鑑定士、不発
再び訪れた妙立寺カラクリダンジョン。ダンジョンと言っても元は重要文化財に指定されている寺なだけあって、平日に関わらず観光客がちらほら見える。とは言え2、3組み程度だ。
「ダンジョン出現前はジャパンブームで大勢の外国人観光客で賑わっていたのに……今じゃスタンピートを恐れてか足が遠のき国内の観光客もまばらだと耳にするけど」
ダンジョンの影響で廃れた場所はいくつもある。先祖の墓がダンジョンの一部になった話も聞くし、実際俺の家はタイヤが飲み込まれ倉庫と車庫を失った。
「人の目がありますが、潜りましょう」
俺の後ろを東堂さんがついてくる。拓けた場所に出てから、ルコが姿を現した。少しだけソワソワして、落ち着かない。
「ルコちゃんってダンジョンでは落ち着きがない子なの? 」
「いえ、ルコは食事の際は行動がスピーディですけど、普段はもっと落ち着いています。ここだけですよ、ああやってソワソワしているのは」
前回トリプルアクセルを決めた時はへんなモノでも食べたんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしたのはここだけの話。
「そうだったの。そのダンジョンにはルコちゃんにしかわからない、何かがあるのかもしれないね」
このダンジョンは謎が多い。挑む者が少なく、また生存率が低い。俺たちが遭遇した敵も正式な名はわかっていない。生き残った目撃者の証言から得た姿と、それに近い名が残っているだけだ。
「記録に残っているモンスターのデータは、背後から突然姿を現し、斬撃を仕掛ける。このダンジョン名と相まって【シノビ】の名が付いているわ」
「俺たちが会ったモンスターも、そのシノビで間違いないと思います」
壁や天井から突然現れ奇襲を仕掛けてきた。俺が受けた傷も刀による切り傷。データと類似点があるので十中八九間違いマないだろう。
「で、そのシノビをここまでどうやっておびき寄せるかよね」
今回の作戦は、ルコまたは俺が囮となりモンスターを1匹誘導し、階段近くにカメレッグのテントに潜んでいる東堂さんの鑑定範囲まで連れて行く。名付けて鬼ごっこ作戦 (東堂さん命名) だ。
「敵を誘導するのが目的だけど、深追いは厳禁。いい? 今回はあくまで偵察なのよ。おびき寄せると言っても、遠くまで行かないこと。わかった? 」
「はい」
「主人がそれを望むなら、お姉ちゃんの命令に従う」
東堂さん、ルコにお姉ちゃん呼びを刷り込ませたか。一体いつのまに。
前ルコ、後ろ俺の形で奥へ進んだ。とはいえ、東堂さんのいる場所からは、あまり離れない。
「よし、ここで一旦戻ろう」
「了解であります」
東堂さんの元へ戻り、Uターンして、またダンジョンの奥へ進む。これを敵が現れるまで繰り返す。
10を超えた時、異変にルコが気づいた。
「声」
「!!」
先程まで静かだったダンジョンの奥から、微かだが歌声が聞こえる。なんだこれは。
その時、背後の壁から音がした。慌ててそちらを向き、反対の壁に背を向ける。小刀を持ったモンスターが襲いかかってきた。
「かかった。ルコ逃げるぞ」
「ごは……了解であります」
まだ食うか。でも、我慢できたな。えらいえらい。
全速力で東堂さんのいる所は戻る。敵が追ってきていることは、カタカタカタっとどこかカラクリ人形を思い出す音が聞こえるからだ。
東堂さんに指示されたポイントにつき、振り返り敵にナイフを斬りつける。
すぅー、カツン。
「なっ」
モンスターの身体にナイフの刃が何も抵抗なく入ったと思ったら、お腹辺りで硬いモノに当たった。
可笑しな手応えに、ナイフを引っ込めるとカタカタカタと、モンスターが襲いかかってくる。
攻撃が効いてない。
怯むことなく攻撃を仕掛けてくる。まずい、避けれない。
「主人」
ルコの手が俺の腕を掴み、モンスターから離す。小刀は空を斬り、回避できた。
空いた手で、ルコが粉砕剛拳を振るう。が、それも俺のナイフと同じく相手の身体をすり抜ける。
「ムムム」
今度は両手握りつぶしにかかるが掴めず、別の何かを掴んだのか、握り拳がモンスターの身体の中にある。
「これ、硬い。でも、潰せる」
グググと力を入れ、バリィイイと音と共にモンスターは飛散した。
「ルコやったじゃないか」
「完全粉砕」
素材は残ってないかと手を見ると、粉々の粒子があった。これはドロップ品に期待だなと思っていたが、待てど待てどドロップ品はない。
どういう事だと首を傾げていると、東堂さんに呼ばれた。
「高橋くん、いつになったらシノビを連れてきてくれるの? 」
「え、何言っているんですか。目の前でルコが倒したじゃないですか」
「あれさっきのは鉱石で遊んでいたんじゃないの。てっきりモンスターが出なかったから本当の鬼ごっこでも始めたのかと思っていたけど」
え、なにそれ。いや、俺たちは確かに全力で走っていたが、モンスターを誘導していた訳で鬼ごっこではない。
「どういう事だ? 」
「……私と、高橋くんたちは別の物を見ていた? 」
粉々になった粒子。敵を攻撃するも手応えはあるが、可笑しな感触。いつまでも出てこないドロップ品。
「もしかして、俺がモンスターだと思っていた物は全くの別物だった?! 」
「詳しく話しなさい」
東堂さんに、奥で歌声が聞こえた事。その後、モンスターが襲いかかってきたのでここまで誘導し、ルコが倒した。が、素材は粉々の粒子のみでドロップ品が出てこない。なにより、ルコの何か掴んだ手が、モンスターの身体を突き破っているのに、一滴も血を流さなかった。
「あくまで推測だけど、もしかしたら2人とも、その歌声に惑わされたのじゃない? 」
「惑わされた? 幻覚を見せられたという事ですか。それなら辻褄が合う気がします」
歌声が幻覚効果のあるスキルや魔法なら、背後から石を投げ、それを敵だと思わせる。それが可能かもしれない。
「幻覚使いのモンスターがさらに奥に潜んでいたという事ですか」
「そう。おそらく何往復かしているうちに姿を見られ、幻覚を仕掛けられたのよ」
それが、シノビというモンスターによるものか、はたまた別のモンスターによるものか。
「先へ進まないと答えは出ません」
「そうだけど、もしこれが私たちを奥へ誘う敵の罠だったとしたら……。厄介だわ」
罠。そんな高等な戦術を使う知能の高いモンスターがいるのだろうか。いたとすれば、探索者を死に追いやった相当な手練れなのだろう。
「前回俺たちが遭遇したモンスターとは比べものにならない敵かもしれない……という事ですね」
「たぶん」
どうする。作戦を続行するべきか。いや、また同じ手で幻覚に合うだけかもしれない。
一度作戦を練り直す必要がある。




