十一、奇怪
「コテツ~」
俺が根城にしている縁側の下で寝ていると、ソラが声をかけてきた。
「おう、ソラか」
俺はゆっくりと立ち上がり、縁側から出た。
「B集落は、どうじゃったんな」
「ああ・・」
「俺の言うた通りじゃったろ」
俺が口籠っていると、様子を察してソラはそう言った。
「ボスには会えんかったが、どうもフクが誤解されとるようでの・・」
「どういうことなら」
「フクが山神を鎮めたことは知っとるようなんじゃが、それをなに勘違いしとんか、恐ろしい猫じゃ言うて、追い返されたんじゃ」
「なんなら、それは・・」
「呪われた猫じゃぁ言うての・・」
「誰がそがな噂を流したんかいの」
「さあ・・噂言うもんは、悪いように伝わり出すと、あっという間じゃけに」
「そうよの。ええ噂やこ、滅多にありゃせんもんの」
「フク、かわいそうに、もう行かん言うて、落ち込んどった」
「そうかあ。まあフクは気の毒じゃったが、どのみち、あそこへやこ、行かん方がええ」
「うん、もう行かんことに決めた」
「それがええ。それより餌を食いに行くぞ」
「ああ、もう定期船の時間か」
俺とソラは、急いで桟橋へ向かった。
桟橋の光景はいつも通りで、多くの観光客が降りてきた。
そして俺たちや、他の猫たちも一斉に餌やり場へ走った。
「お友達がたくさんね」
そこに一匹の猫を抱えた女性がそう言った。
なんなら・・この猫は・・
そいつは、妙に垢抜けした外国のオス猫だった。
俺はそいつと目が合った。
そいつは飼い主の腕をスルリと抜け、地面に脚を付けた。
「あっ、こらこら、シンバ。危ないからダメよ」
女性がシンバとやらを追いかけた。
危ないて・・どういうことなら・・
「やあ、田舎者さん」
シンバが俺にそう言った。
「お前、なんなら」
「あはは、なんだよ、そのダサイ言葉は」
「お前こそ、なんなら。いきなり失礼なこと言いよって」
「ふぅ~ん。ここの猫は、こんな風に餌をもらってるんだ」
「なに言よんな」
「それにしても汚いねぇ・・」
「なっ・・なんやと!」
「お風呂にも入ってないんじゃないの?ブラッシングとかしてるの?」
「ブラッシングて、なんなら」
「あはは。そんなことも知らないんだ。だから汚いんだね」
確かにシンバの黒と白の毛は、光沢があり綺麗だった。
「僕ね、アメリカンショートヘアっていう猫なんだよ」
「それがなんなら」
「僕の飼い主がね、島の猫を見たいって言って、わざわざ東京から来たんだよ」
「・・・」
「猫は汚いけど、いいところだね。空気がおいしいよ」
「東京もんいうんは、そがな失礼なやつばっかりなんか」
「失礼だって?あはは、事実を言ってるだけだよ」
「お前の飼い主も、物好きじゃの。まあ、せっかく来たんじゃし、ゆっくりしていったらええが」
俺はムカついていたが、フクが「みんなと仲良うせんといけん」と何度も言った言葉が頭をよぎり、これ以上歯向かうのをやめた。
「ありがと。ゆっくり景色を眺めさせてもらうよ」
シンバはそう言って、堤防の先の方へ歩いて行った。
その後を飼い主が追いかけていた。
「コテツ・・あいつ、なんなら」
俺の横で会話を聞いていたソラが、そう言った。
「東京もんらしいの」
「なんか、鼻につくやつじゃの」
「まあ、ええが」
そして俺は餌をたらふく食った。
それにしても・・フクが来とらんが・・
あいつ、なにしょんなら・・
俺とソラは腹一杯になり、シンバとは別の堤防の先へ行き、寝そべった。
「フクはどうしたんなら。来とらんが」
俺はそう訊いた。
「どうしたんじゃろの。俺も知らんが」
「あいつ・・まさかB集落へ行ったんじゃねぇんじゃろの」
「まさか。行くならコテツに声をかけるじゃろ」
「そう思うけんど・・」
「ねぇ、きみたち」
そこでシンバが俺たちの傍へ寄ってきた。
「なんなら」
俺は立ち上がり、シンバを警戒した。
「この島の名所とかあるの?」
「名所?」
「見るに値する場所だよ」
「そがなもん知らん。あるとしたら島全体と、この景色じゃ」
「ふーん。つまんないね」
「なんなら」
「東京はすごいよ。とても賑やかだし、活気があってさ」
「東京いうんは、広いんか」
「広いよ。きみたちには想像もできないところだよ」
俺は岡山の「陸」を見たが、シンバの言う東京の「陸」にも興味をそそられた。
「東京いうんは、遠いんか」
「そうだね~。ものすごく遠いよ」
「そうなんか・・」
「えっ、なに?もしかして、東京に行きたいとか思ってる?」
「別に、そがなことやこ・・」
「ダメダメ。絶対にダメだよ」
「なんでなら」
「田舎者のきみなんて、とてもじゃないけど無理だよ。しかも汚いし」
「お前、さっきから汚い汚い言うて、えらいバカにしてくれるんじゃな」
ソラがそう言った。
「バカになんてしてないよ。事実を言ってるだけ」
「せぇで、無理ってどかな意味なら」
「とてもじゃないけど、きみたちみたいな田舎者は、大都会に対応できないって言ってるの」
「東京が、なんぼのもんなら」
「嘘だと思うなら、一度行ってみたら?でも、なにがあっても知らないよ」
「なっ・・なんじゃと!」
「ソラ・・もうええが」
「コテツ・・ほなけんど・・こいつ・・」
「言いたいやつには、言わせときゃあええんじゃ」
「・・・」
「まあ、俺が思うに、東京いうとこが、ほんまにええとこじゃったら、俺らをバカにやこ、せんが」
「なんでなら」
「つまりじゃな・・シンバみてぇに、相手をバカにすることで自分が優位に立つ、そういうところなんじゃろ。せわしないところなんじゃろ」
「なっ・・なんだと!僕をバカにしているのか」
「バカにやこ、しとらんが。そう思うただけじゃ」
「まあいいさ。行く勇気があるなら、どうぞご勝手に」
「お前にやこ、命令される覚えはねぇけに」
「なんだよ。ふんっ」
そう知ってシンバは飼い主のもとへ行った。
「東京もんが、あんなやつばかりじゃと、ろくでもねぇところじゃな」
ソラがそう言った。
「まあ、ええが。それよりフクじゃ。あいつどないしたんなら・・」
「ほんまじゃ。餌はどがにしとるんかいの」
「ちょっと行ってみるか」
「うん」
そして俺とソラは、フクが根城にしている空き家へ向かった。
「おい、コテツ、ソラ」
途中でマサと会った。
「マサ、フクはどうしたんなら」
俺はそう訊いた。
「それじゃが。おい、コテツ・・」
「なんなら」
「お前・・フクを襲うたて・・ほんまか・・」
「えっっ!なに言よんなら」
「フクは、コテツに襲われた・・言よったぞ・・」
「マサ!そがなこと、あるわけねぇが!」
ソラが大声を挙げた。
「いや・・俺もそう思うたんじゃ。コテツがフクやこ、襲うわけがねぇと」
「どうなっとんじゃ!」
「いや・・三日前の夜にの・・突然コテツがやって来て・・「お前やこ、死ね」言うて襲うてきた言うんじゃ・・」
え・・三日前の夜・・?
知らん・・俺はそがなこと知らんし、やっとらんぞ・・
「それ、俺じゃねぇけに。なんか・・勘違いしとりゃせんのか」
「俺も何度も確かめたんじゃ。じゃけどフクはコテツじゃった言うんじゃ・・」
「そがなこと、絶対にありゃせん!」
「でもな・・コテツ」
「なんなら」
「お前のその牙・・どないしたんなら・・」
「え・・」
俺はそう言われ、少し戸惑った。
「お前のその牙・・猫のもんじゃねぇが・・。いつからそがになったんなら・・」
「いや・・これは、数日前・・気がついたんじゃ・・」
「なんで、そがなことになっとるんなら」
「これは俺もわからんのじゃ」
「フクが言うには、長い牙を持っとった言うての。それで姿も声もコテツじゃったと」
「そっ・・そがなっ・・」
「コテツ・・お前、憶えとりゃせんのか・・」
「憶えとるもなんも、俺は知らんが!というか・・俺がフクを襲うわけがなかろう?」
「うーん・・まあええ。とりあえずフクのところへ行ってみんか」
「ああ。今もそのつもりじゃったんじゃ」
俺がフクを襲った・・?
まさか・・そがなこと、絶対にありゃせん!
これはなにかの間違いじゃ。
あっ!もしかしたら・・B集落の猫の陰謀かも知れんぞ。
仲間割れさして、こっちが弱った時に、襲うて来るんじゃねぇんか・・
ほどなくして俺たちはフクの根城に着いた。
中へ入るとフクと母親がいた。
「フク・・」
俺はそう声をかけた。
「コテツ・・」
フクは全く元気がなかった。
「お前・・どしたんなら・・」
「コテツは・・もう俺とやこ・・一緒におりとうねぇんじゃろ・・」
「なに言よんなら!さっき、マサに聞いたけんど、俺はお前を襲うとらんけの!」
「・・・」
「コテツくん・・」
そこで母親のサラが声をかけてきた。
「なんなら・・」
「岡山でのことやら・・フクを面倒見てくれたことには、ほんまに・・感謝しとるんよ」
「・・・」
「じゃけど・・この間の夜は、どうしたんなら・・」
「俺は、そがなことやこ、知らんのじゃ・・」
「じゃけど・・私も見ちょったんよ・・。それで私が止めたんじゃが・・」
「え・・」
「それでフクはこの通り・・脚を怪我しとんよ・・」
フクの脚を見ると、後ろ脚に切り傷があった。
「そ・・それ、俺がやった言うんか・・」
「そうじゃが・・。憶えとらんの・・?」
「憶えとらん・・」
「ほうか・・。それなら仕方がねぇが・・お願いじゃけ、もう二度とこんなことせんで・・」
「せん!そがなこと、これからどころか、これまでもやったことはねぇけ!」
「フク・・こう言よるが、お前はどうすんなら・・」
サラがそう訊いた。
「俺は・・コテツやみんなと、仲良うしたい」
「ほうか・・。コテツ・・フクはこう言うとるが・・」
「当たり前じゃが!仲良うするに決まっとるが!」
「コテツ・・ほんまじゃな?俺、仲良うしてもええんじゃな?」
「ほんまじゃ!じゃから、外へ行かんか!」
「う・・うん!」
こうしてフクは、ようやく外へ出た。
それにしても・・妙な話じゃ・・
俺がフクを襲うわけはねぇ!これは絶対じゃ!あり得ん!
サラも、なんか勘違いしとんじゃ。
黒猫やこ、他にもようさんおる。
俺はB集落の猫の仕業じゃないかと、疑っていた。




