七、入山
俺とフクは、並んでトラの後をついて歩いた。
さっきまで俺たちを見ていた猫は、遠巻きに後をつけてきた。
俺たちがちゃんと、山へ入るか確認しているに違いない。
人間は俺たちの様子を見て、怪訝な表情を浮かべていたが、さして興味もなさそうだった。
フクはずっと下を向いて歩いている。
「フク・・大丈夫じゃからの」
「・・・」
「元気出せぇ。死ぬと決まったわけじゃないけに」
「そがなことやこ・・」
「俺はお前に責任を感じとんじゃ・・」
「え・・なにを言よんなら・・」
「お前を連れて来たのは、俺じゃけの」
「それは・・俺が勝手に着いて来たんじゃが・・」
「ほうじゃけど、無理にでも追い返すべきじゃったんじゃ」
「そがな・・」
「じゃが、今更そがなこと言うても、始まらんけの。もう覚悟は決めんといかんがの」
「うん・・」
「ちゃんと山神さんを、鎮めぇよ」
俺たちが歩く後ろで、一匹の猫がそう言った。
俺とフクは振り向いて、そいつを見た。
そいつは三毛猫で、まだ子供だった。
おそらく、フクよりも小さい。
「怖かろう~・・」
そいつは半ば、嘲笑しながらそう言った。
「いらんこと、言うな」
俺はそいつを睨み返した。
「ああ~、恐ろしい顔してからにぃ~」
「うるさい。あっちへ行かんか」
「どうせ、お前らやこ、死ぬんじゃけぇの~」
「黙れ言よろが!」
「ああ~、怖いのう~山神さん、怖いけぇ~」
そいつは、俺たちが歩いてきた方向へ行った。
「フク、気にせんでええけの」
「・・・」
フクの脚は震えていた。
どがにしたらええんか・・
ほんまじゃったら、このままフクを引き返させてやりたいんじゃが・・
それは、ここの猫たちが許さんけの・・
「フク、しっかり歩くんぞ」
「なあ・・コテツ・・」
「なんなら」
「俺・・バチが当たったんかいの・・」
「え・・なに言よんなら」
「今までずっと、生意気ばかりやって来たけぇ、バチが当たったんじゃな・・」
「そがなこと、ありゃせん」
「そうとしか思えんが・・」
「あほなことを。フクらしぃねぇが」
「俺・・山神さんに呼ばれたんじゃな・・」
「違う言うとろが。ええ加減にせんか」
「父ちゃんの代わりにお前が死ね、言よんじゃ・・。山神さん・・」
「じゃから、違う言いよろが」
フクの表情からは、生気が失われていた。
今からこんなんじゃと・・山に入ったら、どがになるんなら・・
このままじゃ、あかんが・・
「フク!俺が絶対にお前を死なせやせんけに!約束する!」
「え・・」
「約束するけに、しっかりせぇ!」
「コテツ・・」
「ええな?気を強く持つんじゃぞ」
「お前・・怖くないんか・・」
「怖いやこ、ありゃせん!」
その実、俺は怖かった。
けれども、フクを励ますために、必死で強がって見せた。
「なんでな・・なんで怖くねぇんなら」
「俺は山神やこ、信じとらん」
「え・・」
「伝説は、あくまでも伝説じゃ。行ってみんとわからんが」
「ほうじゃけど・・。俺の爺さんも死んだんぞ」
「お前、レオが死んだとこ見たんか」
「え・・」
「見たんか」
「見とらんけど・・」
「ほうじゃろ。俺も見とらん」
「なにを言よんなら」
「この目で見るまで、わからん、言うとんじゃが」
「・・・」
俺は適当なことを言いつつ、次第に「ほんまは、山神やこ、おらんのじゃねぇんか」と思えてきた。
そうじゃ!山神やこ、おらんかも知れんのじゃ。
キハチは見た、言よったが、他のもんは誰も見とらんのじゃ。
キハチが見た言うもんじゃって、山神かどうかわからんが。
「フク、山神やこ、おらん、おらんぞ!」
「ほんまか・・?」
「ほんまじゃ!そがなもん、今時おるわけがねぇが」
「そうなんか・・?おらんのか・・?」
「おらんっ!伝説やこ、嘘じゃ」
「ほうか・・。ほうじゃの!」
フクはなんとか、少しだけ元気を取り戻した。
ああ~~・・よかった・・
じゃけど・・俺の言ったことが、山へ入るとすぐに覆されるかも知れんけぇの・・
そこから、どがにするかじゃ・・
そしてとうとう、山の入口に着いた。
「ほな、ここを真っすぐ上がって行きゃええけ」
トラはあっさりとそう言った。
「そうか・・。上がって行きゃぁ、わかるんじゃな」
俺はそう訊いた。
「山の中腹辺りに、神社があるけぇ、そこへ行くんじゃ」
「神社・・」
「そこで待ちょったら、山神さんが来るけぇの」
「わ・・わかった・・」
「ほな、しっかりの」
トラはフクに念押しをした。
「わっ・・わかっとる・・」
「ちゃんと鎮めてくれんと、おえんぞ」 ※「おえんぞ」は、だめだぞ、という意味です。
トラは捨て台詞を吐いて、走り去った。
いよいよか・・
この道を真っすぐ上って行くと、神社があるんじゃな・・
「フク、行くぞ」
「う・・うん」
「ちょっと・・待たれよ・・」
振り向くと、キハチがいた。
「あっ!キハチさん」
俺はそう叫んだ。
「どうしたんなら。なんでキハチさんがここにおるんなら」
「お前らが来ると思うて、待ちょったんじゃ」
「待ちょったって・・なんでなら」
「神社へ行くんじゃろ・・」
「ああ。トラにそう言われたけんど」
「神社のすぐ横に、小せぇ建物があるけぇの・・。着いたら直ぐに、その建物の中へ入るんじゃ・・」
「え・・」
「建物の中までは、山神さんは入って来れんけぇ・・」
「入って・・その後、どがにしたらええんなら」
「しばらく様子を見られぇ・・。山神さんはきっとフクを探すじゃろう・・。じゃけど、フクを出したらいけんぞ・・」
「あ・・ああ・・。それでその後は・・」
「とにかくフクは、山神さんが鎮まるまで、念じるんじゃ・・」
「念じる・・」
「のう・・フクよ・・」
そこでキハチはフクに声をかけた。
「なんなら・・」
「鎮まれ・・鎮まれ言うての・・念じ続けるんじゃ・・」
「う・・うん・・わかった・・」
「外に出たら、いけん。いけんぞ・・山神さんを見てもいけんぞ」
「うん・・」
「それじゃ・・しっかり行って来られよ・・」
キハチは俺たちを見送って、その場を去って行った。
「フク、キハチさんの言う通りにするんじゃ」
「うん」
「お前は念じるだけでええんじゃ。楽なもんじゃろう」
「見てもいかんのよな・・」
「ほうじゃ。見たらいかん。俺もお前の横で念じるけの」
「うん。コテツも念じりゃ、二倍になるけんの。山神も恐れをなして帰って行きゃあの!」
「そうそう。その通りじゃ!」
俺たちはそんな話をしながら、ほどなくして山の中腹に着いた。
「あっ、あれが神社じゃの」
「ほんまじゃ!」
俺たちは神社を見つけ、すぐ横にある建物へ入った。
そこは古民家のようなところで、中へ入ると土間を上がったところに畳が敷かれてあった。
「コテツ・・」
「なんなら」
「扉を閉めた方が、ええんじゃなかろか」
「ああ、そうよの」
俺たちは協力して、入口の扉を閉めた。
入口のすぐ横のところに窓があり、そこから外の様子が見られるようになっていた。
「雲はまだ、薄色の赤じゃの・・」
俺は山頂の方向へ目をやり、そう言った。
「これからなんじゃの・・」
「そうなんじゃろな。フク、怖がることはないけの」
「うん、もう怖がらん」
「ほうか!偉いのう~フク」
「それにしても、父ちゃんは、ここに住んどったんじゃな」
「そうじゃの。こんな山にのう」
「俺・・なんとなくじゃけど・・懐かしい感じがするんじゃ」
「そうなんか・・」
「初めて来た気がせんのじゃ」
「やっぱり、あれかの。血、言うもんかの」
「わからんけど、町におった時より、怖くねぇんじゃ」
「ほう~、やっぱりお前は強い猫なんじゃな」
「そうかの。俺、強いんかの」
「ああ、強いんじゃ」
フクはやっと笑顔を見せた。
これなら大丈夫かも知れん・・
俺は、絶対にこいつを生きて島へ連れて帰る。
生贄にやこ、させん!
ほどなくして、辺りが暗くなってきた。
雲を見ると、赤くなっていた。
さあ・・来るぞ・・山神が降りて来る。
フクの顔は、受けて立つというような、逞しい表情になっていた。
そして俺たちは畳の部屋で、ずっと窓を見上げていた。
暫くすると突風が吹き荒れ、窓ガラスがガタガタと音を立てた。
そこに黒い影が、俺たちの前に姿を現した。




