六、出立
それから二日後・・
台風は過ぎ去ったものの、定期船が台風の被害を受けて故障をしていた。
俺たちは桟橋で、呆然としていた。
「ソラ・・どうすんなら・・」
俺はソラに訊いた。
「どうすんならって・・俺たちには、どないもでけんしのぅ・・」
「雲が赤うなったら・・フクを連れて行かなあかんのじゃろ・・」
「俺は、それだけはさせんぞ」
「そがに言うたって、町の猫が黙っとらんぞ」
「キハチの家で、匿もうてもらう、言うんはどうなら」
「キハチか・・」
確かにそうじゃ・・
キハチはフクを行かせるべきじゃねぇ、言よったしな・・
「じゃが・・天災言うんは、どないなるんなら」
俺はまた、ソラに訊いた。
「そうは言うてものぅ・・」
フクは俺たちと離れ、桟橋の先の方で、ずっと海を見つめていた。
その小さな背中が、なんとも切ない感じがした。
「フク・・何を考えとんじゃろの」
ソラが呟いた。
「どうかの。あいつは、父ちゃんが来ることを複雑に思うとるんじゃなかろか」
「まあな・・。確かに複雑じゃろな」
「あっ!」
俺はふと山の方を見た。
すると、頂上には雲が降りてきて、まだ赤くはなっていないが、ほんの少し色が変化しつつあるのをこの目で確認した。
「なんなら、コテツ」
「ソラ・・あれ、見てみぃ」
ソラは山の方を見て驚いていた。
「なんじゃ・・あれは・・」
「まだ赤うなっとらんが、あれ・・変よの・・」
「まさか・・山神さんが降りてきた言うんか・・」
「どうすんなら・・もう時間がねぇが・・」
「フク!フク!」
ソラが大きな声でフクを呼んだ。
フクは辛そうな顔をして振り向いた。
「フク!こっちへ来い!」
フクは呼ばれて、トボトボと俺たちのところまで来た。
「なんなら・・」
「フク・・あれ見てみぃ」
ソラにそう言われ、フクは山を見た。
「あっ!あれは、なんなら!」
「おそらくじゃが、山神さんが降りてきたんじゃろ」
「そっ・・そがなっ・・」
「フク、慌てるな。今から言うこと、よう聞け」
「なっ・・なんなら・・」
「俺たちはお前を山へは行かせん」
「えっ・・」
「キハチの家で匿もうてもらうけんの」
「隠れる、言よんか」
「ほうじゃ」
「でもっ・・それじゃったら、天災が起こるんじゃろ・・?」
「それはまだ、わからんが。いつ起こるかもわからん」
「せやが・・それでええんか。俺・・行った方がええんじゃなかろか・・」
「あかん!行ったら死ぬぞ」
「・・・」
「フク・・」
俺も口を開いた。
「なんなら・・」
「俺もお前を山へ行かせんけに。今からキハチさんの家へ行くけんの」
「でっ・・でも・・」
「そもそもお前は、ここへ来る気やこ、なかったんじゃけ。仕方のう着いて来たんじゃから、行く必要やこ、ありゃせん」
「・・・」
「ここの猫たちに見つかる前に、早うキハチさんの家へ行くぞ」
「フク、それがええ」
「うん・・」
そして俺たちは、急いでキハチの家へ戻ることにした。
すると途中で、トラに出くわした。
「そねぇ急いでどこ行きよんじゃ」
トラは俺たちを引き止めた。
「どこ言うて、この町を見て回りよったんじゃが」
ソラが答えた。
「ほぅ・・見て回るにしては、えろう急いどるが」
「別にええじゃろ」
「嘘言うたらいけん。山の雲を見たんじゃろ」
「え・・」
「それで・・タロウはどねぇなっとるんじゃ」
「そ・・それは・・」
「えれぇ台風じゃったけぇ、まだ来とらんのか」
「・・・」
「来とらんようじゃな」
「フクは、行かせんからな」
「そりゃぁ・・困ったの。行ってもらわんといけんが」
「トラ・・聞いてくれ」
「なんじゃあ」
「フクは、まだ子供じゃが。それにこいつは、ここへ来る気やこ、なかったんじゃ」
「それが、どうじゃ言うんかの」
「見逃してやってくれんか」
「それは・・ここの猫が許さんと思うけぇの」
「岡山もんいうんは、情けいうもんが、ありゃせんのか」
「情け・・?おかしなこと言よんじゃな。そもそもタロウが島へ渡ったんがおかしかろ」
「どがな意味なら」
「いくら、仲間を助けるためとは言え、新しいボスに言われるがまま山を下りた。ほんまじゃったら、山神さんが消えた後に、タロウは戻るべきじゃったんじゃ。それを五年も戻らんとは、勝手なもんじゃな」
「なに言よんなら。その話は違うんじゃ」
「違う?なにが違うんじゃ」
「新しいボスじゃのうて、タロウの親が身代わりになったんじゃ」
「ほーぅ。そうじゃったんか」
「タロウは、山神さんのことやこ、知らんのじゃ。だから帰って来んかったんじゃ」
「知らん、いうんは、わしも知っとるけど、それにしてもじゃが。自分が生まれ育ったところをずっと捨てたままいうんは、なかろう?」
「・・・」
「まあ、ここで話をしてても始まらんけぇ。時間もないんじゃけぇの。フク、山へ行くけぇの」
俺とフクは、ずっと黙ったままだった。
トラにそう言われても、フクは返事をしなかった。
「どうしても、言うんか」
俺はそう言った。
「ああ、どうしてもじゃけぇ」
「じゃったら、俺も一緒に行く」
「それでええんか。お前、死ぬぞ」
「死ぬやこ、まだわからんが」
「コテツ・・お前、ほんまに行く言うんか」
ソラがそう言った。
「ああ。フクを一匹で行かせるわけには、いかんが」
「それじゃったら、俺も行く」
「ソラ、お前はここでタロウとマサが来るん、待っとってくれ」
「いや、それはできん。俺も行く」
「違うんじゃ。俺もソラもフクも死んでしもうたら、誰がこのことをマサやタロウに言うんじゃ」
「トラがおるが」
「俺が信用できるんは、ソラだけじゃ。だからソラはここに残ってくれ」
「そがなこと・・」
「トラ、山の麓まで案内してくれ」
俺はトラにそう言った。
「それはええけんど、二匹で行くんか」
「ああ。どうせお前らは、山やこ、入りとうねゃんじゃろ」
「まあ、死ぬのはごめんじゃけぇの」
「おい、コテツ、ほんまに行く言うんか」
「もう時間がねぇんじゃ。行くしかねぇじゃろ」
「フク・・お前もそれでええんか」
ソラがフクに訊いた。
「お・・俺は・・」
「嫌じゃったら嫌、言うたらええんぞ」
「そがなこと・・」
「なあ、フク」
俺がそう言った。
「なんなら・・」
「お前が嫌や言うたって、ここの猫はお前を無理やり連れて行くぞ」
「え・・」
「周りを見てみぃ」
俺は少し前から、この町の猫たちが陰から俺たちを見ているのに気がついていた。
「あ・・」
フクは、あちこちから顔をのぞかせている猫を見て、驚いていた。
「無理やり連れて行かれるより、ここは覚悟を決めて、自分から行った方がええ」
「・・・」
「俺はお前を死なせたりせんぞ」
「・・・」
「お前はタロウの息子じゃろうが。お前は強い猫なんじゃ」
「う・・うん・・」
「よし。ほなら、トラ。案内してくれ」
トラは、「ほぅー」と感心したように、山の方へ向かって歩き出した。
俺たちもその後へ続いた。
「コテツ!フク!絶対に戻って来るんやぞ!死んだらあかんのぞ!」
ソラが桟橋の上で、叫んでいた。
フクは立ち止まって振り向き、辛そうな顔をしてソラを見た。
「フク、行くぞ」
「ソラ・・ソラ~~~!」
フクは大声で叫び、泣いていた。
「フク~~~!」
「今まで・・生意気言うて、悪かった~~!ソラ~~!待っとってくれの~~!」
「待っとる!待っとるけんの~~!」
俺は振り向くことはなかったが、ソラとフクの悲しい叫び声を聞いて、自分の軽率さを酷く後悔していた。
行って帰ってくるだけ・・
遠足みたいなもん・・
あまりにも浅はかな考えで、フクを巻き込んでしまったことに、例えようもない責任を感じていた。




