に弾き飛ばし後退させると、槍を握る左腕の傷口を掻き毟る。傷口からは止まっていた血が再び流れ出すが、その血が流れて槍を伝うと、真紅の炎となって燃え上がる。
「さあ、決着を付けようぜえ!!」
もはや正気であるかも怪しいブラッドは不気味な笑みを浮かべながら、泥の上を突撃してきた。ブラッドが槍を一振りすれば、飛び散った血が炎となって燃え上がり、その熱でウィルの肌を焼きながら追い詰めていく。
「くっ……!」
ブラッドが槍を水平に薙ぎ払うと、扇状に飛び散った血液が火柱となって視界を遮る。その熱と相手の姿が見えなくなった事にウィルがたじろいだ一瞬、ブラッドは火柱を越えて跳躍、槍を構えて一直線に突っ込んできた。
――ガツンッ!
槍のひと突きはかわしたものの、ウィルは五百キロを超えるであろう重量の体当たりをまともに受けて弾き飛ばされる。転倒こそしなかったが、その場で前足を折り膝を付くような体勢となってしまう。
「その首もらった!」
ブラッドはその隙を逃さず、槍を頭上に掲げて追撃を仕掛けてきた。
ウィルも咄嗟に立ち上がり、自身の槍で防御の体勢を取るが、頭めがけて叩き付けられた槍を受け止める格好となり、両手が塞がってしまう。だが、そこへブラッドの腕から滴る血が槍を伝い、燃え上がってウィルを苛む。
「ぐううっ……!」
「どうしたどうした、仇を取るんじゃねえのかよ。このままじわじわ焼き殺してやってもいいけどよ、昔のよしみだ。一思いに楽にしてやるぜ!」
ブラッドが歪んだ笑みを浮かべた直後、彼の左右の脇腹が盛り上がり、新たな腕が生えてきた。その腕はウィルの喉を掴み、一気に締め上げてきた。
「がは……ッ!?」
呼吸が出来ず息を詰まらせるウィルを、ブラッドはニヤついた顔で眺めながら言う。
「せめて苦しみを少なくしてやろうってんだ、俺の優しさに感謝しろよ……
くくく、ははは!」
頭上から押し込まれる圧力と、喉を押し潰される苦しみで、ウィルの意識は急速に遠のき始めていた。その様子をじっと見つめていた連合軍兵士たちの間でもどよめきが起こり、その中で一人飛び出そうとする者がいた。
「ウィル! 今助けに――!」
泥濘の中で戦う二人の元へ向かおうとしたのはヒナタだった。しかし、その首根っこを大きな手で掴まれ、彼女の身体はがくんと揺れて宙ぶらりんとなった。
「手出しは無用。男の勝負に水を差すことまかりならん」
そう言ってヒナタの奥襟を握っていたのはタイロンだった。
ヒナタはすぐにタイロンを睨み付け、その腕を爪でひっかいて逃れようとする。
「男だの言ってる場合じゃねーニャ! ウィルが死んだらどーすんニャおっさん!」
「戦士ならば、騎士ならば戦での死は覚悟の上。この勝負は、あやつ一人で乗り越えねばならんのだ」
「ウニャー! ワケわかんねーこと言ってないで離せアホー!」
ジタバタするヒナタを掴み上げたまま、タイロンはじっと戦いの行く末を見守る。
「……!」
ウィルはついに白目を剥き、ガクッと力が抜けて両前足を曲げてしまう。
ブラッドはその様子を見て勝ちを確信したのか、喉を締めていた新しい腕を離しほくそ笑む。
「へっ、他愛もない野郎だ。後で生き返らないよう、しっかり首も跳ねといてやるぜ!」
そう言いながらブラッドが本来の両腕で槍を振り上げた、その瞬間。
「――ッ!!」
気絶していたはずのウィルが猛然と後ろ足だけで立ち上がり、体重を乗せた両前足でブラッドの胸部に蹴りを見舞ったのだ。
「ぐはあっ!?」
ガツンという重い音と同時にブラッドの胸が鎧ごと深く陥没しており、その威力が並でない事を物語っている。ブラッドは胸を抑えてたまらず後退し、肋骨が数本砕けたらしく口から血を垂れ流していた。
「ぐふっ……て、てめぇ……!」
「はぁ、はぁ……うぐっ……あ、危なかった……」
咄嗟の反撃で窮地を逃れたウィルだが、顔は青ざめたままで呼吸も乱れている。
「も、もう少しで完全に意識を失う所だった……はあっ、はあっ……」
「こ……の……死にぞこないがあッ!!」
激高したブラッドは槍を振り上げ、負傷などお構いなしに猛然と突っ込んできた。口や傷口から溢れた血は炎となって燃え上がり、辺り一面に深紅の炎が広がっていく。
――ガキッ! ガキンッ! ギィン!
ウィルとブラッドは何度も槍をぶつけ合うが、ブラッドの攻撃は精彩を欠き、ただ力任せに武器を振り回すだけである。ウィルも呼吸の回復が間に合っておらず、受けるだけで精いっぱいという状況だ。
二人の戦いが膠着状態に入ったかと思われたその時、ブラッドに異変が起きた。
「うぐっ……か、身体が……ぐおおおおっ!?」
突如ブラッドが苦しみ始めたかと思うと、新たに生えた腕が不自然に膨れ上がり、もはや人の腕の形をしていない肉塊となっていく。それは本体にも波及し、ブラッドの身体は身を包む鎧すら弾き飛ばし、奇怪で醜悪なバケモノへと変貌していった。
「ブ、ブラッド……!?」
肉体改造を受け、戦いで大量の血を失ったことで体内のバランスが崩れ、今やブラッドの細胞は人間であった部分を失い、完全に魔物のそれへと成り果ててしまったのだ。
「ぐぐ……お、俺は……力を手に入れたんだ……つ、強くなって……全てを……
ガアアァッ!!」
そう言葉を発する顔も、もはやそれが人であったとは誰も信じないような怪物と化していた。残った僅かな意識も、じきに失われて消えるだろうという直感がウィルにはあった。
「これが……こんなものがお前の望みだったのか。
里のみんなを犠牲にして、こんな……!」
ウィルは唇を噛み、槍を強く握り締める。
「これで最後だ。全部終わらせる!!」
決意したウィルが顔を上げたその時、彼の身体にひときわまばゆい黄金の光が宿る。ウィルは泥濘の上をぐるりと回って駆け出すと、ブラッドを正面に見据えて遥か高くまで一気に跳躍する。
「でやああああーーーーっ!!」
金色の光が全て槍に集まり、大きな光の矢のように変わる。
ウィルは渾身の力を込め、ブラッドめがけ全力で投げ付けた。
――ドンッ!!
一筋の流星となった槍は、ブラッドの心臓と下半身を貫きながら地面に深く突き刺さる。
「ギャアアアアアアーーーーーーッ!?」
もはや人でない悲鳴を上げるブラッドの身体は、槍に縫い留められその場から動くことが出来ない。やがて傷口から溢れた血の炎が全身に燃え移り、ブラッドは真っ黒な灰となって消滅していく。
魔王軍の将軍ブラッドは戦場に倒れ塵と消えた。
彼と彼が率いる魔王軍騎兵隊一万五千は、ここに壊滅したのだった。
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