第三十三話 最果ての隠れ里(3) 魔王と転生者
翌朝、朝食を済ませたヒロシたちはヤクモの案内で、里の一角にある屋敷を訪れていた。
そこは里の長老の住居であり、案内された座敷では座布団の上にちょこんと座る、小柄でしわくちゃな老人の姿があった。
「お久しゅうございます、おじじ様」
正座をしたヤクモが丁寧にお辞儀をすると、長老は嬉しそうに目を細める。
「おお、ヤクモか。よう無事で戻ったの。して、こちらが例の客人かね」
「はい。転生者ヒロシどの、同じく転生者のハヤトどのです」
「ほう、これはこれは……珍しいこともあるものじゃ」
長老は開いているかどうかわからない目でヒロシとハヤトを眺め、うんうんと一人頷いている。
「今日はいくつかおじじ様にお尋ねしたいことがあって参りました」
ヤクモが言うと、長老は口を真一文字に結んでぴたりと静止する。
「ふむ、言うてみい」
「まず最初に、ヒロシどのが見た夢に関することです」
ヤクモはヒロシが夢の中で見たという、奇妙な存在について説明した。
鮮やかなオレンジの羽毛の身体、枯れ枝のような手、扇のような頭と大きな一つ目。特徴的なその姿を言葉で伝えると、長老は手を叩いて使用人を呼び、古びた巻物を持って来させた。
目の前で広げられた巻物には、横長の絵が描かれており、それはふたつの軍勢が向き合い争っている様を示した内容のものだった。
「あのう、この絵はなんでしょうか?」
ヒロシが尋ねると、長老は絵を指して言う。
「これはのう、かつて女神と魔王が争った場面を先祖が書き記したものじゃ。
こっちの黒いのが魔王の軍勢、こっちの色が鮮やかな方が女神の軍勢じゃ」
女神の軍勢の先頭には武器を手にした人間たちが描かれており、その中でも特に大きく目立つ一人に向けて、天から女神が祝福の光を授けているといったような構図だ。
そして長老は女神の横の空に小さく描かれたそれを指す。
「ヒロシとやら。おぬしが夢で見たというのは、これではないかの」
それは小さかったが、確かに夢で見た奇妙な存在によく似ていた。
鮮やかな羽毛の身体に枯れ枝のような手、扇状の頭に大きなひとつ目。
特徴はすべて一致している。
「ああっ、そうですこれだ! これが夢に出てきたんですよ!」
ヒロシが驚いた様子で答えると、長老はじっとヒロシを見つめ、言った。
「これはのう、我らの間で『吉兆のもの』と呼ばれる存在じゃ。
これの正体も、いつ、どこで、誰の夢に現れるのかも分からんが……
これの姿を見た者は、ことごとく危険を予見し窮地を逃れられるという。
かつて女神と共に魔王を打ち倒した勇者もまた、これを見たと言われておる」
「吉兆のもの……」
「ヤクモの言うように、そなたは普通とは少し違うようじゃな……
ならば、我らに伝わる秘密を授けても良かろう」
長老は用意された茶を飲んで一息ついてから、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「遥かな昔、女神は人間を率いて軍勢を成し、魔王と戦いこれを打ち倒した。
ここまでは知っておるな?」
「は、はい」
ヒロシが頷くと、長老もこくりと頷く。
「魔王は倒れたが、女神もまた力を使い果たし御隠れになった。
だが、これで世界を脅かす者は潰えたと誰もが思っていたのじゃが……
魔王は再び現れた。その度に異世界より転生者が現れ、
大いなる『能力』を振るいこれを倒してきたのじゃ」
「はい、それも女神様の託宣で聞きました」
ヒロシが言うと長老はしばらく押し黙り、やがてうっすらと瞼を開き、鋭く目を光らせた。
「……時にヒロシよ、奇妙だと思わんか?
なぜ次々に魔王が現れ、それを転生者が倒すという流れが繰り返されるのか」
「ええと、確か同じ質問を女神様にしたんですよ。
そしたら『そういうもの』だとしか教えてくれなくて」
「うむ……その言葉は間違っておらん。
まさしくこの世そのものが、そう出来ておるからじゃ」
「ど、どういうことですか? もう俺にはさっぱりで」
「我らとて同じ疑問を抱き、長年にわたってその謎を解き明かそうと努力を続けてきた。そして今から五十年ほど前、ついにその答えに辿り着いた者がおった」
「そ、その答えとは……?」
ヒロシの問いに長老はしばらく口を閉ざし、やがて両目を見開き告げた。
「魔王とは転生者なのじゃ」
沈黙と共に、その場の視線がヒロシとハヤトに集まる。
意味がよく分かっていないハヤトの隣で、ヒロシは口をぱくぱくと動かし、目を丸くしている。
「どっ、どど、どういうことですか!? 転生者が魔王って!」
「五十年前、一人の転生者が当時の魔王を打ち滅ぼした。
聡明で真っ直ぐな若者じゃったが……魔王を倒した後、彼は忽然と姿を消した。
それから十数年の後、再び魔王が現れた。
かつて若者と共に魔王討伐へ赴いた仲間が魔王の元へ赴くと、
そこで恐るべき事実が判明したのじゃ」
「ま、まさか、それが……」
「そうじゃ。新たな魔王は、魔王を討ち倒したあの若者自身だったのじゃ」
「そ、そんな……それで、その魔王はどうなったんですか?」
「仲間たちは死力を尽くし、どうにか魔王と化した若者を討ち取った。
彼らは魔王に変じることは無く、忌まわしい連鎖は断ち切られたと思っていたのじゃが……ところが十年ほど前に、またしても魔王が現れた。
それが今の魔王軍を率いておるヤツじゃ」
「どうなってるんだ一体。魔王を倒したら転生者が魔王になって、そうしなくても別の魔王が現れて……頭がこんがらがりそうだ」
複雑な事情に混乱するヒロシを前に、長老もため息をついてから湯飲みの茶に口を付ける。
「ひとつ尋ねようヒロシよ。魔王とはなんぞや?」
「えっ? そりゃあ人知を超えたような力を持つ、魔物の親玉で……あっ!?」
自分で口にして、ヒロシはようやくある事に気付き声を上げる。
「そう。転生者の持つ『能力』は、矛先を変えればそれだけで大きな脅威となる。理由は分からぬが、転生者は魔王と戦い、そしてまた自分が魔王となる宿命を負わされておるのじゃ」
「そ、そんなバカな……!」
ヒロシは真っ青になって震えていた。
今の話が全て事実なら、あまりにも救いが無いと思ったからだ。
「じゃあどうすればいいんですか。仮に魔王を倒せたって、これじゃあ……!」
震えた声で戸惑うヒロシに、長老は「あわてるでない」と釘を刺す。
「転生者の強大な『能力』が、そのまま魔王の力として世界の脅威となる。
ある意味では良くできた仕組みと言えなくもないが、しかし。
そなたは転生者が本来授かるはずの『能力』を持たぬと聞く。
そのような者が魔王を倒したとすればどうなるかのう」
「どうなるって……」
「転生者と魔王の関係があらかじめ仕組まれたものであるなら、そなたはいわゆるエラーと呼べる存在。そしてその綻びは、この忌々しい仕組み全てに影響を及ぼすはずじゃ」
「……!?」
「分かるかな、ヒロシよ。
おぬしこそが、この世界を真に救うカギとなるやもしれんのだ」
言葉が出なかった。
ただの無能と言われ、なんの役にも立たないと思っていた自分が、この世界の命運を握る立場だったとは。
いきなりのしかかってきた重圧に、ヒロシは息が詰まりそうだった。
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