第三十三話 最果ての隠れ里(1)
登場人物
ヒロシ:人間。異世界へ転生してしまった普通の成人男性
特別な能力がなにも無い『無能』の人
身体がバラバラになりかけたが無事に復活
変な夢を見た後、妙に勘が冴えるようになる
メリア:木精の血を引く少女。託宣の巫女の後継者と判明
魔法の実力は急上昇、上級魔法使いクラスへ到達
ヒナタ:キャットリング(ネコ人)の女戦士
かぎ爪と野生の勘で戦う明るい楽天家。口調に独特の訛りがある
パーティのムードメーカー
ツキヨ:ラビットリング(ウサギ人)の女戦士
剣と槍、弓を自在に操る。真面目で慎重な性格
ヤクモ:薬売りを生業とする白衣の優男。戦略に関し天賦の才を持つ
非常に頭が良く、『無能』の転生者ヒロシに興味を持ち仲間になる
他人には言えない秘密があるようだが……?
ウィル:ケンタウロス族の若者。人間と半人半馬の状態を切り替えられる
少し気弱だが実直な性格で、強い戦士に憧れている
嘆きの牢獄で新たな力に目覚める
ハヤト:ヒロシの次に王都へ出現した転生者。12歳の男児
『勇者の魂』という強力な能力を所持
ゴーレム:遺跡の地下から出て来た古代の戦闘ロボット
鉱山の町で動力となる魔光石を手に入れ能力がさらに向上
単独での攻撃力は随一
魔王軍の本拠地は大陸の遥か北東とされている。
だが、今回ヒロシたちの行き先は騎士の国フォルスよりやや南東、険しい山地を越えた先の大陸東端にあるという。その場所を知るのはヤクモのみで、彼の示した座標に向けて飛行船は空の旅を続けていた。
フォルスを発って約半日ほど。
眼下に続く山地を越えた先には、広い海に面した土地が広がっていた。
空路のおかげで楽に辿り着けたが、この道のりを地上から進もうとすれば数日、あるいは一週間は必要だったかもしれない。
飛行船が手に入った幸運に感謝しつつ、ヒロシたちの飛行船は森の近くの目立たない場所に着陸し、そこから馬車で海岸の方面へと向かった。そこはちょうど周囲を山に囲まれたような地形で、外側からは見えにくい地形になっている。
そうした入江に近い場所に、ひっそりとその里はあった。
王都などとは違う建築様式の、瓦ぶきで木造の家が立ち並ぶ里の風景は、ヒロシにとってはどこか懐かしさを感じさせる素朴さがあった。人々の服装もヒロシの知る着物に近いもので、時代劇の世界に入り込んでしまったような気分になる。
軒下に干された魚や干し柿などを物珍しく眺めていると、ヒロシたち一行に気付いた村人がこちらを指し、なにやら騒いでいる様子だった。
「ヤクモ先生、ここが目的の場所で間違いないんですか?」
ヒロシがそう尋ねると、ヤクモは目を細めて頷く。
「ええ。ここが私の故郷……名をホウライの里と言います」
その光景を眺めるヤクモの表情には、ただ懐かしむばかりでなく万感の思いが込められているように思えた。しばらくすると里の奥から、三人ほどの役人らしき男たちが現れ、息を切らしながらヤクモの前に走ってきた。
「わ、若! よくぞ無事にお戻りになられて……!」
彼らは皆、ヤクモの姿を見て涙ぐんでいる。
一番前にいる男は四十代半ばかそれ以上の中年といった風体で、白髪交じりの髪を後ろで結び、何度も袖で涙を拭っている。
「久しぶりだねタイコウ。しばらく会わないうちに、ずいぶんと白髪が増えてしまったな。苦労をかけてすまない」
ヤクモが言葉をかけると、タイコウと呼ばれた中年はブンブンと首を振る。
「いいえ滅相も無い! 若の苦労に比べれば私なぞ……それより、はやく父上と母上にお会いなすってください。きっと喜ばれます」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「ところで、お連れの方々は若のご友人で?」
「彼らは私の大切な客人だ。失礼の無いよう、客間へ案内してくれ」
「ははっ」
タイコウは深く頭を下げ、一歩下がって両脇の同僚に何事かを伝えていた。
「皆さん、私は先に家族の元へ顔を出しに参ります。
後で顔を出しますので、それまでゆっくり休まれてください」
ヤクモはそう言って、一人先に里の奥へと歩いていく。
彼の姿を見た住人たちはいずれも道の両脇に下がって並び、深く頭を下げて彼を見送っていた。
「それではお客人、寝泊りできる場所へ案内しますゆえ、私に付いて来てくだされ」
ヒロシたちは目の前で起きている出来事に目を丸くしながらも、ひとまずタイコウという男について行くことにした。
里の中央には大きな城があり、城に隣接する場所に平屋の大きな屋敷が建っている。ヒロシたちはその屋敷に通され、綺麗な庭園の見える部屋で休むようにと言われた。
木製の廊下に畳張りの床、手入れされた松などが植えられた庭園など、ここも時代劇の世界みたいだなとヒロシは思った。
「お城の隣の、こんな広い屋敷に案内されるなんて……
やっぱり一般人じゃないよなヤクモ先生って」
ヒロシがそう呟くと、畳の上で両足を開いて伸ばし、後ろに両手を付く格好で座っているヒナタが顔を向けてきた。
「アタシは最初から、ヤクモはどっかいいトコの坊ちゃんだと思ってたニャ。
言葉遣いとか普段の動き見てたら大体察しが付ニャ。なーツキヨ?」
急に話を振られ、ツキヨはハッとした表情で頷く。
ヤクモと別れてから、彼女は少し落ち着かない様子であった。
「あ、ああ……」
浮かない顔で生返事をするツキヨに、ヒナタはニヤリと笑みを浮かべて悪い顔をする。
「おやぁーツキヨちゃん? もしかしてヤクモがどっか行って寂しいのかニャ?」
「な、なにを言ってるんだ。そんなわけないだろう」
「本当かニャ―? あーやしいニャ―?」
「ええいしつこいぞヒナタ!」
ニヤニヤするヒナタとプンスコするツキヨがあーだこーだと喋っているうちに、数人の女中たちが行列を作って部屋に現れ、手にした食事の膳を慣れた様子で並べていく。
膳の上には鯛に似た焼き魚と刺身の小皿、野菜のお浸しと茶碗蒸しに味噌汁と白米という、ヒロシには馴染みのある御膳であった。
ヒロシとハヤト以外の仲間たちにはこれが珍しいようで、物珍しそうに御膳を眺めている。
配膳が終わると女中たちは静かに部屋を去り、入れ替わるようにして質の良い着物を身に纏った、身分の高そうな五十代ほどの夫婦と十四、十五歳くらいの少年が部屋に現れ、丁寧なお辞儀をした。
「ようこそおいでくださった客人よ。私はホウライの里の長、ナガトと申す。
こちらは妻のフヨウと、次男のムラクモにございます」
その挨拶を受けて、ヒロシはすぐに聞き返す。
「あの、そちらの子が次男ということは、もしかして……」
すると灰色がかった髪のナガトと名乗る男性は、こくりと頷く。
「あなたがヒロシどのですな。我が息子、ヤクモがずいぶんと世話になりました」
「や、やっぱりそうだったのか……ヤクモ先生が、この里の……」
「あれが里を出たあの日から、すでに死んだものと覚悟を決めておりました。
息子を無事に連れ帰って頂いたこと、深く感謝いたしますぞ」
「いや、俺は別になにも。むしろ助けられてばっかりで」
「色々と話を伺いたい所ではありますが、これまでの長旅でお疲れでございましょう。しばしこの里で羽根を伸ばしていってくだされ」
そう言うとナガトは妻と次男と共に再び頭を下げ、静かに座敷を後にした。
それと入れ替わるようにして、一人の若い男が座敷にやってきた。長門夫妻と同じく身分の高そうな服を身に纏い、髪を結って正装したヤクモであった。
「お待たせしました皆さん。身なりを整えるのに手間取ってしまいまして」
そう語る声と口調は、確かにヤクモその人である。
だが、普段の薬売りとしての姿とは別人のような整った容姿に、その場の全員が驚きに目を丸くするしかなかった。
「元からそこらの一般人じゃねーとは思ってたけど、ヤクモが王子様とはアタシの眼をもってしても見抜けなかったニャー」
「ふふ、私の芝居もまずまずの出来だったと言うことでしょうか」
「男に免疫のない女だったらコロッと騙されると思うニャ。ヤクモ、おめー詐欺師にならなくて良かったニャ、絶対どっかで刺される系だニャ」
「それはぞっとしませんね。肝に銘じておきます」
ヒナタとヤクモが笑いながら軽口を交わしているのを、ツキヨはただじっと黙って見つめている。
「どうしましたかツキヨどの? この格好では落ち着かないかもしれませんが、ご辛抱を」
「い、いや、そんなことは……」
ツキヨは返事に困った様子で、誤魔化すように膳の前へ座る。
「さて、食事が冷める前に頂くとしましょう。細かい話はその後にでも」
ヤクモもそう言ってツキヨの隣に座り、他の仲間も膳の前に座ったのを見届けると、両手を合わせてから食事に箸を付けるのだった。
「――ふぃー、食った食ったニャ。ここの魚料理はアタシ好みだニャ」
焼き魚が気に入った様子のヒナタは、綺麗に平らげた膳の前でつま楊枝を使いご満悦の様子である。他にもメリアがこの料理の味付けが気に入ったようで、後で作り方を聞きたいと言ったりもしていた。
一息ついた所で空になった膳が女中たちに回収され、広い座敷にヒロシと仲間たち全員が顔を突き合わせる形となった。
「遅くなってしまいましたが、順を追って説明したいと思います。
私はここホウライの長の長男ヤクモ。いずれは里を継ぐ身として育てられてきました。このホウライの里には様々な伝承や秘密があり、里の者はそれらを死ぬまで守り抜くのが掟となっています」
「秘密……ですか?」
ヒロシが問うと、ヤクモは真剣な顔つきでゆっくり頷く。
「ここホウライの里の祖は、はるかな昔……女神と共に魔王と戦い、それを撃ち滅ぼした勇者の盟友でした。そして我々はその戦いの記憶と、この世界の裏側にある秘密を受け継いできた古代人の血を受け継ぐ民なのです」
「秘密って、例えばどんな?」
「ええ、まずは転生者についてでしょうか。フォルス王が語った通り、転生者こそが災いの根源であると……里では古くから伝えられています。ただ、どうしてそうであるのかは長らく謎でしたが、今から五十年ほど前にようやくその謎が判明したのです」
「ご、五十年前?」
「はい。その話は明日、長老の口より語られるでしょう。こうした秘密を我々は守り、密かに後世へ伝える。それがホウライの民の役目でした」
「でもヤクモ先生、世界にとって大事な話なら、もっと世間に広めちゃダメだったんですか?」
ヒロシが尋ねると、ヤクモは静かに目を伏せる。
「……出来ない理由があったのです。遠い過去の記憶を語る者は、いずれも不審な死を遂げた。あるいはその一族が何者かの襲撃を受け、一人残らず滅んだこともあります。この世には、古い記憶が残ることを良しとしない影の勢力が存在する――だから私は里へ戻るまで、自らの正体も秘密も語ることが出来なかった。どうかお許し頂きたい」
据わったまま深く頭を下げるヤクモに、ヒロシは慌てて両手をパタパタと振ってフォローする。
「わわ、ヤクモ先生の責任じゃないでしょうそれは。秘密を抱えたままずっと喋れないなんて、それは俺たちが思うよりずっと苦しいんじゃないですか?」
ヒロシの言葉にヤクモはふっと微笑を浮かべ、優しげな眼を向けてきた。
「そう言って頂けるのなら救われます。四年ほど前、これらの話を受け継いだ私は強く感じました。ただ秘密を抱え里に引きこもっているばかりでは、やがて忘れ去られ歴史の砂と消えるだけだと。だから私は自分の眼で世界を見て、そして見極めたかった。転生者とは何者か、この世界の裏に横たわる秘密の正体とは何なのかを」
「それで……里を出たんですか?」
ヤクモは頷き、続けた。
「両親には強く反対されましたが、私の意志は変わりませんでした。家の跡継ぎも弟がいれば心配なかった。
私は各地を放浪し、様々な光景を見てきました。魔王軍に焼き払われた村や人々、蔓延る魔物……力弱き者は、どこでも虐げられていました。そうした中、魔王軍の勢力が急拡大している噂を聞きつけ、近く戦いが始まるであろう北の砦に出入りして情報を集めていた時、あなたと出会ったのです、ヒロシどの」
「そうだったんですか……」
「あなたは転生者でありながら特別な『能力』を持たず、それでもなお数々の戦いを生き延びた。転生者が災いの根源であるというなら、この『能力』を持たぬ人物は、どこが世の脅威たり得るのか。その矛盾を思った時、私は強い直感を抱いたのです。自らの存在に矛盾を孕むこの人物こそ、世界の秘密を解き明かすカギとなるのではないか、と」
「い、いや、俺はそんな大それた……」
「これまで多くの戦いをくぐり抜け生き延びて来られたのは、単なる運や仲間の助けだけではありません。上手く言葉に出来ませんが、例えるなら……ヒロシどのは運命に操られているのではなく、運命をたぐり寄せる何かがある……そう思わずにはいられないのです」
ハッキリとそう言い切ったヤクモに、しばらくの間は誰も言葉が出なかった。
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