五、喚くな
「仲間って、どげなことなら」
マサが静かにそう訊いた。
「お前たち・・山に入った新しいボスが、縄張りを奪ぼうたとトラから聞いたじゃろ」
「ああ、そう聞いた。仲間を殺す言うて脅されたと聞いたんじゃが、それは違うんじゃろ」
「ああ・・そうじゃ・・」
「父ちゃんは、そがな卑怯もんじゃありゃせん!」
「フク・・黙って聞かれよ・・」
「・・・」
「新しいボス言うんは、違うんじゃ・・」
「違うって・・なんなら」
俺とソラは黙ったまま、キハチとマサの会話を聞いていた。
「何年かに一度・・山神さんが降りてくるんじゃが・・それは何年の何月いうて決まっとらんのじゃ・・。それである年・・あれはタロウがボスになったばかりの年じゃった。タロウの親父であるレオはボスの座を退き、遠くからタロウを見守っちょった。じゃが・・勘のええレオはこの年、山神さんが降りてくると予感し、タロウの代わりに自分が山神さんを鎮めることを決意したんじゃ・・」
「・・・」
「せぇでの・・何も知らんタロウに「お前にボスの資格やこ、ない」言うて追い出したんじゃ。「二度と帰ってくるな」言うての・・。レオは仲間にもそう言うたんじゃ。事情を知っとるわしは・・反対したんじゃが、レオはタロウと仲間を守るために頑として譲らんかった・・」
「それで・・今に至る言うんじゃな・・」
「ああ・・。事情を知らんこの町の猫は、勝手にああでもねぇ、こうでもねぇと、尾ひれを付けての・・。噂はあっという間に広がったんじゃ・・。仲間を捨てて逃げた、いうんも、まだおるけぇの・・」
「レオいうんは・・死んだんか」
「ああ。山で死んだけぇの・・」
「そうか・・。それで、キハチさんは・・山におったんじゃろ」
「ああ・・」
「それがなんで飼い猫にやこ、なったんなら」
「わしは・・レオを残し、山を下りたんじゃ。それで運よく今の飼い主に拾われたんじゃけぇ・・」
「そうじゃったんか・・」
「タロウは・・元気にしとるんかの・・」
「ああ。島のみんなを上手く纏めとって、元気にしとるがの」
「ほうか・・」
「明日になったら、俺が島へ戻るけんの。このことをタロウに話すけんの」
「話したら・・タロウは来るじゃろうな・・」
「そりゃ来ると思うがの」
「そげになったら・・タロウは死ぬんじゃのぅ・・」
「とっ・・父ちゃんは死なん!死んだりやこ、せん!山神がなんなら!」
フクは思わず叫んだ。
「あはは・・フクは威勢がええのぅ・・」
「キハチ!お前は山神を見たんか!」
「ああ・・見たけぇの・・」
「やっ・・山神って、どがなもんなら!」
「例えようもないけぇ・・。フク・・、その目で見るか?」
「えっ・・」
「冗談じゃ・・。お前は山へ行ったらあかんけぇの・・」
「なっ・・なんでじゃ!」
「お前みたいな子供は・・目を潰されて終わりじゃけぇ・・」
「えっ・・」
目を潰される・・?
山神さんを見たら・・目を潰される言うんか・・
「まさか・・俺たちも同じ目に遭うんか」
俺はそう訊いた。
「お前は・・いくつなんじゃ・・」
「一歳じゃが・・」
「一歳か・・。まだ若いのぅ・・」
「で・・どうなら」
「まあ・・フクよりは大きいけの・・。それでもえらい目に遭うことに違いはねぇけの・・」
「ということは・・やっぱり鎮めるにはタロウしかおらんいうことか・・」
「ほうじゃの・・」
「嫌じゃ!父ちゃんは行かせんぞ!」
「フクよ・・、タロウが行かなんだら、天災が降りかかるんじゃけぇ・・」
「てっ・・天災って、なんなら!」
「それは・・山神さんが決めることじゃけぇ・・」
フクが行けば・・あっという間に殺されるんじゃ・・
タロウが行けば・・鎮められるかも知れんが・・死ぬこともあるんじゃ・・
どっちにしたって・・恐ろしい結果になることは避けられんのか・・
「山神の弱点とか、ありゃせんのか」
ソラがそう訊いた。
「弱点のぅ・・。なんせ神じゃけぇ・・弱点やこ、ありゃせんが。あったところで我々猫に、なにができる言うんじゃ・・」
「そや!あんたの飼い主。あの爺さんになんとか頼めんか」
「ははは・・。言葉やこ、通じんが」
「いや・・引っ張って連れて行くとか・・」
「連れてって、どないなる言うんじゃ・・。あの人も老人じゃが・・」
「ほなけんど・・」
「まあ・・とにかく、明日マサが島に帰ってからの話じゃけぇ・・」
それから俺たちは、朝になるまでぐっすりと眠った。
朝食も、あの老人がたっぷりと食わせてくれた。
そして俺は、初めてペット用のトイレを使わせてもらった。
その際、フクも興味本位でトイレを使ったが、粗相をしてしまった。
フクは「俺は飼い猫じゃありゃせん!」と、見苦しい言い訳をしていた。
やがて定期船が島へ向かう時間となり、俺たちは桟橋まで行った。
「マサ、頼むの」
ソラがそう言った。
「ああ、任しとけ」
「父ちゃん・・来たらあかん・・」
「フク・・」
マサがそう呟いた。
「父ちゃん・・山神に殺されるが・・」
「そうとは決まっとらんが」
「マサ・・行ったらあかん・・」
「フク・・まだそがなことを・・」
「行かんといてくれ・・お願いじゃから・・」
「なあ・・フク」
「なんなら・・」
「お前の父ちゃんは、勇敢なんじゃろ?強いんじゃろ?」
「当たり前じゃ!」
「強うて勇敢な父ちゃんが、山神如きに殺されると思うとるんか」
「え・・」
「なんでそう、死ぬと決めつけるんなら」
「じゃけど・・」
「ちったぁ・・父ちゃんを信用せんか」
「・・・」
「ほな、行くからの」
マサは船に向かって歩き出した。
「マサ!父ちゃん・・死にゃあせんのか?ほんまに、死にゃあせんのよな!」
「ああ、そうじゃ。死にゃあせん!」
マサはそう言って船に乗り込んだ。
出発の汽笛が鳴り、船はゆっくりと桟橋から離れた。
「父ちゃん・・父ちゃん・・」
フクは桟橋の端まで行き、ずっと船を見つめていた。
「フク・・」
俺とソラはフクの傍まで行き、声をかけた。
「なんなら・・」
フクは振り向き、とても悲しそうな目で俺たちを見た。
「心配せんでええ。父ちゃんがきっと山神さんを鎮めてくれらぁ」
ソラはとても優しい口調でそう言った。
「フク、マサを見送ったら戻って来いて、キハチさんが言うとったが」
俺がそう言った。
それでもフクは黙ったまま、俺たちを見ていた。
「フク、ここにおっても、どないもならんが。キハチのところへ行かんか」
ソラもそう言った。
「うん・・」
フクは仕方なく頷いた。
そして俺たちは、キハチの家を目指して歩いていた。
「それにしても、なんじゃな。「陸」言うんは、こげな広いところなんじゃの」
ソラが周りを見渡してそう言った。
「ほんまじゃ。島にはないもんばかりじゃの」
「ここは・・なんじゃろの」
ソラが一軒の店を見て、そう言った。
「なんじゃろか。猫や犬の絵が貼ってあるけんど・・」
俺とソラがそっと中を覗くと、檻に入れられた猫や犬が見えた。
「あっ・・ここはもしかして・・猫を売っとる店じゃねぇんか」
ソラがそう言った。
「そげな店があるんか」
「うん。前に観光客がそんな話しとったん、聞いたことがあるんじゃ」
「飼い猫いうんは、拾われるんじゃありゃせんのか」
「それもあるんじゃろが、買ういうんもあるらしいが」
「へぇ~、買うんか・・」
「俺らじゃったら、なんぼで買うてくれるんかいの」
「あはは、そうよの。なんぼじゃろの」
「おっ・・お前ら!猫としての誇りっちゅうもんが、ないんか!」
後ろでフクが、いきなり叫んだ。
「ああ~・・びっくりしたが」
振り向いてソラがそう言った。
「なんなら!なんぼじゃとか言うて!」
「冗談じゃが」
「俺は、人間に拾われとうもないし、ましてや売られとうもありゃせん!」
「そやけんど、お前、観光客に媚び売るん、得意やが」
「そがなこと、ありゃせん!あれは・・生きていくための手段じゃ!」
「あはは、まあ、ええが。生きるためには逞しくないとな」
「なんぼで買われるやこ、二度と言うな!」
「はいはい、わかりましたっ!」
ソラは呆れた風にそう言った。
「こいつ・・散々、人間に媚び売るくせにの・・よう言うわ・・」
ソラが小声で俺に言った。
「あはは・・まあ、とりあえず、猫としての誇り言うんを考えとるみたいやし、ええんじゃなかろか・・」
「誇りねぇ・・ぷぷ・・。ニャア~言うての・・ぷぷ・・」
「し~っ・・フクに聞こえるぞ・・」
「お前ら!なにをブツブツ言うとんなら!」
「いえいえ、なにも。そうよの!誇り言うんは大事にせんといかんの!」
「なんなら、ソラ!俺をバカにしょんか!」
「滅相もありませんぜ。フクお坊ちゃん」
「お坊ちゃんやと!なんなら!」
「やる、言うんか」
ソラはそう言って牙をむきだし、フクを威嚇した。
「えっ・・」
フクは思わず後ずさりした。
「フク・・」
「なっ・・なんなら・・」
「もう喚くんは、やめぇ」
「え・・」
「お前は喚く前に、相手の話を聞くこと。聞いたら理解すること。そして次に考えること」
「なにを言よんなら・・」
「弱い奴ほど喚いたりするもんじゃ。知っとるか?」
「し・・知らんが・・」
「お前は少なくとも、タロウの血を引いとんじゃ。タロウは強くて立派なボスじゃが。俺だって逆らおうとは思わんが」
「・・・」
「お前は、ほんまは強いはずなんじゃ。今は子供じゃから、強さの意味がわかっとらんのじゃ。だからの、強くなるためにはもっと心を広く持って、相手の言うことを聞くんじゃ。それが強くなる第一歩じゃ」
「・・・」
「将来はボスになるんじゃろが」
「・・・」
「だから、これからは喚くんはやめぇ。わかったか?」
ソラにそう言われても、フクは黙ったままだった。
こいつは、わがまま放題で生きてきよった。
俺にも何度もケンカを吹っ掛けてきよった。
成長の過程で、それも仕方がねぇことなんじゃろが、この「旅」を機に、少しでも成長してくれりゃええんじゃが。
それから二日経っても、三日経っても、マサがここに戻ってくることはなかった。
それもそのはず、台風が吹き荒れ、定期船はずっと欠航していた。
「はよう、台風が収まってくれんと・・マサはタロウを連れて来れんが・・」
ソラが心配してそう言った。
俺たちは、キハチの家で世話になっていた。
今もキハチの部屋で話をしているところだった。
「台風には・・人間も勝てんけぇのぅ・・」
キハチがそう呟いた。
「まあ・・もうちょっとしたら、収まるんじゃねぇかの」
俺がそう言った。
「ところで・・嫌な噂を耳にしたんじゃが・・」
キハチは突然、そう言い出した。
「キハチさん、それはどがなことなら」
「山神さんのことじゃ・・」
「え・・」
「どうやら・・もうじき山神さんが降りるいう噂じゃ・・」
「えっ!それはいつなら」
「はっきりしたことは、まだわからんが・・山神さんが降りる時には・・山に掛かる雲が赤うなるんじゃ。それでわしは・・毎日、雲を見とるんじゃが・・」
「もし・・雲が赤うなったら・・山へ入らんとあかんのじゃろ」
「ああ・・。そうじゃけぇ・・」
もし・・マサが間に合わんかったら・・
フクが行くことになるんか・・
どうすんなら・・




