第二十二話 変化
転移四十日目、攻略開始から三十八日目 到達階層四十階
攻略期限六十日のうちの四十日が経過して到達階層は四十階となったのだが、ボスモンスターは居なかった。同時出現数は五匹になった。
しかし、ダンジョン無双なオレ達ネコ車戦車隊の敵ではない。教会に一緒に乗り込んで、さらに金貨一枚追加なメンテナンスで、いつも新車同様である。
ダンジョンに窓でもあれば日々眺望が良くなっていくのだろうけど、ダンジョンは薄暗く、光が差し込むような窓はない。基本的に何も変化がない。
日々演じる舞台は広くなりつつも、ゴブリンとオレたち、そしてネコ車戦車の共演、競演が続いた。
転移四十三日目、攻略開始から四十一日目 攻略階層四十四階
それから三日後、四十四階層の攻略が始まった。
しかしこの日、ゴブリンの金貨ドロップ率が急激に低下した。
これまで、ゴブリンの金貨ドロップ率は百パーセントで、ゴブリンを倒せば必ず一枚金貨が手に入った。例えば一匹倒して二枚の金貨がドロップすることはないものの、ゾンビの時のように三匹に一枚とか、二匹に一枚といった感じに下がることもなく、順調に推移していた。
それが止まった、と言っても強ち大袈裟ではなほどに急落したのだ。
原因は不明だ。
混乱はあったもののダンジョンの探索は続行されて、四十五階層への階段を発見し、金貨のドロップ率の低下に危惧を覚えた中村係長の指示で、引き続いて四十五階層の探索が行われた。
その結果、四十五階層でも同じような現象が起きていることが判明した。
これまでの討伐で攻略組のメンバー各人は、金貨をそれなりに持っている。
オレたち三人も最近は正確に教えてもらっていないけれど、多分一人百枚ちょっとはあるはずだ。
なので当座のノルマ分を含んだ生活費に、不足は出てこないはずではあるのだが、攻略すべき階層はまだ十階層以上あるのだ。
この状況が今後も続くとなると、生活に支障を来すような大きな問題にもなりかねない。
中村係長は報告に戻ることに決めて、皆で慌ただしくギルドへと帰った。
下層階のリスポーン討伐組もまた、同じような結果で、リスポーンのゴブリンは、いつも通りに出現するのに金貨は落とさないと、夕方ダンジョンから帰ってきた高校サッカーチームの井上君から、おっさんに報告があったようだ。
その夜、臨時のギルド会議が開催され、今日のダンジョンの現象ついての情報共有をした後、今後の対策について協議された。
その話し合いの結果として、ダンジョン攻略は引き続き続行するとして、金貨の管理体制の見直しを検討することになった。
おっさんが攻略組のオレ達皆に、ギルドの緊急対策費の他に、ネコ車戦車の追加製作資金となる金貨四百八十枚を、ギルドのほうで皆さんから預かっていますが、それでこの事態に十分な対応が出来るのか不明です。
武器や防具の購入の他、魔道具やスキルブックによるスキルの習得、魔法書での魔法の取得などのために、日頃から節制をして貯金をしている人も居るでしょうが、大目的はダンジョン攻略による全員の帰還です。
こんなことを言うのは誠に心苦しいのですが、そのためには協力をお願いすることになるかも知れません。と言って、頭を下げた。
その日の夜、おっさんがオレたち三人との食事中に、こんな事を言った。
そもそも、このダンジョンのなかのものは、我々を除いて、すべて彼のものなんです。
ダンジョンマスターにとって、金貨の価値は、我々を――モンスターからのドロップを通じて――コントロール出来るもの。という価値です。それしかない。
元の世界のように、金は五十メートルプールで何杯分しかない。というような希少性はおそらくありません。それこそダンジョンマスターのポケットを叩けば、金貨は幾らでも出てくるようなもののはずです。
まあ、もしかしたら金貨と言っても、タングステンなどの金と比重の近い金属に金メッキをしたものである可能性もあるわけですが、貨幣として通用してしまっている以上、調べるのは意味がないでしょう。
金貨を生み出すことも、生み出さないことも出来る。ダンジョンの通貨供給量、マネーサプライを好きに決めることが出来るはずなんです。
なのでこの現象、わざわざ金貨のドロップを止めるという行為は、何か我々へのメッセージのようなものなのかも知れません。そう言って、なんとも歯がゆそうな顔をしていた。
翌日、定例の朝のギルド会議の時に、林さんと森さんの二人が、宝石のついた見慣れぬ指輪をしているのを、ホットヨガ転移の山崎さんが目敏く見つけたらしい。
会議の後、山崎さんが林さんと森さんを呼び止めて「アンタら、ちょっと顔貸してくんない?」と凄みのある低い声で言うのを、ギルドに居た全員が聞き、全員の動きが止まる。音も止まった。
山崎さんは抗議の声を上げようとする二人の耳を、左右の手でさっと掴むと、そのまま隅へと引っ張って行き、「分かってんだよ。おら、さっさと吐いちまいな」と、彼女の過去のプレイバックのような堂に入った台詞を放つ。
その迫力に林さんと森さんは早くも飲まれてしまったように、あわあわしている。
結果、池田さんおパーティーが下層階での巡回討伐時に、宝箱を発見していながら秘匿していたことが判明した。
池田さんは、今日にも報告するつもりだった。と悪びれた様子もなく真顔で言うのだが、それを世間じゃあ開き直りと言うのだ。
聞けば、宝箱に入っていた金貨は四百枚で、その他に今二人が嵌めている指輪と、ネックレスが一つ入っていたとのことだ。
そこで池田さんに、自分の付けているネックレスのことをバラされた山口さんが激高して口を滑らせ、ダンジョンに始めて入った日にも、金貨五十枚の入った宝箱を見つけたと言ってしまい、それに対して池田さんが、「金貨の入った宝箱を見つけたのは転移初日の夜だよ。確かに次の日も探したけど、見つからなかったのは本当のことだよ」と山口さんに反論している。
オレたちとダンジョンに調査に入ったのは二回目のことだったのか……
つまり池田さんたちは、ダンジョンにゾンビしか出ないと知っていて、更なるお宝ゲットのためにダンジョン調査も志願したってことらしい。
どおりでイケイケだったわけだよ。
確かに池田さんの言う通りならば、嘘はついていないことにはなるが、言うべきことを言わないのも嘘をつくのと変わりが無い。それは嘘と同じく不誠実な行為なのだ。
怒るに怒れないというか、呆れて物が言えないというか……
それでいて十階攻略達成時のお祝いのカンパには、一人で金貨三十枚も出したりとかするんだから困ったものだ。
池田さんの様子を見るに、単なる虚栄心からなんだろうけど、それで助かったのも事実だ。本当になんとも困った人だ。
言い合いを続ける二人を見て、一同、興醒めというのか、なんだかなあな雰囲気となった。
太くため息をついたおっさんが、これまでトレジャーボックス発見の報告こそあれ、中身が空に近いものだったことから、実際に金貨が入っている、こうしたケースを想定していなかった私のほうにも問題があると思います。
今回のドロップ率の激減はおそらく、ダンジョンマスターが我々に対して茶々を入れた。物言いをつけた。ということなんでしょう。
ダンジョンの攻略のために資金がどうしても必要だ。という事態にならない限り、ダンジョン内で、個人もしくはパーティーでトレジャーボックスなどを発見した場合、その方たちの自由して良いと思います。
しかし池田さんたちが発見した金貨四百枚という数字から、一日とか数日の期間で、ダンジョンで我々が入手出来る金貨の枚数の上限が、予めルールとして決まっていた。という可能性もあります。
なので、報告だけはしていただきたいと思います。と言った。
その後のダンジョン攻略で、ゴブリンからの金貨のドロップ率が、通常通りに戻ったことが確認された。皆ほっと一息である。
その日の夜、おっさんは山田さんと渡辺さんの三人で、ギルドの資産や、攻略組の皆から預かってきた金貨の推移から、ダンジョンで入手出来る金貨の推計、今後最低限必要と思われる金貨の枚数などのシミュレーションをするとのことで、三人での食事となった。
その食事中に鈴木が、「天使と悪魔は同じ顔って聞いたことがある」と、ぽつりと呟くように言った。
その言葉にオレと佐藤が、食べるのを止めて考え込んでいると、鈴木が続けて、「だって悪魔は堕天使、元は天使だよ? だったら天使と同じ顔のはずだよ」と言った。
なかなか深い言葉であるように思えた。オレと佐藤はなるほどと納得し、オレは心のメモ帳、「いつか使ってみたいぞ言葉集」に書き加えることにした。
尚、記憶によると前回メモした言葉は「オレたちはグラム幾らの生肉じゃねえ」だったようだ。いつ使うんだ? こんなの? と思った。




