三十一、帰島
俺と慎平は次の日、島へ渡ろうと桟橋で船を待っていた。
「コテツ、身体の具合はどう?」
「少しだるいけんど、平気じゃけに」
俺は籠の中からそう答えた。
「そっか。あまり元気がないとフクたちが心配するといけないしね」
「そうじゃな・・」
慎平は・・ほんまにええ人間じゃな・・
どこまでも優しいのう・・
「コテツ・・」
「なんなら」
「もう島に戻るの・・?」
「え・・」
「いや、いいんだ。訊いちゃいけなかったね」
「慎平・・」
慎平の顔は見えなかったが、声でわかった。
慎平は俺と別れるのが辛いんじゃな・・
実は俺もそうだった。
この前までは飼い猫になるなど、考えたこともなかったが、慎平のような、心底からの猫好きは俺にとっては初めてだった。
確かに、キハチやシンバの飼い主もええ人間じゃった・・
島の人間もええやつばかりじゃ・・
じゃけど・・慎平は違うんじゃ・・
猫の言葉がわかる機械を作るほど、慎平は猫と話したくて、それは猫の気持ちを理解したいという切なる想いの表れだ。
単に猫好きが「ペット」として飼うことと、意味が違うのだと、俺は痛感していた。
「あっ、船が来たよ!あれに乗るんだね」
「ああ、ほうじゃ・・」
俺は久しぶりに見る船に、懐かしさを覚えた。
やがて船は桟橋に着き、俺たちは乗船した。
ほどなくして船は、島へ向けて出発した。
「いいなあ~~、この潮の香り。やっぱり海って広くていいよね」
「そうじゃの」
「コテツ、出してあげるね」
そう言って慎平は、俺を籠から出してくれた。
そして俺を抱きあげて、海を見せてくれた。
「コテツって、ほんといいところで生まれ育ったんだね」
「うん・・」
「僕も引っ越してきたいくらいだよ」
慎平はそう言って、悲しげに笑った。
俺はその表情を見て、なにも言えなかった。
船は段々と、俺がいた島へ近づいて行った。
ブーッ!ブーッ!
そこで到着を知らせる汽笛が鳴った。
「コテツ~!着いたよ!あの島だね」
俺は懐かしさで体が震える思いがした。
フク・・ソラ・・マサ・・
やっと会えるんじゃの・・
桟橋に着くと、大勢の猫が群がっていた。
ああ・・この光景じゃ・・
懐かしいのう・・
俺とソラもああやって、桟橋へ走ったもんじゃ・・
慎平はタラップを降り、桟橋に立った。
「ひゃ~~!僕、興奮しちゃうよ~~!」
慎平は大勢の猫を見て、とても喜んでいた。
「みんなかわいいなあ~~!」
「慎平、よかったの」
「うん!めっちゃ嬉しいよ~!」
そこで慎平は俺を下した。
「フクに会わせてね」
俺はフク、ソラ、マサを探した。
「探すけに、待っちょってくれの」
けれども慎平は、群がる猫に目移りしていた。
あはは、慎平らしいのう。
「あっ!コテツ~~!」
そこでソラが俺を見つけた。
「ソラ~~~!」
俺は急いでソラのもとへ走った。
「あっ、コテツ!お前、牙が戻っとるが!」
「ほうなんじゃ!もう色々あってのう~~!山神の呪いが解けたんじゃ!」
「ええええ~~!ほっ・・ほんまかっ!」
「ああ、ほんまじゃけに!」
「そうか、そうか~~!よかったのう~~!」
「コテツ~!」
そこで慎平が走ってきた。
「慎平、こいつがソラじゃ!」
「おお~~!そうなんだ~!初めまして、僕、慎平だよ」
「え・・。おい、コテツ・・」
「なんなら」
「この人間は、なんで喋っとんなら・・」
「慎平は猫の言葉がわかる人間なんじゃ」
「え・・ほんまか・・」
「ああ、ほんまじゃ。話しかけてみぃ」
「え・・いや・・」
「遠慮やこ、せんでええけに」
「いや・・まあ。えっと・・慎平はどこから来たんなら」
「僕?僕は東京からだよ」
「げ・・ほんまにわかっとるが・・」
「じゃから、そう言うたが」
「東京か・・。俺もこの間までは東京におったんじゃ」
「そうらしいね。コテツから聞いてるよ」
「わあ・・信じられん・・すごいのう・・」
ソラは引くくらい驚いていた。
そして俺は、慎平が呪いを解いてくれた話をした。
「そうじゃったんか・・大変じゃったのう・・」
「それよりソラ・・」
「なんなら」
「俺はお前に謝らんといけん・・」
「なにをなら」
「お前やシンバにあがなことを・・」
「なに言よんなら。あれはお前じゃねぇが。全部、山神のせいじゃが」
「そうじゃけど・・」
「そがなことはもうええ。それより、フクに会いたかろう」
「ああ。会いたい・・」
「フクじゃったらあそこじゃ」
ソラは群れの方を見て、そう言った。
「あいつの・・ずっとお前に会いたい言うての・・何度も島から出ようとしたんじゃ」
「そうか・・」
「じゃけど、俺が頑として止めたんじゃ。帰ってくるまで待っちょれ言うての」
「うん・・」
「ほら、行ってびっくりさせちゃれ」
ソラはそう言って笑った。
俺は群れに近づき、フクを見つけた。
フク・・フクじゃ・・
あはは・・変わっとらんのう・・
フクは傍にいる仲間たちと、楽しそうに話しながら餌を食っていた。
「フク・・」
俺はフクの前まで行き、声をかけた。
「え・・」
俺を見たフクは、しばらく呆然としていた。
「フク・・俺、帰ってきたんじゃ・・」
「コ・・コテツ・・」
「お前・・元気そうで・・よかった・・」
「コテツ~~~!コテツ~~~!」
フクは俺に覆い被さってきた。
「あはは、なにすんなら。やめぇ」
「コテツ~~!お前、東京いうとこへ行っとったらしいが!」
「ほうじゃ」
「せぇで・・呪いは、どうなったんなら」
「それが解けたけに、帰ってきたんじゃ」
「ほっ・・ほんまかっ!」
「ああ」
「じゃったらもう、どこへも行かんのよなっ!ここで住むんじゃな!」
「え・・ああ、うん・・」
「コテツ~~~!」
「フク~、どいてくれんかの。苦しいけに~」
「ああ、ごめん~」
そこで俺は、ようやく立ち上がった。
「コテツ・・後ろの人間は、なんなら・・」
振り向くと慎平が泣きながら俺たちを見ていた。
「慎平・・」
「コテツ、よかったね。ほんとによかった・・」
「慎平、泣かんでくれ・・」
「あはは、別に悲しくて泣いてるわけじゃないよ。嬉し泣きだよ」
それでも慎平の涙は止まることがなかった。
「コテツ・・なんでこの人間と話やこ、しよんなら・・」
「慎平は猫の言葉がわかる人間なんじゃ」
「え・・」
そこで俺は、慎平と出会ったことや、呪いを解いてくれた話をした。
「そうじゃったんか・・」
「フク。僕、きみに会いたくてここに来たんだ」
「え・・俺に・・?」
「コテツの親友って、どんな子かな~って思ってね」
「ほ・・ほうか・・」
そこにソラとマサもやってきた。
マサも同様、慎平のことを驚いて見ていた。
そして俺が無事に帰ってきたことを、心底喜んでくれた。
「コテツ。僕、他の猫とも話したいから、ちょっと行ってくるね」
「ほうか。わかった」
慎平は、堤防の先で寝そべっている猫のところへ行った。
そして俺たち四匹は、風の当たらない石垣の下へ行った。
「それにしても、ええ人間に出会うたのう、コテツ」
マサがそう言った。
「ほうなんじゃ。慎平と出会っとらんかったら、俺は山神になっとったんじゃ」
「ほんまよのう。あがなええ人間がおるんじゃの」
「慎平はええ人間じゃ」
「じゃけど、ほんまに危機一髪じゃったんじゃの」
ソラがそう言った。
「ああ。ちぃっとでも遅れとったら、あかんかった」
「俺はもう、山神やこ、消えた思うとったけんど・・」
フクが悲しそうに言った。
「あの時は、俺もそう思うとった。じゃけど、俺の中におったんじゃ。俺は何度も出て行ってくれと願うたんじゃが、山神は聞いてくれんかった。でもそのわけが、神社へ行ってからわかったんじゃ。さっきも話したけんど、祠を大切にせんかったからなんじゃ」
「うん・・」
「人間がもっと大切にしてくれとったら、あがなことにやこ、なりゃせんかったんかも知れんのじゃ・・」
「今後は、どうすんなら。その祠」
ソラがそう訊いた。
「あの後、慎平は町の役場へ行っての。そのことを知らせたんじゃ。そしたら、ちゃんと管理してくれることになったんじゃ」
「ほうか。それはよかったの」
「なにもかも、慎平のおかげじゃ」
「お・・俺も・・東京へ行ってみたい・・」
「フク・・」
「コテツと一緒に、東京へ行きたいけに・・」
「行ってどないすんなら・・」
「広うて大きい陸を、見てみたいけに・・」
「フク・・」
「せぇで・・その前に祠へ行って、山神に手を合わせたいけに・・」
「・・・」
「俺が行かんといけん。山神は俺を怨んどったんじゃけに。な?そうじゃろ」
「ほうじゃけど・・」
「な、俺も一緒に連れてってくれ。慎平とコテツと一緒に」
「わかった・・。後で慎平に訊いてみるけに」
ソラとマサは複雑な表情をしていたが、俺はフクの優しい気持ちが痛いほど伝わってきた。




