第三十四話 荒野の決戦(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
変な夢に出現した『吉兆のもの』を見て以来、勘が鋭くなる
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法の実力は急上昇、上級魔法使いクラスへ到達
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
パーティのムードメーカー
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
東の果ての隠れ里ホウライの王子であり、世界の謎を求め旅をしていた
ツキヨにアタック中
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
嘆きの牢獄で新たな力に目覚める
ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児
『勇者の魂』という強力な能力を所持
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
内部には解析できない機能が眠っているという
ホウライの里を出て数日、深い森を抜けた先に広がる荒野の向こうに、禍々しい城がそびえ立っていた。それこそがヒロシたちの目指す、ダークキャッスルに間違いなかった。
一緒に付いてきたホウライの機械兵部隊を森の中に隠し、ヒロシたちも木陰から眼前に広がる荒野とダークキャッスルを眺めていた。
「これは……見事に原っぱというか、身を隠す場所が無いですね」
眼前に広がる荒野は、まばらに背の低い草が生えている外には無数の石が転がった土地である。冷たい風が吹き抜ける気候のせいか、土も乾燥して硬く踏みしめられていて、塹壕のような穴を掘るにも苦労しそうである。
ヒロシの隣で荒野を見渡していたヤクモも、持っていた望遠鏡から目を離して頷く。
「少し進んだ先に小川が見えますが、水深も浅く進軍の障害とはならないようですね。このような地形で戦うとなると、軍勢同士が正面からぶつかり合う決戦となります。そうなれば当然、数が多い方が有利。先遣隊の報告によれば、魔王軍の有する兵力はおよそ四万と聞いています」
「よ、四万……えっと、里から付いてきた部隊の数って確か……」
「はい、三千という所でしたね」
「ぜ、全然足りないじゃないですか! どどど、どうしよう……!」
圧倒的な人数差に顔面蒼白なヒロシだが、ヤクモはいつもの涼しい顔を崩していない。
「ヤクモ先生、どうしてそんなに落ち着いてるんですか?
敵の数はこっちの十倍以上なんですよ」
「ええ、さすがにこの人数差では勝ち目は無いでしょう」
「だったら……!」
ヤクモの態度の理由が分からずオロオロするヒロシだが、背後の森の方がにわかに騒がしくなる。
「な、なんだ? まさか森のモンスターが出てきたとか?」
悪い想像が止まらず木の陰に隠れるヒロシだが、独特の足音を響かせながら姿を現わしたのは、重厚な鎧に身を包んだ大柄なケンタウロス――フォルスの将軍タイロンその人だった。
彼の姿にはヒロシだけでなく、同じケンタウロスであるウィルも驚いた様子だった。
「タイロン将軍!」
「うむ。おおむね予定の時刻通りといった所か」
「どうしてここに……って、もしかしてヤクモ先生が?」
ヒロシが尋ねると、ヤクモとタイロンはともに笑みを浮かべ頷く。
「はい。決戦が近いことを伝え、援軍の要請をしておいたのです」
ヤクモが言うと、あご髭を撫でつけながらタイロンも続く。
「兵を揃え、お前たちに追いつくのに少し手間取ってな。
一週間ほど待ってもらったのはそのためだ」
森の奥でざわついていたのは、その援軍が到着したものだったようである。
「我がフォルスの軍勢は一万二千。あの無駄な争いが無ければ、倍の数は用意できたのだが……」
苦い表情をするタイロン将軍だが、それを責めることなど誰にも出来ないだろう。
「それでも合わせて一万五千……半分にも届いてないのか」
それでも埋めがたい兵力の差は歴然であり、依然として不利な状況に変わりはない。ヒロシは相変わらず青い顔をして頭を抱えている。
「せっかく援軍が来ても、半分以下の数じゃどうしようも……」
「ヒロシどの、それは早計というものです。
援軍がこれで終わりとは言っていませんよ」
「えっ?」
ヤクモが見つめる森の奥へ同じように目を向けると、数人の護衛を引き連れた、短めの金髪が目を引く若い男が姿を現わす。ひと目で貴族と分かる衣服に身を包んだその男にも、ヒロシは見覚えがあった。
「デーヴィド様!? ど、どうやってこんな所まで!?」
それは王都での事件で知り合った、王都の指揮官である。
本来ならば遠く離れた王都にいるはずで、普通の方法では一週間足らずでヒロシたちと合流できるはずがないのだが、どういうわけか彼はここにいる。
「お久しぶりですヒロシどの。こんなにも遠くまで旅を続けておられたとは、頭が下がります」
「あ、いや、こりゃどうも……って、そうじゃなくて」
どうやってここまで来たのかと続けようとした時、彼の隣に歩み寄って振り返ったのはタバサであった。
「例の一件以来、坊ちゃんとはこまめに連絡を取っててねえ。
あんたらが里に辿り着いたことも、ちゃーんと伝えてあったんだよ」
タバサはデーヴィドの肩をポンポンと叩き、得意げな顔をしている。
「ええ。そしてタバサどの、ひいてはホウライの方々は古代の機械や技術にも明るい。我々はヒロシどのが解放した鋼の要塞アーバスまで足を運び、連中が残した設備を修理していたんですよ」
「鋼の要塞って、確か……転送装置とオークの工場があった街ですよね」
「ええ。オークの製造工場はともかく、重要だったのは転送装置の方でした。魔王軍が王都を襲撃した際に利用したように、我々もそれを使わせてもらうことにしたんですよ」
「そ、それじゃあ……!」
「王都軍一万。すでに準備は整っています」
王都より駆け付けたデーヴィドの軍勢一万をさらに加え、こちら側の兵数は総勢二万五千にまで増加した。敵軍の半数程度ではあるが、どうにか望みを繋げそうな人数だ。
「援軍が増えたのは心強いけど、それでも敵の方が倍くらい数が多いのか……ほんとに大丈夫かなあ」
ヒロシは心配そうに尋ねるが、ヤクモはいつもと変わらぬ顔を崩さない。
「兵力で劣る場合、それなりの戦い方というものがあります。敵軍の数が我々の倍といえど、一度に戦える人数には限りがある。そこに我々の勝機が隠れているのですよ」
「そ、そういうものなんですかね。確かに北の砦の戦いでも、俺たちの方が人数足りないのに勝てたけど……」
「すでに仕込みは済ませておきました。その効果を最大限に発揮するためにも、今日はこのまま休息を取り、明日に仕掛けるとしましょう」
それらの作戦はすでにタイロンとデーヴィドには伝わっていたようで、兵士たちは銛の中に身を潜めながら野営の準備をし、十分な食事を取って翌朝を待つのだった。
翌朝、太陽が昇りきった頃にヒロシたちの側――王都軍、フォルス騎士兵団、ホウライの機械兵団の連合軍――が荒野に展開し、魔王軍の拠点であるダークキャッスルへ向けて進軍を開始した。
ヒロシたちは中央背後の本陣に構え、前進する兵士たちの背中をじっと見ている。軍勢の先頭に立ち兵を率いるのは、武勇に名高いタイロンその人である。
広がる荒野の三分の一ほどを進んだ所で、遥か向こうにそびえ立つ大きな城の前に、荒野を埋め尽くすほどの軍勢が待ち構えていた。その最前線には武装したケンタウロス兵で構成された騎兵隊がずらりと並び、その一番前に黒い鎧と目立つ赤いマントを身に纏ったケンタウロスの男がいた。
「ブラッド……!」
険しい表情でその姿を睨むタイロンとは対照的に、ブラッドは彼らを見下すような笑みを浮かべている。
「人間の側を捨て、魔王に与したというのは事実であったか……」
そう呟くタイロンを、ブラッドは笑みを浮かべつつも冷ややかな目でじっと見ている。
「アンタの下にいたんじゃあ、いつまで経っても出世できないからな。
俺は他人に使われて終わるような男じゃねえ」
もちろん、この距離で互いの声が聞こえるはずもないが、語らずとも通じるものはあったようだ。
「今日ここでてめえらを叩き潰して手柄にしてやるぜ。そうすれば俺も晴れて四魔将の仲間入りだ。みじめな屍を晒して俺の養分になりな!」
ブラッドが手を振り上げると、両脇にいた部下たちが魔王軍の旗を掲げ合図をすると、総勢四万の魔王軍が、荒野の空気を震わす鬨の声を上げた。
「行くぞてめぇら! 一匹残らず踏み潰せ! 全軍突撃!」
ブラッドの号令の下、ケンタウロスの騎兵隊を中心とした魔王の軍勢が、雪崩を打って攻め込んできた。




