第三十三話 最果ての隠れ里(5) ホウライの砂浜
ヒロシたちは海辺の砂浜へ来ていた。
ホウライの里には弧を描く砂浜があり、湾になっている海は波も穏やかであることから、海水浴には絶好のロケーションであった。水も澄んでおり、白い砂に興を削ぐゴミが混じっているようなこともない。
そして彼らは全員、いつもの服ではなく水着に着替えている。
ヒナタは赤いビキニタイプのセパレート、ツキヨは背中が大きく開き、黒と青のラインが入ったタイトな水着、そしてメリアは可愛いフリルスカートの付いた薄いライトグリーンのワンピースタイプである。
その姿を眺めるのは、膝丈ほどの海パン姿の男三人と男児一人である。砂浜には他にも里の人々が遊びに来ていたが、色々と派手な女性三人組は周囲の注目を一身に浴びていた。
その様子を、黒髪を簪でまとめ、丸い眼鏡をかけた一人の若い女が満足げに眺め、フンスと鼻を鳴らしている。
彼女の名はキヌといい、服飾を専門とする職人だという。
「やっぱり私の眼に狂いはありませんでしたね!
映える! 実に映えますよ皆さんッ!」
彼女自身も上下が分かれたセパレートタイプの水着を着て、ヒナタやツキヨ、メリアに近付きジロジロと眺めている。
「おっ、服屋のねーちゃんだニャ。
オメーの用意してくれた水着、サイズぴったりだったニャ」
笑顔で腰に両手を当て、どーんと構えるヒナタの横で、ツキヨは少し複雑そうな顔をして背中を気にしている。
「動きやすいのはいいが……これは少し露出が多いんじゃないか?」
そう呟くツキヨの隣では、メリアが両手を組んだままモジモジしている。
こっちは水着姿そのものが恥ずかしいようで、少しうつむきがちで落ち着きなく視線を泳がせている。
「でも驚いたニャ。この水着、里の人の服と全然デザイン違うニャ」
ヒナタが不思議そうに言うと、キヌは「ふっふっふ」と笑いながら眼鏡を光らせる。
「甘く見ちゃあいけませんヨ。確かにこの里は僻地で外界とも遮断されてますが、流行のファッションやデザインはしっかり情報収集しているんですからね!」
一体どうやって、と思っているヒロシがふと目をやると、すでに砂浜でビーチチェアと大きなパラソルを用意し、そこに寝そべりながらカクテルをあおっている色っぽい女の姿が目に止まる。
濃い紫の生地に胸元が大きくV字に切れ込んだ、大胆な水着姿の彼女はメリアの師匠、タバサである。
「もしかして、服の情報とかってあの人から?」
ヒロシがタバサを指すと、キヌは得意気な顔でこくりと頷く。
「ええ、よく分かりましたね! タバサ様は時々里帰りなさった時に、
王都の様子や流行を詳しく教えてくれてましたから!」
先日のように転移魔法で王都とホウライの里を行き来していたのなら、他に情報が漏れることもない。そういう意味でもタバサの存在は里の人々が外界の様子を知るのに貢献していたようだ。
「そんなわけで、皆さんの水着は私の自信作です!
先日採寸させて頂いた甲斐がありましたよ!」
先日というのは、里に到着した初日のことらしい。
浴衣を渡す際、キヌは女性三人の採寸を行っていたようだが、ヒロシは今まで全く知らなかった。
「な、なるほど……しかしこれは、うーむ。実にすごい」
腕を組んでじっと見つめる先にはヒナタとツキヨ、そしてメリアがいる。
そして周囲には里の男たちが、ヒロシと同じような顔をして彼女たちをじっと凝視している。
「あ、あの……あんまり見ないでくださいヒロシ様。
その、恥ずかしいですから……」
そう言って恥じらうメリアの姿はなかなかの破壊力がある。
普段の服の上からはあまり分からないが、メリアも実は出るとこはしっかり出たスタイルの持ち主である。思わず鼻と口を手で押さえていると、ニヤリと笑みを浮かべたヒナタが近付いて来てヒロシの肩をばんばんと叩く。
「アタシらの水着姿、ヒロシにはちょっと目の毒だったかニャ?
鼻の下伸ばしちゃってー」
「い、いやそんなことはッ」
「おっぱい目で追ってんのバレバレだニャ。周りの男どももそうだけどニャ―」
「ぐはっ!?」
「ま、それでこそヒロシだニャ。アタシらはあっちで遊んでくるから、
ちゃーんとメリアを構っといてやれニャ」
そう言うと、ヒナタはウィルとハヤトを連れて波打ち際にダッシュして行く。
波打ち際でバシャバシャと水を蹴ったり飛び込んだりして、三人は賑やかに遊び始めた。
「相変わらず元気だなヒナタは」
その姿を見つめながら、ツキヨが呟く。
同じように海の方向を眺めていたヤクモは、ツキヨに顔を向けて尋ねる。
「我々も行きますか。ツキヨどのは泳ぎは得意でしょうか?」
「え、ええ。問題なく泳げるくらいには」
「それは良かった。私も幼い頃から、この海でよく泳ぎの練習をしました。
ほら、あそこに岩が見えるでしょう」
ヤクモが指す先には、海上に浮かぶ小さな岩が見える。
距離はおおよそ百メートル程度と、結構な距離がある。
「あの岩まで、日に何度も往復したりしたものです。
せっかくですし、一緒にどうですか?」
「わかりました。お付き合いします」
ヤクモに誘われ、ツキヨも二人並んで海の方へ向かっていく。
後ろ姿ではあるが、並ぶ二人はとても絵になる姿だと思うのだった。
残されたヒロシは、つい緊張しながらメリアに声をかける。
「え、えっと。それじゃ俺たちも行こうか。メリアは泳ぎは平気かい?」
そう尋ねると、彼女は恥ずかしそうな顔のまま小さく首を振る。
「す、すみません。私、泳ぐのあんまり得意じゃなくて……
浅いところなら大丈夫なんですけど」
メリアは申し訳なさそうにしていたが、考えてみれば彼女は海や泳ぎに縁がある生活ではなかったことを思い出した。
「じゃ、じゃあ浅い所で遊ぼうか。
俺もそんなに上手いわけじゃないけど、泳ぎも教えてあげられるし」
「は、はい、よろしくお願いします」
ヒロシとメリアは足首が海水に浸かる程度の場所で、水底の砂を踏み締める感触を感じながら遊び始めた。
メリアは浜に打ち上げられた貝殻やヒトデが珍しいようで、綺麗な貝殻を見つけては嬉しそうに拾い上げている。中には日の光を反射するほどに艶のある貝殻などもあって、ちょっとした宝探しの気分だった。
「見てくださいヒロシ様、こんなに綺麗な貝殻がありました!」
メリアが差し出してきたのは楕円形で丸みを帯びた形の貝殻だ。
全体が白くヒョウ柄のような模様があり、そのまま部屋の飾りに出来そうである。
「へえ、こりゃ綺麗だ。確かこういう貝殻って、大昔は貨幣として使われてたんだっけ」
「そうだったんですね。私、もっと探してみます」
楽しそうな様子をヒロシも微笑ましく眺めていたが、ふとした弾みでメリアが砂に足を取られ体勢を崩してしまった。
「きゃっ!」
「あ、あぶないっ!」
咄嗟にヒロシが支えに入ったものの、そのまま二人で波打ち際に倒れ込んでしまう。下が砂なので痛くはなかったが、ヒロシの身体は寄せる波を浴びてびしょ濡れになってしまった。
「ごめんさないヒロシ様、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。なんともないよ」
実際、身体が海水で濡れた以外に問題はない。そればかりかメリアが自分の身体の上に被さるような状態になっていて、心の中で思わずガッツポーズを取っていたぐらいだ。
薄い布地越しに伝わる柔らかい感触を喜んでいたのも束の間、その様子を見ていたヒナタが両目を光らせて駆け寄り、ニヤリと笑いながら顔を近付けてきた。
「ヒロシやるニャ。これはいわゆるラッキースケベってやつかニャ?」
ズバリ言い放つその言葉にメリアは顔を真っ赤にし、ぴょんと飛び退いて砂の上で正座をし固まってしまう。
「ひ、人聞きの悪いことを言うんじゃありませんッ! 今のは事故だ事故!」
ヒロシも起き上がってそう言い返すが、ヒナタはヒロシの頭を下げさせて首を脇に抱えると、海パンを掴んで気合いを放つ。
「せいッ!!」
するとヒロシの身体はそのまま垂直に持ち上げられてしまう。
いわゆるブレーンバスターの体勢だ。
ついでに顔にはヒナタの大きな胸がガッツリ当たっているが、上下逆さまの体勢でそれを堪能する余裕は無かった。
「うりゃーーーーっ!!」
「どわーっ!?」
ヒナタはそのまま背後に倒れ込み、二人揃ってバシャーンと海水の中に倒れ込んでしまった。
「がぼぼぼっ!? げほっ、しょっぱい!」
海水を飲んでしまったヒロシが水中から身体を起こすと、同じくずぶ濡れのまま立ち上がったヒナタがニヤニヤと笑いながら見下ろしていた。
「へっへーん。ヒロシに大技を仕掛けるノルマ達成だニャ。このスケベ―」
「なんなんだノルマって……」
ヒロシが唖然としていると、その技を見ていたハヤトが両目をキラキラと輝かせ「俺もやりたい!」と熱弁する。
「ほほう、アタシの殺人技を受けたいとはいい度胸だニャ。おりゃーっ!」
「わーーっ!?」
ヒナタはハヤトも同じように組んでブレーンバスターの体勢に入り、そのまま一緒に水の中へドボンと倒れ込んでいった。遅れて駆け寄ってきたウィルは慌てて二人を水中から引き上げるが、今度はウィルが標的となってしまう。
「そりゃっ!」
びしょ濡れのまま身軽にジャンプしたヒナタは、ウィルの正面から両肩に座るような体勢で組み付く。だがウィルも戦いの腕を鍛えているおかげか、その格好のまま倒れずバランスを取っている。
「ちょっ!? ヒナタさん、この格好はまずいですって!」
ウィルの顔にはヒナタのお腹が密着し、頭の両側を太ももで挟まれ、おでこには大きくて柔らかな胸がしっかり当たっている。
「ウィル、なーにがまずいニャ? フツーこれはご褒美って言うニャ」
「いやそうですけどッ! こんな大勢が見てる前でッ!」
「ウィルはアタシとくっついても嬉しくないニャ?」
「い、いえそんな……嬉しいですけどッ!」
つい言葉に詰まって硬直するその隙を、ヒナタは見逃さなかった。
「隙ありッ!!」
気合い一閃、ヒナタは身体を後ろに大きく仰け反らせると、身体が落ちる勢いを利用して足に挟んだウィルを首から投げ飛ばす。
これはプロレスでいうフランケンシュタイナーという技とまったく同じである。
「だーっはっは! オメーらまだまだ甘いニャー!
そんなコトじゃアタシからギブアップは取れんニャよ!」
またしてもずぶ濡れになりながら勝ち誇るヒナタに、懲りないハヤトがまた向かっていく。
「ヒナタねーちゃん、今度はこっちが投げ飛ばしてやるからな―!」
「おーっ、かかってくるニャ!
チビッコに負けてやるほどアタシは甘くねーのニャ!」
取っ組み合いながら遠ざかるヒナタたちの背中を眺めながら立ち上がると、ヒロシは砂浜に座ったままのメリアの隣に腰を下ろす。
「はぁ、いきなりえらい目に遭った。砂であちこちジャリジャリするなあ」
ため息をついてがっくりと肩を落とすヒロシを、メリアはくすくすと笑って見ている。
「でも、みんな楽しそうでした。ずっとこんな時間が続けばいいのにって思います」
「あ、ああ。そうだね」
「海水でべたべたになっちゃいましたし、シャワー浴びてきますね」
「あ、俺も行くよ」
ヒロシはメリアと一緒に砂浜の脇に設置された簡易的なシャワー室へ向かい、身体の砂と海水を洗い流した。
その後、少し疲れたのでそのまま波打ち際に座って休憩する二人は、どちらからともなく手を伸ばしてそっと握り、そのまま海水浴を楽しむ仲間や人々の様子を眺めていた。
しばらくすると、遠くの岩まで泳ぎに行っていたツキヨとヤクモが戻ってきたので、ヒロシとメリアはスッと手を離し何事も無かったかのように装う。
「お帰り二人とも。結構遠くまで泳いでたんですか?」
ヒロシが尋ねると、結った髪から水を滴らせながらヤクモが頷く。
「思った以上にツキヨどのの泳ぎが上手でしたので、もう少し遠くまで付き合ってもらいました」
身体から水滴を滴らせるツキヨも、身体を動かしたせいかさっぱりした表情をしている。
「久しぶりに戦い以外で身体を動かせたので……いい気分転換になりました」
そう微笑むツキヨの姿には、ヒナタとは違う健康的な魅力がある。
胸周りは互角だが、手足の長さや大人びた雰囲気はツキヨに分があると言えるだろう。さすがに泳ぎ疲れたのか、ヤクモとツキヨも浜に設置されたシャワーで海水を流すと、砂浜に腰を下ろし身体を休めていた。
こんな時間がずっと続けばいい――
誰もが口にに出さずとも、ずっとそう思っていた。
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