第二十五話 宴
転移四十八日目、攻略開始から四十六日目 攻略階層五十階
攻略期限六十日のうちの四十八日が経過して到達階層が遂に五十階となったのだが、五十階は十階同様ワンフロアだったが、ボスモンスターは居なかった。
その代わりなのか? 六匹のゴブリンの集団が居た。
そして五十階層もボスモンスターが居る可能性があった為、攻略組は全員が五十階層の攻略に参加していた。オーバーキルな戦力とネコ車戦車の前に六匹のゴブリンはあっさり塵と消えた。
ゴブリンが消えると、ドロップの金貨が落ちる効果音がした後、ファンファーレが鳴った。そしてアナウンスが始まった。
「おめでとうございます。五十階層攻略が達成されました。褒賞として、ささやかではありますが、転移者全員のスマホにタワーマンションダンジョンアプリ、タワアプがインストールされて、金貨五十枚分のポイントが付与されました」とのアナウンスだ。
またささやかだ。ささやかなのに問答無用の強制インストールとか、どうなんだろうか? と思っていると、「付与されたポイントは本日限定の時限ポイントで、商店での使用が可能です」とアナウンスが続いた。
つまり今日中に使い切らないと、消えてしまうということだ。
金貨五十枚分というと、武器や防具を買う程ではないが、結構な金額だ。食べ物や飲み物であれば、好きなものを好きなだけ買うことが出来る。
スマホをチェックすると、アナウンスにあった通り「タワアプ」なる怪しげなアプリがインストールされていて、アプリを開くと、「ダ・ポイント」なるものが金貨五十枚分入っているのが確認出来た。ちなみにアプリのアイコンは赤帽子のゴブリンだった。
そんなわけで、まだ時間も早いし、久しぶりに祝宴がしたい。という話が皆から出た。
そこでギルドへと引き返して、おっさん達居残り組のメンバーと話したところ、やはりアナウンスがあって金貨五十枚分のポイントをゲットしたらしい。
そこで、全員参加での会議となり、その結果、折角の金貨五十枚なので各人好きなものを買った後、準備をして夕方から五十階到達のお祝い、翌日も午前中は休みにすると決まり、皆の歓声が上がった。
思いがけない臨時収入があり、このまま順調に行けば、十日と経たずに元の世界への帰還が叶うのだ。
前回の、ちょっと残念祝賀会のような雰囲気は消えて、みんな楽しそうに笑い合って準備をしている。
今夜の宴は、異世界バックスや他店舗のテラス席を移動させて、みんな大好き教会前でのあかりちゃんのオルガンの演奏から始まった。お母さんの石井さんと二人、声を合わせて歌いつつ、「アメイジング・グレイス」を見事に演奏したあかりちゃんと石井さんに、割れんばかりの拍手が贈られた。
その後、同じくあかりちゃんの伴奏で、ホットヨガお姉さん五人チームによる合唱があった。曲目はみんな知ってるアニメのオープニングテーマ曲だ。
こっちはスタンディングオベーションとなった。
おっさんは、吉田さんや山田さん、渡辺さんたちと、元コンビニの雑貨食料品店で調達したらしき、大人の飲物を飲んで楽しそうに談笑している。おっさんは顔を赤くして笑顔が多い。みんな笑顔だ。
中村係長と中島さんの中中組コンビも、ホットヨガスタジオの山崎さん、阿部さん、木村さん、山下さん、佐々木さんたちと乾杯を繰り返している。石井さんとあかりちゃん親子も居る。
あ、ネクタイを鉢巻にした中島さんが立ち上がり、「男中村、歌います!」と宣言して、踊りながら歌い始め、ヤンヤの喝采を浴びている。お、あかりちゃんも飛び入りで参加して見様見真似で踊り出した。
井上君、小林君、田中君、加藤君、清水君たち高校サッカー五人チームは、全員が茶色い炭酸飲料の大瓶を手に、食い気に走っている。五人の前に山と積まれた唐揚げが、見る間に消えていく。
小川さんと元眼鏡っ娘の松本さんは文学談義? だ。小川さんが手に持った文庫本のページを開いて松本さんに見せて、何か熱く語っているようだ。
百円ショップの男子大学生、橋本さんはハンバーガー女子高生二人組、伊藤さんと山本さんと一緒に居て、二人を何度も爆笑させている。
池田ハーレムはハーレムだった。定常運転。ほかの人に迷惑だけは掛けないで、四人末永くお幸せに……
オレは佐藤と鈴木と、元コンビニの雑貨食料品店で食料品を買い漁った。今日は品数が多くて、佐藤はお好み焼きをゲットしてガッツポーズをしていた。
鈴木はオレに饅頭を差し出してにっこり笑っていたが、それは遠慮させて貰った。
そうして購入した食べ物やお菓子をシェアし、ジュースなどでまったり食事だ。
佐藤と鈴木に、「橋本さんに伊藤さんと山本さんを取られちゃったね」と言うと、二人はまったく気にしていない様子だ。あれ?
「この中にいたずらっ子が居るみたいだから、彼が、興味本位でお酒なんかを飲まないように注意してくださいね」と、赤い顔をして、ふらっと現れたおっさんに言われる。それってオレしか居ないじゃん。
佐藤と鈴木はその言葉に、嬉しそうに「まかしときー」とか「分かりました」と返事をしていた。うー。
そんな感じで、その日の夜は過ぎていった。
転移四十九日目、攻略開始から四十七日目 到達階層五十階
翌日、五十一階層攻略開始は午後からなのだが、いつものように朝起きて、辺りをブラついた。
朝の空気が好きだ。プラスだかマイナスだかのイオンがどうだというのは、眉唾ではあると思うが、空気中を漂う埃が夜の静寂に落ち着き、その地面に落ちた埃が、風や太陽熱の上昇気流に舞い上がらないうちの空気は、こっちの世界であっても清浄なような気がする。
そう言えば梅の実をもいだり、何か捜し物をするなら朝が良い。と、ばーちゃんが言っていたな。と、ふと思い出す。
と、いつもの保管場所のネコ車戦車が一両無くなっているのに気付いたオレが、ギルドに報告に戻ると、ギルド前で、いつものように太極拳をしているおっさんが居た。
「昨日はお楽しみでしたね」と、からかう。
そしてネコ車戦車の件の報告をした。
いつもの通りの時間にギルドへと顔を出した佐藤、鈴木、そしておっさんの四人で、ダンジョンエレベーターまでの通り道を、ネコ車戦車を探して歩くが見当たらない。
「いたずらっ子が他にも居るんでしょうかね?」などと、おっさんに軽口を叩かれながら、歩いて行き、エレベーターのあるエントランスホールへと入るが、ここにもネコ車戦車はなかった。
そこで、おっさんが急に走り出した。そしてエレベーターのボタンをバシバシと押している。
さらには「うぉー」と低く唸っている。おっさんらしくない。
オレはおっさんに駆け寄りながら、エレベーターの扉の上の、現在のエレベーターの到達階層を表示するランプが、なぜか四十二階になっていて、それが下へと移動しているのに気付く。
「え? なんでエレベーターが降りて来ているの?」と戸惑うが、おっさんの焦った様子から、何か悪いことが起きてしまっていることが分かる。
オレは考えて、正しい質問を探すが見つからなかった。
「つまり誰かが上に、ダンジョンに入っているってことだよね?」とおっさんに聞くが、おっさんの口から出た言葉は「うぉー」だった。今にも頭を掻き毟らんばかりだ。
佐藤と鈴木と共に、もどかしくエレベーターの到着を待った。
エレベーターが一階に到着し扉が開く。誰も乗っていない。
おっさんがエレベーターに飛び込もうとして、開きかけたドアに肩をぶつけて倒れる。
一刻も早くに行きたい様子だったので、佐藤と鈴木におっさんの介護を任せて、オレはエレベーターに乗って操作パネルへと振り向く。
エレベーターのパネルのボタンは、一階から五十階までがほんのりと光っていて、五十一階から上は消えた状態だ。つまり五十一階は攻略されていないってことなんじゃないか? と思う。
オレが戸惑っていると、脇から復活したおっさんの手が伸びてきて、五十階のボタンを押した。
見ると肩を痛そうに押さえてる。
そしてエレベーターの扉が閉まり、上昇を始めた。
「おそらく攻略はまだ終わっていません。しかし危機的な状況であることは間違いないでしょう」と おっさんが酷く切羽詰った様子で語り、上をみたり、エレベーターの上昇に伴って消えていく階層ボタンを見たりしている。
「まさか、アイツが……」と、オレは呟く。
それに応えておっさんが、私たちが五十階層を攻略した日の夜、五十一階層へと侵入して、我々が宴会を楽しんでいるうちに、ひとりで攻略を進めてしまったんでしょう。
もしも五十一階から五十七階までが、昨日攻略した五十階やボスが居た十階のようなワンフロア構造ならば、迷宮の中で上階への階段を探す手間がありません。つまり今まさにダンジョンボスと戦っていても、おかしくはないんです。と苦しそうに言った。
エレベーターの上昇に伴い、ランプが下から順に消えていく。
一階一階、一秒一秒がもどかしい。間延びした狂おしいような時間を、オレ達四人はただ待つことしか出来なかった。




