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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
始めるために、終わりにしよう。それがどんなに辛くても……ぐすんっ
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3

 まさかの人物にノアが狼狽える間もなく、御者の手によって馬車の扉が開かれる。


 ロキはよいしょと声を出しながら立ち上がると、さっさと降りてしまう。そうして入れ替わるように、アシェルが断りもなく馬車の中に入り込み向かいの席に座る。


 ーーキィ……パタン。


 これまた断りもなく扉が閉められ、ノアは強制的にアシェルと二人っきりになってしまった。



  



「……どうしてですか」


 ポツリと呟いた瞬間、自分を見つめるアシェルが苦しげに顔を歪めた。


 怒るでもなく、困るでもなく、その表情は何かに悔いているように見える。


「殿下、あの」

「すまなかった」


 おずおずと声を掛けた途端、アシェルが強い口調で遮った。


(は?)

「は?」


 うっかり思ったままを口にしてしまったノアは、こてんと首を傾げた。アシェルがなぜ謝るのかわからなかった。


(殿下は、何一つ悪いことなどしていないのに。一体、何に対して罪悪感を覚えているの??)

 

 そんな気持ちは言葉にせずとも伝わったのだろう。向かいに座るアシェルは、急に立ち上がったかと思えば床に膝を付き、深く頭を下げた。


「ちゃんと言うべきだったんだ。君に呪いを跳ね返す力があることを。そして、ちゃんと助力を願わなくてはならなかった。私はノアに汚い部分を見せたくなかった。だから騙すような真似をしてしまった。……そのせいで君に愛想をつかされるなら、私は怖がらずに醜い自分をさらけ出すべきだったんだ」


 血を吐くように言葉を紡ぐアシェルには悪いがノアはポカンとしている。


 アシェルが謝っているのは、おそらく夜会での一件だろう。でもノアは利用されただなんて思っていない。あと、自分にそんな力があったなんて驚きだ。


 とはいえアシェルからしたら、挨拶一つしないで城を去ったノアは逃亡かましたとしか思えない。実際、逃亡したのは事実だ。


 でもアシェルを嫌いになったからじゃない。逆だ逆。彼のことが好きだから。大好きな人に自由に生きて欲しいかったからだ。


 だからノアはこの誤解だけは解消しようと慌てて口を開く。


「私、殿下のこと嫌いになったわけじゃないんですっ。私が城を去ったのは、精霊王が人の話を聞いてくれないからなんです!」

「は?」


 勢いにまかせてそう言えば、アシェルは間抜けな声を出した。


「……ノアは精霊王と会ったのかい?」

「いいえ」


 ゆるゆると首を横に振ったノアは、スカートの裾をぎゅっと握って俯く。


「じゃあ、何で精霊王の名前が出てくるんだい?」

「……」

「何があったんだい?教えてくれないか?」

「……」

 

 アシェルはきっと夢の話だってきちんと耳を傾けてくれるだろう。


 でも全てを語ることはできない。もし何もかも知ったアシェルから「本当にそれで良いのか?」と聞かれたら「、良い」と言える勇気がない。万に一つでも引き留められたら、その手を振り払うことはきっとできない。


 頭の中であれやこれやと考えるノアは、ずっと無言でいる。


 それはアシェルにとったら堪らない苦痛だった。


「話してくれないのかい?ノア」

「……」


 なおも無言を貫くノアに、アシェルはとうとう半立ちになるとノアの座席の背もたれに手を付いた。


「話してくれないなら、力づくで話してもらうよ」

「っ……っ!?」


 ぐいっと身体を押し付けられたノアは咄嗟に顔を背けようとする。でもその前に顎を掴まれてしまった。


「手荒なことはしたくないけれど、話してくれないノアが悪いんだからね」


 とんでもないなすりつけだ。


 けれどアシェルの瞳はギラギラしていて、それが煌眼の輝きじゃなくて。普段の彼からは想像もできないその姿に、これ以上、拒絶することができない。


 だからノアはぺろった。


 自分でも呆れるほど、あっさりと夢の中での出来事を全部ぺろった。


「ーーそっか。そんな夢を見たんだね」


 全てを語り終えた後、いつもの表情に戻ったアシェルはしみじみと呟いた。


 ただ次にとんでもないことを言った。


「あ、そうそう。言い忘れていたけれどね、ノアが気を失っている間に私は王位継承の儀を行ったんだーーその時、精霊王に会ったんだ」


 言い終えた後、にこっと笑ったアシェルに、自分が気を失っていた間に状況が好転して良かったですねと思う前に、その後に続いた『その時、精霊王に会ったんだ』という言葉に、ノアはぎょっとした。


「殿下っ、大丈夫でしたか!?なんか嫌なこと言われませんでしたか!?殴られたり、蹴られたり、痛い思いはしませんでしたか!?」


 精霊王は娘が泣いているのに無視をかます非情な男だ。憎い相手の子孫と会った日には、それはもう酷い目にあわすに違いない。


 そう思って、ノアは心配のあまり怪我をしてないかアシェルの身体をペタペタと触る。


 でも装飾が多い衣装では、触診したってわからない。さらに不安になるノアを見て、アシェルは拗ねた顔になった。


「世間話をしただけだよ」

「……そんなはず」


 ーーあるわけない。


 最後の言葉は声に出せなかった。アシェルの親指の腹で、唇を押さえられたから。


「ノアこそ、ここどうしたの?切れているじゃないか。何があったんだ」

「……」


 怖い顔をして尋ねられたって、答えることなんてできない。


 だって口を開いたらアシェルの指が口の中に入ってしまうかもしないから。


「これもだんまり?ならまた」


 さっきみたいにギラリと眼光を鋭くしたアシェルから視線を外して、ノアは彼の手を自分の口から強制的に剥ぎ取った。そうしてから、ちゃんと質問に答えた。


「……自分でうっかり嚙んだだけです。殿下、精霊王と何のお話したんですか?誤魔化さずに言ってください」


 アシェルの手を握ったまま問いかければ、その手の持ち主はにこやかに笑う。


「だから世間話をしただけだよ」

「……一生精霊姫の生まれ変わりに尽くすことが世間話なんですか?」

「ああ、それは私が望んでいることだから、話題にも出なかったよ」

「なっ」

「あと今頃、精霊王とニヒ殿は和解してると思うよ。だって世間話の主な内容は”人間界における娘に嫌われる父親ランキング”だったからね。あ、親子間で和解ってのも変か。うーん。仲直りって言った方が良いかな?それとも関係修復?ちょっと言い方が硬いか。っというか、そもそも喧嘩をしていたわけじゃないから、他の言い方にするべきかな?」

「……」


 真剣に和解の別名に悩むアシェルに、ノアは「そうじゃない!そういうことじゃない!!」と叫びたい。


 でも、わかってしまった。アシェルがわざと話題を逸らしたのは、これ以上語る気がないということを。


 だからノアは彼が一番聞きたいことを喋ってくれないならこっちも自分勝手にさせてもらうことを選んだ。


「私は殿下に尽くされるのは嫌です。殿下には幸せになって欲しいんです。私なんかに縛られちゃ駄目です」

「どうして?」

「だ、だって王様になるんですよね?ならそれに相応しい人じゃないと」

「だからノアが良いんだ」

「いや、でも……っ……は?……はぁ!?」


 なんだか愛の告白を受けている錯覚を覚えてノアは素っ頓狂な声を上げる。


 無論、これが自分の勘違いだというのは存じ上げている。でも好きな人からそんなことを言われて顔を赤くしない女子なんてこの世にいない。


「目が赤いね。泣いたの?」


 顔を赤くしたノアの頬にアシェルが手を置いた。痛ましそうに眉を下げるが、次に放たれた言葉は慰めのものじゃなかった。


「自惚れて良いなら、それは私と離れるのが辛かったから?口の端が切れているのは、何かを我慢するために嚙んだから?」

「……」


 嫌な質問だ。


 図星ばかりさしてくるアシェルにノアは誰が答えてやるもんかと意地を張って唇を噛もうとした。


 でもできなかった。


 なぜなら、アシェルがそれを阻止したから。あろうことか彼は己の唇をノアの唇に押し当てたのだ。

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