十二、憑依
「コテツ・・フクを殺せ。殺すんじゃ・・」
え・・なにを言うとんなら・・
こいつ・・誰じゃ・・
「あいつは呪われた猫じゃ・・。生かしておくと災いが降りかかるぞ・・」
「なに言よんなら!フクは呪われた猫やこじゃねぇけに!」
「お前の牙は、なんのためにあるんじゃ・・。ええか・・きっと殺すんじゃ・・」
ううっ・・ううう・・
・・・・・・・はっ!
なっ・・なんじゃ・・
今のは夢じゃったんか・・
俺はうなされて目が覚めた。
なんちゅう夢を見たんじゃ・・
フクを殺せやと・・?
あれは・・誰じゃったんじゃ・・
もっ・・もしかして・・山神・・?
いや・・山神のはずはねぇ・・
あいつは怨念から解放され・・消えたはずじゃが・・
俺は、俺がフクを襲ったと言われたことが、ずっと心に引っかかっていた。
普通なら単なる勘違いで済む話なのだが、自分の牙が伸びていることに、ある種の恐怖を覚えていた。
もしかすると・・山神は消えたんじゃのうて・・俺に憑りついたんじゃねぇんか・・
俺の記憶がないところで、山神としての俺がフクを襲うたんじゃねぇんか・・
もしそうだとすると・・自分では、どうしようもできんが・・
「おい!山神!おるんじゃろ、出て来い!」
俺は思わずそう叫んだ。
「お前、どっかにおるんじゃろ!」
「ふふふ・・・」
そこで笑い声がした。
「山神!お前、おるんじゃな!」
「やっと気がついたんか・・」
「おっ・・お前~~!消えたんじゃねぇんか!」
「ああ、消えたさ・・」
「ほなっ!なんでここにおるんなら!」
「さあ~・・それはわしにもわからんが・・」
「お前!姿を現せ!」
「それは無理じゃ・・」
「なんでなら!」
「わしはお前の中におるんじゃけ・・」
「なっ・・なに~~~!」
俺は縁側から出て、辺りを見回した。
「探しても無理じゃけぇ・・」
「お前、なんで俺の中におるんなら・・」
「じゃけぇ・・それはわしにもわからん言よんじゃが・・」
「俺の牙が、こがいに伸びとんは、お前のせいか!」
「ああ・・そうじゃ・・」
「お前・・俺にフクを殺させようとしとんか・・」
「そうじゃ」
「どしてなら!もう怨みは消えたんじゃねぇんか!」
「わしもそう思うとった。じゃけど・・気がついたらお前の中におったんじゃ」
「そっ・・そがなっ!今すぐ出て行け!俺の中から出て行け!」
「それは無理じゃ・・」
「なんでなら!」
「わしにもようわからんが・・どうやらフクを殺さん限り、出て行けんようじゃ・・」
「あほなっ!あり得ん!」
「ああ・・もう疲れたけ・・」
「おい・・おいっ!山神っっ!」
俺が何度呼んでも、山神は答えることはなかった。
なんなら・・
どういうことなら・・
俺がフクを殺さん限り・・山神は俺の中から出て行くことはねぇんか・・
俺はフクやこ、絶対に殺さん。
じゃが・・俺の意識とは別に・・山神は俺を操ってフクを殺すに違いねぇんじゃ・・
くそっ・・この牙じゃ・・
俺は目の前にあった石に、牙を打ち付け折ろうとした。
けれども牙はビクともしない。
それどころか、石が割れてしまった。
なっ・・なんなら・・
石やこ・・割れるはずがねぇが・・
こんな牙でフクを襲うたら・・今度こそフクは一溜りもなく殺されてしまうが・・
そして爪を見ると、牙と同じように固く伸びていた。
俺は試しに別の石を引っかいてみた。
すると石に亀裂が走った。
そして・・割れた。
嘘じゃ・・
なんでなら・・
こがなこと・・あり得んが・・
俺は・・まさしく化け猫じゃが・・
このまま島におったら・・俺はフクを殺すことになるんじゃ・・
そがなこと・・絶対に嫌じゃ!
なにがあっても・・フクやこ、殺さんぞ!
俺は考えた。
もう島を出て行くしかない・・と。
それであの山へもう一度行って、なんとか俺の身体の中から出てもらうしかない・・と。
なんなら、俺があの山で住んでもいい。
もうそれしか手がないと思っていた。
その日の夕方・・
俺は堤防の先にいた。
「コテツ・・」
ソラが歩いてきた。
そして俺の横に座った。
「ソラ・・」
「あんまり、気にすることやこ、ねぇけに」
「ソラ・・聞いてくれ・・」
「なんなら」
「俺・・山神に憑りつかれとんじゃ・・」
「えっ・・!どういうことなら」
そして俺は、妙な夢を見たことや、山神が俺の中にいることを話した。
「まっ・・まさか・・そがなこと・・」
「見てくれ・・この牙と爪・・」
「う・・うん・・確かに・・猫のもんじゃねぇな・・」
「さっき・・石を使って折ろうとしたんじゃ・・。じゃけど、石が割れてしもうたんじゃ・・」
「そがな・・」
「見ちょってくれ」
そこで俺は堤防に牙を押し付け、顎を引いた。
すると亀裂が入った。
それを見たソラは、言葉を失っていた。
「爪もじゃ・・」
俺は爪も同様にやってみた。
結果は同じだった。
「こがなこと・・」
「ソラ・・」
「なんなら・・」
「俺・・このままじゃと、フクを殺してしまう・・」
「・・・」
「じゃからの・・島を出よう思うとるんじゃ・・」
「コテツ・・」
「フクを殺すわけにやこ、いかん」
「お前・・一匹で出て行く言うんか」
「そうじゃ・・」
「それじゃったら、俺も行くけに・・」
「どしてなら。ソラは家族もおるが」
「家族はここにおったら、無事じゃ。じゃけど・・お前はどうなるかわからんが」
「・・・」
「俺はお前を一匹でやこ、行かせん」
「ソラ、お前、俺と一緒じゃと、なにがあるかわからんのぞ」
「だから行くんじゃが」
「そがなこと・・」
それから俺たちは暫く黙ったまま、海を見ていた。
なんで・・こがなことになったんなら・・
怨みやこ・・もう捨てりゃあええが・・
のう・・山神、聞いとるか・・
俺はお前に約束したはずじゃろ・・
お前の分も、広うて大きな大地を走り回ってやる言うて・・
フクもそうじゃ・・約束しとったが・・
俺たち二匹で走り回っちゃる言うたが・・
「コテツ・・」
「なんなら・・」
「このこと、フクに言うんか・・」
「いや・・言わんと行く・・」
「そうか・・」
「ほんまじゃったらの・・俺はフクと大きな大地を走り回るはずじゃったんじゃ・・」
「うん・・そうよの・・」
「それが・・走り回るどころか・・殺すなんての・・」
「・・・」
「もうあれこれ考えても仕方がないけに、出来るだけ早く島を離れんといけん・・」
「俺も行くけに。それは納得してくれの」
「・・・」
「お前がフクを殺しとうねぇように、俺もお前を一匹にやこ、しとうないんじゃ」
「ソラ・・」
「そがな凶器みたいな牙と爪を持っとるお前が、無事でおれるはずがねぇんじゃ」
「・・・」
「必ず敵が現れる。その時にの、どっちしにたってええことにやこ、なりゃせんのじゃ」
「どういうことなら」
「お前は無敵になるかも知れん。じゃがそれは、相手を殺すいうことじゃ。逆にお前より強いもんが現れてみぃ。お前が殺されるいうことじゃ」
「・・・」
「じゃから、そうならんように、俺が着いて行くけにの」
「ソラ・・お前、それでええんか」
「ああ。それでええ」
そして次の日・・
俺とソラは桟橋にいた。
他の猫たちは、定期船が来るのを待っていた。
「ソラ・・お前、かあちゃんに言うたんか」
「いや・・言うとらん」
「えっ・・それじゃ、心配するが」
「いや、マサに言うてある」
「マサに?」
「マサが伝えてくれることになっちょる」
「そ・・そうか・・」
ほどなくして定期船が桟橋に着いた。
相変わらず大勢の観光客が降りてきた。
俺たちは混雑に乗じて、船に乗り込んだ。
「コテツ~~!コテツ~~!どこにおんなら~~!」
フクの声がした。
俺とソラは、船尾の床で身を隠した。
「コテツ~~~!どこへ行くんなら~~!」
え・・フクは俺たちが島を出ることを、知っとるんか・・
マサが言うたんか・・
「コテツ~~!俺も連れてってくれ~~!」
俺とソラは、複雑な表情で顔を見合わせた。
「コテツ~~!俺はお前と一緒に行きたいけぇ~~!おるんじゃろ~~!返事をしてくれ~~!」
そこで俺は立ち上がった。
「コテツ・・見つかるが・・」
ソラが俺を制した。
「ふふふ・・向こうから来たんじゃけぇ・・望み通り殺してやるけぇ・・」
俺はゆっくりと歩き出した。
「え・・おい!コテツ!なに言よんなら!」
ソラは俺のしっぽを噛んで止めた。
「邪魔すると、お前も殺すけぇの」
「コテツ・・お前、山神じゃな!」
「ふふふ・・おーーい、フク!わしはここじゃ!」
俺はフクに向かってそう叫んだ。
「あっ!コテツ!どこへ行くつもりなら!」
「お前も乗りゃあええが!」
「わかった!」
そう言ってフクは船に乗ろうとした。
「フク!来るな!こいつはコテツじゃねぇんじゃ!帰れ!」
ソラがフクにそう言った。
「えっ!なに言よんなら!」
「とにかく来たらあかん!帰るんじゃ!」
「ソラ!お前も行くんじゃろ!」
「詳しいわけは、マサから聞け!乗ったらお前を海へ突き落すけぇの!」
「えっ・・」
そして船員がタラップを外した。
「コテツ・・コテツ!」
「うっ・・ううっ・・」
俺はソラに呼ばれて気がついた。
なんじゃ・・俺、なにやっとんったんじゃ・・
「コテツ・・大丈夫か・・」
「ソラ・・俺、気ぃ失うとったんか・・」
「ああ、そうじゃ」
「なにがあったんなら・・」
「お前・・山神さんになっとったんじゃ・・」
「え・・」
「せぇで・・フクに船に乗れ言よった・・」
「なっ・・なんじゃと・・」
「おそらく、殺すつもりじゃったんじゃろう・・」
「そっ・・そがなっ・・」
やがて船は、桟橋を離れた。
俺は立ち上がり、島を見た。
すると堤防の先で、フクが船を見ていた。
「フク~~~!俺はお前の友達じゃけぇの~~!それだけは忘れんとってくれ~~!」
「コテツ~~!コテツ~~!なんで行くんならあああ~~!」
「フク~~!元気で暮らせよ~~!」
「コテツ~~~!コテツ~~~!」
やがて船は、互いの声も届かないほど、島から離れて行った。




