第三十三話 最果ての隠れ里(7) 決戦の前に
ホウライの里という場所は、表向きこそ独自の文化を持つ閉ざされた小国という趣だが、その実態はまるで逆であった。
木造の瓦屋根や茅葺の屋根で作られた建物の中は、王都でも見ないような高度な機械が設置され、外からはそれが分からないよう巧妙にカモフラージュされている。
都会の人間に言わせれば前時代的な生活を営んでいるようにしか見えないホウライの里の正体は、古代の文明とその技術を秘かに受け継ぐ、まさしく古代人の末裔たるを名乗るに相応しいものであった。
「こ、これは……!?」
里の中央にある大屋根の建物に案内されたヒロシが目の当たりにしたのは、高度な設備が揃った大きな工廠であった。
そこでは見覚えのある鳥の足のような二脚のロボットや、浮かんだ丸い球体の下に四脚の足を延ばしたロボットなどがずらりと並んでいる。
目を丸くしているヒロシたちの前に出たヤクモは、工廠の中を見渡して言った。
「これらの機械は、いずれ来たる日に備え里に受け継がれてきました。
魔王軍との決戦にも、きっと役に立つでしょう」
「そうか、だからヤクモ先生は採掘場ですぐにロボットを操縦できたのか」
納得がいった様子のヒロシに、ヤクモは微笑み返す。
「驚いたのはこちらの方です。初めて見るであろう乗り物をすぐに動かせるあたり、やはりヒロシどのは我々と違う文明の世界から来たのだなと、あの時に確信しました」
「はは、仕事でクルマはよく運転してたからなあ……操縦の感覚は大体似たような感じだったし」
そんなことを思い出しつつ奥へと案内されたヒロシの前には、頑丈な鉄の足場が組まれた中で直立不動の格好をしたゴーレムがいた。その周囲では数人の職人と思われる男たちが、どうやったのかゴーレムの装甲を開いて中身を点検したり部品を交換したりしている所だった。
「こ、これはもしや……ゴーレムもパワーアップして本領発揮ってコト!?」
「すげー! かっこいーーー!!」
ついロボットもののお約束を想像して目を輝かせるヒロシとハヤトに、ヤクモはニコニコしたまま頷く。
「ええ、前から頼りになる存在でしたが、このゴーレムは古代の機械の中でも特別な機体のひとつだったようです。知らずとはいえ、それを呼び起こし仲間に迎えられたのは、奇跡と言うしかありませんね」
じっと黙ったまま整備を受けるゴーレムの姿は、これからの活躍を想像しワクワクするには十分すぎるほどだった。
「ただ、技師の話によれば解析できない機能が秘められているようなのですが……こればかりはゴーレムの機嫌次第かもしれません」
「そんな隠し機能まで付いてるなんて……期待しかないッ!」
「合体してでっかくなるのかな? それとも変形して空を飛ぶとか!?」
まだ見ぬ機能に想像を膨らませつつ、ヒロシたちはヤクモに連れられ別の建物へ向かう。そこは鍛冶工房であり、ヒロシたちの武器を預かり研ぎ直してくれている所だった。
他にも装備の改良や補修を施していたり、小型の手投げ弾などの新たな道具も用意してくれている所だった。
「我々の継承してきた技術が魔王軍にどこまで通じるか……
いずれにせよ次の戦いが、世界の命運を分ける戦となるでしょう。
準備が整うまで、ゆっくり体を休めておいてください」
里の見学を終えると、ヒロシたちは寝泊りしている座敷へ戻り、各々自由な時間を過ごすのだった。
ホウライの里へ辿り着いてから一週間が過ぎ、いよいよ北へ出発する日が決まった。その前日、座敷で過ごすヒロシたちの間にも静かな緊張感が漂っていた。
ヒロシとメリアは縁側に腰掛け、庭で木刀を振り回し身体の感覚を確かめているハヤトをじっと見守っていた。ハヤト自身は戦いを前に物怖じするような様子はなく、ひたすらに木刀を振っては汗を流している。
「なあ、ハヤトは戦うのが怖くないのか?」
ヒロシがそう尋ねると、ハヤトは手を止めてヒロシの前にやってくる。
「ううん、オレはへっちゃらだよ!」
真っ直ぐにそう答えるハヤトの眼には、幼いながらも決意の光がしっかりと見て取れる。
「悪い奴をやっつけてさ、オレはアンジェラを連れ出してあげたいんだ。
だから負けてらんないよ!」
ハヤトにとっては世界がどうこうよりも前に、アンジェラという目標がある。
まだ少年である彼にとってはその方が良いのだろうと、ヒロシもただ微笑んで頷く。
「そうだよな。ハヤトはえらいよ。
今度こそあの子を取り戻して、自由にしてあげなくちゃ」
「うん!」
「俺が役に立てるかは分からないけど、自分なりに精一杯やってみるよ。
ハヤトも頼りにしてるからな」
「へへっ、任せといて!」
ハヤトは二ッと笑顔を見せ、再び庭の方へ戻って木刀の素振りを再開する。
「感心するばかりじゃなくて、俺も見習わないといけないな」
ヒロシがそう呟くと、メリアはじっとヒロシの顔を見つめてきた。
「無茶はもうダメですからね」
「あ、ああ。もちろん分かってるよ」
メリアの口調や表情は険しいものではない。
だが今まで何度となく無茶をしては彼女を心配させてしまったこともあり、ヒロシは苦笑しながら頭を掻く。
「なあメリア、俺も自分でどうしてそうなるのか少し考えてみたんだけど……」
「はい」
「覚えてるかな。君と初めて出会って、縄で縛られてゴブリンの餌にされそうになった時のこと」
「はい、覚えてます。ヒロシ様のおかげで、私は今こうしていられるんですから」
「はは……実はさ、あの時なんだけど」
ヒロシはあまり思い出したくなかった記憶をあえて掘り返し、地面に目を落とし苦い顔をしたまま言った。
「俺、本当は逃げようとしたんだ。怖くて怖くて、また痛い思いをするのも嫌で……逃げなかったのは、ただ足が震えて動けなかっただけなんだ。それに気付いた時、あんまり情けなくて……だから自分に愛想が尽きて、こう思ったんだ。ここで逃げたら自分を一生許せなくなる。メリアやガンバを見捨てて逃げたら、もう生きてる資格が無いんだって」
メリアは何も言わず、だた黙って耳を傾けてくれていた。
「自分で言うのもなんだけど……多分あの時、心のどこかが壊れちゃったんだと思う。誰かが危ないとか、そうしなきゃいけないって思ったら、怖いより先に身体が動くようになったというか……自分でも不思議なんだけど」
「ヒロシ様……」
「俺にはなんの力も無いけど、それでもみんなの力になりたくて……
でも、それで心配かけてちゃダメだよな」
頭を掻きながらため息をつくヒロシの腕に、メリアはそっとしがみつく。
「ヒロシ様はずっと、勇気のある人です。私は運良く魔法が使えるようになりましたけど、そうでなかったら魔物の前に立つなんて出来ません。いつだってずっと、ヒロシ様が逃げずにいてくれたから……私もここまで来られたんです」
腕から伝わるぬくもり。
ただそっと触れるその感覚が、ヒロシにとっては心から安らぐものだった。
「ありがとう。早く……家に帰りたいな」
「……はい」
二人は元気に動き回るハヤトを眺めながら、そのままただじっとしていた。
そこから少し離れ、庭園に作られた池を渡る木製の橋の上で、ヤクモとツキヨが並んで歩いている。
「――ツキヨどのは戦いが怖いと思ったことはありませんか?」
「いえ。恐れはありません」
歩きながら問うヤクモに、ツキヨは前を見たままそう返事をする。
「故郷の村を焼かれたあの日、一生分の恐怖を味わいました。
今の私にあるのは、家族の、隣人の敵を討つ……それだけです」
ヤクモもしばらく黙ったまま歩いていたが、やがて足を止め、池の水面に咲く蓮の花を見つめた。
「我々の力が魔王相手にどこまで届くか……
ですが、私たちの旅には確かに意味があったのだと、私はそう思いたい」
ヤクモと同じようにツキヨも、水面から伸びる薄桃色の花へじっと目を向ける。
「皆で無事に戻れたらその時は……先日の返事を頂きましょうか。
あの時は聞きそびれてしまいましたから」
「き、急にそんなことを……約束は出来ませんよ」
「ええ、結構ですとも」
つい上擦った声を出してしまうツキヨにつられて微笑むヤクモ。
水面に映る二人の顔は、穏やかだった。
座敷の畳の上では、座り込んで瞑想するウィルと、その正面で仰向けに寝転んだヒナタがいた。しばらくは寝息を立てていたヒナタだが、やがて大きな瞳を開くと天井を見たまま口を開く。
「退屈で目が覚めちったニャ。なーウィル、なんか面白い話してニャ」
話しかけられたウィルは目を閉じたまま困ったような顔をし、ゆっくり両目を開いてヒナタを見る。
「面白い話と言っても、うーん」
言葉に詰まるウィルに、ヒナタはやれやれと小さなため息をつく。
「ここでパッと気が聞いた台詞とかギャグが出てこないあたり、ウィルもまだまだだニャー」
「ううっ、すみません」
「ほらー、こんな冗談を真に受けるんじゃないニャ。
そんなんじゃお笑いの道は極められんニャよ」
「いや別にお笑いの道は目指してませんけども」
そう返すウィルの足に、ヒナタは手を伸ばして尖った爪の先を食い込ませる。
「いてっ!?」
「そーゆー所だニャ。もっとアタシが喜ぶようなコトバとかあるだろニャ」
「そ、そう言われましても」
返事に困ったウィルはしばらく考え込み、寝ころんだままのヒナタをじっと見る。
「あの、ヒナタさん」
「ん」
「ヒナタさんは怖いとか、死にたくないって思ったことはありますか?」
「あったりめーだニャ。誰だってそんなの感じてるに決まってんニャ」
「あ、深い意味は無いんですけど……ヒナタさんはどんな状況でも明るくて、どこか楽しんでるように思えるので」
ヒナタはウィルの顔をじっと見ると、二ッと明るい笑顔を見せる。
「クヨクヨ悩んでも仕方ないニャ。やるだけやったら、後はなるようにしかならないんだし、気楽にしてた方がいいに決まってるニャ」
「……そうですよね。俺も見習いたいです」
「そーだそーだ、もっとアタシをソンケーして崇め奉って、蝶よ花よと猫かわいがりするニャ! そんで酒とか美味いもん貢いでくれニャ!」
「あははは……」
調子に乗ってジタバタするヒナタに、ウィルはつい困った笑いが出てしまう。
だが不思議と、それは不快なものではなかった。
「……ヒナタさんの背中は俺が守りますよ。
だから安心して、いつもみたいにのびのび戦ってください」
ヒナタはバタつかせていた手足を止め、じっと真顔でウィルを見つめる。
「あ、あの。ヒナタさん?」
「60点ってトコだニャ。もっとキュンとするコト言えたらチューくらいしてやってもよかったニャ」
「ちょっ……お、俺はそういうつもりじゃ」
慌てて取り乱すウィル。ヒナタはニヤニヤしつつも、そっと手を伸ばしウィルの手を握る。
「約束はしなくていーけど、ウィルに頼みがあるニャ」
「な、なんでしょうか」
ウィルはごくっと喉を鳴らし、次の言葉を待つ。
「……アタシより先に死なないで欲しいニャ。
アタシだけ置いて行かれるのはもう嫌ニャ」
大きな瞳の奥に宿っていたのは、嘆きの牢獄で見たのと同じ深い色だった。
ウィルは口を固く結んで、ヒナタの手を握り返す。
「分かりました。もし……もしもヒナタさんに万が一のことがあったらその時は……俺も一緒に行きますから」
ヒナタは嬉しそうに目を瞑り、口の端を持ち上げて笑っていた。
「やっぱりウィルはいい奴だニャ。今のはちょっとキュンとしたニャ」
「あ、いや、えっと俺は……!」
「あははは、真っ赤になってるニャ。まだまだ修行が足りんニャー」
その後もヒナタは、ウィルを指先でつついてゴロゴロしていた。
大きな戦いを前に、それぞれの時間が過ぎていく――。




