八、怨念
黒い影は、小屋の周りで行ったり来たりを繰り返し、どうやらフクを探しているようだ。
「俺を、探しよんかの・・」
「多分、そうなんじゃろ」
フクは目を瞑って念じた。
俺もフクに倣い「山神よ、立ち去れ」と何度も念じた。
けれども黒い影は消えるどころか、影が動くたびに風も一層強くなるばかりで、俺たちは念じる以外、なす術がなかった。
ピュウ~~
ガタガタ・・
「コテツ・・消えんが・・」
「黙って念じりゃええ」
「うん・・」
「中におるんは、わかっとるんじゃけぇのぅぅ~~」
山神らしき影が、声を発した。
するとフクの身体が、ビクッと震えた。
その声は、今まで聞いたこともない、耳に突き刺さるような暗く低い声だった。
「出て来んと、家ごと燃やすけぇのぅぅ~~」
「コテツ・・あない、言よるが・・」
「出て行ったらあかんぞ」
「ほなけど・・」
「念じるんじゃ」
「うん・・」
フクは再び目を閉じ、念じ続けた。
俺はふと目を開け、窓を見た。
すると影の中から、光るものが二つ見えた。
あれは・・山神の目じゃろうか・・
俺はその光から目を離すことが出来なかった。
すると次の瞬間、フクの身体がガタガタと大きく震え始めた。
「フク!大丈夫か!」
俺が声をかけても、フクは目を瞑ったまま震えていた。
けれどもその震えは、フクが影に恐れをなしたものではなく、なにかに操られているかのように見えた。
きっと・・山神に操られているんじゃ・・
「山神!フクはまだ子供じゃ!やる言うんなら、俺を生贄にしたらええが!」
俺は影に向かって、大声で叫んだ。
「お前は、誰じゃぁぁ~~」
「俺は島のもんじゃ!山神!なにが目的で、こがなことするんなら!」
「目的ぃぃ~~?」
「猫を生贄やこ、いうて、なんなら!」
「たわけたことを・・」
「言え!わけを言え!」
「ふふふ・・ふふふふ!」
「なに笑うとんなら!」
「まあええ~~、わけを言えいうんじゃな」
「そうじゃ!」
「ふふふ~~・・。これまで様々な猫がわしに歯向こうてきたが、わけを言えいわれたんは、初めてじゃけぇの」
「ごちゃごちゃ言うとらんと、はよ言え!」
「わしはな・・元々は黒い猫じゃった」
「え・・黒猫・・?」
「わしが生きとったんは、もう百年以上も前のことじゃけぇ」
百年前・・?
するとこいつは、猫の化けもん言うんか・・
「わしはこの山で生きとった。じゃがある日、白猫の集団がこの山を占領しよっての。わしもそうじゃが、家族も仲間もみんな殺された。わしはまだ、子供じゃったんじゃ」
「・・・」
「わしは死んでも死にきれんでの。わしの怨念が化身となって、いつしか山神と・・言われるようになったんじゃ」
「そうなんか・・」
「せぇでの・・この山で生きとった白猫の子孫を断絶するために、わしは何年かに一度、山へ降りよんじゃけぇ」
「そっ・・そがな、百年も前のことやこで、何の関係もねぇ子孫を殺す言うんか」
「そうじゃ。根絶やしにせん限り、わしの怨みは消えやせんけぇ」
「あほを言うな!わしも黒猫じゃが、お前みたいなんは、同じ黒猫として情けねぇがの!」
「ほう~・・お前、黒猫じゃったんか・・」
「そうじゃ!」
「同じ黒猫じゃったら、わしの気持ちがわかるじゃろ」
「わからん!全くわからん!」
「冷たいやつじゃのぅ・・」
「冷たくて残酷なんは、お前じゃが!フクは関係ねぇが!」
「お前・・なんでそこまで白猫の肩を持つんじゃ・・」
「肩やこ、持っとりゃせん。関係ねぇ言うとんじゃが!」
「ほう~・・」
「フクがお前に酷いことをしたんじゃったら、復讐でもなんでもすりゃええが。じゃけど、違うじゃろ。百年も前のことじゃろ。よう考えてみぃ、わかるじゃろ」
「じゃけどの・・今更「そうか、わかった」言うたところで、わしの怨みは消えんけぇ。わしは自分自身で消滅やこ、できんのじゃ」
「ほな・・どがにしたらええんなら」
「それがわかっとんなら、お前にやこ言われんでも、そうしとるが」
フクを見ると、いつの間にか気絶していた。
「フク・・フク・・」
俺が声をかけても、フクは無反応のままだった。
「おい、お前。フクに何かしたんか」
「何か・・?」
「フクは気絶しとる。お前がなんかやったんじゃろ」
「ふふふ・・気絶しとるんか。弱いのぅ~~・・」
「なんかしたんか!」
「ははは・・しとらんが。勝手に気絶したんじゃねぇんか」
「ほんまじゃな!」
「わしは気絶させるくらいじゃったら、殺しとるが」
「・・・」
「さて・・もうわけは話した。さっさとフクを外に出せぇ」
「出さん」
「往生際が悪いのぅ。フクを差し出すと、同じ黒猫の誼でお前は助けちゃるけぇ」
「バカにすなっ!俺は自分が助かりとうて、フクを売ることやこ、せん!」
「そうか・・それじゃぁ、仕方がないけぇ」
「なんなら!」
「残念じゃが、お前も一緒に消えてもらうけぇの」
「させん!そがなこと、させんぞ!」
「ふふふ・・ふふふふ」
「頼む!フクの代わりに、俺が生贄になるけ、フクを見逃してやってくれ!」
「ふふふふ~~・・」
俺は外へ出る決意をした。
俺に何ができるいうわけでもないが、フクだけは助けてやらんと・・
「今から外へ出るけぇ、待っとれ!」
俺はそう言って、身体が通れる分だけ扉を開けた。
夜でもないのに、外は薄暗かった。
雲も相変わらず赤いままだ。
山神と名乗るそいつの姿は、やはり黒くて大きな影だった。
山神は宙に浮かび、ユラユラと揺れていた。
見たら目を潰されるいうとったが、何も起らんが・・
山神は俺を見下ろしながら、黙っていた。
「山神!俺を生贄にせぇ!」
「・・・」
「はよう、せんか!」
「・・・」
「なんで黙っとるんなら!」
「お前・・」
「なんなら!」
「島のもんじゃ言うたの・・」
「ほうじゃ!」
「そうか・・わしの兄弟は・・島へ渡っとったんか・・」
「え・・」
「生きとったんじゃな・・」
「なにを言よんなら!」
「お前は・・わしらの子孫じゃ・・」
「えっ!」
「お前を一目見ただけで、子孫とわかった・・」
「そっ・・そうなんか・・」
「お前はわしと血が繋がっとる・・。殺すわけにやこ、いかんが・・」
「いや!フクを殺す言うんじゃったら、俺は、させんけの!」
「お前はどうしてそこまで・・」
「俺とお前に血の繋がりがある言うんなら、なおのことじゃ!俺の先祖は怨みに憑りつかれるような、情けない弱いもんなんか!」
「・・・」
「くだらん怨みやこ、この場で消すしかねぇが!」
「なに言よんじゃ・・」
「俺はお前と戦う、言よんじゃ!」
「なっ・・なんということを・・」
「黒猫の誇りにかけて、俺はそうするんじゃ!」
「お前・・名前は・・」
「コテツじゃ!」
「えっ・・」
「なんなら!」
「そ・・そうか・・コテツ言うんか・・」
「それがなんなら!」
「わしも・・コテツいう名前じゃった・・」
「え・・」
山神の影は、心なしか小さくなっているように思えた。
「お前・・わしの生まれ変わりかも知れんのぅ・・」
「・・・」
「そうか・・コテツ・・言うんか・・」
「もし俺が、お前の生まれ変わり言うんがほんまじゃったら、それには意味があるんじゃねぇんか」
「意味・・?」
「俺がここに来た意味じゃ。そして俺がフクを守る意味じゃ」
「・・・」
「もうやめぇ・・言うとるんじゃ・・。お前の親や兄弟が・・」
「・・・」
「コテツ・・」
そこにフクが、フラフラになって出てきた。
「フク!出てきたらいかん!中へ入っちょれ!」
「俺・・話は聞いとった・・」
「フク!」
「山神さん・・済まなんだ・・」
フクは山神にそう言った。
「俺・・生贄になるけぇ・・お前の怨みは俺で終わらせてくれんじゃろか・・」
「フク!なに言よんなら!そがなこと、あんかけぇの!」
「山神さん・・どないなら・・」
「山神!フクの言うことやこ、聞くな!やる言うんじゃったら、俺をやれ!」
「コテツ・・」
山神が俺にそう言った。
「なんなら!」
「わしは・・わしは・・」
山神がそう言うと、影はもっと小さくなって行った。
「なんなら!はよ言え!」
「わしは・・生きたかった・・。もっと生きてこの山を駆け回りたかったんじゃ・・」
「山神・・」
「じゃが・・それは出来んかった・・」
「・・・」
「今まで俺の生贄になった白猫は・・詫びてくれなんだ・・。それどろこか・・歯向かうやつばかりじゃった・・」
「・・・」
「じゃが・・フクは詫びてくれた・・。俺の怨みとは・・なんじゃったんじゃろうの・・」
「山神・・、俺はお前の生まれ変わりじゃ。お前の分まで生きるけの、生きて大地を駆け回ってやるけぇの」
「コテツ・・」
「山やいう狭いところじゃのうて、もっと大きくて広いところを駆け回ってやるけぇの」
「そ・・そうか・・」
「じゃから・・安心して成仏したらええ・・」
「山神さん・・」
「なんじゃ・・フク・・」
「俺も・・山神さんの分まで駆け回るけぇ。それで・・みんなと仲良くするけぇの・・」
「・・・」
「成仏したら・・お前の仲間に、白猫の小さいんが謝っとった言うてくれぇの・・」
「・・・」
フクがそう言ったとたん、跡形もなく影は消え去っていた。
やった・・
やったぞ!
これで怨みは消えたし、フクも無事じゃ~~~!
「フク!お前・・よう出てきたのぅ・・」
「俺・・山神さんの気持ちがわかったけぇの・・」
「フク・・」
「怖いことやこ、ありゃせんかった」
「そ・・そうか・・」
「コテツ・・ありがとう」
「なに言よんじゃ。こそばいが」
「なにもかもお前のおかげじゃ」
「そがなことありゃせん」
「俺・・ここへ来てよかったと思うとる」
「そうか・・」
「父ちゃんの言うこと、聞かんといけんと思うとったが、来てよかった・・」
「フク・・」
「これで山神さんは消えた。天災が起こることもなくなったんじゃな」
「そうじゃな。よかったな」
そして俺たちは、ゆっくりと山を後にした。




