第三十二話 争いの影(7) 夢と伝承
「いってーニャ、アタシは理不尽な暴力に断固として反対を表明するニャ!」
「口で言っても止めないからこうなるんだ」
「だってこんなん面白れーに決まってんのニャ。
それにツキヨちゃんだってさっきまでヤクモとイチャついてたクセにー」
そう返された途端、珍しくツキヨが顔を赤くして動揺する。
「な、なにを言い出すんだ。私は傷の手当てをしていただけだっ」
「借りが出来てしまいましたね、とか、私のために無茶をしないでください、とか言って謎の沈黙があったり、だーいぶ怪しかったのにニャー。
単なるビジネスの付き合いの会話じゃねーのニャー」
「ヒナタお前、ぬ、盗み聞きしていたなっ!?」
「アタシだって耳の良さには自信があるニャー。
んで、もうおっぱいくらい揉ませてやったんニャ?」
「だまらっしゃいっ! うがーっ!!」
両目を釣り上げて怒るヒナタとツキヨが掴み合いをする横で、ヤクモとウィル、そしてハヤトがヒロシのベッドに近付く。
「無事に目が覚めたようでなによりですヒロシどの。
毒の後遺症も無さそうで安心しました。しかし猛毒の中へ突っ込むなど、あまり無茶はされませんように」
「はは、それをさっきメリアに怒られたばかりですよ。
みんなに心配ばかりかけてダメだな、俺は」
苦笑するヒロシの前に湯気の立つスープが乗ったトレイを置き、話を聞いていたウィルは首を横に振る。
「ヒロシさんの機転が無ければ俺たちは全滅でした。
メリアさんの解毒も間に合ったんだし、もう言いっこ無しにしましょう」
そう言ってくれるウィルの気遣いが、ヒロシにはありがたかった。飲み水の入ったポットをテーブルに置いてから、ハヤトはベッドに上半身だけ乗っかる体勢になってヒロシの顔を見た。
「ねーねーヒロシの兄ちゃん。なんか今日はすごく勘が冴えてなかった?
矢とか槍が飛んでくるの当てたり、ゴーレム動かして毒を消したりとかさー。
俺も次はこう、バーッと剣で煙も消せるようになりたいよー」
少年にとっては何の気なしに口にした言葉だったろうが、あらためてその状況を思い出し、その場の視線がヒロシに集まる。
「そういえば砂漠の時もヒロシの読みに助けられたニャ。
オメー変なもんでも食ったのニャ?」
ほっぺたをツキヨに引っ張られながら、ヒナタが言う。
ヒロシに起きた変化について皆が思い返していると、最初にヤクモが口を開く。
「思い当たる転機としては、やはり嘆きの牢獄……
ヒロシどのが生死の境をさまよい、無事に蘇ってからという事になるでしょうか。
なにか思い当たる事はありませんか?」
そう尋ねられて考え込むも、ヒロシ自身にも理由はさっぱり分からない。
だが、ふとあることを思い出し顔を上げた。
「そういえば……確かあの時、ヘンな夢を見たんだ」
「夢、ですか?」
聞き返すヤクモに、ヒロシはこくりと頷く。
「真っ黒な場所に横になってて、そこにこう……なんて言えばいいんだろう。
ヘンなのがじっとこっちを見てて」
「それがどういう姿をしていたか覚えていますか?」
「うーん、確か……鮮やかなオレンジ色の羽毛みたいな身体で、枯れ枝みたいな手をしてて、頭は扇みたいに広がっていて……大きな赤い目がひとつだけ付いてたかなぁ」
アゴに手を当てて考え込むヒロシに、話を聞いていたヒナタは少し呆れた顔をする。
「それ、どぎつい色のキノコとかヤバい草食った時に出てくるヤツじゃねーのかニャ」
「ま、まあ確かに。熱出した時なんかにヘンな夢とか見がちって言うし」
その場の誰もが同じようなことを思う中、ヤクモだけは真面目な顔つきでじっとヒロシを見ている。
「鮮やかな色の羽毛に枯れ枝の手、扇の頭にひとつ目……」
そう呟くヤクモに、ヒロシは首を傾げながら尋ねる。
「ヤクモ先生、どうしたんですか急に考え込んだりして」
「ヒロシどのが見たそれは、ただの夢ではないかもしれません」
「えっ?」
「ヒロシどのが口にしたその『なにか』の姿ですが、心当たりがあるのです」
「ええっ、本当ですか?」
「はい。ただ私も詳しく知っている訳ではないため、本人に直接聞くしかありませんが」
「本人?」
「ええ……我が故郷の長老に」
ヤクモの故郷という言葉に、ぞの場の注目が集まる。
思えばヤクモは旅から旅の薬売りだったと本人が述べただけで、どこの出身でどんな暮らしをしていたのか、まったく謎のままであったからだ。
「そういえば、ヤクモ先生のこと全然知らなかったな。
でも故郷って遠いんじゃないんですか?」
特に意識せず聞いただけだったが、ヤクモは沈黙の後に口を開く。
「……いえ。詳しくは伏せますが、そう遠くありません」
ヒロシたちが居るこの地は、魔王軍の勢力圏、その奥深い位置である。
そこから遠くない場所がヤクモの故郷という話に、他の仲間も含めただ驚くばかりでった。
「事情があり、今は詳細を語ることが出来ません。
ですが、故郷へ無事に辿り着けたなら全てをお話します。どうかご理解頂きたい」
深く頭を下げるヤクモに、それ以上の追及をする者はいなかった。
大事を取ってその日はそのまま休むことになり、その翌朝にヒロシたちは謁見の間に呼ばれ集まった。騎士の国フォルスの城は王都ストームサングとは違い、槍や盾が飾り付けられ、武装した兵士がずらりと並んで微動だにしない。
それは、このフォルスという国の性質や成り立ちを物語っているようだった。
そして玉座には疲れた顔をした灰色の髪をした王と、その傍らには胸に包帯を巻き、兜を脱いだタイロンが立っていた。
「勇者ハヤトとその一行よ。まず最初に我が国を救ってくれたこと、全ての兵と民に代わり礼を言う。わしはあの毒婦イレーナの術に惑わされ、多くの兵を意味もなく死なせてしまった……情けない話だ」
王は肩を落とし大きなため息をつく。
しばらくの沈黙の後、王は顔を上げヒロシたちの方に目を向けた。
「お前たちは国の恩人である。今は軍を立て直すことが急務であるため、そなたらに兵を付けてやれぬが……それ以外の事であれば、なんでも協力させてもらおう。なにか願いがあれば申すがよい。無論、旅を続けるための資金や食糧はこちらで用意させよう」
ヒロシには王様が申し出てくれた支援以外にこれといった頼み事が思い付かなかったが、そこで前に出たのはヤクモだった。
ヤクモは丁寧に礼をすると、王に向かい言った。
「それならば、中庭に放置された飛行船を頂戴したく存じます。
よろしいでしょうか?」
「うむ、あれか。あの乗り物は魔王軍の幹部が乗り捨てていったもの。
そなたらの好きに使うがよい。技師に命じ、すぐに整備の準備をさせよう」
「ありがとうございます王様。おかげで楽に旅を続けられます」
フォルス王が側近に合図をすると、話を伝え聞いた兵士が部屋から駆け足で出て行く。技師に飛行船の整備の伝令をしにいったのだろう。フォルス王は疲れた顔で目を閉じてヒゲを撫で、小さく息を吐いてから再び目を開いた。
「恩人らに満足な支援を送ってやれぬのが心苦しいが……国の情勢が落ち着いたなら、我らフォルスの軍勢も魔王との戦いに馳せ参じよう。誇り高き我が騎士団を弄んだ報い、必ずや魔王に受けさせてくれるぞ」
その言葉に王の傍らに立つタイロン将軍が頷き、飾りの付いた槍の石突きを床に突き立てると、整然と並んだ兵士たちもカツンと床に石突きを突き立て、決意を現わす敬礼をして見せた。
その勇ましい空気の中、タイロンは自らを打ち破ったヒナタやハヤトに目を向けた。
「実際に刃を交えた私だから分かる。お前たちの示した強さと強運は、並みの戦士が持ち得るものではない。お前たちは大いなる運命……あるいはそのような意思に導かれているのであろうな。この恩はいずれ、必ず戦場で返すと約束しよう。それまで無事でいるのだぞ」
そう語った後、タイロンはじっと自分を見つめるウィルに目を向けた。
「そこの若者、ウィルといったな。お前も私と同じケンタウロスのようだが、我が騎士団に留まり力を尽くす気はないか?」
ウィルは大いに驚いた様子を見せたが、しばらくして落ち着きを取り戻すと、真っ直ぐにタイロンを見て首を振った。
「英雄タイロンからの直々のお誘い、飛び上がりそうなくらい嬉しいです。でも、俺は決めたんです。この旅に最後まで付き合って、その先にあるものをみんなと一緒に見届けようって。ですから……申し訳ありません」
「うむ……良い答えだ。ならば我らに代わり、お前が彼らを守り戦うのだ。
それが女神の軍勢たるケンタウロスの使命と心得よ」
「は、はいっ!」
ウィルは背筋を伸ばし、紅潮した顔でそう返事をする。
タイロンが口元に弧を描いて満足げに頷くのを見た後、ウィルは思い出したように尋ねた。
「そういえば、ブラッドの奴はどこへ行ったんでしょうか。
タイロン様はご存じですか?」
「いや……私もヤツの行方を探させているが、どこにも見当たらん。
あいつは私と同様、イレーナの術で操られてはいなかったが、野心に燃え魔王の軍勢にも強い興味を示していた。我らを見限り、魔王の側に付いたとしても不思議ではない。もし旅先で再会したならば、十分に気を付けることだ」
「ブラッド……あいつ……」
ウィルは拳を握り締め、複雑な表情のままうつむいてしまった。
ウィルとタイロンの話が終わると、フォルス王はハヤトとヒロシを交互に眺め、複雑な感情の混じった眼を向ける。
「時に……そなたらは転生者であり、四魔将もそうであると耳にしたが、これは本当なのか?」
急な質問に少し戸惑いつつも、ヒロシはハヤトに代わってこくりと頷く。
「ええと、一応はそうらしいです。俺とハヤトは王都で鑑定を受けました。四魔将については本人がそう認めた事と、彼らの一人は元の世界の知り合いでしたから、間違いありません」
「そうか。奇妙なことではあるが、しかし……
あの古い言い伝えは事実なのかもしれんな」
「言い伝え? 転生者についてですか?」
フォルス王は深く頷き、じっとヒロシとハヤトを見据えて口を開く。
「うむ……『転生者こそが災厄の根源である』とな。
口伝によってのみ、我が王家に伝わる言葉だ」
その言葉にヒロシだけでなく、メリアやヒナタ、ツキヨといった仲間たちも驚きを隠せない様子であった。
「災厄の根源……転生者が? でも、王都で聞いたのは正反対の話でしたよ。
転生者は魔王と戦い世を救う使命を与えられているって」
ヒロシが聞き返すと、フォルス王も難しい顔をしつつも頷く。
「広く知られているのはその話だな。わしも王位を継ぐ時、儀式に立ち会った古代人の末裔よりそう伝え聞いたのみだ」
「古代人の末裔……?」
「彼らは太古の記憶を持ち、人目に付かぬ里に隠れ住んでいると聞く。
かつて女神と魔王が争った歴史を知っているようだが、それ以上の事はわしも知らん。そしてみだりに彼らの名や伝承を口にすれば、災いが降りかかるとも言われている。この言い伝えがお前たちに当てはまるとは思わんが、四魔将が転生者であるというなら、災厄の根源という言葉も大げさではあるまい」
これまでの戦いを思い出したヒロシや仲間たちは言葉が出なかった。
四魔将たちがどれだけ多くの暴虐を働き、他者を虐げるために自らの能力を振るってきたかを思えば、反論などする余地も無かった。
そんな戸惑いの中、一歩前に歩み出たのはヤクモだった。
「フォルス王、それ以上は口になさらない方がいい。
いたずらに多くを語れば、御身に危険が迫る恐れがあります」
「む、そなたは……」
フォルス王はヤクモをじっと見つめた後、特に機嫌を損ねるでもなく落ち着いた様子で言う。
「……あいわかった。元よりわしは話を伝え聞いたに過ぎん。後はそなたに任せるぞ」
「はっ。意図を汲んで下さり感謝いたします」
丁寧にお辞儀をしたヤクモが下がると、フォルス王はそこで手を叩き話を打ち切った。
「余計な話をしてしまったな。それでは勇者ハヤトとその仲間たちよ。
飛行船の整備が終わるまで、ゆっくりと身体を休めて行かれるがよい」
フォルス王との謁見が終わり、ヒロシたちは城内に用意された部屋に案内され、旅の疲れと戦いの傷を癒すために数日間、フォルスの城に滞在することとなった。
「――ヤクモどの。あなたは一体何者なのですか」
大部屋のテーブルを囲み、仲間たちの視線がヤクモに集まる。
特にヤクモの正面に向き合うツキヨの視線は鋭く、その場の全員が固唾をのんで状況を見守っている。
「……ヒロシどの。我々の次の行き先について提案があります」
ヤクモはツキヨの質問には答えず、ヒロシの方を見る。
「えっ、俺? えっと、どこへ向かうつもりなんですか?」
「詳しい位置は伏せますが、そこへ辿り付けたならヒロシどのが見た夢、そして私に関わる全てをお話しします。どうか私を信じ、なにも聞かずに付いてきて頂けませんか」
ヤクモの目は真剣そのものであり、その場しのぎの言い逃れをしているようには見えなかった。
「ヤクモ先生がここまで言うからには、かなり重要な事なんですよね。
だったら俺は付いていきますよ」
ヒロシが言うと、ヤクモは感謝の意を示し頭を下げる。
「飛行船が手に入ったんだし、アタシは寄り道くらい気にしねーニャ」
「オレも!」
ヒナタとハヤトは特に悩むでもなく、あっけらかんとそう返事をする。
メリアやウィルも同様に頷き、特に反対の言葉は出てこない。
ヤクモはじっと見つめてくるツキヨに目を合わせ、彼女を真っ直ぐに見つめ、言った。
「ツキヨどの。今ここで明確に返事が出来ないこと、申し訳なく思っています。
もう少しだけ辛抱して頂きたい」
ツキヨは目を伏せ、ふうっとため息をついてから再び目を開く。
「……分かりました。もとよりそういう約束でしたし、今は何も聞きません」
「お気遣い感謝いたします」
次の行き先はヤクモが案内すると決まり、彼の意思を汲んでそれ以上の質問が出ることはなかった。
秘匿された行き先に何があるのか、様々な思いを抱きながらヒロシたちは出発の時を待つのだった。
次の投稿は金曜19時予定です




