三十、浄霊
俺は久しぶりに、慎平の家へ連れて行かれた。
「あら~~!コテツじゃな~~い」
俺を抱いて家に入った慎平を見て、母親が大きな声で叫んでいた。
「どこへ行ってたのよ~。それにしてもよく見つけたわね」
「ほら、この間、テレビに出てただろう?」
「ああ~・・あの変な男の人ね」
「僕、見かけたことあったんだ。それでコテツのことだから、逃げ出してこの辺りにいるかもって思ってさ」
「そっか~。コテツ~~元気だった?」
母親は嬉しそうに俺の頭を撫でた。
「それでさ、お母さん」
「なに?」
「僕、コテツと旅に出るから」
「ええ~~!旅ってなによ、旅って」
慎平と母親は廊下を歩きながらそう言った。
「まあ、旅っていっても、一週間くらいかな」
「どこへ行くのよ」
「中国地方」
「え・・なによそれ」
そして二人はリビングの椅子に座った。
「コテツは島ねこなんだ。それで里帰りってわけ」
「ふーん、そうなんだ。コテツが帰りたいって言ってるの?」
「まあね。で、早速明日から行くから、旅費、ちょうだいね」
「それならお母さんも行く」
「えぇ~~!僕とコテツだけで行くんだよ」
「なによ~~!別にいいじゃない」
「ダメだってば~」
「コテツ~!私も一緒に行ってもいいよね?」
「え・・慎平と二人がええんじゃが・・」
そこで母親は機械を覗きこんだ。
「ま~~っ、コテツったら、冷たいのね~」
「ほら、コテツもこう言ってるし、二人で行ってくるから」
「仕方がないわねぇ。あまり羽目を外さいなのよ」
「わかってるって。じゃ、僕たち二階へ行くから」
そう言って慎平は自室へ向かった。
中へ入り、慎平は早速、旅へ出る準備をしていた。
「えっと~着替え、着替えっと。ほら~コテツ、見て。これ充電器なんだ。この間、作ったんだよ」
「ほうか・・」
「これがあると、電源がなくても充電できるんだ。だから安心だよ」
「ようわからんが、ええもん作ったんじゃの」
「うん。コテツの餌と水は、行った先で調達できるし、荷物も少ないから身軽だよ」
「ほうか・・」
「神社の場所は、コテツが案内してね」
「わかった」
「ところでさ、コテツ。ここを出てからなにしてたの?」
「河川敷のだいぶ向こうの方で、ボスをやっとった」
「へぇ~猫のボス?」
「ほうじゃ」
「それで保健所の人に捕まえられたんだね」
「ある日にの、仲間を襲うた飼い犬がおって、俺はそいつの脚の骨をかみ砕いてやったんじゃ」
「げ・・マジで・・」
「ほんで間もなくじゃ。捕まったんは」
「そっか・・。飼い主が通報したんだね」
「うん」
「その後、神崎さんが飼い猫だと偽って引き取りに来たんだね」
「ほうじゃ」
「でもそのおかげで助かったんだね」
「まあの。でも神崎は俺を利用して金儲けをしようとしたんじゃ」
「そうみたいだね・・」
「俺は神崎の家におる時、一歩も檻から出してもらえんかった」
「え・・なにそれ。酷いな・・」
「ああ。あいつは酷い人間じゃ」
「でも見つかってよかった。僕、ずっと探してたんだよ」
「ほうか・・悪かったの・・」
「それより呪いを解くことだよ。明日行こうね」
「うん、わかった」
そして翌日になり、俺と慎平は岡山へ向かった。
電車を何度も乗り継ぎ、やがて笠岡に着いた。
「ここかぁ~!いいところだね」
慎平が改札を出て、しみじみそう言った。
「わあ~海が目の前だね」
「俺はあそこから、この陸へ上がったんじゃ」
「そうなんだね」
「山まで、ちぃーっと遠いが、大丈夫なんか?慎平」
「大丈夫!僕を誰だと思ってるの?これでも陸上選手だよ」
「ああ・・そうじゃったな」
「さっ、急ごう!」
そこで俺は籠から出された。
「着いてきてくれ」
俺はそう言い、慎平の先を歩いた。
「コテツ、走ってもいいよ」
「ほうか」
そして俺と慎平は山へ向かって走った。
慎平の脚は、さすがに走るのが得意とあって軽やかだった。
俺は遠慮気味に走っていたが、少し速度をあげた。
「平気、平気~!もっとスピードあげてもいいよ!」
俺と慎平は、まるで競争するかのように走り抜けた。
すると山の入口まで来たところで、何匹かの猫に出くわした。
そいつらは立ちふさがる形で、俺たちを待っていたかのようだった。
「なんなら・・お前らは」
俺が一匹のボスらしきキジの成猫にそう言った。
「お前、コテツじゃろ」
そいつが答えた。
「そうじゃが、なんなら」
「コテツ・・どうしたの?」
慎平が心配してそう言った。
というのも、猫たちには、ただならぬ雰囲気が漂っていたからだ。
「訊きたいことがあるんじゃけど」
「なんなら」
「お前、山神は消えたんじゃねぇんか」
「あ・・ああ、消えた・・」
俺は山神が俺の中にいることは伏せた。
「ほなら、どしてああなっとるんじゃ!」
「え・・どかな意味なら」
「あの山、よう見てみぃ!」
俺は山の頂上を見た。
すると山に掛かる雲の色が変色していた。
「あ・・」
「山神が消えたんなら、なんであんな色になっとるんじゃ!」
「そがなこと、俺が知るわけがねぇが!」
「というか・・お前、なんでここに来たんじゃ」
「そ・・それは・・」
「山神やこ、消えとらんのじゃろが!」
「そ・・そがなことやこ・・」
「ねぇ、きみ」
そこで慎平が口を開いた。
「おい、コテツ。この人間はなんじゃ」
「こいつは、猫の言葉がわかる人間なんじゃ」
「えっ・・」
「僕、慎平っていうんだ。きみは?」
「え・・俺は、ヒロじゃ・・」
「そうなんだ、ヒロっていうんだね」
「お・・おい・・嘘じゃろ・・。俺の言葉、わかっとるが・・」
「そうなんだよ、わかるんだ。それでさ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「なっ・・なんじゃ・・」
「あの雲のことなんだけど、あれって異常事態なの?」
「そうじゃ。雲の色が変色しとるじゃろ。あれが赤うなったら山神が降りてきたいう証なんじゃけぇ・・」
「そうなんだ・・これは急がないと・・」
「急ぐ?なんで急ぐんじゃ」
「いや、こっちの話。コテツ行くよ!」
「おい、待て!コテツ!お前は山神を消すことに失敗したんじゃ。失敗したやつが再び山へ入ると、これまでとは比べもんにならんくらいの天災が降りかかるんじゃけぇ!」
「えっ!そがな・・」
「じゃけぇ、山神を鎮めるには、別の猫が必要じゃけぇ!」
ヒロの言うことは・・ほんまなんか・・
どしたらええんなら・・
「あっ!ヒロ、あれ見てみぃ!」
別の猫がヒロにそう言った。
「ああ~~!」
ヒロも俺も他の猫も慎平も、雲を見た。
雲の色は赤くなりつつあった。
それと同時に俺の身体に異変が起きた。
俺の爪は更に伸び、牙も自分で見えるほど伸び、それに伴って、毛も伸びていた。
「うわあ~~!」
ヒロ以外の猫たちは、俺の姿を見て驚愕していた。
「なんじゃ~~!目の色も変わっとるが!」
ヒロがそう言った。
なんじゃと・・
目の色も変わっとんか・・
俺は慎平を見た。
「コテツ!ダメだ、時間がない!」
慎平はそう言って、一人で山道を走りだした。
「慎平~~!神社へやこ、行かせんぞ!待てぇぇ~~!」
俺は無意識のうちに、身も心も完全に変貌していた。
「コテツ~~!お前、行ったらいけん、いけんぞ~~~!」
そう言ってヒロが追いかけてきた。
「おのれ・・ヒロ。追いかけてきよんか。じゃったらこうじゃ!」
俺はヒロに襲い掛かり、前足を噛んで骨を折った。
「う・・うわあああ~~!」
ヒロはその場で、のたうち回っていた。
他の猫たちは、とっくに町の方へ逃げていた。
「神社へやこ、行かせん、行かせんけぇ~~!」
ヒロは苦しみながらも、精一杯そう言った。
俺はヒロのもう片方の前脚を銜えて、振り回した。
「や・・やめてくれぇぇ~~!」
「おのれ~~!よくもわしの脚を折ってくれたの!わしを岩に叩きつけてくれたの!」
「ち・・違う!俺じゃねぇけ!コテツ!止めてくれ!」
「くそっ・・お前に構もうとる暇はねぇけ」
俺はそう言ってヒロを離し、慎平の後を追いかけた。
「慎平~~!待てぇぇ~~!」
全速力で走ったが、慎平の姿は見えなかった。
おのれぇ~~!
わしは山神じゃ、山神じゃけぇ~~!
ほどなくして神社が見えてきた。
俺は鳥居をくぐり、慎平を探した。
すると慎平が拝殿の裏へ走って行く姿が見えた。
見つけたぞ・・
待っちょれ~~!
今すぐ、殺してやるけぇ~~!
「慎平~~~!」
すると慎平は俺の声に気がつき、更に速く走った。
俺は雲を見た。
するともう真っ赤になっていた。
ははは!もうすぐじゃけぇ~~
わしは山神になるんじゃ~~!
慎平は拝殿の裏で、なにかをしていた。
おのれ~~・・この期に及んで、なにしよんじゃ・・
させん!させんけぇの~~!
そこで俺は後姿の慎平に襲い掛かろうと、空中を飛んだ。
爪で内臓まで抉っちゃるけぇの!
そして牙は、まさに慎平の首を狙っていた。
慎平が俺の方を振り向いたその時だった。
俺の身体はなにかに引っ張られるように後ろへ飛ばされ、その場に叩きつけられた。
「うっ・・うわあ~~!」
「コテツ・・」
「あっ!山神じゃが!」
俺にははっきりと山神の姿が見えた。
そう・・あの時見た黒い影が俺の前でユラユラと揺れていた。
「わしはやっと・・呪いから解放されるんじゃの・・」
「え・・」
「慎平が・・成仏させてくれたらしいの・・」
「コテツ!大丈夫?」
そこに慎平が走ってきた。
そして影を見て「あっ!」と驚いていた。
「コテツ・・えらい目に遭わせてしもうたの・・」
「山神・・」
「慎平・・」
山神は慎平に話しかけた。
「コテツ、山神はなんて言ってるの?」
「言葉がわからんのか」
「うん」
「お前の名前を呼んどるぞ」
「えっ・・そうなんだ。山神さん、なんですか」
「慎平、お前、危険を承知でようここまで来てくれたの・・」
その言葉を俺は慎平に伝えた。
「そんな・・山神さん」
「よう祠を見つけてくれた。せぇで・・祈ってくれたの・・。ありがとう・・」
その言葉も慎平に伝えた。
「そんな、お礼だなんて。向こうでお母さんに会えるといいね」
「ああ。コテツ、これでお別れじゃけぇ。済まんかった・・」
「そがな・・。山神・・今度は向こうで会えたらええの。影のお前じゃのうて、猫のお前と会いたいけに」
「そうじゃな・・。それまでまだ間があるけぇ、楽しみに待っとるけぇの・・」
「山神~~!」
山神は、二度と返事をすることがなかった。
そして影は、嘘のように俺たちの前から消えた。
そこで俺は気を失ってしまった。
「コテツ・・コテツ」
うっ・・ううっ・・体中が・・痛い・・
う・・動かんが・・
「コテツ、しっかりして」
「慎平・・」
俺は慎平の腕に抱かれていた。
「慎平・・一体、どうなったんなら・・」
「もう呪いは解けたよ・・」
「うん・・そうじゃな・・」
「よかった!ほんとによかった!」
慎平は俺をきつく抱きしめた。
「一体、どがにして呪いを解いたんなら・・」
「あの拝殿の裏にね・・。あっ!連れてってあげるよ」
そう言って慎平は、俺を「その場所」まで連れて行った。
そこには、小さな祠があった。
「これなんだよ、僕が探していたのは」
「ほうか・・。これはなんなら」
俺はその中を覗きこんだ。
「これ、おそらくだけど、百年前に白猫と黒猫の戦いがあっただろう。その時代に建立されたものだと思うんだ。しばらくは大切に管理されていたと思うんだけど、年月を重ねるごとに、いつしか忘れられていったと思うんだ。それで黒猫の怨念が山神となってしまったんだよ」
「ほうか・・」
「これを見つけた時、祠が倒れてて、僕は急いで立てたんだ。そしてほら、このお皿に餌と水をお供えしてお祈りしたんだ。ちょうどその時にコテツが襲い掛かってきたんだよ」
「そうじゃったんか・・」
「忘れられたのが悲しかったんだよ・・黒猫は」
「うん・・ほうじゃの・・」
「だけどほんとに危なかったよ」
「え・・」
「間に合わなかったら、コテツは完全に山神になってたね」
「うん・・」
「山神は成仏するより、怨念の方が強かったんだね。だから僕に襲い掛かってきたんだよ。呪いを解かせないようにね」
「・・・」
「でもよかった。間一髪で間に合ったよ。僕、陸上選手やっててよかったよ~!」
慎平はそう言って笑った。
俺もつられて笑ったが、同時に涙が出てきた。
「辛かったんじゃな・・山神・・」
「うん、そうだね・・。あっ!コテツ!」
慎平は俺の顔を見て、驚きの声を挙げた。
「なんなら・・」
「コテツ~~!牙が元通りになってるよ!ほら、爪も毛も目も!」
「あっ!」
俺は爪を見て、思わず叫んだ。
「ほ・・ほんまじゃ!」
「よかったね~~!」
そう言って慎平は鞄の中から鏡を取り出した。
「ほら、見て!」
俺は自分の顔を鏡に映した。
「あっ!ほんまじゃ!猫の牙になっとるが!」
「やったあ~~!コテツはもう、元のコテツに戻ったんだ!やったあ~~!」
慎平は俺を抱きながら、飛び跳ねて喜んでいた。
「あっ・・それからさ・・」
「なんなら」
「フクが死んだっていうのは、嘘なんだよ」
「え・・えええええ~~~!どういうことなら!」
「いや、実はね・・」
慎平はそう言いながら、鳥居の方向へ歩き出した。
「フクが死んだって言えば、山神は大人しくなるんじゃないかと思ってね。ほら、コテツの中に山神がいるし、聞いてるかなって思ってね」
「そうじゃったんか!」
「山神の目的は、フクを殺すことだっただろう?だから死んだって嘘ついちゃった。あはは」
「慎平・・お前、やっぱり頭がええの」
「あっ!そうだ」
「なんなら」
「島へ行こうよ!」
「え・・」
「もうお前は元のコテツなんだし、フクに会えるじゃないか!」
「あ・・そうよの・・。確かにそうじゃ」
「僕も会いたいし~~!」
「ああ、行こう!島へ行こう!」
こうして俺と慎平は、島へ行くことになった。




