三十三、異変
「ただいま~」
慎平は大きな声で、母親に挨拶をした。
「おかえり~~」
母親もそれに応えて大きな声を挙げ、玄関まで出てきた。
「ああ~~!一匹増えてる!」
母親はフクを見てそう言った。
「この子はね、コテツの親友でフク」
「えっ、あんた、まさか島から無理やり連れて来たの?」
「違うよ~。フクが行きたいって言ったんだよ」
「そうなんだ~。フク、初めまして~」
母親はフクを抱き上げた。
「かわいいわね~。白猫もいいわ~~」
「ニャア~」
フクは甘えた声で鳴いて見せた。
さすがじゃの・・フク・・
「きゃ~かわいいっ!」
「ほらほら~お母さん、リビングへ行こうよ」
「あら、そうね。コテツ~!行くわよ~」
母親はフクを抱いたまま、リビングへ行き、俺たちも後に続いた。
「それでどうだったの?島は」
母親はフクを下して、慎平にそう訊いた。
「うん、すごくいいところだったよ」
「そうなんだあ~。やっぱりお母さんも行きたかったなあ」
「今度は一緒に行こうよ」
「絶対よ!」
「はいはい」
「ほらほらおいで~」
母親はそう言って、餌と水を用意してくれた。
俺とフクは、遠慮なく食べた。
「コテツ、慎平の親もええ人間じゃな」
「ほうじゃ。ちぃーっとうるさいけどの」
俺はそう言って笑った。
「あら、なによ~コテツ。うるさくて悪かったわね」
母親は機械を見ていた。
げっ・・しまった・・
言葉がわかるいうんも・・時には良し悪しじゃな・・
「あはは、コテツ、気にしなくてもいいよ」
「慎平~、なによ~それ」
「だって本当のことだもん」
「まあいいわっ。コテツ、フク。それ食べたらお風呂だからね~」
「コテツ・・風呂て、なんなら」
「風呂は気持ちええぞ」
「へぇ~」
「体を洗うてくれるんじゃ」
「えっ・・」
「シャンプーいうんで洗うてくれるんじゃ」
「ほ・・ほうか・・」
そしてフクは初めて風呂に入った。
「ギャア~~!」
予想通りと言うべきか・・フクは恐れおののいていた。
「あはは、フク。大人しゅうしとれよ」
「コテツ・・こがなもんが、なんで気持ちがええんなら」
「フク、もう少しだからね~怖がらなくていいよ」
慎平は優しく体を洗っていた。
フクはその後「人間の家」を探検していた。
「キハチの家にも見たことがねぇもんが、ようさんあったけんど、ここもそうじゃな」
「そうよの」
「あっ、そうだ。フク」
慎平がそう言った。
「なんなら」
「テレビ、見せてあげるよ」
「テレビ・・?」
「コテツが出てるんだよ」
「えっ・・どがな意味なら」
「慎平、もしかしてあの番組のことなんか」
「そうなんだよ、コテツ。僕は動物の番組は録画することにしててね」
「そうじゃったんか」
慎平はリビングに置いてあるテレビのスイッチを入れ、なにやら操作をしていた。
「ほら、これだよ」
画面に映し出されたのは、まさしくあの日、俺が出演した番組だった。
「あっ!コテツじゃが!」
フクは画面の傍まで行き、見入っていた。
「なんでテレビにやこ、出とんなら」
そこで俺は、テレビに出た経緯を話した。
「それにしてもじゃが。なんならこの人間は」
フクは神崎を見てそう言った。
「これが神崎いう人間じゃ」
「それはわかっとるんじゃが、島にはおらんタイプの人間じゃな」
「まあ・・の」
俺は画面に映し出された牙と爪を見て、なんとも言いようのない複雑な心境になっていた。
「そういえばコテツ。あんたの牙、どうしたの?」
一緒にテレビを観ていた母親がそう言った。
「牙だけじゃないのよ。爪もよ。手術でもしたの?」
「うん、そうだよ。手術したんだよ」
慎平がそう言った。
「えっ、マジで?手術代、どうしたのよ」
「偶然出会った獣医さんが、タダでやってくれたんだよ」
「ええ~~ほんと?そんなことあるの?」
「あるんだよ」
「あら~そうだったんだ。まあ邪魔といえば邪魔だったもんね」
俺は「邪魔」と言われたことが、ほんの少し悲しかった。
翌日になり、俺とフクは河川敷へ行った。
「俺が住んどったとこ、連れてってやるけに」
「ボスをやっとったところか?」
「ああ」
行っても多分、ジロウたちはおらんじゃろうがの・・
「コテツ、このようさんの水はなんなら・・」
フクは川を見て驚いていた。
「これは川いうて、この水が海へ流れとるんじゃ」
「へぇ~」
「じゃけど、この水は飲めるんじゃけに」
「えっ!そうなんか!」
「海の水は塩辛いけんど、この水は辛うねぇんじゃ」
「ほっ・・ほんまか!」
フクはそう言って、川べりへ行き水を飲んでいた。
「ああ~~!ほんまじゃ!飲めるが!」
「ほうじゃろ。じゃから俺はここで生きられたんじゃけに」
「こがな水があるんじゃなあ~~」
フクは広い河川敷を走り回っていた。
「コテツ~~!ここは広いのう~~!」
「あはは、ほうじゃの~~!」
「あっちには、大きい建物がようさんあるし、あれはなんなら!」
フクは橋を見てそう言った。
「あれは橋いうての、あそこを渡れば簡単に川の向こう側へ行けるんじゃ」
「わあ~~!そうなんじゃの!」
「島からも見えよったろうが。大きい橋が」
「ああ・・そうじゃった!あれと同じもんなんじゃの!」
「ほうじゃの!」
俺たちはしばらく、走り回ることに夢中になっていた。
こうして何気ない平和な日々が続いたある日のこと・・
俺の身体は変調をきたしていた。
どうにも身体が重くて仕方がないのだ。
しかし、このことをフクや慎平に告げると、余計な心配をかけることになると考え、俺は黙っていた。
「コテツ、今日はシンバのところへ行くんじゃな?」
「ああ、そうじゃったな」
「シンバって、ソラが暮らしていた家の猫だよね?」
慎平がそう訊いた。
「そうじゃ。ソラがよろしゅう伝えてくれと言よったけにの」
「そっか。気をつけて行くんだよ」
慎平はそう言いながら、制服に着替えていた。
「慎平、どこ行くんなら」
フクがそう訊いた。
「僕は今日から学校なんだ。新学期なんだよ」
「へぇ~」
「それでさ、この週末に大会があるんだ」
「おっ!走るんを競争するやつじゃな!」
「そうそう。あっ!フクとコテツも連れてってあげるよ」
「おお~~」
「その様子を見てさ、参考にしたらいいよ」
「そうじゃな!行くぞ~~!」
「ん・・?コテツ、どうかしたの?」
慎平はずっと黙っている俺にそう言った。
「あ・・いや。ほうじゃな!見に行くけにの!」
「楽しみにしててね。じゃ、僕は学校へ行ってくるね」
慎平は鞄を持ち、部屋を出た。
「大会か!楽しみじゃな!コテツ」
「え・・ああ、楽しみじゃな」
「コテツ・・なんなら。元気がねぇが」
「そがなことありゃせん。さて、俺たちもシンバの家へ行くか!」
「ほうじゃの!」
俺たちは外へ出て、シンバの家に向かった。
フクは東京へ来てから、まるで島のことなど忘れているかのように「広い大地」を堪能していた。
次から次へと珍しい物や光景を見るたびに、フクはいちいち驚き、楽しんでいた。
「シンバの家いうんも、大きいんじゃってな」
「うん。キハチの家と同じくらい大きいけに」
「せぇで、猫の部屋もあるんじゃろ?」
「うん、あるぞ」
「あはは!楽しみじゃな~~!」
フクの脚は軽やかだった。
俺は、そんなフクにも着いて行けないほど身体は衰弱しつつあった。
この症状は・・一体なんなら・・
俺は不思議で仕方がなかったが、自分の身体が自由にならないことは自分が一番よくわかっていた。
これは明らかにおかしい・・
今まで、こがなことにやこ、なったことがねぇけに・・
それでも俺は、フクに悟られまいと、必死に着いて行った。
やがてシンバの家の前まできた。
「おお~ここなんじゃの」
「シンバ・・おるかの」
「呼んでみるかの」
そう言ってフクはシンバの名前を呼んだ。
すると二階の窓からシンバが顔を見せた。
「あっ!おったが!おーい、シンバ~~」
フクは大声で叫んだ。
するとすぐにシンバは、玄関のペットドアから外に出てきた。
「コテツくーん!どうしたの?」
シンバは俺を見て驚いていた。
「シンバ、俺、フクいうんじゃ。島から来たんじゃ」
「あ、そうなんだ。はじめまして」
「シンバ・・その・・」
「なんだよ、コテツくん」
「いや・・俺、お前にあがなことして・・謝らんといけん。済まんかった」
「なんだよもう~。そんなことはいいんだってば」
「せぇで、ケガは治ったんか・・」
「あはは、とっくに治ったよ」
「ほ・・ほうか・・よかった」
「それで、ソラくんとは会ったの?」
「ああ。島へ帰って会うたけに」
「そっか、よかったね!んで、ソラくんは?」
「ソラはもうここへは来ん。島で暮らす言うとった。せぇで、お前によろしく伝えてくれ言われての」
「そうなんだ。ソラくん、もう来ないんだ・・」
「シンバが元気でよかった・・。それを確かめられただけで・・俺は・・」
「コテツくん、なに言ってるんだよ。それより家へ入ってよ」
「え・・」
「ヤダな~、このまま帰るつもりだったの?」
「いや・・それは・・」
「フクくんも、どうぞ入って」
フクはそう言われ、俺を見た。
「フク、入らせてもらうか」
「うん!」
そして俺たちは、二階にあるシンバの部屋へ入らせてもらった。
フクは部屋に入り、また珍しそうに眺めていた。
「ソラくんから聞いたんだけどさ、コテツくん猫に憑りつかれてるんだってね・・」
「あ、それはもう解決したんじゃ」
「え・・そうなの?」
「ほら、この牙。猫のもんじゃろ」
「ああ・・ほんとだ。以前の牙じゃないね」
そこで俺は、慎平のことや神社のこと、山神の話をした。
「大変だったんだね」
「まあの・・。じゃけど、もう山神は成仏したけに」
「そっか。それでその慎平って人に連れてきてもらったんだね」
「そうなんじゃ。せぇでフクも東京へ行きたい言うての」
「うん、いいじゃん。ゆっくりしていきなよ」
「俺、シンバとも仲良うしたいけに!会うのが楽しみじゃったんじゃ!」
「あはは、そうなんだ~。フクくんって元気一杯だね」
「島へ帰ったらの、走って競争する大会いうんをやるんじゃ!」
「ええ~~なにそれ」
フクは嬉しそうに、走り競争の説明をしていた。
あれ・・
なんじゃ・・
目が・・霞んどるが・・
俺の目は、ぼんやりと膜が張ったように見えにくくなっていた。
なんなら・・これは・・
どういうことなら・・




