第三十三話 最果ての隠れ里(4) 魔王の目的
「えーっと、要するに……アタシらはこのまま魔王をブッ倒しに行けばいいってことニャ?」
あぐらをかいて座ったまま、話を聞いていたヒナタはそう首を傾げる。
「左様。おぬしらの道行きに変わりはない。
魔王と決着をつけるその時、ハヤトが離れておれば問題なかろう」
旅の目的に変更はない。
そう分かった所で、今まで黙っていたツキヨが小さく手を挙げた。
彼女はヤクモに視線を送り、小さく頷いてから口を開く。
「長老どの、もうひとつお尋ねしたいことがあります。
先の戦いで私は、ヤクモどのの口から『生命の書』という言葉を聞きました。
これは一体何なのですか?」
その言葉を聞いた途端、長老はギョロリとした目をヤクモに向け再びゆっくり瞼を閉じていく。
「ほうほう……ヤクモがそれをお嬢さんの前で口走りおったか。
どうやらそなたは、ずいぶんと坊に信頼されておるようじゃな」
「なっ……それは」
予想外の発言に耳がピクピク動くツキヨだったが、長老は嬉しそうにカカカと笑う。
「『生命の書』とは……かつて魔王の力の源であり、それを女神が奪い取ったものだという。その書にはあらゆる生命の運命が記され、それを書き換えることで、全ての生あるものを意のままに操ることが出来たそうじゃ。運命も、その姿形ものう」
「ま、魔王がそんなものを持っていたのですか?
全てを意のままに操るなど、それではまるで……」
想像以上に恐ろしい答えにツキヨが言葉に詰まっていると、ヤクモが口を開く。
「ここまでの旅で魔王軍の行動を観察して、私はひとつの疑惑を持ちました。
彼らはこれまで、多くの人間を犠牲にしてはその姿を作り変え、魔王軍の尖兵として送り込んできた。最初はただ命を弄んでいるのかと思いましたが、嘆きの牢獄で四魔将の一人ルークが『生命の書』の存在を認めたことで、それは強い確信に変わりました。これらは『生命の書』由来の知識や技術であり、彼らは何らかの意図によって人間を改造していたのではないかと」
だんだん話がややこしくなってきたため、ヒロシは頭を掻いて両手で頬を張り、考えをまとめる。
「ええと、確か。今の魔王は女神様が倒したはずの『魔王』が戻ってきたヤツだって話で。それで魔王は女神様に『生命の書』を奪われて強く憎んでいる。そして魔王軍を使って人々を集め、人間を改造するような恐ろしい実験をしていた。
もしかして……魔王は強い肉体を欲しがっている?」
ヒロシの推理に、その場の注目が集まる。
「ほら、四魔将のギリュウとかも肉体改造をしていたし、同じように魔王自身も自分を強化したがっていても不思議じゃないと思うんだ。あれ、でもそうなると……」
自分の仮説に違和感を感じるヒロシに代わり、ヤクモがこう続けた。
「現在の魔王は元人間であった……そしてこれまでの話と重ねて考えるなら、
魔王も転生者である可能性が考えられます」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。女神様に倒されたはずの魔王まで転生者だなんて……だとしたら、今の魔王は俺が元いた世界にやってきて、またこの世界に人間として転生してきたってことになりますよ?」
「ややこしい話ですが、それが答えなのかもしれません。女神に敗北した魔王は、転生者を呼び出す先の別世界へ逃げ込み再起を図り、目論見通りに舞い戻ってきた……そうだとすれば、一応は筋が通ります」
「な、なんてしつこいヤツなんだ」
話のスケールが壮大になりすぎて、ヒロシは眩暈を感じていた。
「まだ仮説ではありますが、多くの疑問に道筋は付きました。
後は魔王の元へ乗り込み、裏付けを得るだけでしょう」
そこで長引く話に区切りをつけ、ヒロシたちの元に厚いお茶と茶菓子が運ばれてきた。熱いお茶を飲んで絡まった頭の中を落ち着けていると、ヒロシの裾を引っ張る者がいた。それはこれまで大人しく話を聞いていたハヤトだった。
「ねえねえヒロシの兄ちゃん。魔王ってさ、強くなるために人を集めて改造とかしてたんだろ? アンジェラはさ、それを手伝わされる為にあいつらのトコに居たんじゃないかなって思うんだ」
アンジェラは鋼の要塞でハヤトが知り合った少女であり、四魔将の一人でもある。だが彼女自身に明確な意思がなく、ただ命じられるまま力を振るっているだけだった。
死体を組み換え新たな魔物を生み出すその力も、魔王の目的にとってあまりにも都合が良い。ハヤトの言うことも的を射ているのではないかとヒロシは思った。
「ああ、そうかもしれないな。あの子を魔王軍から引き離せば、奴らも弱体化するかもしれないし、次に会ったらなんとか助け出せるように頑張ってみよう」
「うん! 俺、絶対にアンジェラを悪い奴から取り戻すんだ!」
ハヤトに難しい話は分からないかもしれない。だが彼のシンプルさと前向きな熱意は、今のヒロシにとっても心強い物だった。
「さて、それではあやつを呼ぶとするかのう」
長老は手を叩き、寄って来た使用人に何事かを告げる。
静かに使用人が去ってしばらく経つと、座敷のふすまを勢いよく開けて立つ人の姿があった。それを見て最初に声を上げたのはメリアだった。
「えっ、お師匠様!? どうしてこんな場所に……!」
紐で括られたヒョウタンを手にぶら下げて立っていたのは、メリアの師匠である自称大魔法使いのタバサであった。
徴的な三角帽子に黒いマント、着崩した露出の多い服。そして切れ長の瞳に赤い唇と、紛れもなくタバサ本人である。
「久しぶりだねえメリア。しばらく見ないうちにいい顔になったね。
やっぱりあんたはいい子だよ」
タバサは座敷につかつかと入り込み、機嫌良さそうにメリアの頭を撫でる。
「ど、どうしてタバサさんがここに居るんですか?」
驚きを隠せないヒロシが尋ねると、タバサは座布団の上に座る長老を一瞥して言った。
「どうしてもなにも、ここが私の実家だからねえ。このしわくちゃは私の親父だよ」
「えっ!?」
「連絡貰ったから、転移の魔法でちょちょいっと来たってワケ。
そして……五十年前に魔王を倒し、魔王と化した転生者を始末したのもこの私さ」
しばしの沈黙の後、長老とヤクモを除いた全員が驚きの声を上げた。
「「「ええーーっ!?」」」
にわかには到底信じられない話である。
話が本当なら、タバサの年齢はどんなに若く見積もっても六十歳は超えているはずであるが、彼女の外見は若々しく、まるで年齢と比例していない。
「いやどーゆ―ことだニャ。
五十年前に魔王と戦ったんなら、もっとババアになってるはずニャ!」
ヒナタが指を差して言うと、タバサはフッと笑って見せる。
「あらあら、失礼な子猫ちゃんだねぇ。
私ほどの天才になると、若返りの術くらい楽勝なんだよ」
「なんかもうメチャクチャだニャ。魔法使いっておっかねーニャ」
青い顔をするヒナタをよそに、タバサは長老の横に立ち、コホンと咳払いをする。
「さてと、この世界について色々と理解したようだし、ついに私の出番ってわけ。
魔王のクソ野郎と戦うなら、私も手を貸してあげるよ」
その言葉にメリアは喜んでいたが、ヒロシは苦笑いが先に出ていた。
「あのう、それならもっと前に手伝ってくれたら嬉しかったなー、と」
それを聞いたタバサは呆れた視線をヒロシに向けた。
「あのねえ、いくら私が天才の大魔法使いだからって、一から十までヒヨッコの面倒なんて見てられないんだよ。自分の力で戦い抜くことが出来ないようじゃ、いずれのたれ死ぬのがオチだからね。私の力は、魔王のヤロウにぶっ放す時までなるべく温存しておきたいんだよ。こう見えてババアだからさ」
言いながらタバサは大きなひょうたんの栓を抜き、中身をゴクゴクと飲んでぷはーっと酒臭い息を吐く。
「魔王だのなんだのには、私も個人的な恨みがあるからね。
四魔将の残りも全員ぶっ飛ばして、魔王のヤローをぶん殴りに行くわよ!」
こうしてタバサを仲間に迎え、ヒロシたちの冒険は着実に終着地へと近付いていくのだった。
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