十三、誘拐
俺とソラが、島から離れて十日が経った。
今は「あの」山にいる。
俺たちが岡山の「陸」へ降りた時は、この町の猫たちは驚いていた。
特に俺の姿・・そう、牙を見て「あいつはやっぱり、山神に祟られとんじゃ」と言い、俺たちを避けた。
当然、町の猫たちは、俺たちの後を着いて来ることもなかった。
山へ入る前に、キハチの家へ寄ったが、キハチは死んでいた。
キハチが生きていたら相談しようと思ったが、それも途絶えてしまった。
「ほなけんど、コテツの牙は、役に立つのう」
ソラが少しからかってそう言った。
俺の牙は、獲物をとるのに重宝していた。
自分の身体より大きい動物でも、爪で押さえ、牙で一刺しするだけで簡単に仕留めることが出来た。
「こがな山神の怨みがこもった牙やこ、いらんのじゃけどの」
「まあそう言うなて。実際、餌には不自由しとらんが」
「ほうじゃけど・・」
俺とソラは、神社の横にある古民家を根城にしていた。
水は神社へ行けばあるし、生きていくには十分の環境だった。
「それにしても・・ここにおって、山神がお前の中から出て行くんかいの」
「それはわからんけんど、可能性があるのは、ここじゃけに」
「その後、山神の夢を見たり、お前に話しかけてきたりしよんか?」
「いや・・それが島を離れてからは、一切ないんじゃ」
「ほうか・・」
「なんも感じんいうんか・・」
「あれかの。フクと離れたからかの」
「ああ・・そうかも知れんのう」
「フク・・どないしよるんじゃろの」
「まあ・・元気にやってくれれば、ええんじゃけどの」
「お前、淋しかろ」
「うん・・」
「せっかく仲良うなったのにのう・・こがなことになってのう・・」
「お前こそ、家族に会えんで、淋しかろう」
「いや、なんの。俺じゃってもう一人前じゃ。島におったって、一匹で生きていくんじゃし」
それから五日後・・
俺たちはいつものように神社へ行き、手水場で水を飲んでいた。
すると人間が歩いてくる姿を見た。
俺とソラは、急いで拝殿の床下に身を隠した。
「こんな寂れた神社に人間やこが来るて、珍しいのう」
ソラがそう言った。
その人間は男女二人だった。
「先生、ここに何があるって言うんですか?」
若い女性がそう訊いた。
「この山には古い伝説があっての・・」
「伝説・・?」
「まあきみは、俄かに信じ難いじゃろうけどの」
「また~オカルト好きの先生のことですから、怖い話をするんじゃないでしょうね」
「あはは。僕は別にオカルト好きでやこ、ありゃせんけぇ」
「で、なんですか、その伝説って。聞いて差し上げますから仰ってください」
「昔のことじゃが、この山で白猫と黒猫の争いがあったんじゃ。せぇで、敗北した黒猫の怨念が今でもこの山を彷徨うとるいう伝説じゃけぇ」
「えぇ~・・ほらやっぱり、怖いじゃないですか」
「まあ、あくまでも伝説じゃ、伝説」
「それでわざわざ、確かめに来たというわけですか」
「まあの。ほんまかどうかわからんけど、手掛かりめいたものがあるとええんじゃけどのう」
「ああ~~・・こわっ。早くお参りして下りましょうよ」
そして二人は拝殿の前で手を合わせていた。
先生と呼ばれていた中年男性は、参拝を終えて社の周りを歩きだした。
「先生~、もう帰りましょうよ~」
「まあ待ちょってくれ」
男性は女性の制止も無視して歩いていた。
「コテツ・・お前が出て行ったら、あの人間たち、驚くじゃろうの」
「あはは。そうよの」
「じゃけど、人間も山神のこと知っとったんじゃの」
「ほんまじゃの」
「あっっっ!」
そこで俺は男性に見つかってしまった。
しまった・・
「コテツ・・どうすんなら、見つかってしもうたが」
「逃げるか・・」
「そうじゃな・・」
男性はソラには全く興味を示さず、俺だけを見ていた。
「お~い、こっちへおいで」
男性は甘い声でそう言った。
「先生~~!誰と話してるんですか~!怖いからやめてくださいよ~~!」
女性は男性と離れたところで叫んでいた。
俺は隙をついて走った。
けれどもその際、拝殿の柱に頭を強く打ち、気を失ってしまった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・はっ!
俺は突然、目が覚めた。
こ・・ここはどこなら・・
見た限り、どうやら「先生」と言われている男性の研究部屋のようだった。
俺は檻の中に入れられていた。
「目が覚めたかいの~」
さっきの男性が檻を覗いてそう言った。
なんなら・・
俺は捕まってしもうたんか・・
ソラはどうした!
辺りを見回しても、ソラの姿はなかった。
ここはどこなら!
俺は「シャア~~」と牙を見せて男性を威嚇した。
「そうそう・・その牙じゃ・・」
「シャア~~!」
俺はそう言って睨みつけた。
「まあまあ、そう怒るな。なんもせんけぇ」
「・・・」
「じゃが・・その牙・・猫のもんでやこ、ねぇが・・」
「先生・・山へ帰してやりましょうよ・・」
一緒にいた女性がそう言った。
「まあ待っちょれ・・」
「先生・・祟られますよ・・」
「祟りやこ、ありゃせん。しかし・・すごいのう・・」
男性は、まじまじと俺の牙を見ていた。
「まさか・・学会で発表するとかないですよね」
「え・・ああ・・」
「ほら~・・そのお積りじゃないですか」
「しかしきみ、この牙と爪、見たじゃろ」
「そうですけど・・」
「これは研究の余地があるけぇ」
「え・・先生・・解剖したりとか・・ないですよね・・」
「解剖やこ、せん。ただ・・爪と牙の成分を確かめてぇが」
「そんな・・」
「まあ、暫くは様子を見ることにするけぇ」
そして二人は部屋を出て行った。
解剖・・?成分・・?
あの男性は、なにもんなら・・
それにしてもソラじゃ・・
あいつ・・どうしとんかいの・・
ガタガタ・・
トントン・・
なんじゃ!
俺は音のする方を見た。
すると俺以外にも檻に入れられた猫がいた。
「お・・お前・・誰じゃ・・」
俺はそう訊いた。
「わしはこの町の野良猫じゃけぇ・・」
そいつはだいぶ年も食っている、灰色のオス猫だった。
「どして、そがなところへ入れられたんじゃ」
「わし・・病気でな」
「病気・・?」
「皮膚病なんじゃ・・」
「そ・・そうなんか・・」
「せぇで・・さっきの先生が治してくれよるところじゃ」
こいつ・・病気を治してもろうとるんか・・
そしたらあの男性は、俺を殺したりやこ、せんな・・
「お前は、どしたんなら・・」
「俺は・・」
「お前・・その牙・・猫のもんじゃねぇな・・」
「・・・」
「それで捕まえられたんじゃな・・」
「俺は友達が心配しとる。ここを出んといけんのじゃ」
「出る言うたって、無理じゃが」
「そがな・・」
「言うとくけど、人間にやこ、噛みついたらいかんけぇの」
「そがなこと、せん」
「黙って言うことを聞きゃあええんじゃけ」
「俺の牙の成分を調べるとか、言よったぞ」
「ちょっと削るくらいじゃろ」
「そ・・そうなんか・・」
俺はふと思った。
この牙と爪を、全部削ってもらえば、島へ帰れるかも知れない・・と。
少なくとも・・フクを殺すことにはならないのでは・・と。
「俺・・言うこと聞く。逆らいやこ、せん」
「ああ・・それがええけ・・」
そして俺は横になった。
ソラ・・心配しとるじゃろうな・・
そして俺が目を覚ました時、男性が俺を見ていた。
「クロちゃん、大人しくしといてくれぇの」
男性が俺をクロと呼んだ。
まあ・・別にええけんど・・
そして男性は俺を抱きかかえ、檻の中から出した。
「痛くないけぇの・・」
男性はそう言い、俺を台の上に乗せた。
今から・・牙と爪を削るんじゃの・・
俺は少し怖かったが、もう覚悟はできていた。
男性は小さなナイフのようなのもを手に持ち、俺の牙にあてた。
そして少しずつ、上下に動かし始めた。
「なにするんじゃ~~!」
俺はそう言い、男性の手を噛んだ。
すると男性の手から、血が流れた。
「痛いっ!」
男性は俺を離し、噛まれた方の手を、もう一方の手で押さえていた。
男性の手のひらには、穴が開いていた。
「わしの牙やこ、折らせやせんけぇ~~!」
そして俺は、男性の顔を爪で引っかいた。
「う・・うわあああ~~!」
男性は顔を押さえ、その場でのたうち回った。
「お・・お前!やめんか!」
檻の中の猫が叫んだ。
「うるせぇんじゃ。わしはフクを探しよんじゃ。フクはどこにおるんじゃ!」
「フクやこ、知らん!お前・・早よう出て行け!出て行かんと殺されるぞ!」
「言われるまでもねぇけ」
そして俺は窓を破って外に出た。
・・・
・・・・・
・・・・・・
「おい、コテツ!コテツ!」
「・・・うう・・」
「コテツ!しっかりせぇ!」
そこで俺は目が覚めた。
「あっ!ソラ!」
俺は起き上がりそう言った。
「コテツ~~!よかった・・無事じゃったんじゃな」
「俺・・また・・気ぃ失うとったんか・・」
「ああ・・ここで倒れとったんじゃ」
「ほうか・・」
「なにがあったんなら・・」
「俺・・よう憶えとらんのじゃけんど・・」
「憶えとらん?」
「俺・・あの男性に牙を削ってもらうことになったんじゃが・・」
「え・・どういうことなら」
そこで俺は、檻の中にいた猫の話や、男性が牙の成分を調べることなどを話した。
「せぇで・・この際、牙を削ってもらおうと決めたんじゃが・・」
「・・・」
「じゃが・・その後のことは憶えとらんのじゃ・・」
「お前・・まさか、山神になっとったん違うんか」
「え・・」
「お前、山神になった時は、自分の記憶がねぇが」
「そ・・そうなんか・・。俺・・山神に・・」
「どっちにしたって、ええことはねぇぞ。山神になるということは、凶暴なお前になっとったいうことじゃが・・」
「・・・」
「ここにおったら、また捕まえられるぞ。捕まったら殺されるぞ」
「あ・・ああ・・」
「ここから離れるんじゃ」
そして俺たちは、町の方へ向かった。




