第十二話 休日
翌日、朝のギルド会議でおっさんが「今日は元の世界で日曜日です。全員が休む休日にしませんか?」と第一声で提案してきた。
「昨日のダンジョンボスの討伐報酬だと思うのですが、解放されたエレベーターを確認をしたところ、金貨が三百枚見つかったんです」
大きく笑っておっさんが続けた。
もちろん、みんな大賛成だ。
その後今回の討伐報酬の分配について会議を行い、一人あたり金貨八枚が還付され、残りは昨日拠出してくれた有志に返金することに決まった。オレたち三人も昨日の分、金貨一枚をプラスした金貨九枚を貰った。
出来れば七曜制で日曜は休日としたいのですがダンジョンの攻略期限が決まっている以上、進行状況を見ての判断となります。二十階、三十階と十階の攻略ごとに全員の休日に出来れば良いと考えています。とおっさんが言い、そこで解散となった。
そこでオレたち三人は、鈴木の提案でタワマンの外の世界を探険することにした。
そう、タワーマンションの呪縛を逃れ、気分転換するならば物理的距離を取る、離れるのが一番だ。タワーマンションが見えない所までは歩けそうにないが、前を向いている限りその存在は無視できる。そして外の世界はどこまでも草原が広がっていて、きわめて平和そうなのだ。
元老舗和菓子屋の異菓子屋でクラブサンドイッチとジュースを調達して、ピクニックと洒落込んだのは正解だったと思う。
三人でちょっと警戒しながら歩いて行く。もちろん手にはのぼり竿だ。一応、居残り組の百円ショップ転移の橋本さんと書店転移の小川さんの男子大学生コンビによって、タワーマンション周辺はモンスターなどの出現が確認されておらず、安全らしいとおっさんに報告が上がっているようだが、油断は禁物だ。
少し歩くと草原だ。セイタカアワダチソウのような、ギラギラと無粋に飛び出し、他を威圧睥睨し、環境的優位に立って繁殖しようとする独善的な雑草は一本とて見えない。腰下あたりまでの高さの、一陣の柔風にさえざざざと揺れ動く、そんな春の麦畑のような柔らかなそうな草が、辺り一面を若草色に染め上げている。と詩的表現に挑戦してみる。
「めっちゃきれいなとこやなー」と佐藤がめっちゃしてる。
その言葉に同意するように、鈴木がコクコクと頷いている。
確かに酷く穏やかだ。殺伐としたダンジョンとは違う、まったくの別世界だ。
歩いて行くと少し開けた広場のような場所があり、その下草の間からぴょこんと顔を出した白いウサギのような生きものが、立ち座りをして、首を傾げたポーズで、こっちを見ているのに気付いた。
その額には短い角があるが、円らな瞳でなかなかに可愛らしい。
鈴木が歓声を上げて、大喜びでスマホを構え、パシャカシャと写真を撮り始めた。
これは襲い掛かられても手を出せそうにない。万が一怪我をしても教会があるし、刺激しないようにしなくちゃな。と思っていると、しばらくこっちと見ていた角ウサギはオレたちへの興味を失ったのか、もそもそと向きを変えて可愛いお尻を見せながら元来たほうへと帰っていった。
ほっこりした。
そして見えなくなってから、鈴木のシャッター音がやっと止まる。鈴木撮り過ぎ。
佐藤は「あれ食えるんかなー」などと不穏なことを言っている。
確か実際のウサギの解体は、厄介だったように記憶している。
内蔵のなんかが臭いから激しく要注意で、縦に腹を捌いたウサギの左右の前足を、それぞれ左右の手に持って、両足の間から後ろ側にどーんと放るように振り出す。
すると内臓がびょーんと後方に飛んで行って、サヨナラ出来る? みたいな…… あれ? 事前に食道とかお尻回りを切っておくのか…… 駄目だ思い出せない。
見たのはアメリカ軍人向けのサバイバルマニュアルだったような気がしてきた。
となると、そういう何というか無骨? 小鳥どころか七面鳥すらそのまま串焼きにして、頭からバリバリいってニッコリ笑いそうな、現代人であるホモサピエンス種のなかでも、DNA的に? ちょっと穴居人の趣がある、生来大胆というか、無骨というか、おバカというのか? そういう人たち向けの話なのか?
リスなどの小動物の場合は背中に横の切れ目を入れて、左右の手でバリっと皮を剥がす、などとポテチの袋は腹から開けましょう的なことが、当然のことのように書いてあったような気もする。
なので厄介は厄介だが、――どーんとか、びょーんとか、ダイナミックにしなくても――多分普通に解体出来るものなんだよ。と考えを改める。
でも佐藤、あれはアカン。食べちゃ駄目。
それから適当な場所に三人で座って、昼食のクラブサンドイッチを食べ、とりとめもないお喋りをした。久しぶりに肩からの力を抜いて、寛いだような気がする。後は膝枕でもあれば最高なんだがね……
そよ風が心地よい。穏やかな日差しのなか、三人、川の字で昼寝でもしたいところだが、目覚めたら三人仲良くスライムの中だった、では洒落にならない。
帰るにはちょっと早い三時頃、のんびりと帰ることにする。
手に持ったのぼり竿をクルクルと回しつつ、「こっちの世界もわるないやん」と浮かれる佐藤たちに対して、オレは意を決して、例の奴の話をする。
おっさんの言っていた行方不明の大男、あれを見たのはオレだ。おっさんは皆を不安にさせないように言っていたげど、池田さんと違いこっちの世界でハーレムを目指している、本当にヤバいヤツなんだ。
あれは絶対に止めなきゃ駄目だ。山田さんや渡辺さんたちだけじゃない。もしかしたらオレ、お前たちだって、と言うと、流石に青褪ていた。
折角の楽しいピクニックだったが、オレのせいですっかり台無しになってしまった。
いつかは二人に言わなきゃと思っていたことだし、避けられないことだよね? でも、もうちょっと時と場所を考えるべきだったんじゃないか? そんな内省をしつつ、元居た世界の写真で見たような、大自然の中にどーんと建つビルへと帰った。
DNA的に:ネアンデルタール由来のDRD4の変異型遺伝子、DRD4-7Rのこと。




