三十二、一筋の光
「なあ、慎平」
俺は、他の猫に話しかけている慎平のもとへ行った。
「なに?コテツ」
慎平は、灰色の毛で覆われた子猫の頭を撫でながら振り向いた。
「フクがの・・東京へ行きたい言よんじゃけんど・・」
「え・・そうなの?」
「うん・・」
「僕は、ぜっんぜん、いいよ!」
「ほ・・ほうか・・」
「なに・・どうしたの?」
「いや・・そうなったら、また慎平に面倒をかけることになりゃせんか・・」
「ヤダな~。面倒ってなんだよ~」
「いや・・その・・飯や風呂の世話とか・・」
「もう~コテツ~、なに言ってるんだよ~。僕がそんなことを面倒だと考えると思う?」
「いや・・」
「それよりソラとかマサはいいの?」
「え・・」
「コテツやフクと離れてしまうんだよ」
「うん・・そうじゃな・・」
「それにさ、コテツはやっと島へ戻れたんだよ。それをもう引き返すってなったら、淋しいんじゃないかな・・」
「慎平は、いつ戻るんなら」
「そうだなあ~、お母さんには一週間くらいって言ってあるから、もう少しは大丈夫だよ」
「ほうか・・」
「でもさ、僕としてはコテツもフクも連れて帰りたいよ。これ本心。だけど仲間のこともよく考えてね」
「うん・・わかった」
「幸い、この島には宿泊施設があるから、僕はそこに泊まるよ」
「ほうか・・」
「それにもっと、島を見て回りたいし!」
そこで慎平は立ち上がり、歩き出した。
すると一緒にいた子猫が、慎平の後に続いた。
「お兄ちゃん、どこへ行くんなら」
子猫がそう言った。
「えっとね~島を歩くんだよ」
「歩くんか!じゃったら僕が案内してやるけに!」
「わあ~嬉しいな。ありがとう~」
「こっちじゃ!こっちじゃけに!」
俺はその子猫のことは知らなかった。
「お前、いつ生まれたんなら」
俺はそう訊いた。
「僕は三ヶ月前に生まれたんじゃ」
「ほうか・・。名前はなんていうんなら」
「タケじゃ」
「ほうか」
「お前は、コテツいうんか」
「ほうじゃ。コテツじゃけど、お前いう言い方はねぇけに」
「あ・・うん、ごめん」
「まあええ。慎平を案内しちゃれ」
「わかった!お兄ちゃんこっちじゃけに!」
「じゃ、コテツ、行ってくるね」
「うん」
フク・・ほんまに東京へ行くんかの・・
俺は・・別にええけんど・・
俺が島へ戻ってから三日が過ぎた。
慎平は思う存分島を堪能し、そろそろ東京へ戻ると言っていた。
俺は縁側の下で、寝そべっていた。
「コテツ」
そこにソラがきた。
「おう、ソラか」
俺はゆっくりと立ち上がり、縁側から出た。
「お前、東京へ行くんか」
「え・・それは・・」
「フクは行く、言よるぞ」
「ほうか・・」
「なあ、コテツ」
「なんなら」
「お前も行きゃあええが」
「え・・」
「もともとお前とフクは、山神の願いを叶えるために広い大地を走ってやる言よったが」
「ほうじゃけど・・」
「もう山神はおらんけんど、フクはまだそれを果たしとらんが」
「・・・」
「フクは、その気持ちを抱えとんじゃねぇんかの」
「・・・」
「あいつは口に出さんが、それを果たさんことには、山神への供養にならんと思うとるんじゃねぇんかの」
「ほ・・ほうか・・」
「慎平じゃったら、俺も安心じゃけに。せぇで、しばらく経ったら、また帰って来りゃあええが」
「ソラは行かんのか」
「俺か。俺はもうええけに。やっぱり島が一番じゃけにの」
「マサはどうすんなら」
「マサか。あいつは子がおるけに、行かんの」
「えっ・・子ができたんか」
「慎平を案内しよった子猫がおったじゃろ。タケいう」
「あ・・ああ・・」
「あれがマサの子じゃ」
「そうじゃったんか・・」
「東京へ行ったら、シンバによろしゅう言うといてくれの」
「うん・・わかった」
俺は、フクと東京へ行く決心をした。
そのことを慎平に告げると、俺とフクを抱きしめて喜んでいた。
そして俺とフクと慎平は、桟橋で岡山へ向かう船を待っていた。
「お兄ちゃん、もう帰ってしまうんか・・」
タケが淋しそうに、慎平にそう言った。
「タケ、色々とありがとう。とても楽しかったよ」
慎平は腰をかがめ、タケの頭を撫でていた。
「また来てくれの・・」
「うん!絶対に来るよ!」
「待っちょるけんの・・」
「約束するよ!」
桟橋には、ソラとマサも見送りに来ていた。
「フク~!東京で、怖い~言うて、泣くんじゃねぇんか」
マサがそう言って笑った。
「なにをっ!泣くやこ、ありゃせん!」
「あはは、冗談じゃが。気ぃつけての」
「うん、ありがとう、マサ」
「コテツ、フクを頼んだぞ」
「わかっとる」
「フク。精一杯、広い大地を楽しんでくるんじゃぞ。ようさん走り回るんじゃぞ」
ソラがそう言った。
「うん!そうするけに!」
「コテツ、元気でな。帰ってくるん、待っとるけにの」
「ああ。ソラも元気でな」
「ソラ、マサ。なにも心配はいらないよ。僕に任せて!」
「慎平、ありがとう」
ソラとマサは同時に慎平に礼を言った。
やがて船が到着し、俺たちは乗船した。
ブッブ~~~!
出発の汽笛が大きく鳴り響き、俺とフクは、少しずつ離れて行く島を、船尾から眺めていた。
「フク、やっぱり淋しいの?」
慎平はフクの切なげな表情を見て、そう言った。
「淋しいやこ・・ありゃせん・・」
「東京はとても広いところだよ。走っても走り切れないほど広いんだよ」
「ほうか・・」
「東京でたくさん思い出を作って、島へ持って帰ればいいよ」
「う・・うん・・」
「さっ、もう行くと決めたんだし、元気出さなくちゃね!」
「うん。そうじゃな・・そうじゃな!」
フクは慎平に励まされ、元気を取り戻した。
船はやがて岡山へ到着し、俺たちはその足で神社へ向かった。
「僕はもう、神社の場所は知ってるんだもんね。さあ~誰が一番に到着するか競争だよ~!」
慎平はそう言って、先に走り始めた。
「あっ、おい、慎平~ずるいが~~!」
フクが後を追いかけた。
俺もフクに続いた。
俺たちはずっと走り続け、フクを見るとその顔の表情は、これからもっと広い大地を走ってやると言わんばかりに、希望に満ちていた。
やがて神社に到着し、俺たちは拝殿の裏に建っている祠へ向かった。
祠の前まで行くと、そこには小さな花が添えられていた。
「きっと誰かがお供えしてくれたんだね」
慎平がそう言って手を合わせた。
フクは慎平の横で、静かに祈りを捧げていた。
俺もそれに倣った。
「山神・・俺は今から広い大地で走るけにの。お前の分まで走ってやるけにの」
フクがそう呟いた。
「俺もじゃ。フクと一緒に走ってやるけにの」
「それを言うなら、僕もそうだよ。今度、大会があるんだ~。山神さん、僕、優勝できるように頑張るからね!」
「大会て、なんなら」
フクがそう訊ねた。
「僕ね、陸上選手なんだ。それでタイムを競う大会があるんだよ」
「ほう~」
「優勝狙ってるんだ~」
「人間は、面白いことを考えるもんじゃな」
「あはは、そうかな」
「猫にやこ、そがなもんはありゃせんぞ」
「島へ戻ったら、コテツとフクで大会を開けばいいんじゃない?」
「え・・どがにすんなら」
俺がそう訊いた。
「例えばさ~、砂浜で横一列に並んで、よーいどん!の号令で一斉に走るんだよ。で、誰が一番速いかを競うんだ」
「ほう~」
「それは面白そうじゃな!」
フクが目を輝かせてそう言った。
「でしょ~!」
「なあ、コテツ。島へ戻ったらやってみんか!」
「あはは、張り切っとるのう~フク」
そんな話をしていると、さっきまで曇っていた空に陽が射し始め、祠を照らした。
「おお~!きっと山神さんに伝わったんだね。喜んでるんだよ~」
「ほんまじゃな!伝わったんじゃな!」
フクは自分の想いが伝わったと信じ、涙を流して喜んでいた。
「さて、行きますか~!」
慎平がそう言い、歩き始めた。
「山神!行ってくるけにの!帰りにまた寄るけにの!」
フクはそう言って、慎平の後に続いた。
山神・・
もうなんも心配することやこ、ねぇけにの。
ここは人間がちゃんと守ってくれるけにの。
俺も島へ戻ったら、時々ここへ来るけにの。
お前のことは一生忘れんけに。
俺はお前の子孫じゃけに、ちゃんと立派に生き抜いて見せるけにの・・
そして俺たちは山を後にし、電車に乗って東京へ向かった。




