第十五話 ネコ無双
転移二十一日目、攻略開始から十九日目 到達階層十六階
ネコ車戦車の初投入ということで、攻略組の全員が攻略階層の十四階でネコ車戦車の使い方について、おっさんからのレクチャーを受けつつ、実際にゴブリンの討伐を行った。
そしてやはりと言うか、その無双っぷりを体験した皆に絶賛されることとなった。
ネコ車戦車二両が前方に配置、今日はまだ配備されていないが、残りの一両が中央の配置で問題ないようだ。
ゴブリンは二匹で出現する為、それぞれ前方配置のネコ車戦車が、相手にぶつかりにいけば討伐完了なのだ。
ゴブリンはグギャグギャと喋る暇すらない。
そして、その実戦経験のなかで、釣り出し戦法が考案された。
曲がり角や曲がり角があった場合は、先行した釣り出し要員が調べ、ゴブリンが居た場合は戦わずに逃げて、合図の声を上げつつ、予め通路の真ん中を空けて待機しているネコ車戦車の前まで、ご案内する戦法である。
曲がり角や分かれ道だけ注意すれば、前方に危険がない形になるので、ダンジョンを少し小走りに移動しての探索が可能となった結果、探索効率が向上した。これまでの苦労が嘘のように思える。
第一次欧州大戦期の戦車が、膠着状態の戦況をひっくり返す、決定的なゲームチェンジャーにはなり得なかったのとは異なり、ネコ車戦車はそれがたったの二両であっても、ダンジョン内のゴブリンの蹂躙を可能とするスーパー兵器だったのである。
転移二十四日目、攻略開始から二十二日目 到達階層二十階
そんな感じでネコ車戦車は無双状態で大活躍、途中で、ゴムグリップな軍手が追加装備に採用された効果などもあって、一日二階層に近いペースで攻略が進み、到達階層は二十階となったのだが、二十階にボスモンスターは居なかった。
しかし、ゴブリンの同時出現数が三匹になったことが確認された。
後方警戒用の一両は、ほぼ活躍することがなかった為、ネコ車戦車の戦闘配置が変更されて、前方に三両が横並びで対応することになった。
尚、今回はダンジョンボスが居なかったこと、攻略期限や今後の強敵出現の可能性などが検討されて、全員揃っての休日はなしと決まった。
但し、これからは事前にパーティー単位で申請すれば、下層討伐担当の日に、パーティー単位で一週間に半日は、必ず休めるような体制を作る。との案がギルド会議で満場一致で決まった。
取りあえずの目標は貯金である。第二ネコ車戦車分隊の創設費用となる、三両分の戦車製作費の金貨四百八十枚が、その目標金額だ。
転移二十五日目、攻略開始から二十三日目 攻略階層二十二階
二十一階もゴブリンだった。三匹だ。ネコ車戦車の戦闘配置が変更されて、前方に三両が横並びとなっている為、何の問題もなくゴブリンを掃討した。
また三匹になったことで、一度に入手出来る金貨が一・五倍に増えた。討伐の手間は同じようなものなので、鴨葱状態である。
皆の表情も明るい。最早ゴブリンは床掃除のために、床に撒かれた使い古しの茶葉のようなものだったのだ。
転移二十六日目、攻略開始から二十四日目 攻略階層二十三階
今日はおっさんも戦況視察のために、攻略組のオレたちのパーティーにスペシャルゲストとして参加している。と言っても、動画撮影担当としての参加である。
ネコ車戦車の三台横並び戦法を、より効率的にする余地があるかどうか、動画を参考資料にして、山田さんや渡辺さんと検討したいとのことである。
階段を上がって早々に、ゴブリン三匹が通路の前方にいるのを、一番前にいたネコ車戦車チームを担当をしているホットヨガ転移チームのリーダー山崎さんが発見し、後方に居る皆に報告する。
山崎さんたち三人は、そこから徐々にネコ車戦車の速度を上げて、ゴブリンへと突っ込んで行く。
が、何か様子が変だ。山崎さんたちのネコ車戦車が、だんだん勢いを失い、ゴブリンの前で止まってしまった。
そして三人は、ネコ車戦車を棍棒で叩くゴブリンを、棒立ちになって見ているようだ。それから、こっちに向かって走ってきた。
ゴブリンたちは横倒しになったネコ車戦車を乗り越えようとしている。そしてその口から発せられたのは聞き慣れた日本語だった。
その言葉は「助けて」とか「許して」と言っているようにしか聞こえない。
そしてネコ車戦車を乗り越えたゴブリンたちが走り出した。やはり「助けて」とか「許して」と叫んでいる。
聞き間違いではないのだ。なのに山崎さんたちを襲おうとしている?
「助けて」と言う相手が、なぜが棍棒を持って襲いかかってくるのだ。
山崎さんたち三人が恐怖に目を見開き、どんどん近づいてくる。オレたちのことが見えていないのか?
このままだと、中衛に入っているオレたち三人と交錯してしまう。
三人は広がって走ってきており、通路を塞ぐような形なのに戸惑う。
オレは近いほうの壁に寄れば良いのか? それとも逆? 後ろに逃げるほうがと考えているうちに、みるみる山崎さんたちが接近してきて、一歩も動けないまま、オレたちは山崎さんたちとぶつかり、倒される。前が見えなくなる。
ヤバい。オレは上に乗っている誰かから、這い出そうと藻掻くが、抜け出せない。
そんな中、後衛に居た中村係長と中島さんの黒いビジネスシューズが、横を向いたオレの目の前を通り過ぎる。オレはそれを目で追った。
見ると、二人は走り寄ってくるゴブリンに果敢にも突っ込んで行く。
二人は走る勢いそのままに、それぞれ一匹のゴブリンに狙いを定め、腰のあたりに構えた両手で短く持ったのぼり竿を、ゴブリンのお腹あたりに突き刺すようにして肩からぶつかった。アレだ。そういう系の邦画で見る、そういう人たち風なやり方。中村さんも普段の掛け声はなく、二人とも無言だった。
ゴブリンの身体が突き上がる。
そして二人はバランスを崩し、ゴブリンと縺れ合ったまま、ゴロゴロとネコ車戦車のある辺りまで転がって行った。その一撃がやはり致命傷となったのか、ゴブリン二匹がぱっと消えた。
その一幕を見ているうちに、オレの上に居た誰かがどいた。身体の自由を取り戻したオレは、残る一匹のゴブリンを探す。
そしてその前には、いつの間にかおっさんが居た。
低く右足の膝を曲げて、もう片側、左足を前に伸ばす。低く構える。左右の腕はゆったりと前後に大きく広げられている。どっしりと安定した、朝の太極拳の構えだ。
その泰然とした存在にゴブリンが走るのを止めて、少し逡巡した後、意を決したかのように大きく口を開けて、その言葉を発しながら、片手に持った棍棒を大きく振り上げておっさんに襲いかかった。
おっさんは、その棍棒を避けずに肩で受けるかのように低い構えから前へと伸び上がり、ゆっくりと左腕を上に回した。その左腕の動きにゴブリンの棍棒は軌道を逸らされる。そしてダンジョンの床を叩くかと思われた瞬間にゴブリンは消えた。
何をどう攻撃したのか、見えなかった。しかしゴブリンが消えたのだから、何かをしたのだ。
そして、オレ達へと振り返って、酷く憔悴した様子を見せるおっさんが、今すぐ下に降りましょう。と提案し、皆無言で、少しふらつく中村係長と中島さんを気遣いながら、ネコ車戦車を回収後、少し足早に二十二階への階段を引き返した。
二十二階へと辿り着いてやっと会話が始まった。
しかし皆、戸惑い混乱している。喋ったよね? 喋った。確かに助けてって言った。でも山崎さんたちに襲い掛かって来た。と、今の異常事態について理解しようと話し合ってはいるが、結論は出ない。混乱は増すばかりだ。
山崎さんたちホットヨガ転移チームのお姉さんたち五人は、揃ってダンジョンの探索を拒否した。木村さんなどはお腹あたりを押さえて顔色が悪い。
そんな皆の様子を見て、おっさんがら、一時撤退の判断が為されて、下層討伐をしていた討伐組の人たちと合流して、ギルドへ帰還することとなった。
二十階層から行われていた、ネコ車戦車三両が横一列になっての突撃戦法は、通路に居るゴブリン討伐を更に容易にした。
通路を三人揃って突撃すれば、逃げ場のないゴブリンはそれで終わる。三匹どころか五匹居たって何の違いもない。
そんなオレ達に慢心からくる油断があった。そこを見事に突かれてしまった。ということなんだろうと思った。
その後、対策を検討するので、今日のダンジョン攻略は中止します。と、おっさんから発表があった。




