二十、別れ
俺たちは河川敷を離れることに決め、シンバに別れを告げに行くことにした。
家に到着すると、飼い主が表に出ていた。
「あら~、クロちゃんとトラちゃん、遊びに来てくれたのね。シンバは中にいるから入っていいわよ~」
飼い主の女性がそう言い、俺たちはペットドアから中へ入った。
ここの飼い主夫婦は、俺たちを「クロ」と「トラ」と呼んでいた。
「あっ、コテツくん、ソラくん!」
早速シンバは、嬉しそうに出迎えてくれた。
「入って~入って~」
シンバは自室へ案内してくれた。
「きみたちから来てくれるなんて、珍しいね」
「シンバ・・今日は話があって来たんじゃ」
ソラがそう言った。
「話ってなに?」
「実は・・河川敷を離れようと思うとるんじゃが」
「えっ!なぜ?」
「まあ・・色々とあっての・・」
「なんだよ~色々って」
「色々は、色々じゃ」
「あっ、僕が飼い猫だと思って、バカにしてるんだね」
「バカにやこ、しとらんが」
ソラは俺に気を使って、サムを殺したことは話さないようにしていた。
「なに?河川敷は住みにくいの?」
「まあ・・そうじゃな・・」
「コテツくんも同じなの?」
「え・・うん、まあ・・」
「なんだよ~ソラくんもコテツくんも、なんか隠してるよね」
「そがなことは、ねぇけに」
ソラがそう言った。
「だったらさ~ここに住もうよ~」
「またそれ、言うんか」
「ここ、住み心地、チョ~いいよ」
「それはわかっとるんじゃ。でも俺たちは飼い猫にやこ、なりとうねぇって、なんべん言うたらわかるんなら」
「そんなこと言わないでさ~」
「シンバ、俺たちはお前に別れを言いに来たんじゃ」
「嫌だなぁ、その言葉」
「お前や飼い主には世話になったけに、挨拶くらいはせんとの」
「コテツくん・・ずっと黙ってるけど、どうかしたの?」
「え・・いや・・」
俺はソラとシンバの会話を、聞くともなく聞いていた。
確かにシンバと別れるのは淋しい・・
けれども俺はそのことより、自分が呪われた猫になってしまうことの恐怖が、頭から離れないでいた。
そうなれば、俺はまさしく、化け猫になってしまうのだ・・と。
「コテツは淋しいんじゃの。のう、コテツ」
「え・・ああ、うん」
「シンバ、元気で暮らせよ」
「ソラくん・・そんな悲しいこと言わないでよ」
「ほな、なんて言うんなら」
「また会おうね、とかさ~」
「そうじゃの。また会おうな」
「それで、どこへ行くつもりなの?」
「まだ決めとらんけに」
「そうなんだ・・」
「ほな、そういうことじゃけに。コテツ、行くぞ」
「うん・・」
「コテツくん・・元気でね」
「シンバも元気での・・」
そして俺たちは家を後にした。
シンバは表に出て、ずっと俺たちを見送っていた。
別れ・・言うもんは、辛いもんじゃのう・・
フク・・どないしとるんかいの・・
「コテツ・・元気出せの」
「うん・・」
「お前、サムのこと、まだ気にしとんか」
「いや・・まあ、それもあるんじゃが・・」
「なんなら」
「俺・・いつか山神になってしまうんじゃねぇんかと・・」
「え・・」
「俺・・サムと戦うた時・・自分の意識があったんじゃ・・」
「え・・どういうことなら」
「これまでは、俺が山神になっとった時は、俺の意識はなかった。じゃが・・この間はあったんじゃ・・」
「・・・」
「それでも身体は山神に操られとったんじゃが・・俺は山神がサムを殺すところを全部見とったんじゃ・・」
「ほう・・か・・」
「あ・・それでの・・、サムは死ぬ間際に、俺の後ろで影が見えた言よった・・」
「ほ・・ほんまか・・」
「それで、呪いを解く方法も知っとる・・言よったんじゃ・・」
「えっ!それで!?聞いたんか!」
「いや・・言う前に死んだんじゃ・・」
「そっ・・そがなっ・・!」
ソラはその話を聞いて、顔を歪めて悔しがっていた。
「なんちゅうことなら・・知っとったんか・・サム・・」
「そんなサムを、俺は殺してしもうたんじゃ・・」
「違う!お前じゃねぇけに!殺したんは山神じゃ!」
「・・・」
「サムが知っとるいうことは、他の猫も知っとる可能性があるんじゃねぇんか」
「そ・・そうかの・・」
「あいつらの中の誰かが、知っとる可能性もあるじゃろ・・」
「え・・また向こう側へ行く言うんか」
「いや・・それは危険じゃけに。どがにしたらええんかいの・・」
「俺・・行ってみようかの・・」
「ダメじゃ!絶対に行ったらいけん!」
「ソラ・・」
「今度行ってみぃ、確実に襲ってくるぞ。しかも集団で。そがなことになったら、また山神があいつらを殺すことになるんぞ」
「・・・」
「俺が行っても・・襲うてくるじゃろし・・」
「ソラ!一匹でやこ、行かせんぞ!」
「ああ、わかっとる。俺じゃって、命は惜しいけにの」
そしてその日の夜・・
俺たちは夜が明けたら、ここを離れることになっていた。
隣でソラは寝とる・・
俺は何としてでも、呪いを解く方法を訊き出したかった。
そのためには、向こう側へ行かんといけん・・
こがな危険なことやこ、誰にも頼めんが・・
じゃが・・俺が行ったところで、あついらは問答無用で襲うてくる・・
襲われる前に・・なんとか訊き出せたらええんじゃが・・
俺は一か八か、行ってみることにした。
襲うて来そうになったら、その時は逃げればええんじゃし・・
俺はソラに気づかれないよう、そっとその場を離れた。
そして橋まで全速力で走った。
やがてやつらの縄張りに到着した。
俺は警戒しながら一歩ずつ歩き、周りを確かめてみた。
「あっ・・お前は・・」
そう言ったのはジロウだった。
「ジロウ・・」
「お前・・サムを殺しておきながら・・また来たのか」
「ジロウ・・話があるんじゃ・・」
「今度こそ、ここを奪いに来たんだな。やっぱりお前らの目的はそうだったんだな」
「違うけに!奪いに来たんじゃねぇんじゃ」
「じゃあ、なにしに来た」
「聞いてくれ。サムの仲間の中で、猫に憑りついた呪いを解く方法を知っとるもんはおらんか・・」
「はあ?なんだよ、それ」
「実は俺・・山神いう百年前に死んだ猫に憑りつかれとんじゃ・・」
「言ってる意味がわからないんだけど」
「俺の牙と爪、これ猫のもんじゃなかろう」
「うん、それはそうだけど」
「サムもそれを恐れて、俺を殺そうとしたんじゃろ」
「まあね」
「じゃが・・サムは俺に憑りついとる山神を見たんじゃ。せぇで、その呪いを解く方法を知っとる言よったんじゃ」
「そうなんだ・・」
「での・・サムの他に知っとるもんがおらんか思うて、来たんじゃ」
「さあ・・どうなんだろうね。僕は知らないよ」
「ほうか・・。お前がみんなに訊いてくれんか・・」
「やだね。っていうか・・ここにいた猫たちの殆どが、別の場所へ移動したよ」
「え・・」
「お前のせいだよ」
「なに言よんなら!お前が俺たちを騙してここへ連れてきたんじゃが!俺は戦いやこ、しとうない言うたが!」
「きみ、島の生まれだっけ」
「そうじゃ」
「やっぱり田舎者は、考えが甘いよね」
「なに言よんなら」
「縄張りは、奪うか奪われるかなんだよ。それが僕たち野良の掟なんだよ。よそ者が来たら、排除するのが当然の掟なんだよ!」
島にも縄張りがあるが・・
田舎もんとか、都会とか関係ねぇんじゃ・・
それくらい俺じゃって知っとるが・・
でも島の猫は、騙したりやこ、せん・・
縄張り争いは、あくまでも正面から堂々とするんじゃが・・
それをここらの猫たちは・・相手を騙してまで排除するんじゃな・・
俺には・・ついていけん・・
「お前・・サムの死体をどうしたんだよ」
「え・・それは・・」
「あの後、戻ったらなかったぞ」
「川に流した・・」
「なんだとっ!」
「そうするしかなかったんじゃ・・」
「なんて酷いことを!せめて土をかけてやるとか、できなかったのか!」
「そがなこと言うけんど、お前らじゃって、ソラを川に放り投げたが!」
「あいつが抵抗したんでな」
「ソラは生きとったんじゃ!それを川にやこ、放り投げるて、なんなら!」
「きみがそのことを知ってるってことは、ソラは生きてたんだね」
「そうじゃ!あいつは死にそうになったが、必死で陸へ上がったんじゃ!」
「ふーん、それならよかったんじゃない」
「お前らこそ、残虐で酷い猫じゃ!」
「何とでも言うがいいさ」
「お前らやこ・・猫の風上にも置けんわ!」
「あはは、よくそんなことが言えるよね。どの面下げてって感じなんだけど」
「なにをっ!」
「サムをあんな残酷に殺しておいてさ」
「・・・」
「山神とか言ってるけど、結局、お前が殺したことに変わりはないんだよ」
「・・・」
「お前は呪われた猫だよ。汚らわしい」
俺はそう言われ、黙ったままジロウに背を向けた。
なんで俺なんじゃ・・山神・・
俺はお前と血が繋がっとるかも知れん・・
じゃけど・・もう百年も前のことじゃろ・・
お前はフクを殺さん限り・・消えてくれんのか・・
「もう二度とここへは来るな!お前は猫じゃないからな!妖怪だ!」
俺がゆっくりと歩いていると、ジロウが後ろでそう叫んだ。
妖怪・・
確かにそうじゃな・・
俺はこのままソラのもとへは戻らないことにした。
やっぱり俺といると・・いつかはソラが死ぬ気がする・・
それだけは、絶対に避けんといけん・・
俺の脚は暗闇の中を、次の根城を探すように行く当てもないまま歩き続けた。




