二十一、慎平との出遭い
俺は当てもなく、一晩中歩き続けた。
ほどなくして東の空から陽が昇った。
河川敷からどれほど離れたのか見当もつかないが、俺はまだ川べりにいた。
水を飲んでから、草むらで一休みすることにした。
俺はどこへ行きゃええんじゃ・・
島には帰れんし、かといってソラのもとへ戻るわけにもいかんし・・
フクもマサも、どないしとんじゃろうの・・
「あれ・・こんなところに黒猫がいる・・」
一人の人間が俺を見つけた。
「きみ、野良猫かい」
そいつは小柄で細い若い男性で、どうやらランニングをしていたようだ。
「おいで~、怖くないよ」
そいつは俺を呼んだが、俺は警戒して動かなかった。
「僕、猫が好きなんだよ~、ほらほら」
手を出して俺を撫でようとした。
「シャア~~!」
俺は牙を見せて威嚇した。
「えっ!なに、その牙。嘘だろ・・」
俺は隙をついて逃げ出そうとした。
「ちょ!ちょっと待って!僕、きみと話せるかも知れないんだよ!」
え・・
俺は一瞬立ち止まった。
話せるて・・どういうことなら・・
「ちょっと待ってよ。今、出すからね」
そいつはズボンのポケットの中から、電話のような物を出した。
「スイッチオン!っと。ほら~鳴いてごらん」
なに言よんな・・こいつ・・
けれども俺は、ひょっとしてと思い、話してみることにした。
「お前は誰なら」
「あっ・・反応があった。えっとー、ああ、僕?僕は小松慎平って言うんだよ」
えっ・・こいつ・・俺の言葉がわかっとるが・・
「きみの名前は?」
「俺は、コテツ」
「えっと~・・ちょっと反応が遅いんだよね。待ってね。ああ・・コテツって言うんだ」
ほ・・ほんまじゃ・・わかっとるが・・
俺はこの人間を通して、何とか呪いを解いてもらえないかと思った。
「慎平・・とか言うたの・・」
「えっと・・ああ、うん、僕、慎平」
「俺・・遠い島から来たんじゃ・・」
「ちょ・・ああ~~もう・・やっぱり改良が必要だな・・もう一度言ってくれる?」
「島から来た」
「え・・ああ、そうなんだ。島から来たんだね」
「そうじゃ」
「で、ここで何をしてるの?」
「俺の言うこと、信じてくれるんか・・」
「えっと・・ああ・・うん、もちろん信じるよ」
「俺・・百年前の猫に憑りつかれとんじゃ・・」
「ちょっと待ってね~。なになに・・えっと・・えっ!それってどういうことなの?」
「話せば長ごうなるんじゃけんど・・」
「どれどれ・・えっと・・ああ、そうなんだ。この機械ね、僕が作ったんだよ。それでさ~まだ完成品じゃないんだ。だから話が長くなるとややこしいんだ」
「そ・・そうか・・」
「そうそう。短いのだとすぐに反応するんだよ。あっ・・もしよかったら僕んちに来ない?」
「え・・」
「ゆっくり話を聞くためには、ここじゃ無理だし、僕、学校もあるからね」
「そうか・・」
「僕、きみを抱っこしてもいい?」
「ああ・・」
「ありがとう」
そして慎平は俺を抱き、歩いた。
慎平の身体は温かかった。
そして俺を抱く腕も、とても優しかった。
「僕さ~、陸上選手なんだ~」
「それは、なんなら」
「走る練習をして、大会とかも出るんだよ」
「大会?」
「大勢で走って、競うんだよ」
「へぇ~」
「僕、走るの好きなんだ~」
これはなんの偶然か・・
山神も走りたい言よった・・
俺も広い大地を走り回ってやると、約束した・・
人間も、走るのが好きなんじゃな・・
「慎平・・」
「なに?」
「お前、年はいくつなら」
「僕、十五歳だよ」
「えっ・・俺より年下なんか・・」
「そうなの?コテツはいつくなの?」
「俺は、人間でいうところの二十歳くらいじゃ」
「あはは、そうなんだね。先輩だね~」
慎平は、とても嬉しそうに笑っていた。
こいつは・・ええ人間なんじゃな・・
「さあ~着いたよ」
やがて慎平の家に到着した。
そこは、どこにでもあるような普通の家だった。
キハチやシンバの家とは、全く違うの・・
「ただいま~」
慎平が大きな声で家の人に挨拶をした。
「おかえり~」
奥から母親らしき声がした。
「お母さん、猫、連れて来たよ」
「あらヤダ~また?」
母親が奥から出てきて、呆れた顔をしていた。
「もう~慎平、いい加減にしてよね。これで何匹目?」
「今回は、絶対に友達になれるよ」
「そんなこと言って。あんたが猫と話すたびに、出て行ったじゃないの」
「あの時は、まだ未完成も未完成だったからだよ。今回はちゃんと話せたんだ」
「はいはい。ちゃんと世話はしなさいよ」
「はーい」
慎平は二階の自室へ俺を連れて行った。
「ここが僕の部屋だよ」
「そうか・・」
「あっ・・もう充電しなくちゃ。ちょっと切るからね」
そう言って慎平は、機械の電源を切った。
「これがなくても話せたらいいんだけどな~」
「そうじゃな・・」
「わかんないよ~、なんて言ったの?」
「そうじゃな」
「お腹空いた、かな?」
「違うけに・・。いや・・腹も減っとるが・・」
「あっ、そうだ。僕が学校へ行ってる間は、外に出てもいいよ。でもあまり遠くへ行かないでね」
俺は、コクリと頷いた。
「おおっ!わかってくれたんだね」
俺はまた、コクリと頷いた。
「あはは、コテツって頭がいいんだな~。お腹空いてるよね」
俺は三度、頷いた。
「はーい。じゃ、持ってきてあげるから待っててね」
慎平はそう言って部屋から出て行った。
俺は窓辺へ行き、外を眺めてみた。
川は見えとる・・
ここは・・ソラから遠くない場所なんじゃな・・
「コテツ~、はい、ご飯ね」
慎平はキャットフードと皿を持って、部屋に戻ってきた。
「たくさん食べるんだよ~」
慎平は餌を皿に入れ、俺に出してくれた。
俺は、遠慮なく食べた。
「あっ、水だ。水を忘れてたよ~」
慎平は部屋を出て、水を取りに行った。
部屋を見渡すと、猫の写真があちこちに貼られてあった。
慎平は、そうとうの猫好きなんじゃな・・
慎平が戻り、俺は水も飲み、お腹が一杯になってしばらくその場へ寝ころんだ。
「もうすぐ充電が終わるからね~」
慎平は独り言を呟いていた。
それにしても、猫の言葉がわかる機械を発明するとは、慎平はかなり頭がいいんだろう。
未完成とはいえ、俺は感服していた。
「よーしっ。充電完了~~」
そう言って慎平は、機械のスイッチを入れていた。
「さあ~ゆっくりでいいから、話してね」
「なにから話せばええんかいの・・」
「そうだな~、島を出たわけから」
「うん・・」
「旅行とか?」
「そがなええもんじゃねぇんじゃ・・」
「そうなんだ・・」
「俺・・百年前に死んだ、猫に憑りつかれとんじゃ・・」
「あっ・・充電したばかりだから、反応がいいね。えっと・・なになに・・ああ、それそれ、それだよ。どういうことなの?」
そして俺は、時間をかけて話をした。
すると慎平は、信じられないという風に、驚愕していた。
「だから・・その牙なんだね」
「そうなんじゃ・・」
「憑りついている猫を、コテツから追い出さないとね・・」
「そうしてくれんか・・」
「うん、努力してみる」
「じゃがの・・」
「なに?」
「俺の牙や爪を取り除こうとすると、山神が出てきて、させんように抵抗すると思うんじゃ・・」
「なるほど・・」
「最悪・・人間を殺すかも知れんのじゃ・・」
「そっか。わかった。とにかく、僕が色々あたってみるよ」
「うん・・」
「じゃ、僕、今から学校へ行くから、帰るまで待っててね」
「ああ、わかった」
「ちなみに、僕の母は、大丈夫だから。怖がらなくてもいいからね。それと父は海外で仕事中。だからこの家には僕と母だけなんだよ」
「そうか・・」
そして慎平は制服に着替え、家を出て行った。
俺は慎平が何とかしてくれると、希望を持ち始めていた。
飼い猫になるつもりはないが、あのままだと、いつ誰が襲ってくるかも知れない。
俺は危険を回避するために、しばらく慎平の世話になろうと決めた。




