第二十三話 タイムセール
転移四十五日目、攻略開始から四十三日目 到達階層四十六階
その日の夕方、オレたち三人が午後の下層の巡回討伐を終えてギルドへの帰り道、元百円ショップの魔道具店の前に、高校サッカーチームの井上君たちと同じ巡回組でオレたちより先にエレベーターで降りていた中島さんが集まっているのに気付いた。
近づいて見ると店の前でNPC店員が、捩りハチマキに半被姿で、手にはメガホンを持って「ヤスイヨ オッキャクサン」と売り子をしている。
その動きは何だかぎこちないが、初ムーブだ。
思わず佐藤、鈴木と店先へと駆け寄った。
魔道具店の店先にはワゴンがあって、「マジックバッグ」の文字とマジックバッグらしき白いカバンが手書きで書かれている看板が置いてある。
カバンの絵の上に「1000」の文字が書いてあるが、最後の0に赤いバツ印がついていた。
すく傍にいた高校サッカーチームの田中君に聞くと、通常販売価格が金貨千枚のマジックバッグが、なんと金貨百枚で買えるらしい。九十パーセントオフである。倒産セールなのか? ちょっと安すぎる。
近くにあるのぼり竿には本日限定のタイムセールと書いてあった。
異世界と言ったらマジックバッグは必須のアイテムだ。とか言われている。
なんでも入って取り出せる。そんな魔法のカバンがあるなら確かに欲しい。
金貨百枚は今のオレのギルド貯金で、何とか買える金額ではある。ちょっと悩むところだが、あのダンジョン神(自称)のやることだ。何か落とし穴がある可能性がある。
NPC店員はそんな雰囲気を察知したのか、「ジツエンスルヨー」と言って、ワゴンの下からカバンを取り出して襷掛けにすると、そのカバンから同じようなカバンを五個六個と、どんどん取り出してワゴンの上に置いていく。
それを見た高校サッカーチムの井上君、小林君、田中君、加藤君、清水君の五人は、それぞれ何枚金貨を持っているのかを申告し合い、五人合わせても百枚は無理だと、悔しそうに嘆いている。
そのなかでも貯蓄がほぼゼロ申告の小林君が他の四人から責められているようだが、本人は「だけどマジックバッグって食えないじゃん」と、当たり前のことを当たり前に言って、「そんなことより、早く肉串を買いに行こうぜ」などと、四人に言っている。
どうやら欲しいのは四人だけのようだ。
「ノコリガ スクナイヨー ハイ、マイド、アリガトウ ゴザイマース」とNPC店員が言うのを見ると、いつの間にか登場した池田さんのパーティーの四人が、例の資金を使って揃って購入したようだ。
NPC店員から池田さんたち四人に手渡されたマジックバッグは、生成りの帆布で作られたような肩掛けカバンで、ぺらぺらと何とも安っぽい作りなのだが、四人は大喜びで早速カバンを肩に掛けて、嬉しそうにはしゃいでいる。
池田さんがカバンにのぼり竿を入れると、不思議にものぼり竿はスルスルとカバンの中へと消えて行く。そして全部仕舞ったところで今度は取り出して見せた。
それを見たハーレム員の林さん、森さん、山口さんたちが嬌声をあげている。
どうやら種も仕掛けもない、本物のマジックバッグらしい。
そこに平中島さん、違った中島さんが進み出て、NPC店員に「金貨を持ってくるからカバンを一つ、いや二つ、取っておいてくれ」と交渉し、NPC店員の「ワカッタヨー」の声に、ギルドへと駆け出して行った。
NPC店員の「アトサンコダヨー オワリダヨー」の声に、買わないで後悔するよりは、買って後悔したいタイプなオレは思わず身を乗り出す。
そこで肩に手を置かれた。
振り返って見ると、鈴木だ。
「欲しいけど、入れるものがないよね?」と言う鈴木の言葉に、「あっ」と気付く。
のぼり竿? コンパネ盾? 水筒の水? ドロップの金貨? 軍手? あと何だ? 何か入れるもの、入れたいものはないかと考えるが、思い付かない。
そして、今の通学カバンで十分だと気付いた。
確かに欲しいし、買えるけれど、必要のないもの。要らないものだ。
腕を組んだ佐藤が「高っかい財布を買うたら、なかに入れる銭がないっちゅー、アホな話やなー」と呆れたような顔をして言い、したり顔でうんうんと頷いて、アホな子を見るような目でオレを見ている。
おま、さっきまで「わっちゃー、何ぼあったやろー」とか呟いてたのに、賢者鈴木の言葉に手の平返しっすか?
まあしかし、確かにそうだ。降って湧いたような話に、思わず飛び付きそうになったが、ちょっと冷静になって考えれば、分かることだ。
必要がないのだ。
鈴木の一言でそれが解った時、むくむくと沸き上がっていたオレの購買意欲は霧散してしまった。最早マジックバッグに何の魅力も感じられない。
勿論、今ここで買うことにすれば、さっきから、わーきゃーと騒ぐ池田さんたち四人を見返してやれたような気になるし、高校サッカーチームの小林君を除いた四人に羨ましがられて、優越感のようなものを感じるのだろうが、実利を伴わないその優越感は、オレの頭の中に思い描いたドーナッツの穴のように、空疎なものでしかない。
オレたちは、もっと安くなるかも知れないと、店の前の居残った高校サッカーチームの四人を残し、小林君を誘って肉串を食べに行くことにした。
したり顔をしてこっちを見る佐藤の気配に気付いたオレは、佐藤の口が開く前に、三人に肉串を一本奢るよ。と申し出た。
そして四人で肉串を食べながら、オレが「確かにあれは枕みたいで、美味しそうじゃなかったよね」と言うと、佐藤がオレを見て、「しかしまあ、肉串一本分はウマい話やったなー」と言って、満足げに笑った。




