勝利と報酬
イミティーションドールが泡となって消え、代わりに黒い人型がルコの前に立ちはだかる。ゆらゆら揺れるそれは、ルコを包み込む様に襲いかかる。
行動を読み取っていたのか、難なくかわす。人型はそれでも飲み込もうと、大きく広がりルコを狙う。
「諦める。私は私。渡さない」
もしかして、この姿がイミティーションドールの本体なのか。そいつが、仮の姿を手放してルコを乗っ取るつもりか。
慌てて駆け出そうと足に力を入れ、その場で倒れた。
「高橋くん、無茶しないで」
地面に八つ当たりしても、何も変わらない。
「今はルコちゃんを信じましょう」
切れて血が出た手に、包帯を巻いてくれた。申し訳なさと不甲斐なさに、ただ黙って見上げる事しか出来なかった。
「媒体を失って。それでもまだ諦めない。無謀」
やがて人型は追う速度が落ち、天を仰ぐ様に散っていった。黒いモノがなくなり、宝石が1つ地面に転がった。
「終わったのか」
東堂さんに支えられながら、ルコの元へ向かう。それをタックルの如くものすごいスピードで抱きついてくる。やべ、あばら逝ったかも。
「主人、主人」
「うん、よく頑張ったね。えらいえらいしたいけど、ちょっと離れてくれないかな? そろそろもう一本骨が逝きそうなんだけど」
「主人、死ぬな」
だから、抱き締めないでーーー。 あっ
その後、救援を呼び病院へ運ばれた。今月2回目の救急車である。全治2ヶ月を言い渡されたが、次の日東堂さんが持ち込んだポーションによって傷が完治した。
「あれだけの怪我が治るなんて、本当に凄いモノね。お高いんでしょ? 」
「気にしないでください。今回の件も私のわがままから招いた事です。お詫びの品としてはまだ足りないくらいです」
前回使ったものより明らかにランクが高いポーションだと思う。宝箱からしか出ない、上級ポーションじゃなかろうか。
マジで、こいつナニモンなんだと、目が座る。だって、下手したら時価1億はするだろう。折れた骨を一瞬で治すんだからな、需要は高い。それを用意出来るなんて、どんな権力を使ったんだ。
まぁ、お陰で退院出来たし、深く探るのはやめよう。あばらの骨折は、ルコによる事故だし。東堂さんが謝る必要はなかったんだよな。
退院の手続きを済ませ、自宅に帰った。リビングに東堂さんを案内し、ソファに腰掛けテーブルにアレを置いた。
「さて、いろいろ教えてほしい事があるんだけど、いいかな? 」
ルコは、アレを手に取りぎゅっと抱き締めた。
「あの黒い人型はなんなんだ? 」
「あれはドールを造る時に用いた人間。この宝石とエネルギー、ドール本体を繋いでくれる」
「人間…だと」
思わず立ち上がってしまった。
「あの思念はイミティーションドールのモノか、この子のモノかはわからない。が、あの時あいつが言った言葉は、思念を解放し身体を乗っ取る究極魔法」
そう言って、ペタンとテーブルにつっぷす。あ、これエネルギー不足のサインだ。
「まだ、話せる」
お開きにしようかと思ったら、ルコはギギギと、顔を上げた。
「究極魔法、方法それぞれ。思念散る。残ったこれまだ生きてるかも」
それだけ言って、またつっぷした。
「生きている。今生きているって言ったの。じゃじゃあ、早くダンジョンに行きましょう! この子にエネルギーを吸わせてみようよ」
グイグイと東堂さんに押されるが、俺はさっきまでベットの上だったんだぞ。
「今からは少し遠慮し「この子の命がかかっているのよ」わかりました」
そんなこと言われたら断れないじゃんか。母さんはルコを激写中だし、渋々動きやすいジャージに着替えリュックにミキサーを詰め込んだ。
「ルコ、ダンジョンに行くよ」
「ご飯」
スパッとポケットにイン。あまりの早さに、母さんのシャッター音が遅れて聞こえた。
「あーん。惜しかったわ」
そう言って自室へ行ってしまった。おそらくパソコンで画像整理でも始まるのだろう。まぁ、それは置いといて、さっさと行きますか。
日が高くなり、眩しい。今年も暑くなるのかとげんなりしつつ、北浅井ダンジョンへタクシーで向かった。
人がいない入り口、閑散とした空間。あー、今日も閑古鳥が鳴いてるわ。ダンジョン内で大きく背伸びし、空間を腹一杯吸い込む。
ルコも真似して伸びをした後、去って行った。さて、俺もラビット探しに行きますか。
「早くラビットをミンチにしましょう」
女性が笑顔でそんな事を言うと、顔が引きつるな。いや、やる事は間違っていないが、口に出すのはまだ抵抗がある。
それからはテキパキと、ラビットを倒しミキサーにかける。以前、ルコが衰弱し目が覚めなかった時と同じ要領でこなしていく。紙皿に盛った肉の上に宝石をかざす。
「反応しませんね」
「間に合わなかったのかも」
変化のない状態に、ダメだったかと肩を落とす。それでも、あと少し、もう少しと、粘り強く待った。
あれから10分が経ったその時、
「き、きた」
薄くだが間違いなく、エネルギーが宝石に吸い込まれている。何体分ダメにしたか忘れたけど、漸く成果が出た事にホッと胸を撫で下ろした。
そのあとは、宝石がエネルギーを吸い込むのをやめるまで、ラビットを狩り、ミンチにするまで1人でこなした。
「代わるよ? 」
「いいですよ。じっとしているのは性に合わないので」
宝石をずっと持っていてもらい、俺だけ忙しなく動いた。たまに遠くでルコの衝撃音がして、食欲旺盛だなぁーと和んだ。
イミティーションドールがダンジョンのモンスターを食い尽くしたとか言っていたけど、ルコや宝石に吸わせている量を考えると、あれは嘘じゃないと納得する。
というのも、ラビットとの遭遇率が落ちてきたからだ。ラビットはどこだーー?
やっと、宝石のエネルギー吸収が終わった。はぁーと息を吐きながらその場にヘタリこんだ。こんなに動いたのはいつぶりだろう?
ルコのお陰で体力は上がったと思っていたけど、それ以上に今回はハードだった。
「このあとはどうすればいいのかしら」
「とりあえず、ルコが戻ってくるのを待ちましょう」
ドールについてはルコ頼りだ。今は休ませてくれ。仰向けに転がった。床がひんやりしていて気持ちいい。見上げた東堂さんの顔はガスマスクでわからないが、きっと呆れているな。
「ありがとう」
見上げると、ガスマスクを外し穏やかに微笑む東堂さんがいた。
「高橋くんがいてくれて。ルコちゃんに出会えてよかった。あのダンジョンで散った人たちの魂が、少しでも報われた報われた」
「なんだか照れますが、そうだといいですね」
「赤井裕二は私の年の離れた兄なんです」
「えっ」
「向こうは結婚して苗字が違うけど、私にとってたった1人の兄。その兄が消息不明になってから、もう1年ですよ。やっと、自分が納得できる結果を知れた。それだけで、心が救われた様な気がします。だから、2人には感謝しても仕切れないの。本当にありがとう」
東堂さんがあのダンジョンに拘っていた理由が、それだったのか。探索者としてとても強い人だったんだろう。イミティーションドールが現れ、人を食ったと言われるまで死を受け入れられなかった。
その胸のしこりが消え、漸く兄の死と向き合えたのだろう。
「それなら尚更、その宝石に宿る命を助けなくちゃですね」
「もちのろんだよ」
1年前は救えなかった命。
でも、今彼女の手の中には微かに息する、救える命がある。




