第九十四話 連れていく理由
護衛の男が描いた図には、途中から先がなかった。
入口から通路が延び、広い部屋へつながる。その手前を崩れた石が塞いでいた。
「奥には別の出口はないのか?」
バルドが尋ねると、男は紙へ指を置いた。
「分からない。調査ではまだこの辺りまでしか入っていなかった。外へ抜ける穴は見つけていない」
ゼフィは古い地図と図を並べた。
「外から見た壁の長さに対して、調べた範囲が狭いね」
「ああ。奥があるのか、土に埋まっているのか。それを確かめる予定だった」
アリサが温かい飲み物を運び、話を聞き終えたバルドは、男を奥の部屋へ戻らせた。
残された図を、カイルが覗き込む。
「先生。ほかの入口を探す?」
「その必要はありそうだね。崩れた場所は石を動かす前に状態を見たい」
リシェも二人の間から紙を見ていた。
人は通れない。道具を差し込んでも、奥にいる人の位置までは分からない。
肩のロギへ、意識を向けた。
『ロギなら隙間から入れる?』
赤い鳥が図へ首を伸ばす。
『向こうまで続いていればね。鳥の姿でも、小さくなれば通れるところはあると思う』
『中にいる人を見つけたら、私に教えてもらえる?』
『うん。探してみるよ』
リシェはゼフィの袖へそっと触れた。
「先生。少しお話してもいいですか?」
*
机から離れ、人のいないところで、リシェは声を落とした。
「ロギが中を見に行けるかもしれません。隙間が奥まで続いていれば、鳥の姿で入れるって」
ゼフィの視線が、肩の赤い鳥へ移った。
「中から君へ知らせてもらうんだね」
「はい。人がどこにいるか分かれば、石を動かすときにも役立つかもしれません」
ロギの返事を待ち、できるか分からないことも伝えた。ゼフィは最後まで聞いてから、図のある机へ目を向ける。
「君が精霊と話せることも、ロギとの契約も、ここでは明かさない。何か分かったら私にだけ教えてくれる?」
「はい」
「それと、私が止めたらそこで待つこと。中の様子が分かっても君が入れるとは限らないからね」
リシェは頷いた。
ゼフィは机へ戻り、バルドと相談を始めた。しばらくして呼ばれ、リシェも近づく。
「今回はゼフィリスの監督下で、救出後の補助を頼みたい」
バルドが言った。
「火の精霊術で湯を用意することや、物資を配ることも含む。崩落の作業は指示があるまで近づかない。守れるか?」
「はい」
「自分にできることがなくても、勝手に仕事を探しに行かないこと。待機を命じられたら待つのも役目だ」
アリサが参加者の紙へ書き加えた。
カイルは救出隊の装備を確認するため、別の机へ移っていた。リシェは登録証を取り出し、アリサへ差し出した。
*
準備のために施設へ戻ると、イネスはすぐに仕事の予定を確かめた。
「いつ出る?」
「準備ができ次第。戻りは天候と現地の状態による」
ゼフィが答える間に、リシェは観察の予定表を見た。
「イネスさん、ここの記録が――」
「私が見る。説明が必要なものだけ教えて」
鉢の番号と、新しい葉へつけた印を伝える。確認を済ませると、イネスは紙を机へ戻した。
「分かった。あとは荷物を用意しておいで」
部屋へ戻り、採集用の箱を鞄から出す。代わりに着替えと手袋の予備を入れた。
フィエルは寝床のそばで待っていた。
「今日は少し遠くまで行くよ」
しゃがむと、銀白色の顔が近づいてくる。
『いっしょ』
「うん。一緒に」
首から背へ手を滑らせ、毛に何か絡まっていないか確かめた。ロギが棚から肩へ降りると、フィエルも扉へ向かった。
食堂で温かいものを食べ、持ち帰る包みを受け取る。門ではイネスが、上着の前を確かめてくれた。
「濡れた手袋をそのまま使い続けないようにね」
「予備も入れました」
イネスは頷き、ゼフィへ向き直った。
「頼むよ」
「うん。帰ったらこちらへ知らせる」
リシェも頭を下げ、門を出た。
*
救出隊が街を出たのは、午後の早い時間だった。
荷物を積んだ馬車が同行し、道具や食料を運ぶ。ゼフィのマジックバッグにも、すぐには使わない物資が収められていた。
リシェは移動の一部を馬車で過ごした。足元にフィエルが伏せ、ロギは肩で外を見ている。
向かいのカイルはロープを確かめ、結び目を解いては巻き直していた。
「寒い?」
「まだ大丈夫です」
「手が冷える前に言えよ。冷えてから紐を結ぶの、面倒だからな」
街を離れるにつれ、道の脇に残る雪が増えた。畑が途切れ、木立の間へ入ると、車輪がゆっくり進むようになる。
リシェは幌の隙間から外を見た。同じ方へ向かう冒険者たちの背がある。誰も大きな声では話していなかった。
*
馬車を止めたのは、山裾へ入る前の開けた場所だった。
ここから先は歩いて進む。
カイルが道の先へ出た。
「先生、こっちは踏み跡が残ってる」
「うん。戻った護衛が通った道だろうね」
雪の下で石が動くことがある。リシェは前の人の足元を見ながら、同じ場所へ足を置いた。
しばらく歩くと、木々の向こうから人の声がした。
遺跡の近くに残っていた護衛だった。救出隊を見つけると、こちらへ下りてくる。
「こっちです!」
案内された先に、雪をかぶった石壁が現れた。
入口の前には、掻き出された石と土が積まれている。人が通れそうな隙間は見えなかった。
先に着いた冒険者が入口へ寄り、名前を呼んだ。
全員が声を落とす。
風が枝を揺らす音のあと、石の奥からかすかな音が返った。
何かを叩いている。
「返事があります」
入口にいた人が振り返った。
道具が下ろされ、雪の上へ布が敷かれる。ゼフィは作業する人たちと話してから、リシェを少し離れた壁際へ連れていった。
「ここで待っていて。私は入口を確かめてくる」
カイルも別の冒険者と外壁を見に向かった。
リシェは人がこちらを見ていないことを確かめ、肩へ顔を寄せた。
『ロギ。さっきの入口の横に、細い隙間があったよ』
『うん。僕も見た』
赤い鳥が肩から離れ、低い石へ降りた。
壁に沿って歩き、暗い隙間へ嘴を向ける。その姿が石の陰へ入ると、リシェからも見えなくなった。
『入ってみるね』
『通れなかったら戻ってきて』
『分かった』
リシェは待機を命じられた場所で、手袋を直した。
やがて、頭の中へ声が届く。
『奥へ続いてる。少し下へ降りるみたいだ』




