第九十二話 別々の場所から
秋の半ば、イネスは届いた包みを机へ置いた。
紙をほどくと、乾いた葉の束が三つ出てきた。札にはアルセインから離れた土地の名前が書かれている。
「頼んでいたものですか?」
「うん。こちらの採り方を試してもらった」
リシェは自分たちがまとめた説明を持ってきた。
葉の大きさだけでなく、株の育ち具合と、葉のついていた位置を確かめる。採ったあとに混ぜず、同じ扱いで運ぶ。
夏の間に何度も直した説明が、知らない土地へ届いていた。
包みには、採った人の記録も入っている。
リシェが一枚を開くと、余白に質問があった。
花をつける前の大きな株では、どこまでを古い葉と考えるか。
添えられた絵を見て、リシェは椅子へ座った。
「この株、私たちが見たものより大きいです」
「土地によって育ち方も違う。だから外でも試してもらいたかった」
イネスは別の札を確かめた。
「これを調べたらまとめを書き直そう。今度は施設の中だけでなく、研究者や薬師へ送れる形にする」
*
結果がそろうまでに、さらに数週間かかった。
その間、リシェは外へ出る仕事を続けながら、届いた絵と記録を整理した。
同じ説明を読んでも、選び方に迷ったところは土地ごとに違っていた。葉の色を目安にした人もいれば、株の高さから判断した人もいる。
説明が足りなかった箇所には、絵を増やした。
言葉が曖昧なところは、イネスと書き直した。
やがて、薬師から報告が戻る。
すべての葉が同じ品質になるわけではない。それでも、従来の採り方で集めたものより、結果のばらつきが小さくなっていた。
アルセインの近くでだけ起きていた違いではなかった。
イネスは紙を並べ、長く息を吐いた。
「これなら報告として出せる」
リシェは向かいで、最後の番号を確かめていた。
「まだ分からないこともあります」
「それも載せる。分かった範囲を正しく伝えよう」
*
報告の原稿には、リシェの名前が入った。
表紙を見せられたとき、最初は題の方を読んでいた。聞き慣れた薬草の名前に、採集条件と品質の比較という言葉が続いている。
その下に、イネスの名前。
そして自分の名前があった。
リシェは紙を持つ位置を変えた。
「ここでいいんですか?」
「うん。君の担当は現地の観察と採集記録、それから葉の位置を比べる調査。後ろにも書いてあるよ」
ページをめくると、森で描いた株の絵が載っていた。
描き直したものではあるが、自分の線だと分かる。
イネスは机の隅へ、発送する宛先の紙を置いた。
「まず協力してくれた薬師と研究者へ送る。それから、ギルドにも説明に行こう」
「私も行きます」
「もちろん。質問されたら実際に見たことを話してほしい」
原稿を返すとき、リシェは名前のところをもう一度見た。
*
採集者ギルドでは、トビアスが長い台を空けてくれていた。
集まったのは、普段からその薬草を納めている人たちだった。使い込まれた籠や袋を足元へ置き、並べられた見本を覗いている。
イネスが結果を説明し、リシェは株の絵を順に広げた。
「こちらは葉の大きさが似ています。でも、上の葉が開いた時期と、下の葉が出た時期は違います」
指で示すと、前の方にいた男性が身を寄せた。
「下の葉は傷んでいなくても避けた方がいいのか?」
「今回調べた株では、上の方の十分に開いた葉を選ぶと結果が安定しました。ただ小さい葉ばかり採るのではなくて……」
見本を一枚取って、絵と並べる。
説明を終える前に、別の女性が尋ねた。
「その時期だと同じ場所で採れる量は減るね」
リシェの手が止まった。
調べた葉の品質だけを見れば、よいものを選べる。
でも、いつもの場所から持ち帰れる量は変わる。
イネスが隣から答えた。
「そうですね。必要な量をどうそろえるかは、採集場所と依頼の条件も見直したいところです。採る人だけに負担がかからないよう、薬師とも相談しています」
女性は頷き、葉を見た。
「じゃあこちらも記録をつけてみるよ。どのくらい採れたかも」
トビアスがその話を書き留めた。
研究の結果が出ても、仕事へ取り入れるには、まだ話すことがあった。
*
説明のあと、年配の採集者がリシェの前へ来た。
「君がこの絵を描いたの?」
「はい」
「森も、自分で歩いた?」
「イネスさんたちと調べました」
相手は絵の端を指した。
「この下の葉、私は採る前に落としていたんだ。混ぜると仕上がりがよくない気がしてね」
リシェは顔を上げた。
「前から知っていたんですか?」
「いや。何となくだよ。全部の株で確かめたわけでもないし、理由も分からなかった」
イネスも隣へ来た。
採る季節や場所について聞くと、その人は籠から古い紙を出してくれた。仕事の量や納品した日が、短く書かれている。
「今度はその見分け方も聞かせてもらえませんか」
リシェが尋ねると、相手は少し笑った。
「こんなものが役に立つ?」
「比べてみたいです」
「それなら次に採りに行くとき、どの株を選んだか残しておこう」
受け取った約束を、リシェはノートへ書いた。
自分が初めて気づいたと思っていたことを、別の人も感じていた。
それがうれしかった。
*
ギルドを出たところで、カイルに会った。
入口の前で待っていたらしく、壁から背を離す。
「終わった?」
「はい」
「中、思ったより人がいたな」
イネスは用事があると言って別の通りへ向かい、リシェはカイルと施設へ戻ることにした。
歩き始めると、彼が鞄を指した。
「それが今日の本?」
「報告です。一部持って帰ります」
「見せて」
広場の端で立ち止まり、表紙を開いた。
カイルは題を読み、その下の名前へ目を移した。
「本当に載ってるな」
「はい」
「ちびっこ先生になった?」
「それはやめてください」
リシェが慌てて紙を閉じると、カイルは笑った。
「じゃあ研究者?」
答えようとして、少し迷った。
イネスと同じことができるわけではない。自分一人では、結果を確かめることも、この報告をまとめることもできなかった。
でも、机へ座って見せてもらうだけではなくなった。
「まだ教えてもらうことが多いです」
「そりゃ、誰でもそうだろ」
カイルは言って、鞄の中を覗いた。
「次は何を調べる?」
その質問には、すぐに答えられた。
「冬を越えた株です。春に出る葉でも、同じようになるか見たいので」
「もう決まってるんだ」
「それから育てた株と、森の株も比べたいです」
話しながら歩き出すと、カイルは黙って聞いてくれた。
*
冬が近づく頃、施設へ届く手紙に、リシェの名前が書かれることが増えた。
イネス宛ての中に、彼女への質問が添えられることもある。絵を使わせてほしいという頼みもあった。
食堂で別の研究者から呼び止められ、葉を採った場所について尋ねられた日には、リシェは食事を運ぶ手を止めてしまった。
「食べてからでいいよ」
そう言われて、ようやく椀を机へ置く。
話を聞き終えると、相手は自分の調べている植物でも、採る時期をもう少し細かく分けてみようと言った。
同じようになるかは、分からない。
それでも、自分たちの仕事が次の問いにつながっている。
部屋へ戻ると、リシェは本の並んだ棚へ報告を置いた。
隣には、オルテンから持ってきた古い図鑑がある。
角の擦れた表紙と、新しい紙の束。
ロギが机へ降り、首を傾けた。
「今日はどっちを読むの?」
「図鑑。来週行く森に知らない草があるって」
リシェは古い方を取った。
フィエルが寝床から立ち上がり、こちらへ来る。
『いく?』
短い声が届いた。
リシェは本を抱えたまま、足元を見た。
最近、こうした一言が、ときどき伝わるようになっていた。毎回ではない。それでも、今の問いかけは分かった。
「行くよ。先生も一緒」
銀白色の尾が揺れる。
リシェは椅子へ座り、フィエルのために足元を空けた。
知らない草の名前を索引で探す。
棚に置いた自分の報告は、そのままにしておいた。




