第三十四話 荒野の決戦(2) 魔王軍の将
魔王軍は騎馬兵団を先頭に、中央から一丸となって迫ってくる。作戦があるとすれば、数と勢いに任せた中央突破を狙っているという所だろうか。対する連合軍側は左右に軍を広げ、その両端を前進させてVの字型に待ち構える陣形を取っていた。
「あの、これって大丈夫なんですか?」
森を背にした本陣で、状況を見つめながらヒロシは尋ねる。
「この陣形の利点は数を多く見せられること、中央に突出した敵を両翼から挟み撃ちの形に出来ることですが、欠点もあります」
「そ、その欠点とは?」
「部隊が広がった分だけ兵の層は薄く、突破されてしまえば脆いということです。
通常、数で劣る側がこの陣形を取るのは下策とされています」
「ええーーーっ!? だ、ダメじゃないですか、どうしてそんな作戦を!?」
慌てるヒロシとは対照的に、状況を説明しているヤクモは冷静そのものである。
「もちろんそれは承知の上です。そのうえで、あえて不利な陣形を取ったのだと申し上げておきましょう」
言葉の意味が分からず困惑するヒロシに、ヤクモは最前線で突撃してくる黒い鎧のブラッドを指す。
「あのブラッドという男……人の上に立ちたいという願望が強く、道理や正義より自分の欲や利益を優先する性格のようです。フォルスを離反し魔王軍に付いたのも、ルークかイレーナあたりに将軍にしてやるとでも持ちかけられたのでしょう」
「そ、そんな事まで分かるんですか」
「ここまではタイロン将軍やウィルから聞いた話から推理した部分です。そして今、実際に軍を率いる立場となり、彼は少々舞い上がっているはずです。我々を寡兵と侮り、出方を窺いもせず突撃命令を出した。早々に我らを撃破して手柄を上げ、四魔将の後釜に座ろうと躍起になっている可能性も高いでしょう」
ヤクモの言葉には説得力があり、戦について素人のヒロシでも分かりやすく話をしてくれている。
「例えばヒロシどのが兵を率いる将軍だったとして、このような開けた場所での決戦に挑むとしましょう。相手は自軍の半数で、それも寄せ集めの軍勢だった場合……相手の様子を窺うような消極的な戦法を選びますか? それに加えて自分は早く手柄を立て、認められたいという都合もあります」
「そりゃあ、自分が有利なら小細工するより手っ取り早く敵をやっつけたいですよねえ」
「その通りです。ブラッドも今の例えに漏れず、己に絶対の自信があり、手柄を強く欲している。だからこそ一気に突撃し我々を踏み潰そうと迫ってきている訳です。私も立場が逆だったなら、まずは最短距離で敵の本陣を目指し潰すことを考えるでしょう。その方が兵の消耗も少なく合理的ですから」
そこまで聞いて、ヒロシもようやくヤクモが冷静な理由に思い至る。
「つまり……ここまでの動きは狙い通りってことなんですね?」
ヒロシが問うと、ヤクモは頷く。
「ええ。彼らはそれと知らず、罠の中へ誘い込まれているのですよ」
ヤクモが見据える戦場の中央では、一丸となった騎兵隊がタイロン将軍率いる中央の兵団と激突していた。タイロン将軍は防御を徹底させ、兵の身を守り戦列の維持を最優先としていたが、それでも圧倒的な数の差はどうにもならず、すぐに押されて後退し始めた。
このままでは中央を突破され、ヒロシたちのいる本陣まであっという間に押し込まれてしまうだろう。
「くっ……やはり数の差には勝てんか。全軍後退! 隊列だけは死守せよ!」
前列の兵士たちは大きな盾を構えたまま、じりじりと後退を始めた。
土埃の舞う荒野を下がった先には森があり、そこまで追い詰められたらもはや逃げ場はない。魔王軍と連合軍がぶつかり合う戦線が水の枯れた小川を越えたその時、ヤクモは空に向けて信号弾を発射した。
――パシュッ!
空高く舞い上がった球がまばゆい光を放った瞬間、戦場の西側にある小川の上流に待機していた兵士たちが、そこに積み上がっていた堤を掘り崩した。穴の開いた堤からは大量の水が溢れ出し、一気に荒野へと流れ出していく。
濁った水はちょうど魔王軍が密集している場所に流れ込み、彼らの足首から下が見えなくなるほどに流れ込んでいった。
「はっ、なんだこりゃあ。水攻めのつもりか? こういうのはもっと洪水みたいに兵隊を押し流すもんだろ。足元が水に浸かった程度で、俺たちの軍勢を止められると思ってんのか!」
足元に流れる水にも構わず、ブラッドは突撃を続行しようとする。だが彼を始めとした騎兵隊が前進しようと踏み出した時、足元に起きた異変にブラッドらは目を剥いた。
「うっ、これは……!?」
荒野の土は乾燥した粘土質であり、大量の水を含んだそれは泥濘となり、特に体重の重い騎兵たちの足に絡みついていた。抜け出そうとすると蹄は深く沈み、踏ん張ろうにもズルズルと滑って素早く動くことが出来ない。
機動力が命と言ってもいい騎兵部隊にとって、この状況は命取りといって良かった。
「こ、こいつら……最初からこれを狙ってやがったのか!?」
ブラッドは焦りの表情を浮かべたが、時すでに遅し。
両翼に展開していた部隊と、ヤクモが森に潜ませていた弓兵と機械の砲兵部隊が現れ、動きの鈍った魔王軍の騎兵隊に矢と銃弾の雨を降らせた。
「ぐわっ!!」
「ぎゃあっ!?」
そこは瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
矢や機銃で貫かれた死体が障害となり、逃げようとする者の行く手を阻む。
統率は乱れ、我先に逃げ出そうとする者も、泥濘の中ではただの大きな的でしかなかった。三方から散々に攻撃を受けた突撃隊は、もはや見る影もないほどに壊滅してしまっていた。
「す、すごい……事前に準備を済ませたと言っていたのは、これの事だったんだ」
あと一歩で押し潰されそうだった状況から一転、魔王軍の死体が積み重なる恐ろしい光景に、ヒロシはただ唖然とするばかりだった。
「うぐぐ……貴様らぁッ……!!」
矢と銃撃が止まると、仲間の死体を盾にしたブラッドが立ち上がる。他の騎兵たちのほとんどが倒れ、生存者も傷を負って身動きが取れない者ばかりである。
「潔く降伏しろブラッド。この戦、貴様の負けだ」
泥濘から離れた場所でそう告げるタイロン将軍に、ブラッドは未だ消えぬ敵意の炎を漲らせている。
「こんなバカなことが……これは何かの間違いだ。
俺が負けるはずがねえんだッ!!」
「己の状況すら顧みることが出来ぬ未熟者に、一軍の将が務まると思うてか」
「うるせえっ! いつもいつも偉そうに指図しやがって!
俺はまだ負けてねえんだ!」
そう叫ぶブラッドの身体からは、禍々しい気配と黒いオーラのようなものが立ち上り始めていく。それを見た途端、本陣に控えていたウィルがケンタウロスの姿に変身して槍を手に飛び出し、ブラッドと対峙する。
「タイロン将軍、こいつとは俺がやります。俺が……やらなきゃならないんです」
ウィルの覚悟を感じ取ったのか、タイロン将軍は無言で頷き、周囲を取り囲んでいる兵士たちを下がらせる。
「ブラッド、俺が相手になってやる。ここで決着を付けよう」
ウィルが槍を握り締めて構えると、ブラッドは血走った眼で彼を睨み付けた。
「調子に乗るなよ弱虫が……手始めにテメェの首を刎ねてやるぜ!」
ブラッドも槍を手に、泥濘から飛び出しウィルに襲いかかった。
――ガキィンッ!!
槍と槍がぶつかり合う金属音が響き、ウィルとブラッドの一騎打ちが始まった。
泥濘の中、泥を足で跳ね飛ばしながら二人は激しく武器を打ち合わせていた。
だが叩き付けるような槍を受けるウィルの表情は険しく、苦しげになっていく。
「この力……お前、身体を改造してるな……!」
「それがどうした! 俺はのし上がるためならなんだってやってやる!
てめぇみたいに目障りな奴をひねり潰せるようにな!」
サディスティックな表情を浮かべるブラッドの眼は、赤く光り人ならぬ気配を宿している。そして彼が繰り出す槍を受け、ウィルの足が泥へと深く沈んでいく。
「どうしたどうした! 威勢がいいのは最初だけか!?
戦いの最中に躊躇うような弱虫は、最初から戦場に出てくるんじゃねえ!」
「くっ……!」
泥に足を取られウィルの動きが鈍った所へ、ブラッドは容赦なく槍の連続突きを仕掛ける。ウィルも必死に防御するが、捌ききれなかった刃によって頬が裂け、血が流れ出していた。
「俺はお前みたいな弱虫とは違うんだ。とことんまで上り詰めて、ブラッド様の名前を世に知らしめてやる!」
ブラッドは体重を乗せた渾身の突きを放つが、ウィルは素早く槍で受け流し、穂先を抑え込みながらブラッドを睨む。
「ブラッド……前にも聞いたけど質問に答えてくれ。村が襲われたあの日、お前はどこに居たんだ……?」
その問いかけを聞いた途端、ブラッドの表情がぴくりと動く。
「しつこい野郎だな。そんなもん聞いてどうしようってんだ」
「大事なことなんだ。あの日……村を襲った魔王軍は突然襲って来た。あれだけの人数が近付いていたら、普通は誰だって気付くはずだ。それなのに、警報を出す暇もないまま村は襲われた。そして……お前はあの日、見張り番をしていたはずなのに、村のどこにも居なかっただろう」
ウィルの問いかけに、ブラッドの表情が引き攣る。だが、すぐにブラッドは不敵な笑みに表情を切り替え、槍を握る両腕に力を込め、ウィルを押し返し始めた。
「それを聞いてどうすんだ。俺の居場所を聞いた所で、村が元通りになるわけでもねえだろ」
「いいから答えろと言ってるんだ!」
ウィルの気迫に一瞬押されつつも、ブラッドは口元を歪ませ笑う。
「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。魔王軍の連中を村に引き入れたのはこの俺だ」
そう言い放たれた言葉に、ウィルの両目が見開かれる。
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