九、帰島
町へ戻ると、猫たちはみな、遠巻きに俺たちを見ていた。
その表情は、明らかに驚愕していた。
「無事じゃが・・」
「なんで戻って来れたんじゃ・・」
「あいつら・・幽霊じゃねぇんか・・」
猫たちは口々にそう言い、俺たちが無事に戻ってきたことに、必ずしも喜んでいる風には見えなかった。
山に掛かる白い雲を見た猫たちには、フクが生贄になったと思い込んでいたのだろう。
「フク~~~!フク~~~!」
前方からソラが、息せき切って走ってきた。
「ソラ~~!」
フクも俺も走り寄って行った。
「フク!無事じゃったんか!」
「うん!山神さんは空へ消えて行ったんじゃ!」
「ほうか、ほうか!フク、お前、ようやったのう!」
「コテツが俺を守ってくれたんじゃ」
「ほうか。コテツ・・お前、ようやったのう。ようフクを守ってくれたの!」
「詳しい事情は、後で話すけの。フク、よう頑張ったんじゃ」
「よかった。ほんまによかった」
俺たちは奇跡的な再会を、心底喜び合った。
「よう帰って来れたのう」
そこにトラがやって来た。
「もう山神は、二度と現れんけに、お前らが島へ来ることもなくなったけの」
俺はそう言った。
「山神は、消えたんか」
「ああ、消えた。フクが鎮めたんじゃ」
「どうやって鎮めたんじゃ」
「山神の怒りに対して、フクは誠意を見せたんじゃ」
「誠意?」
「歯向こうたり念じたりは、通用せんのじゃ。だからこれまで山神の怒りは収まらんかった。じゃが、それをフクは変えたんじゃ」
「ほう~・・」
「ほなからもう、何も恐れることやこ、ありゃせんけにの」
「そうか・・。ご苦労じゃったの、フク」
「俺の力じゃないけに。コテツがいてくれたおかげじゃ」
トラは、山へ入る前のフクと、戻ってきたフクの様子の変化を見て、山神を鎮めたことよりも驚いていた。
それは、ソラも同じだった。
「お前ら・・なんで死んどらんのじゃ・・」
そこに、行きがけ、俺たちを嗤っていた子猫がきた。
「死んだ方がよかった言よんか」
俺がそう言った。
「山神さんを鎮めるには、必ず生贄にならんといけん、いうて、母ちゃんが言よったぞ」
「それは違ごうたんじゃ」
「生贄になる猫は、悪い猫じゃあ、言よった」
「悪い猫やこじゃ、ありゃせんのじゃ」
「俺のかあちゃんが、嘘言うとる言よんか」
「嘘じゃ。じゃが、お前のかあちゃんは嘘言よんじゃのうて、噂を信じただけじゃ」
「・・・」
「それをお前も信じただけじゃ」
「・・・」
「フクが悪い猫じゃったら、なんで生きて戻れるんなら」
「じゃけど・・」
「なんで山神さんを鎮めることができたんなら」
「・・・」
「お前、噂は噂じゃ。お前の目の前でフクが生きとる。無事に帰ってきた。これがほんまじゃ」
「そ・・そうか・・」
「俺たちが無事に帰って来れたことを、喜んでくれんのか」
「え・・」
「お前は、どうなることを望んどったんなら」
「そ・・それは・・」
「俺は、お前が悪い、言よんじゃねぇけに。よう考えぇ言よんじゃけに」
「うん・・」
「喜んでくれぇの」
「うん・・」
「コテツ・・」
そこでソラが俺に声をかけた。
「なんなら」
「定期船は故障しとるが、漁船が島へ行くらしいんじゃ」
「ほうか・・」
「せぇで、その船に乗って島へ戻らんか?」
「乗れるんか」
「船長は、猫好きじゃ言う話じゃ。乗っても降ろされたりせんじゃろ」
「うん、わかった。一刻も早よう戻らんと、お前のかあちゃんも心配しとるじゃろ」
「それはええんじゃ。それより、タロウがフクを心配しとるじゃろう。マサもの」
「そうよの」
そして俺たちは桟橋へ向かった。
それに伴って、町の猫も後を着いてきた。
「フク・・コテツ・・」
ゆっくりとした足取りで、キハチが俺たちのもとへ歩いてきた。
「お前たち・・よう無事に戻って来てくれたの。ようやったの・・」
「俺たちは、キハチさんのおかげで助かったと思うとるんじゃ」
俺がそう答えた。
「なんも・・。わしのおかげやこじゃねぇけ」
「いや・・小屋に入ることをキハチさんが教えてくれたけに、俺たちは助かったんじゃ」
「いやいや・・。それにしても、よう山神さんを鎮めたのう・・」
「山神さんは・・百年前、あの山で住んどった黒猫じゃったんじゃ」
「ほう~・・そうじゃったんか・・」
「この話をすると、フクが辛いじゃろうから詳しいことは言わんけど、とにかく山神は、フクの誠意を受け入れたんじゃ」
俺はキハチには話してもいいかと思ったが、他の猫も聞いてることもあり、フクを誤解する者が出ることを懸念し、それだけを告げた。
「そうか・・。フク、この町と猫を救ってくれて・・ありがとう・・」
「そがな・・」
「タロウにも、よろしく伝えてくれぇの・・」
「うん。キハチさんも、長生きしてくれぇの」
「ああ・・。元気での・・」
そして俺たちは漁船に乗った。
「フク~~!フク~~!」
そこに、あの子猫が走ってきた。
「なんなら~~」
「フク~~!またここに来てくれの~~!」
「お前、名前はなに言うんなら~~」
「俺は、マルじゃ~~」
「マル~~!お前も島へ来いの~~!」
「うん!行くけぇの~~」
「元気にしとれよ~~」
「山神さんを鎮めてくれて、ありがとう~~!生きて戻ってくれてありがとう~~!」
するとフクは、小さな背中を震わせ、号泣していた。
そして船は桟橋を離れ、島へ向かって走り出した。
「フク・・よかったの・・」
俺はフクの横で呟いた。
「う・・うん・・ううう・・」
「泣かんでええけに。よかった・・よかったの・・」
「フク・・俺はお前を見直したぞ・・」
ソラがそう言った。
「そがな・・」
「お前はやっぱり、強い猫じゃ。タロウの息子じゃ」
「ううう・・」
「よう頑張った。頑張ったの・・」
そして俺は、山で起こったことをソラに全部話した。
「そがなことがあったんじゃの・・」
「そうなんじゃ」
「それにしても・・お前が山神の生まれ変わりとはの・・」
「それもほんまかどうか、わかりゃせん。たまたまじゃったんじゃろ」
「でも、血は繋がっとんよの」
「そうらしいの」
「それが幸いしたのう・・」
「それもそうじゃが、やっぱりフクが済まなんだ、言うたことが、山神には通じたんじゃと思う」
「山神は百年も、あの山で苦しんどったんじゃのう・・」
「うん・・」
「それを想うと・・なんとも複雑な気持ちになるのう・・」
「ソラ・・」
俺はその言葉が、フクを傷つけるんじゃないかと心配した。
「なんなら」
「もうこの話は、ええけに」
「あ・・ああ・・」
フクはずっと、町の方向を見ていた。
もう海しか見えてないのに、ずっと見ていた。
いや・・違うぞ・・
フクは山の方向を見ていた。
「フク・・」
俺はいたたまれず、声をかけた。
「え・・なんなら」
フクは振り向いてそう言った。
「お前の故郷は、あの山になるんじゃろが、お前が生まれ育ったんは島じゃけぇの」
「うん・・わかっとる」
「俺も同じじゃけぇの」
「え・・」
「山神は俺の先祖であの山に住んどった。じゃけど、俺が生まれ育ったんは島じゃ。だからお前と同じじゃ」
「・・・」
「こがな偶然が、あるんよのう」
「そうじゃな・・」
「かつては敵同士だったんじゃけぇの。そう考えると、俺たちは仲良うせんといけんの」
「コテツとだけじゃねぇけに。俺は島の猫みんなと仲良うするけに」
「ほうじゃ。俺も同じじゃけに」
「コテツ、フク。島まではまだ時間がかかるけぇの。ちったあ寝んかの」
ソラにそう言われ、俺とフクは顔を見合わせて笑った。
「ほうじゃの、フク、寝るか」
「うん、寝るかの」
そして俺たちは、船尾の床に寝そべって目を閉じた。




