十、探検
俺たちが島へ戻って、一ヶ月が過ぎた。
帰った当時は島の猫たちが大騒ぎで、やれ、英雄だの、やれ、無鉄砲だのと、みな口々にそう言っていた。
タロウはフクを叱りはしたが、事情を知り、やむを得ざることとしてフクを大人として認めた。
フクの母親は、息子が無事に、そして見違えるほど立派になって戻ってきたことを、とても喜んでいた。
わがままで生意気だったフク。
今ではフクの周りには「友達」がたくさん集まるようになり、フクもみんなと仲良く過ごしていた。
そんな中、フクは俺に対して特別の感情を抱いている。
無二の親友というわけだ。
それは俺も同じだった。
俺はフクと、出遭うべくして出遭ったのだと、運命のようなものを感じていた。
「コテツ~」
俺が堤防の先で寝そべっていると、フクが声をかけてきた。
「おう、フク。なんなら」
「俺な、この島を探検してみようと思うとんじゃが」
フクは俺の横で寝そべり、そう言った。
「探検?」
「そうじゃ。探検じゃ」
「島を一周する言よんか」
「一周もええけんど、まず、隣の集落へ行ってみんか」
「なるほど、隣のう」
島には二つの集落があった。
俺たちが住んでいるところはA集落。
A集落から、二キロほど先にB集落がある。
フクもそうだが、俺もA集落から離れたことがない。
特に行きたいとも思わなかったし、B集落のことなど考えたこともなかった。
「山神さんは、たくさん駆け回りたかった言よったが。その第一歩じゃ」
「なるほどのう。それもええかも知れんの。それで、いつ行くんなら」
「まあ、隣じゃし、半日もあればええんじゃなかろか」
「ほうじゃの。なんじゃったら、今から行くか?」
「おお、それはええの」
こうして俺たちは、突然B集落へ行くことになった。
「コテツ、フク。どこへ行くんなら」
俺たちが歩いていると、ソラが声をかけてきた。
「今からフクと、B集落へ行こうと思うての」
「え・・どしてなら」
「探検じゃ、探検」
「ちょ・・探検て・・」
「なんなら」
「B集落には、別のボスがおるが」
「おったってええが」
「あほな。縄張りを奪いに来たんか思われるぞ」
「違う、言うたらええが」
「待て待て・・B集落のボスじゃが、えらい荒くれもんと聞いたぞ」
「ほう~そうなんか」
「やめといた方がええ」
「どしてなら」
そこでフクが口を開いた。
「どして、言うて・・」
「みんな仲良うすればええんじゃが」
「あのな・・フク。お前はそうかも知れんが、相手はそうじゃねぇんぞ」
「会うてみんと、わからんが」
「あのな・・フク」
「なんなら」
「お前はボスの息子じゃ。そのお前があっちへ行ったら、なんと思われるか、わかっとるんか」
「うん、わかっとる」
「じゃったら、行かん方がええ」
「なんでなら」
「だから・・もし、お前が向こうのボスと揉めてみぃ、タロウはそいつと戦うことになるんじゃぞ」
「そがなことにやこ、なりゃせん」
「お前な・・」
「どがなとこか、ちょっと見に行くだけじゃ」
「はぁ~・・ここまで言うてもわからんのか」
「ソラ、心配することやこ、ねぇけに」
俺がそう言った。
「コテツ・・お前まで・・」
「すぐに帰ってくるけにの~」
「はぁ~・・まったく・・。俺は行かんぞ」
「別にええが。ほな、行ってくるけぇの」
ソラの心配をよそに、俺とフクはB集落へ向かった。
ソラはずっと心配そうに、俺たちを見送っていた。
俺たちは長い堤防伝いに歩いていた。
このまま真っすぐ行けば、やがてB集落に着く。
相変わらず観光客が俺たちを見つけては、頭を撫でてきた。
放っといてほしいがの・・
フクも同じ目に遭っていた。
「この二匹は、オセロちゃんだね」
若い女性がそう言った。
「ほんとだね。大きさも同じくらいだし」
連れの男性がそう言った。
「ねー、智紀、写真撮ってよ~」
「よーし。じゃ、美知恵、横に並んで」
美知恵という女性は、俺とフクを抱きかかえた。
フクは女性のされるがままになっていた。
かぁ~~・・フクは相変わらず、人間の喜ぶことを知っとるのう~~・・
しかも「ニャア~」と鳴いてサービスをしていた。
はぁ・・俺にはできん・・
やがて写真を撮り終わり、俺たちは解放された。
俺とソラは身体をブルブルと震わせた。
そして再び歩き始めた。
「フク・・お前、ほんまにようやるのう」
「なにがじゃ」
「人間が喜ぶことを知っとる言よんじゃ」
「あはは、ええが」
「まあ、ええけんど・・」
「わざわざ揉めてどないすんなら」
「そうじゃけど、嫌じゃねぇんか」
「嫌じゃねぇことはねぇが、頭を撫でさせるだけで喜ぶんじゃけの。せぇで餌をくれるし」
「やっぱりお前は、逞しいわ・・」
ほどなくして、俺たちはB集落に着いた。
そこはA集落と全く変わりがなく、景色も同じだった。
「全く同じじゃな」
俺はそう言った。
「そうよの。まあ、同じ島じゃから、陸みてぇなことは、ありゃせんの」
フクの言う通り、俺も何となく「陸」を想像していた。
「あっ・・お前らA集落のもんじゃろ」
そこに一匹の猫が、俺たちを警戒しながら寄ってきた。
そいつも俺と同い年くらいの、若い三毛猫だった。
「そうなんじゃ。B集落はどがなとこか見に来たんじゃ」
俺がそう言った。
「見に来たんか・・」
「うん」
「それだけか・・」
「そうじゃが」
「あっ・・!もしかしてお前ら・・岡山もんの・・」
こいつ・・あのことを知っとるんじゃな・・
「岡山もんじゃないけに」
「いや・・岡山もん言うて聞いたが」
「俺もフクも、この島で生まれ育ったんじゃ」
「そっ・・そうじゃ・・!フク言うんじゃ!フク言うんが山神を鎮めたんじゃろ・・」
「お前、そのこと知っとんか」
「ああ・・知っとる・・」
「俺がフクじゃ」
フクがそう言うと、そいつは一歩下がった。
「おっ・・お前が・・フク・・」
「そうじゃが、なんなら」
「お・・お前・・まさか、この集落を奪いに来たんじゃねぇんか・・」
「なんでなら!そがなことやこ、せん!」
「お前は・・恐ろしい猫じゃ・・。はよう帰れ!」
「なに言よんなら!」
「お前は・・呪われた猫じゃ・・帰れ!帰れ!」
なんなら・・こいつ・・
というか・・フクの噂は「恐ろしい猫」として広まっとんか・・
「俺は、そがなことやこ、せんぞ!みんな仲良ようせにゃいけんと思うとる!」
「いけん・・いけんぞ・・。これはボスに言わんと・・えれぇことになる・・」
そいつは俺たちを睨みながら、後ずさりしていた。
「ちょっと待ってくれ!俺たちはケンカしに来たわけでもねぇし、ましてや奪いに来たわけでもねぇんじゃ!ボスにやこ、言うたら、せんでもええケンカをすることになるが!」
俺はそう言って、そいつを引き止めた。
「じゃったら、早よう帰れ・・もう二度と、ここへは来るな・・」
「・・・」
「今度来たら・・こっちから行くことになるけの」
「なに言よんなら」
「ボスは・・黙っとらんけの・・」
「そがな!俺たちはそがなこと、望んどらん!帰れ言うんじゃったら帰る!だからボスには黙っとってくれ!」
「今回だけじゃぞ・・。次はねぇぞ・・」
「わかった!わかったけんど、頼むから誤解せんとってくれ。フクは恐ろしい猫やこじゃありゃせんのじゃ」
「嘘言うな」
「嘘じゃねぇ!フクは優しゅうて、みんなと仲良うしたい思うとる、ええ猫なんじゃ」
「そがなこと・・誰が信じるんなら」
「お前は信じてくれ。俺は嘘やこ言うとらん」
「もうええ!とっとと帰れ!」
「わかった・・。フク、帰るぞ」
フクはなにも言わなかった。
そして背を向け、A集落の方へ歩いて行った。
「二度と来るな~~~!呪われた猫め!」
後ろでさっきの猫が、追い打ちをかけるように叫んでいた。
酷い・・
なんちゅうことを言うんなら・・
俺はフクの傍まで行き、横に並んで歩いた。
「フク・・」
「・・・」
「気にすることやこ、ありゃせんぞ」
「・・・」
「お前は山神を鎮めた立派な猫じゃ。それだけは忘れたらいかんけの」
「・・・」
「噂言うんは、あがなもんじゃ。岡山でもそうじゃったろ?」
「・・・」
「勝手なことを言うもんなんじゃ。知っとるもんは知っとるんじゃけぇの」
「コテツ・・」
フクは悲しそうな目で俺を見た。
「なんなら・・」
「仲良うすることやこ、出来んのかいの・・」
「そがなこと、ありゃせん。さっきの猫は噂を信じとるだけじゃ。ほんまのことを知れば仲良うなれるけんの」
「でも・・また行ったら、ボスがA集落を襲いに来るんじゃの・・」
「・・・」
「もう行かん方がええの・・」
「フク・・」
「もう行かん・・」
「・・・」
「争いやこ・・しとうない・・」
それから数日後・・
俺は堤防を下り、砂浜にいた。
他の猫が、遠巻きに俺を見ていた。
俺は岩と岩の間に溜まっている海水に、自分の顔を映してみた。
やっぱりそうか・・
昨日から、どうも口の中に違和感を覚えていた。
俺の牙は、口を閉じてもはみ出すくらいに伸びていた。
これは・・なんなら・・
どういうことなら・・
心なしか・・爪も伸びている・・
成長したんか・・?
いや・・たった二日で成長やこせんが・・
この牙・・猫のもんじゃありゃせんが・・
俺は自分の身体の変化に、少しずつ気づき始めていた。




